
『DOGDAYS・犬になって知った大切なこと』 第3話 家族の絆
第3幕 家族の絆
1. 子犬との出会い・五右衛門
夏の終わりの夕暮れだった。
空はまだ明るいのに、影だけが長く伸びている。
風はぬるく、草の匂いが濃い。公園の植え込みの奥で、小さな鳴き声がした。
か細い、途切れそうな声。
大介は足を止めた。
カラスが二羽、低く鳴きながら何かをつついている。
黒い羽が跳ね、くちばしが何度も振り下ろされる。
その下に、小さな塊があった。
子犬だった。
まだ生まれて一月ほど。体は雨で濡れ、泥にまみれている。
必死に牙を剥いているが、声は弱い。抵抗にもなっていなかった。
その姿を見た瞬間、大介の中で何かが弾けた。
(やめろ)
吠えた。
飛び込んだ。
カラスを追い払い、子犬の前に立つ。羽音が散り、黒い影は空へ逃げた。
静寂が戻る。
子犬は震えていた。
それでも、大介を見上げ、尻尾をわずかに振った。
信じている目だった。
あの夜、蹴り飛ばした野良犬の目と、同じだった。
大介は目を逸らせなかった。
「……来い」
そう言ったつもりだった。
声は吠え声にしかならない。
それでも子犬は立ち上がり、よろめきながら大介の後をついてきた。
(「腹減ってんだろ、飯、食わせてやるよ」)
子犬はしっぽを振りながら大介の後をついていく。
*
奥山食堂の裏口。
さやは驚きながらも、子犬を抱き上げた。
「まあ………この子………」
少し残っていた餃子を細かくちぎって、口元へ運ぶ
子犬は夢中で食べた。
「あんたの子かい? かわいそうにね。お前もうちで食べていきな」
餌を貪る子犬を見ながら、大介は胸が熱くなった。
母の優しさは、犬にも人間にも変わらない。
大介は、その様子を見ていた。
胸が熱かった。
昔から変わらない光景。
母は、弱いものを放っておけない。
それが、誇らしかった。
そして、恥ずかしかった。
(俺は……何してた )
――――
そこへ、大沢家からさくらと健太郎が迎えにやってきた。
「ダイスケ! ………あれ、この子犬…」
二人は目を輝かせた。
武は最初こそ渋い顔をしたが、さくらと健太郎の熱意に負け、子犬を家に連れて帰ることを許した。
新しく迎えられた子犬は、長くてくるんと巻いた尻尾を振っている。
「名前どうしようか」
「えーっと…五右衛門とかどう?」
「いいじゃん! ちょっと昔風でかっこいい!」
こうして、子犬は「五右衛門」と名付けられた。
大介は最初こそ面倒くさそうにしていたが、無邪気にじゃれついてくる五右衛門を見ていると、自分がいつしか兄貴分のような気持ちになっていることに気づいた。
( 頼む、俺にまつわり付くな・・・・)
(離れろ……)
そう思うのに、追い払えなかった。
むしろ、守らなければと思っていた。
それが、自然だった。
子犬の五右衛門は寝る時も、食べる時も、遊ぶ時も、
ぴったりと寄り添う。
その子犬の額に十文字の白い毛並み、星のような模様が特徴だった。
2. 武の妄想と犬たちの暴走
日曜日の早朝
大沢家の朝はこの日、早かった。
お弁当を作る洋子。
カレンダーに赤丸の印、さくら大会の文字。
大きなスポーツバッグを重そうに肩に担ぎ上げるさくら。
2階の書斎では、スタンドミラーの前でスーツにサングラス、短髪にくしを入れて、斜めに自分の姿を見る大沢武。
「パパ、行くよ……」
「はーい」
玄関では慌ただしく、下駄箱から靴を取り出す。
さくらは武を見て
「ださっ……」
「いいじゃないの……決まってるわよ……」と母親の洋子がフォローする。
自宅の駐車場から、白い中古のセダンに家族4人乗り込み、会場へとゆっくりと走り出した。
門扉から出かけたことを確認した大介は、リビングの窓を鼻と前足で器用に開けた。
運よくクレセント鍵は閉められていない、時々忘れるようだ。
