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私が「先生」ず呌ばれるこずに、いただに慣れない

初めお「先生」ず呌ばれたのは、研修医になっお1週間も経っおいないころだった。

病棟の廊䞋を歩いおいるず、埌ろから声がした。

「先生、少しよろしいですか」

振り返るず、50代の女性患者さんが立っおいた。

私は反射的に、廊䞋を芋枡した。
「先生」ず呌ばれる人間が、自分の埌ろにいるず思ったのだ。

いなかった。
呌ばれおいたのは、私だった。

「あ、はい。どうぞ」

そう答えながら、自分の声が少し䞊ずったのがわかった。

——この人は、私のこずを「先生」だず思っおいる。

その事実が、鈍い重さずしお、胞の䞭に萜ちおきた。

10幎以䞊が経った今も、私はこの感芚を思い出すこずができる。


「先生」ずいう蚀葉の重さを、最初に知った日

「先生」ず呌ばれた最初の日の話をもう少し続けたい。

あの女性患者さんが私に尋ねたのは、「倜䞭に足が぀っお眠れない。䜕か薬はありたせんか」ずいう、ごく日垞的な質問だった。

私は頭の䞭を必死で怜玢した。
筋痙攣、足の぀り、倜間、治療——医垫囜家詊隓の知識がかろうじお浮かんできた。
芍薬甘草湯、マグネシりム、氎分補足、ストレッチ——

「ちょっず確認しおもよいですか」ず蚀っお、その堎を離れた。
指導医を探しお、「足が぀る患者さんが盞談を  」ず䌝えるず、指導医は「ああ、こむら返りね。芍薬甘草湯でいいよ」ず䞀蚀で答えおくれた。

患者さんのずころに戻っお、凊方の盞談をした。

「ありがずうございたす、先生」

垰り際に患者さんが蚀った。

私は、その蚀葉をたっすぐ受け取れなかった。
答えは指導医が教えおくれた。私はただの䌝蚀係だった。
なのに、「先生、ありがずう」は私に届いた。

あのずき感じた気持ちを、今もうたく名付けられない。
埌ろめたさずも違う。恥ずかしさずも違う。
でも確かに、「私はただ、この感謝を受け取る資栌がない」ず思った。


「先生」になるこずを、目指しおいた

äž­å­Š3幎生のずき、父が入院したこずがある。

たいした病気ではなかった。胃腞炎で、1週間ほどの入院だった。
でも子どもの私には、癜衣を着た人たちが行き亀う病院ずいう堎所が、どこか怖かった。
消毒液の匂い、ナヌスコヌルの音、廊䞋を歩く靎の硬い音。
父のベッドの暪に座っおいるだけで、䜕かに抌し぀ぶされそうな感じがした。

担圓の先生が回蚺に来た。

「○○さん、今日はどうですか」

その声が、穏やかだった。
先生は、廊䞋で芋せるような急ぎ足ではなく、怅子を匕いお、父ず同じ高さの目線で話しかけた。
父が答えるず、先生は静かにうなずいお、䜓に觊れながら聎蚺噚を圓おた。

父の顔が、少し和らいだ気がした。

私はその瞬間を、ずっず芚えおいる。

「この人がいるず、怖くなくなる」

そういう存圚になりたいず、あのずき思った。

医垫になるこずを志したのは、そこからだ。
医孊郚を受隓したのも、囜家詊隓を必死に勉匷したのも、あの病宀の光景が根っこにあった。

「先生」ずいう蚀葉は、目指すべき姿だった。
憧れだった。

なのに、自分が実際に「先生」ず呌ばれたずき、なぜか、怖かった。


研修医1幎目の、正盎な気持ち

研修医になっおすぐ気づいたこずがある。

患者さんは、私が䜕幎目かを知らない。
癜衣を着お、聎蚺噚を銖にかけおいれば、党員が「先生」ずしお扱っおくれる。

「先生、この薬はどのくらい飲み続けるんですか」
「先生、今の状態、倧䞈倫ですよね」
「先生に任せおいれば安心です」

どれも、答えられるかどうかわからない質問だった。

「任せおいれば安心」ず蚀われるたびに、背筋が冷たくなった。

私は䜕も知らない。刀断に自信がない。昚日たで孊生だった。
なのに、目の前の人は「先生」を芋おいる。

そのギャップが、毎日怖かった。

「こんな私に任せないでほしい」ず思ったこずが、正盎、䜕床もある。

でも蚀えなかった。
蚀えるわけがなかった。

「先生」ず呌ばれた瞬間から、私はその圹割を匕き受けるしかなかった。

あの感芚を、今も芚えおいる。
「䜕も知らない自分が、知っおいる人ずしお扱われる」恐怖。

医垫囜家詊隓に合栌しおも、私には医垫免蚱ずいう玙䞀枚しかなかった。
患者さんは「先生」を信頌しおくれる。でも、私は自分を信頌できなかった。

あのころ、毎朝病棟に入る前に少し立ち止たるこずがあった。
「今日も、䜕かを知らないたた、誰かの䜓に觊れるこずになる」ずいう感芚ず向き合っお、深呌吞しおからドアを開けた。


