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完璧じゃないから、人は繋がる。飲食ド素人の僕が、夜の神田でワインを注ぐ理由。

金曜日の夕暮れ。

東京・神田須田町にある家業の「珈琲青木堂」の扉を閉めると、僕は少しだけ急ぎ足で店内の模様替えを始める。

いつものテーブルの配置を少し変え、カウンターには磨き上げたワイングラスを並べる。表の看板を夜営業のものに裏返し、店内に流す音楽を少しだけ大人びたトーンに変える。

76年続く老舗の喫茶店が、週に一度だけ「ワインスタンド」へと顔を変える瞬間だ。

誰も来なかった30分間

最初の30分はずっとソワソワしていた

今年の2月、初めて金曜夜のワイン営業をスタートさせた日のことは、一生忘れないと思う。

SNSで告知はしていたし、プレオープンで練習も重ねてきた。それでも「本当に人は来るのか」「一人でオペレーションを回せるのか」と、心臓がずっと早鐘を打っていた。オープン時間を過ぎても、扉は一向に開かない。ただ静かなBGMだけが流れる空間で、時計の針だけが進んでいく。

30分が経った。ああ、初日はノーゲスト(お客様ゼロ)かもしれない。そう覚悟を決めた時、カラン、とドアが開いた。入ってきたのは、僕のSNSを見て駆けつけてくれた親戚のおじさんとおばさんだった。

身内とはいえ、僕が準備した空間に「お客様」が来て、僕の注いだお酒を飲んでくれる。その事実が、震えるほど嬉しかった。あの時の安堵と喜びは、今も僕の原動力になっている。

「はじめての行きつけ」を作りたくて

そもそも、なぜ喫茶店なのに夜営業で「ワイン」を出そうと思ったのか。きっかけは、僕が通っているビジネススクール(MBA)の仲間の何気ない一言だった。

青木堂で新しい価値を作りたいと相談した時、友人が「青木堂のこの雰囲気なら、夜にワインを出すとかいいんじゃない?」と言ってくれたのだ。

夜営業なんて考えたこともなかった。でも、その言葉が妙に胸に引っかかった。

振り返ってみれば、会社員としてスポーツインストラクターをしていた頃の僕には「行きつけの店」が一つもなかった。毎日、職場と家を往復するだけの充実した、けれど少しだけ閉じた世界。

だからこそ、かつての僕のように職場と家の往復を頑張っている20代、30代の大人たちが、ふらりと立ち寄れる「はじめての行きつけ」を作りたかった。

お酒を飲み慣れていない人でも直感的に美味しいと思えるように、ワインはあえて複雑なものを避け、品種がわかりやすいニューワールドの単一品種を中心に揃えることにした。

ポンコツ店主と、繋がり合う大人たち

とはいえ、僕は飲食業界1年目のド素人だ。ワインの知識はまだまだ勉強不足だし、フードメニューだって少ない。あろうことか、緊張と余裕のなさから、お客様の注文をすっぽかしてしまうという「出来損ないっぷり」を発揮することもある。

でも、この8席しかない小さな空間では、不思議なことが起きる。

僕が不格好に「つながる青木堂」という店のコンセプトを話したり、一生懸命に話を聞いたりしていると、いつの間にかお客様同士がカウンター越しに繋がり始めるのだ。

商社で働く人と、個人事業主の人が、初めて会ったはずなのに仕事の深い相談に乗っている。全く接点のなかった別々のお客様同士が、「今度、公園でモルックをやるんで、良かったら来ませんか?」と笑い合っている。表の看板に書いたコンセプトを見てフラッと入ってきてくれた方が、僕や常連さんに気さくに話しかけてくれる。

会社での肩書きや、日々のしがらみ。そういった重たい利害関係の鎧を、ドアを開けると共にスッと脱ぎ捨てる。不完全でポンコツなマスターの目の前で、大人たちがただの「個と個」として繋がり、笑顔になって帰っていく。 その景色を見るたび、胸の奥が熱くなる。

誰もいない店へのお辞儀

帰り際にはお店に向かってお辞儀をする

金曜の夜。最後のお客様を見送り、グラスを洗い終えて、店の電気を消す。

体は泥のように疲れているけれど、心はパンパンに満たされている。鍵を閉めた後。僕は暗くなった店に向かって「今日もありがとうございました」と小さく呟き、深くお辞儀をする。それが、僕の新しいルーティンになった。

これからも、この場所を泥臭く続けていこうと思う。いろいろな人が集い、肩書きを脱いで語り合い、ここを「はじめての行きつけ」にしてくれる。そしていつか、ここから新しい場所へと巣立っていく。

もし、ここでの出会いをきっかけに「何か新しいことに挑戦したい」と思う人が現れたら、今度は土日の「つながる青木堂コラボ(2階でのイベントや貸し切り)」で、その不格好な一歩を全力で後押ししたい。

神田の交差点にある小さな喫茶店は、今夜も明かりを灯して、行き場のない大人たちを待っている。


【自己紹介】大塚 修平(おおつか しゅうへい)
1988年生まれ。東京・神田の老舗喫茶店「珈琲青木堂」の4代目継承予定。19年間のスポーツインストラクター活動を経て家業を継ぎ、新たなスタートを切った。MBA(グロービス経営大学院)で学びつつ、出張ケータリングや挑戦者を応援する「つながる青木堂コラボ」を展開中。自身の吃音の経験から「弱さをさらけ出し、半径2メートルの冒険に出る」がモットー。TEDxNagoyaU登壇スピーカー。毎朝の逆立ちは1900日を突破。


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