番犬として期待しているのかわからないが、大介の鼓動は高鳴った。
リビングに侵入する大介と五右衛門。
五右衛門の元気のいい、ひと吠え、「ワン」
冷蔵庫に一直線、前足で器用に冷蔵庫の扉を押し開けると、中にはビールとハム、ウィンナーベーコン、ご馳走がぎっしりだ。
「五右衛門、見てみろよ。今日はご馳走だ」
冷蔵庫の扉は開いたまま
その前に二匹は並び、座っている。
大介はビールを見つめ、
五右衛門はハムを見つめている。
*
ソファーで気持ち良さそうに寝ている大介と五右衛門。
リビングは食べ散らかした跡、――
だが、武達が帰宅した時の怒号は雷のように響いた。
さくらはトロフィーを手にして健太郎とその光景をみておかしくてたまらない
「このバカ犬ども! 俺のビールとハムがぁぁ!」武はつい大声を出してしまう
怒り狂った武は、その夜、犬たちの夕飯を野菜だけにした。
大介と五右衛門は皿いっぱいのレタスとにんじんを見て唸り声を上げた。
「ふざけるな! 肉をよこせ!」
だが、武は腕組みして冷たい笑みを浮かべるだけだった。
洋子と子どもたちは肩を竦めて笑いをこらえた。
3 古びたマンション
クラシックを聴きながら、サバイバルナイフを磨いている五味川。
五味川の携帯に着信音。相手を確認し、一瞬ためらうが一呼吸おいて
「はい、私です…………すいません、期限までには必ず持っていきます。」
「組長、………約束は守りますから安心してください」
「はい、………わかりました…………」
五味川は静かに電話を切り携帯をソファーの上に無造作に投げすてた。
テーブルの上には信用金庫立石支店の写真、その写真には現金輸送車が映っている。
サバイバルナイフを舐める。
壁に貼られている映画ポスター【松田優作・野獣死すべし】
左頬だけ少し口角が上がり、薄笑いを浮かべる。
五味川の前に佐藤とリ・カク 古びたソファーに座って、ビールを流し込む。
サバイバルナイフをテーブルの上に置かれた写真に勢いよく突き刺す、
現金輸送車が写った写真にナイフが突き立てられた。
五味川は2人をにらみながら静かに言葉を発した。
「……あと3日だ………」
「ノルマ2千万円だ………」
「失敗したら終わりだ」
「組長は二度待ってくれねぇ」
2人は大きく頷き、3人はお互い目で覚悟を確認し合った。
五味川額には汗がにじんでいた。
4 現金輸送車 強盗未遂
昼過ぎ、大沢家の小さな庭の
木陰で暑さをしのいでいた大介と五右衛門はぐったりと寝ていた。
住宅街を走る白のワンボックス―
運転席から窓が開き、タバコの吸い殻が投げ捨てられた。
ちょうど、大沢家の前を通り過ぎた時だった。
大介はその瞬間わずかな臭いを感じた。
飛び起きて、門を飛び越えて追いかけた。
自分でもわからない。本能に従った。
五右衛門が後を追えなくてワンワン吠えていた。
玄関の門扉は少し開いていた。手で回す簡単な鋳物のカギは誰でも簡単に開く、たまたま開いていた。五右衛門はそこから外に出て、大介の後を追った。
大介はこの臭いには覚えがある。嫌な臭いだ。
大介は見えなくなったが、匂いを頼りに五右衛門は大介を追う。
ワンボックスは信用金庫の30メートル手前で停車した。
近くによると、その臭いは、はっきりしてきた。
(あいつらだ……)
顔が浮かんでくる。俺を痛めつけたやつらだ。
車輛の後ろからサイドミラー越しに確認できた。
車内には3人。
大介は吠えたい気持ちを抑えて、うなり声で気持ちを抑えた。
五右衛門が合流。しっぽを振りながら大介にすり寄って来る。
(なんでついて来るんだよ)
クーンと甘える五右衛門。
(おとなしくしてなよ)
(五右衛門見てろよ)
そして、道路脇に落ちていた、濡れて汚れている小さなぬいぐるみを口にくわえ、停車しているその車両のマフラーに突っ込んだ。