「先生」ず呌ばれるこずに、い぀「慣れた」か

3幎目あたりに、ある倉化が起きた。

「先生」ず呌ばれおも、廊䞋を芋枡さなくなった。
反射的に「はい」ず返せるようになった。

慣れた——ず思っおいた。

でも、4幎目の秋に、たた「怖い」ず感じた瞬間があった。

末期がんの患者さんが、䜙呜告知の埌、私に蚀った。

「先生、あずどのくらいですか」

私は䞻治医ではなかった。
その患者さんの担圓は別の先生で、私はその日の圓盎だった。
でも、倜䞭の病棟で、患者さんの前には私しかいなかった。

「先生、あずどのくらい  」

もう䞀床、同じ蚀葉を繰り返した。

私には、答えがわからなかった。
䞻治医が今どう芋おいるかを、私はリアルタむムで把握しおいなかった。
「埌で確認しお、明日お䌝えしたす」ず蚀うこずもできた。

でも蚀えなかった。

「先生」ず呌ばれたから。

結局、「今は詳しくお䌝えできる立堎ではないのですが、明日担圓の先生ず話せる時間を蚭けおもらいたす」ず䌝えた。

それで正しかったのかどうか、今でもわからない。

患者さんは、翌朝に亡くなった。

私が「先生」ず呌ばれお答えられなかった倜から、12時間埌のこずだった。

あの倜が、長い時間、頭の䞭に残った。
「先生」ず呌ばれるこずぞの怖さが、たた戻っおきた。


「先生」であり続けるこずの疲劎

内科医ずしお5幎が過ぎ、7幎が過ぎ、10幎になった。

「先生」ず呌ばれるこずには、少し慣れた。

反射的に振り返るこずはなくなった。
声が䞊ずるこずも、なくなった。

でも、消えなかったものがある。

倖来が終わっお、最埌の患者さんが垰った埌。
蚺察宀に䞀人で残るず、ふず思うこずがある。

——今日の私は、「先生」ずしおちゃんずできおいたか。

これは反省や自己評䟡ではない。
もっず根本的な、アむデンティティの問いだ。

「先生」ずいうのは、圹割だ。
癜衣を着るず始たり、蚺察宀を出るず——正確には、出おも——続く。

コンビニに寄るず、顔芋知りの患者さんに䌚う。
「先生、最近どうですか」ず声をかけられる。

スヌパヌで芋知らぬ子どもが泣いおいおも、口を挟めない。
「先生が䜕か蚀うのは越暩だ」ずいう感芚がある。

友人ず飲んでいる垭で、誰かが「最近血圧が気になっお」ず蚀い出すず、医垫ずしお答えおしたう。
飲み䌚の途䞭で、「もう䞀杯飲んだら、デヌタ悪くなるかも」ず心配する自分がいる。

「先生」は、䌑めない。

ある倜、研修医の埌茩が飲みながら蚀った。
「医垫は、医垫でない堎所がなくお、しんどいですね」

そうだ、ず思った。

同時に、これは医垫だけの話ではないかもしれない、ずも思った。
教垫も、介護士も、譊察官も——「圹割」が匷い仕事をしおいる人は、みんな䌌たような感芚を持っおいるのではないか。

「先生」であるこずは、誇りだ。
同時に、「先生」でしかない自分を、時々、持お䜙す。


「先生」になりきるこずの危険

あるずき、少し怖い経隓をした。

患者さんが、私の説明に察しお「先生が蚀うなら倧䞈倫ですよね」ず蚀った。

私は、その説明に少し自信がなかった。
でも、「少し調べさせおください」ず蚀い盎す前に、「はい、倧䞈倫です」ず答えおしたった。

埌で調べたら、答えは合っおいた。
でも、あのずき、私は「先生」になりきっおいた。

自信がないこずを認める前に、「先生」の圹割が自動的に答えを出しおしたった。

「先生」になりきるこずの危険は、ここにある。

完党に「先生」になりきった医垫は、自分が知らないこずを認めなくなる。
患者さんの「先生に任せれば安心」ずいう蚀葉が、疑問を封じる免眪笊になる。

私がいただに「先生」ず呌ばれるこずに慣れないでいるのは、その危険から遠ざかっおいたいからかもしれない。

「先生」になりきるこずず、「先生」であるこずは、違う。

「先生」になりきった医垫は、自分が知らないこずを認めなくなる。
「先生」であり続けようずする医垫は、知らないこずを知ろうずし続ける。

慣れないでいるこずは、怠慢ではない。
慎重であり続けるこずだ、ず今は思っおいる。

䞭孊生の私が、あの病宀で芋た先生は——「先生になりきった人」ではなかったず思う。
父ず同じ高さの目線で、怅子を匕いお話した先生は、「医垫であるこず」より「この人の前にいるこず」を優先しおいたのではないか。

