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『ミシガンの夢でみたLucio』#9   届かない祈り / 奇跡はここに /       エピローグ —迎えにきたよ―    

    届かない祈り

     メイプルクリークからの帰りの車の中。刈り取りを終えたトウモロコシ畑、紅葉した木々や、ところどころの民家の玄関に飾られたパンプキンが窓の外を流れていく。もう何度通ったか分からないこの田舎道を走りながら、私は泣いていた。

     今日のバイブルスタディで、優の訃報を知らされたのだ。病状が思わしくないことは、これまでも時折耳にしていた。
    日本から知らせを受けた陽子さんは、何度も声を詰まらせながら、その知らせを私たちに伝えた。

    胸の奥で、何かが音もなく崩れ落ちた。

    優が、いなくなってしまった。
    本当に、手の届かないところへ行ってしまった。

    この半年の間、私はずっと彼女のために祈ってきた。
    優を知る多くのクリスチャンも〝祈りのグループ〟を作ったと聞いていた。

     私は誰にもぶつけようのない怒りに震えながら、深く傷ついてもいた。
    こんなにも理不尽なことがあるだろうか。
    あれほど神様のために働いていたのに。
    やっとグリーンカードがとれたのに。

     それに私は、もしも…。
    もしも彼女の治療がうまく進み、なにごとも無かったようにミシガンに戻ってきたなら。

    大好きな人達が信じる神様を、自分も信じられるかもしれないと、心のどこかで思っていた。

    でも神は、私に奇跡を見せてはくれなかった。
    私の祈りは、届かなかったのだ。

    窓の向こうに、見慣れた赤い屋根の小屋が通り過ぎていく。
    私はハンドルを握りながら、声を上げて泣いた。

    今の自分の気持ちを、誰かにうまく説明できる気がしなかった。
    この思いを誰と分かち合えばいいのかも、分からなかった。
    私にもイエス・キリストへの信仰があったなら、この気持ちを癒す術があったのかもしれない。

     車のスピーカーからは、英語の軽快なトークと共に、最新のヒットチャートが聴こえてくる。


    奇跡はここに

     優が天国へ旅立った日からも、私の日常は続いていた。
    月曜日の夜はゴスペルレッスン、木曜日はバイブルスタディ。
    仲間たちとくだらないことで笑ったり、会社の奥さんたちと交流を深めたり。
    あんなにも悲しいことが起こったのに。いや、起こったからこそ、私は忙しくしていなければならなかった。
    立ち止まれば、胸の奥にぽっかりと空いた穴に飲み込まれてしまいそうだったから。
     
     優の名前を耳にすることも少なくなり、気づけば数か月が過ぎていた。
    「また日本で会おうね」
     白石さん家族が日本に帰国する日の朝、私たち〝Grace Sparrows〟のメンバーは、彼女がそれまで住んでいた家の前に集まっていた。
    そこには加田牧師と、陽子さん、彰さんの姿もあった。

    白石さんとは日本でまた会えると信じていた。
    けれど、こうして駐在組が一人ひとり帰国していくごとに、これまで築いてきた濃密で絶妙なメンバーとの関係が少しずつ形を変えていくことも分かっていた。

     さらに、加田牧師も近々ここを去ることが決まっていた。別の地の教会から主任牧師としての声がかかっているのだ。

    「白石さんを送り出すためにみんなで歌おうよ」
    誰からともなく、そんな提案が浮かんだ。
    「よし、そうしよう」
    加田牧師がギターケースを取りに、自分の車に向かった。

    そんな私たちの様子を見ながら、陽子さんが白石さんに声をかけた。
    「またミシガンに遊びにきてね」
    「はい、また絶対に来ます」
    白石さんはまっすぐにそう言った。

    陽子さんは寂しそうに笑う。
    「今までたくさんの駐在員の奥さんたちを見送ったけど」
    その言葉は私たちにも向かっていた。

    「みんな日本に帰ると現実に戻ったみたいになって、ここで過ごした時間が夢の中のできごとみたいな感覚になるんだって」
    「夢の中のできごと、ですか…。少しわかる気がします」
    駐在組の真由ちゃんが言った。

    陽子さんはその言葉に小さく頷きながら、
    「私たちにとってはここが現実の世界なのよね。だからちょっと寂しいって、思う時があるの」と言った。
    その場に、しんみりとした空気が広がった。

     ここへ加田牧師が満面の笑みを浮かべながら、ギターケースを持って戻ってきた。
    彼は今日も全身黒づくめで決めている。
    「じゃあ、白石さん、最後にみんなで何歌いたい?」
    牧師の問いかけに、白石さんは少しだけ考えてから答えた。

    「〝 HUSH 〟がいいです」
    私たちは一斉に笑った。そして口々に言った。
    「え、ここで?」
    「マジか~」
    「うそでしょ」
    〝HUSH〟を歌うということは、ここでみんなでステップを踏みながら歌う、ということを意味しているのだ。

    「よし、じゃあ〝HUSH〟 歌うぞ~」
    気が付くと加田牧師はギターストラップを肩から掛け、準備万端にして張り切っている。
    幸いにも白石さんの家と隣の家には結構な間隔があって、家の前には、民家がない。
    遠慮せずに歌っていいということだ。