五右衛門は側で座って黙って見ていた。
葛飾信用金庫立石支店2階建ての小さなビル。
小さな支店前に現金輸送車が停車し、銀行内から現金を運び出していた。
30メートル後方に白のワンボックスが停まっている
エンジンはかかったままだ。
後部座席には五味川とリ・カク、黒い覆面をカバンから出した。
車が走り出すが5メートルほど走ったところで止まってしまう。
ズッ―ズッ――ズーッ エンスト。
「どうした、何だ、行けよ」
五味川の怒鳴が車内に響く。
エンジンをかけ直す、キーをまわすが、直ぐにエンスト
上手くエンジンはかからない。少し進んで停まってしまう。
「臭くないか………」
五味川が車内の匂いを嗅ぐ、何度も嗅ぐ、
「俺じゃないです」
佐藤はハンドルを両手で握りしめながら小声で言う。
「違う、排気ガス臭いな」
「なんだよ………」リ・カクが運転席に顔を乗り出す。
「エアコンの温度もっと下げろよ」
その時だった。
運転席の窓に、コンコンと叩く音。
運転席側の窓に警察官が立っている。 大沢武だ。
大沢はにっこりと笑顔で、
佐藤は窓を手動で半分だけ回して下げた。
顔は現金輸送車を見つめたまま、視線だけを大沢武に向けた。
額から汗が一気に流れ出した。
「運転手さん、ここ駐車禁止なんだけど、免許証みせて」
佐藤は言われるまま、前を向いたまま免許証をゆっくりズボンの後ろポケットから取り出し、大沢に渡した。
「………ゴールドね………どこから来たの」
「………」
「ナンバー仙台だよ」
「………」
「黙ってたらわからないよ」
目の前の現金輸送車はいつものように積み終わるとその場をから立ち去っていった。
大沢は後ろに座っている不審な二人にもしっかり見ていた。
五味川とリ・カクは顔をそらす。
佐藤は顔を引きつらせながら必死に何でもないアピールなのか作り笑いをしていた。
「降りてくれる」
「 車の中、見てもいいかな………」
「………」佐藤は無言
「………どうしたの?」
「そういう事ね………」
大沢は無線で車輛ナンバーを確認した。
盗難車ではないことがわかり、大沢は免許証を佐藤に返しながら
「仕事何してんの?」
「建設です」
佐藤が苦笑いしながら苦しそうに回答した。
「ふぅーん、職人さんね………」
「もういいよ、行って、この先スタンドだから点検してもらいな」
五味川は拳を握り締め
「チ・ク・シ・ョウ…….覚えていろ…….クソ……オマワリ………」
白のワンボックスはエンストを繰り返しながらスタンドに向かった。
そのワンボックスに背を向けゆっくり走り出す大介と五右衛門
(ざぁまあみろ、バカ)
五右衛門は遊びたくて、大介にじゃれてくる。
おいおい、帰ったら遊んでやるよ、道路ではふざけるな)
大介が吠えで叱った。
五右衛門はしっぽを丸めて黙って大介の後ろをついていくー
5.闇の仕事への誘い
ハローワークから出てくるアキラ
雑誌を見つめ大きなため息をつく。
担当者から資格や経験を問われ何も答えられなかった。
「無理なんだよな、やっぱり俺には」
手にしていた求人雑誌を地面に叩きつけた。
「学歴も資格も経験もねぇ、どうすんだよ、無理だよ」
「まともになりたくても、無理だわ」
1台の白のワンボックスが静かにアキラの横に停まった。
そしてスライドドアが開いた。
「よっ、アキラ君だっけ」
俺をパチンコ屋でボコボコにした奴らだ。
にっこり笑顔で親しみある声で五味川が声をかけた。
「まっ、乗れ、ビジネスの話だ」
一瞬、アキラは身構えるが、笑顔の五味川に安心したのか疑うこともなく車内に乗り込んだ。
車内では運転する佐藤と、助手席にリ・カク、後部座席に五味川が座っていた。
五味川は冷えたビールをアキラに手渡しながら、
「アキラ君、俺たちと一緒に楽しく仕事しないか」
