
まだ歩けないのに、行きたい方向だけはある
最近、息子が指をさすようになった。
行きたい部屋を指す。
食べたいものを指す。
遊びたいおもちゃを指す。
外に出れば、気になるものを片っ端から指す。
まだ言葉はない。
でも、欲しいものははっきりある。
抱っこしていると、突然、
「タータっ!」
と言って、どこかを指す。
なんだか、よく分からない。
看板かもしれない。
車かもしれない。
雲かもしれない。
でも本人は、かなり真剣だ。
帰り道と逆方向を指すこともある。
それでも、迷っている顔はしていない。
本人はまだ歩けない。
でも、進路だけは指示してくる。
移動手段は父親。
意思決定者は1歳児。
なかなか理不尽な運用である。
最近はベビーカーにもあまり乗りたがらない。
自分で歩くわけでもない。
でも、行きたい方向はある。
結果として、47歳の父親が抱っこで運搬することになる。
腰にはちゃんとくる。
ただ、指さした先に何があるのか気になって、こちらもつい見てしまう。
そこには、こちらが気にしていなかった看板があったりする。
小さな花があったりする。
父親には背景にしか見えていなかったものを、息子はわりと真剣に見ている。
20年以上働いていると、進む道はだいたい見えているような気になる。
でも、それが本当に自分の行きたい方向なのかと聞かれると、少し黙ってしまう。
なかなか侮れない。
ある日の帰り道。
息子がまた、
「タータっ!」
と言って、いつもと違う路地の方を指した。
そっちは家の方向ではない。
こちらとしては、早く帰りたい。
カバンも重い。
腰もすでに相談なしで限界に近づいている。
それでも、息子があまりに真剣なので、少し立ち止まった。
息子は笑顔いっぱいだ。キャッキャ言っている。
しばらく歩くと、小さな公園があった。
今まで何度も近くを通っていたのに、気づいていなかった。
父親には見えていなかった何かが、あの小さい指の先にはあったらしい。
まだ歩けない息子は、迷わず小さな指を伸ばす。
47歳の父親は、歩けるくせに、どこへ向かいたいのかをまだ探している。
でも、その日だけは、息子の指さす方へ歩いてみた。
小さな公園は、ちゃんとそこにあった。