     牧師がギターをつま弾く。
    全員が音程を確認した後にカウントが始まる。
    「ワン、ツー、スリー、フォー」
    「♪ ウーウウー、ウーウーウウウー、ウウ ウッウー ウ、ウ、ウー…」
    何度も何度も歌った曲。そして何度も躍った曲。

    ソプラノ、アルト、メロディライン。それぞれが決まったパートを歌い始める。最初は小さな横揺れから始まる。

    それぞれが互いの声を聴きながら、ひとつのハーモニーを作っていく。

     これまでこのメンバーと歌ってきた数々の記憶がよみがえる。
    何度も笑った。
    失敗もした。
    ステージに立つ前の緊張感。
    歌い終えたあとの安堵した表情。
    そんな日々が胸を駆け抜ける。

     サビのコーラスに入る。
    誰にも言われなくても全員が一斉に、本気のボックスステップを踏みはじめた。

    「♪ God is standing by(神様がそばにいるよ)
      So hush, don't you worry(シーッ、しずかに。心配しないくていいよ)
      Don't cry(泣かなくていいんだよ)・・・」
    陽子さんと彰さんも手拍子を打っている。
    子供たちも私たちの真似をして踊り出す。
    ミシガンの大きな青空に〝Grace Sparrows〟の歌声がどこまでも広がっていく。
     
    ——探していた答えは、まだ見つからない。
    アメリカに着いたその日、優は私をゴスペルの世界へ導いてくれた。
    その場所には、素晴らしい人たちがいた。
    陽子さん、彰さん、加田牧師、優、真理子ちゃん、恵理子さん、高嶋牧師…。
    みんなクリスチャンだった。
    彼らとの出会いと共に過ごした時間には、一体どんな意味があったのだろう。
    今はまだ、分からない。

     でも同じ場所には、私と同じように答えを探している途中の仲間たちもいた。
    彼女たちと共に歌ったゴスペルには、言葉では説明できない何かが宿っていたはずだ。
    嬉しい時も、悲しい時も、苦しい時も、私たちは歌った。
    その確かな記憶の中に、私が探していた答えの欠片があるのかもしれない。

    神様、
    この八羽のすずめたちを引き合わせてくれたことを、心から感謝しています。 


    エピローグ  —迎えにきたよ―

     ミシガンから日本に帰ってきて、10年以上が経った。
    陽子さんが言っていたとおり、かの地で過ごした3年間は、今となれば夢の中の出来事のようだ。

     最初の数年間はそこでの経験を夢で終わらせないように抗っていた。
    その証拠に、帰国して私が一番にしたことはゴスペル教室に通うことだった。
    それなりに頑張ったつもりだったが、心の中にある空虚感は埋められなった。信仰から切り離された場所で歌うゴスペルは、ただ形を真似しているだけに思えたからだ。
     
     今、私は保護猫の譲渡会の会場の入口に立っている。
    帰国してしばらくは賃貸暮らしだったが、今年、空き家になっていた夫の実家に移り住むことになったのだ。
    ようやく準備が整った。

    今日は渋る夫を無理やり説得し、ここへ連れてきた。
    「こんにちは~」
    受け付けの女性が笑顔で声をかけてくれる。
    「こんにちは」 
     入口のガラス扉を開けると、部屋の中には大小さまざまなケージが並び、その中にはたくさんの猫たちがいた。傍らには、それぞれの猫を見守る里親たちの姿もあった。

    私は確信にも似た気持ちを抱きながら、部屋の中をゆっくりと見回す。
    すると奥のスペースの、まだ小さな子猫たちがいるケージの横に、ひときわ体の大きい茶トラ猫がいるのが目に飛び込んできた。
    茶トラ猫は小さなケージの中で身を縮め、両耳を伏せて怯えた表情をしていた。

    私はゆっくりと、その猫の方へ歩いていく。
    そしてケージの前に立ち、じっと見つめながら心の中で話しかけた。

    (こんにちは。迎えにきたよ。
    〝るしおくん〟)

    茶トラ猫が、わずかに反応した気がした。
    私はすぐに、そばにいた里親の女性に声をかけた。

    「この子を、うちに迎えたいです」

    ——ミシガンの、陽だまりに包まれた光田家の部屋の中で、私が優と最後に交わした会話に思いを馳せる。

    「〝Lucio〟って、スペイン語で〝光〟っていう意味があるんやって」

     そう言って微笑む優のそばには、寄り添うように丸まって眠る黒猫のJOYと、彼女の腰にそっと手を当てる陽子さんがいた。
    一枚の絵画のようなその情景は、やさしく穏やかな光で満ちていた。

    あの日の記憶は今も私の中で、静かに生き続けている。
    きっとこれからも。

    (終わり)
     
     
     


     
     
    パーソナリティ研究所・エニアグラム認定講師。Type4。エニアグラムとクリエイティビティの関係を探究中。「自分には物語は書けない」という思い込みを超えて小説を執筆。詩・小説・創作について発信します。 夫と愛猫ジュリ(本名ジュリアス)・と暮らすアラフィフ主婦。

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