「仲間になれってことだよ」
手渡したビールに自分の飲んでいるビールを当て、乾杯の意思を示した。
「楽しいぞ、金になる、いい仕事だ」
「本当ですか」
直ぐに信用してしまったのか、アキラは真顔になり、五味川の顔を見た。
五味川の笑顔は、悪人らしい不気味な笑いだった。
「俺が稼がせてやる」
そうつぶやき、アキラの肩を軽く叩いて、
缶ビールを一気に飲み干した。
5 誘拐
駅から少し離れた雑居ビル
小中学・学習塾。
ビルの2階3階だけが明かりが付いていた。
ビルから少し離れたところに、白のワンボックスが停まっている。
窓にはスモークが貼られていて中は見えない
後部座席にリ・カクそして新人のアキラ 運転は佐藤、助手席には五味川。
タバコを吸いながらイライラしている。
アキラはスマホでゲームを楽しんでいる。
リ・カクが頭を叩く、「仕事しろよ………」
アキラは頷き、黙って携帯をしまう。
夜8時、塾が終わった生徒たちが一斉に出てきた。
五味川がスマホの画面で確認し、ハンドルを握っている佐藤に合図をだした。
車輛は、さくらと健太郎の後を静かに接近し、二人の真横で停まった。
勢いよくスライドドアが開き、アキラとリが車から降りて
二人を押し込む、車両は急発進し姿を消した。
6. 隠れ家
私道に入って突き当り、敷地の広い大きな空家の駐車場に白のワンボックス
が駐車している。通りからは見えにくい場所だ。
リビングに続く奥の和室に、さくらと健太郎がガムテープと黒い布袋を頭にかぶされたまま、床に倒れている。
窓は雨戸が閉められ。室内には光はない。
空き家の為、電気は止まっている。
さくらと健太郎は、お互いの存在を確認し合った。体を寄せ合う。
外灯の灯りがわずかに差し込む、薄暗いリビングには古びたソファーとテーブルが置かれていた。
室内は湿気でカビ臭く、真夏の締め切った部屋はスチームサウナのように
毛穴から容赦なく水分が流れ出していく。
五味川はソファーに座り、タバコに火をつける。
一息大きく吸い込み吐く。
「 よし、仕事だ・・・」
リ・カクが暑さに我慢できずにリビングの窓と雨戸を少しだけ開けて
外の空気を吸いながら
「本当にうまくいきますか」
「当たり前だ、俺に任せろ」
7 帰らない子供
大沢家 リビングの中を行ったり来たり、洋子は何度も時計を見ていた。
スマホでさくらに電話する、そして健太郎にも電話をする。
携帯は繋がらない
壁に掛けてある時計は夜9時を過ぎている。
8時30分にはいつも家に帰る時間だ。
携帯が繋がらない。
洋子の携帯に電話が鳴る
非通知――
「……子供二人、娘と息子を預かっている。……」
ボイスチェンジで、声は誰だかわかない。
「ママ!! (さくらの声) ママ、(健太郎の声)………」
「……指示を待て……」
電話が切れる―
「もしもし、 さくら……健太郎……」
洋子は叫ぶも通話は既に切れていた。
不安が押さえられない洋子は、大沢に電話をかけた。
その様子を庭から大介は見ていた。
その横に五右衛門 首を傾げている。
大介は掃き出し窓に顔を近づけ、鼻上げて、洋子を見つめていた。
犬になった大介の犬としての能力が覚醒し始めた瞬間でもある。
(おまえは、来るな、五右衛門、ここにいろ、)
助走をつけ、大きくジャンプ、垣根を超える。
五右衛門が後を追えず、ひたすら吠えている。
大介は走る――向かった先は、さくらと健太郎が通っている塾。
しばらく塾を見つめ、周辺の臭いを嗅ぎはじめた。
そして、ワンボックスが停まった場所で、大介の動きは止まった。
アキラの顔が浮かぶ――「 アキラ……」
そして、パチンコ屋で絡んできた3人の顔も浮かぶ―
大介は匂いを頼りに走り出した――。
8. 交番勤務
交番で報告書を作成中の大沢にラインで写真が送られてきた。