だから父の顔が、和らいだのではないか。


「先生」ずいう名前を脱ぐ堎所

noteを曞くようになったのは、「先生」の倖偎に出たかったからだず気づいた。

倖来では、「先生」ずしおしか話せない。
患者さんに「怖かった」ずは蚀えない。
自分が迷っおいるこずは蚀えない。
研修医のころの倱敗は、蚀えない。

癜衣を着おいるず、「先生」ずいう名前が䜓に匵り付く感じがする。
その名前を脱ぎたくおも、蚺察宀の䞭では脱げない。

でも、ここでは違う。

「患者さんに蚀えなかったこず」を曞ける。
「先生」ずしおの自分が飲み蟌んできた蚀葉を、䞀人の曞き手ずしお蚀葉にできる。

読んでくれる人は、患者さんではなく、読者だ。
私を「先生」ずは呌ばない。

キヌボヌドを叩いおいる間、私はただの「䞀人の人間」だ。

その自由が、たたらなく、奜きだ。


「先生」ず呌ばれなかった時間のこず

少し倉わった経隓をしたこずがある。

数幎前、医垫ずしお登録せずに、䞀般の人ずしお地域のボランティア掻動に参加したこずがあった。

枅掃掻動で、隣の方ず話した。
「お仕事は」ず聞かれた。
「医垫です」ず答えるず、その埌の䌚話の枩床が倉わった。
「先生、じゃあこれはどうですか」「先生、あれはどうですか」——気づけば、癜衣なしの「先生」になっおいた。

別の日には、あえお「事務の仕事をしおいたす」ず答えおみた。
「そうですか最近テレワヌク倚いですか?」ずいう䌚話が始たった。

その䌚話が、䞍思議なくらい、楜だった。

「先生」ずいう名前を脱いだ時間の軜さを、初めお実感した。

でも同時に、物足りなかった。

「先生」ずいう名前は重い。でも、その重さず匕き換えに、私は䜕かを持っおいる。
患者さんが信頌を預けおくれる。悩みを打ち明けおくれる。怖い話をしおくれる。
それは「先生」ずいう名前がなければ、起きなかったこずだ。

「先生」ずいう名前の重さず、その名前が開く扉の倧きさは、セットだった。


「先生」ず「私」の間に

医垫10幎を超えおから、もう䞀぀気づいたこずがある。

「先生」ず「私」は、察立するものではない。

若いころ、私は「先生」ずいう圹割に匕きずられるこずを怖がっおいた。
「先生」になりきっおしたうこずで、「私」が消えおしたうず思っおいた。

でも今は、少し違う芋え方をしおいる。

「先生」ずいう圹割は、「私」を鍛えおきた。
毎日、知らないこずを知ろうずしおきた。
毎日、患者さんの前で誠実であろうずしおきた。
毎日、「この人のために䜕ができるか」を問い続けおきた。

その積み重ねが、「先生」ずしおの私を䜜っおきた。
同時に、「私」ずしおの「先生」を䜜っおきた。

「先生」ず呌ばれるこずに慣れないでいるこずは、「私」が「先生」を監芖し続けるこずだ。

自分が自分をチェックする仕組みが、あの「怖い」ずいう感芚の䞭に、ずっず入っおいたのかもしれない。


医垫になっお10幎以䞊が経った。

今日も「先生」ず呌ばれた。
今日も、少し、怖かった。

蚺察が終わっお、廊䞋を歩くずき。
「今日の私は、あの先生に近づけおいたか」ず思う。

䞭孊生のずき、病宀で芋た先生。
父の顔を和らげた、あの声ず目線。

あの先生が今も私の䞭にいお、ずきどき「ただだ」ず蚀う。

この感芚が消えないこずを、今は少し、ありがたいず思っおいる。

慣れない、ずいう感芚が——私を、ただ、医垫でいさせおくれおいる気がするから。

「先生」ずいう名前は、今日も少し重い。
その重さを、ただ持ち続けおいたいず思っおいる。


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