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「まあ、迎え来たんで」の顔

    最近、一日中誰かに呼ばれている。

    会社ではTeamsが鳴る。

    「少し相談いいですか」

    気づけば、朝からずっと誰かと話している。資料を読んでいても通知が来るし、昼休みにコーヒーを飲んでいても誰かからメッセージが飛んでくる。

    正直、まあまあ大変だ。

    「今日は静かに仕事したいな」と思う日もある。

    でも、ぱったり通知が来なくなったら、それはそれで少し怖い気もする。Teamsで相談が来るたび、「まだここにいていいらしい」と少し思う。

    そんなことを考えながら、時間になると私は保育園へ向かう。

    保育園の扉を開ける。

    小さい子ども達の声が、わっと聞こえる。

    入口の方に顔を上げる子もいれば、目もくれずおもちゃを鳴らしている子もいる。

    「楽しかった?」と笑いながら入ってくる親の声もする。

    その中で、息子と目が合う。

    すると、本当に”目の色が変わる”。

    昔の人の「目の色が変わる」という表現は、かなり正確だったんだなと思う。一瞬で顔が切り替わる。

    「あっ!!」

    という顔になる。そして、すぐに手を伸ばしてくる。

    保育士さんに抱っこされていても、落ちるんじゃないかと思うくらい前に乗り出してくる。私が荷物をまとめていると、今度は「早くしろ」と言わんばかりに泣き始める。

    いや、分かる。

    分かるんだけど、あなたの水筒もあるし、パソコンも持っている。

    ようやく抱っこすると、急に体の力を抜く。

    さっきまで「今すぐ来い」という顔だったのに、抱っこされた瞬間、もう全て解決したみたいな顔になる。

    しかも最近は、そのあと少し強気だ。

    抱っこされたまま保育士さんを見る顔が、

    「まあ、迎え来たんで」

    みたいな顔をしている。

    「最終的に世界は自分の思い通りになる」と信じている人間の顔だ。

    あの自信は少し羨ましい。私はもう、長いことそんな顔をしていないかもしれない。

    帰り道、片手で息子を抱っこしながら、もう片方の手でTeamsを確認する。

    また通知が増えている。

    息子はもう何も急かしてこない。

    ただ、服だけはしっかりつかんでいる。

    腕は限界に近い。

    それでも、抱っこされた瞬間にふっと力を抜かれた感触が、まだ腕に残っている。

    あの「まあ、迎え来たんで」の顔も、まだ少し残っている。

    私は少しだけ、息子を抱き直した。



    前編(保育園送り編)があります。
    一読して頂けたら幸いです。

     
     
     
    46歳で父になった。仕事も、育児も、老後も、全部同時にやってくる。その記録

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