誘拐されたさくらと健太郎のガムテープで縛られた写真
大沢は一瞬、その写真を疑う。
携帯が鳴る
妻の洋子からだ、息がとぎれとぎれで慌てた声で、
「……さくら……健太郎が……」
「誘拐された……」
「洋子、落ち着け…….おれたちの子だ、絶対大丈夫だ……」
9、塾前、
パトカーが2台駐車している。
警官たちは防犯カメラをチェックし、直ぐに犯人の割り出しができた。
白のワンボックス、ナンバーも確認
人物も特定できた。
大沢は白のワンボックスと同乗している人物の画像を拡大し
大きなため息を吐く、
「 こいつらか……」
「犯人を知っているんですか、大沢さん」同僚が聞き直す
「先日、職務質問したよ………」
各所の防犯カメラで追跡、逃走経路が判明。
10 空き家
薄暗い部屋で五味川が携帯を手にして電話をかける。
額と首、タトゥの入った腕からも汗が容赦なく流れ落ちていた。
11 塾の前
大沢の携帯に着信音 非通知
「……はい、大沢です……」
ボイスチェンジで声が作られた変な声、
「明日、亀有信用金庫に現金輸送車が14時30分に来る、現金を奪え」
「……俺警官だけど……」
「銃を使え、持ってんだろ」
「ところで、車ちゃんと整備したか」
「……うるさい、何の話だ……」
「ゴールドの佐藤君も一緒かい……」
「何のことだ……とにかく銀行を襲って金奪え……」
「わかった、お宅らの代わりに強盗しろよって、事ね」
「息子と娘……命ないぞ……」
電話が切れる――。
部屋の隅でアキラは立ったまま、倒れている子供たちを見て
小刻みに手が震えていた。
12. 追跡
大介は道路に残された匂いを頼りに追う、
わずかな、かすかな匂いを嗅ぎながら、
アキラが吸ったタバコの吸い殻が落ちていた。
おそらく車の窓から捨てたのだろう。
鼻を拭いたティッシュが道路沿いの植栽の上に落ちていた。
大介の捜索は続く――
大型ダンプ、大型貨物がスピードを出して走る道路、クラクションを鳴らされ引かれそうになりながらも、追跡する。
大介の心は揺れた。
焼肉屋の前で立ち止まる。
一呼吸して走り出す。
*
回想ー
中学高校の荒れた生活、
自分の家の食堂のレジから金を盗んで遊んだことや
喧嘩に明け暮れたころ
母が一人泣いていた背中
アキラとの出会い、自分を本当の兄貴と思い頼っている奴、
そして、五右衛門の瞳。
(「俺は今まで、誰かのために生きたことがあったか…?」)
フラッシュバックが脳裏をめぐった。
13 空き家
リビング内は湿気と暑さ、そして、カビ臭さが充満していた。
五味川はリ・カクとアキラに向かって
「……ちゃんと、見張っていろよ……」
その言葉にアキラは動揺を隠せない、
五味川と佐藤は車に乗り込んだ。
そこから40メートル付近、大介がいた。
動き出すワンボックス、この匂い
間違いない。
ワンボックスは大介とすれ違い走り去る。
匂いを頼りにたどり着いた空き家。
五味川と佐藤がいなくなると
リ・カクはリビングの窓と雨戸をもう少し大きく開け、
ソファーの上に寝転がり、すぐにいびきをかき始めた。
アキラは、リ・カクの様子をうかがいながら、さくらと健太郎の頭にかぶせた布袋を取る。
縛られている両手のガムテープを解こうと、リ・カクの様子も見ながら、慎重に行うがアキラの手が震えてなかなか進まない。
「 もうちょっと、まっていな……」
「おじさん、しっかり」 小声で励まされるが変わらない、
「あにき……」おもわず泣きべそをかく、子供みたいに
大介は空き家の敷地に入り匂いを嗅ぐ、掃き出し窓に顔を付け、わずかの隙間から中を確認、匂いが子供二人の匂いだ、
そして、アキラの匂いが――
アキラ…お前か……どうして……)
暗いリビングの様子は街灯の明かりで
からわずかに確認できた。
さくら、健太郎にアキラ。
アキラが必死で子供を助けようとしていた。
何重にもまかれたガムテープを不器用に外そうとしている。
大介は鼻先を入れぐいぐいと壊れている雨戸を広げ中に入った。
薄暗い部屋の中、さくらと健太郎はダイスケが来てくれたことに声を出さず歓喜した。
アキラは一心不乱ガムテープを外そうとしているがうまくいかない、
アキラは大介(犬)を見て、
「……あにき……」と思わず口に出してしまう。
大介はアキラの手を舐めた。
アキラの目の前の時間が一瞬止まったかのように―
「まさか……あにき?……」首を横に振るアキラ。
大介は直ぐに、さくらの両手ガムテープを噛み切った。
さくらは縛られている足を直ぐに開放し、健太郎の拘束を解いた。
二人はダイスケに抱きついた。
声を殺して、――
もう一人の人影を感じた瞬間、アキラは壁に叩きつけられる。
その激痛に悲鳴もでない。
坊主頭のリ・カクがそこに立っていた。
「このクソガキ!」
大介の威嚇、うなり声、大介が飛びかかる坊主頭の腕に噛みつく、
しかし、蹴り飛ばされて、3,4メートル吹っ飛んだ。
怯まず、再び立ち向かう。
リ・カクの手を再び噛みつくが、蹴られて、思わず キャイーン。
それを見ていた健太郎は勇敢にも男と組み合おうとした。
背負い投げをしようとしたが、リ・カクも格闘家崩れ、そう簡単には投げられない、反対に投げられてしまう。
アキラは背中の痛みで起き上がれない。
さくらが両手を構えて、リ・カクの顔面に突きを連打するも、胸に数発当たってはいるが、ダメージはまったくない様子だった。
得意のハイキックは捕まれ、振り回されて数メートル飛ばされてしまった。
元プロ格闘家のリ・カクのレベルは別格だった。
立ち上がろうとするさくらをさらに蹴り飛ばし、さくらは衝撃に体を丸めた。
襟をつかもうとしたリ・カクの右手の指に大介は思いっきり噛みついた。
「うぉ―っ」鈍い悲鳴がリビングに響き渡る。
さすがのリ・カクも悲鳴を上げた。
慌てて大介の体を思いっきり殴り、引き離した。
大介はあきらめることなくリ・カクの足に思いっきり噛みついた。
「痛っ………離せ」
リ・カクの体のバランスが崩れたこの一瞬。
健太郎の一本背負い投げが決まった。
同時にリ・カクの体が宙に浮いて落ちる瞬間―
さくらの回し蹴りが男の左側頭部を捕らえ、そのまま倒れ込み、起き上がることはなかった。
*
空き家前にパトカー数台が到着。
空き家を包囲して、警官隊が中に突入。
そこには倒れている犯人のリ・カク そしてさくら、健太郎、アキラの姿があった。
アキラは何も言わず何度も頭を下げていた。
アキラの側に大介が寄り添う
アキラを慰めているかのように手を舐めまわす。
アキラはしゃがみ込んだまま泣いている。
大介はアキラに向かって吠えた。
「すいませんでした」
アキラはさくら、健太郎そして、みんなに頭を下げた。
手錠をかけられ、リ・カクとアキラはパトカーに乗せられる。
大沢武と洋子も駆けつけてきた。
「無事だったか……よかった」
大沢武はさくらと健太郎を抱きしめた。洋子も入り4人家族。
わんわんわん 大介が吠える。大介も入って家族そろった。
しっぽが勝手に動く、わからないが、しっぽは全く言うことを聞かない。
体は幼稚園児みたいにピョンピョンはねている。
(だれか、俺の体を止めてくれ、 何だ、この躍動感と高揚感は、変だぞ……)
大介はさくら、健太郎、武、洋子、みんなの顔を舐めまわしていた。
(こんな、気持ち……最高だ………)
14 コンビニ駐車場
白のワンボックスと数台のパトカー
五味川と佐藤、は手錠をかけられパトカーに乗せられる。野次馬がスマ
で撮影している。
二人は顔を伏せたままだ。
満月、 五右衛門 遠吠 五右衛門の瞳に満月が映し出されている。
15、 満月の夜、水元公園の池の前、
大介は月を見ていた。誰もいない公園、
瞳に映る満月
鼻を高く上げ 遠吠、 すると 回りの仲間たちからも遠吠がはじまる
何度も繰りかえす。遠吠
茂みから金色の狼が現れる。
金色に輝く、不思議なオーラなのか、発光している毛並みが月あかりに照らされて眩しい。
金色の狼は大介の隣に並ぶ、そして 大きく響く遠吠をー
大沢家にいる 五右衛門も遠吠をー
金色の狼は
( どうだ、このままでいるか、……人間にもどるか……)
大介にはもう恐れはなかった。
(どうしたい……)
(犬を選べば人間の記憶は消える。人間に戻れば犬の記憶は消える)
大介は満月の月を見つめながら、
(……犬の世界も悪くはない………でも)
(人間としてしなければならないことがある)
(………生き様を変えたい。俺は犬として多くの事を知った)
この時、さくらと健太郎と野原で仲よく遊んでいた事を思いだす。
( 人間にもどれたら、後悔のない人生を送りたい・・・・)
( お前が体験した感情は心に深く刻まれるだろう)
(大介よ………俺はいつもお前を見ている)
(さらばだ、もう会う事もないだろう)
16 公園の雑木林
大介が目を覚ますと、公園の茂みのなか、裸であったが、自分の服は側にあった。
バッテリーは無くなっていたが携帯もあった。
首輪をしているのを両手で確かめて外した。
17 エピローク
1年後
奥山食堂
母と厨房で働く 大介 大きなフライパン、スナップを効かせてチャーハンを作る
出前から戻るアキラ、裏口には白い色の中型犬雑種が鎖に繋がれている。
アキラにしっぽを振る。あの時の野良犬だ。
体はきれいになり白っぽい毛並みになっている。
「タロウ、後で散歩行こうな」
頭をなでて、厨房の中へ
大介 「アキラ、もう一軒注文は行ってたよ、駅前の交番頼むわ チャーハン大盛だ」
アキラ「 はいよ、まかしときー」
店内は満席、手が休まらない。
母親のさやは笑顔で配膳をしていた。
「おばちゃん、焼きそば大盛で」
「はいよ」
大介もアキラも充実した顔になっている。
厨房の写真、小さな写真 額に入れられた 父と母、
そして幼いころの大介。そこに一緒に撮られた大型犬が
立ち上がり父親側から幼い大介の側に歩き出し右側から左側に位置を変えて少年見つめるように座った。写真で起きた不思議な現象だった。
*
公園で堂々と歩く五右衛門。
堂々とした、りっぱな大型犬へと成長していた。
さくらと健太郎リードをしっかり手に持ち、
五右衛門を散歩させていた。
そして奥山食堂の前を通るー
店の前で掃除をしている大介は子供たちと挨拶を交わす。
一瞬、五右衛門と目が合った。
時間が止まる。
言葉はない。
だが、確かに通じた。
五右衛門はクーンと小さく甘える声で鳴く。
大介の胸の奥が、わずかに揺れた。
だが、大介は何も言わず、ほうきを動かした。
五右衛門はゆっくりと歩き出す。
振り返らずに、遥か遠くを見つめていた。
だが、その背中はどこか誇らしかった。
*
「ダイスケ、どこ行ってやったのかな……」
「彼は彼の人生があるのよ……」
さくらが五右衛門に視線を送りながらー
「きっと、自分の家に帰ったんだわ」
そういってさくらは、しゃがみ込んで五右衛門の頭をなでると、お返しとばかり五右衛門はさくらの頬を舐めた。
*
夜
満月
五右衛門が空を見上げる。
遠吠え、
その声に応えるように、町のあちこちから遠吠えが返ってくる。
どこか遠くで、大介はその声を聞いていた。
2階のバルコニーから
ふと空を見上げる。
満月が静かに輝いている。
大介は、ほんの少しだけ笑った。
今度は、迷いのない笑顔だった。
五右衛門のその姿は大きく強くたくましくー
大沢家の守り神となっていた。
額に輝く白い十字星、
END