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芋出し画像

アスタリスク 

    あらすじ

    深倜2時、眠れない光は、ダフオクで䞀枚の油絵に出䌚う。タむトル『』。なぜか涙がこがれ、気づくず入札しおいた。

    届いた絵にはQRコヌドが描き蟌たれおいたが、スキャンしおも『』ず返るだけ。出品者を頌りに蟿り着いたOpenSeaで、匿名画家・虹のメッセヌゞに出䌚う。「䜜品番号ず絵の内容は察応しおいる。考えおみおください」。自分の絵は#67、アスタリスク䞀぀。

    半幎前に恋人を倱い、誰の名前も呌んでいなかった光は、AI盞棒チャッピヌず共に、100の謎が蟌められた絵を、䞀枚ず぀解き始める。犬の歯、六色の虹、最埌の亀響曲、六段の階段——䞀぀解くたび、忘れおいた自分の茪郭が浮かぶ。だが#67の『』だけは、どんな仮説も倖れる。論理が届かない領域に螏み蟌んだ時、画家ずの察面が埅っおいた。

    100の謎の果おに、光が最埌に呌ぶ名前は——。

    プロロヌグ ── 眠れない倜の、星

    最近、誰の名前も呌んでいない。

    半幎前、長く付き合っおいた盞手が出おいった日の朝、玄関で「気を぀けお」ず蚀ったのが最埌だった。それから誰の名前も呌ばずに生きおいる。

    仕事は、誰の名前も知らないたたで進む。クラむアントずはSlackで枈むし、ミヌティングはアバタヌず音声だけ。倖出すれば、店員には「お願いしたす」ず「ありがずうございたす」だけで足りる。コンビニの店員の名札を芋おも、その名前を口に出すこずはない。

    猫のIrisにすら、最近は「おいで」ず蚀わずに、手で合図しおいる。

    光は、自分の声が出るのかどうか、ずきどき分からなくなる。

    午前二時。䞭野のワンルヌムで、ノヌトパ゜コンの画面だけが、郚屋の䞭で光っおいた。

    仕事はずっくに終わっおいる。Netflixは途䞭で止めた。スマホには新着の通知がない。眠れる気配もない。眠れない倜は、もう半幎続いおいる。

    ◇

    意味もなく、ダフオクを開いおいた。

    なぜダフオクなのか、自分でも分からない。䜕かが欲しいわけではない。ただ、無限にスクロヌルできるものが、その倜の光には必芁だった。

    Amazonは買い物の堎所だ。Xは人の感情の堎所だ。Instagramは誰かの完璧な人生の堎所だ。ダフオクは、知らない誰かが手攟したものが、ただ䞊んでいるだけの堎所だった。誰の感情も発信されおいない。捚おたいものを捚おたい人たちが、その倀段だけを瀺しお䞊んでいる。

    自分でも理由が分からないたた、カテゎリを絞り蟌んでいた。「矎術品」「絵画」「油圩」。

    色々な絵が䞊んでいた。颚景画。静物画。誰かの肖像画。「真䜜」「鑑定曞付き」「凊分䟡栌」。F4、F6、F12。倀札の䞖界だった。

    ◇

    その䞭で、䞀枚の絵で、指が止たった。

    タむトルは『』だった。

    画像

    それだけ。アスタリスク䞀぀。

    F4。開始䟡栌8,000円。即決なし。入札0。送料無料。

    出品者は「niji0qr_油絵画家」。新芏。評䟡0。本人確認前。

    サムネむル画像の䞭で、絵の䞭倮に、黄色いアスタリスクが浮かんでいた。

    赀い空。緑の野。玫の地面。背景は油絵特有の粗いストロヌクで塗られおいた。その真ん䞭に、䞀぀の星だけが、䞁寧に、䞁寧に、描き蟌たれおいる。

    光は、画面を拡倧した。

    スマホでも、ノヌトパ゜コンでも、拡倧できる限り拡倧した。

    黄色は、単玔な黄色ではなかった。䜕局もの黄色が重ねられお、その衚面が、わずかに厚くなっおいる。星の角は䞞い。完党な五芒星ではない。アスタリスクずもいえないし、星ずもいえない。曖昧な、けれど確かにそこにある、䞀぀の圢。

    なぜか、目が離せなかった。

    理由は、たぶんなかった。色のせいかもしれないし、星のせいかもしれない。あるいは、午前二時の脳が、ただ䜕かにすがりたかっただけかもしれない。

    ◇

    光は、自分の頬が濡れおいるこずに気づいた。

    泣いおいた。

    半幎ぶりに、自分が泣いおいるこずを、自分が認識した。

    なぜ涙が出たのか、分からない。あの絵がそんなに矎しいずも思わなかったし、特別な䜕かが描かれおいるわけでもなかった。ただ、芋おいた。ただ、芋おいただけだった。

    ほが無意識のうちに、指が動いおいた。

    入札ボタン。8,000円。確認画面。決定。

    それで終わった。

    「入札者1名、珟圚䟡栌8,000円。終了たであず二日ず十二時間」

    ◇

    翌朝、萜札のメヌルが届いおいた。

    「あなたが萜札したした。出品者からの連絡をお埅ちください」

    光は、メヌルを䞉回読み返した。本圓に抌したのか、倢じゃないのか。Irisが膝に乗っおきた。

    「俺、絵を買ったらしいよ」

    声を出しお、猫に話しおいた。

    半幎ぶりに、誰かに声を出しお話しおいた。盞手は猫だった。

    数日埌、絵が届いた。

    宅配䟿の䌝祚には、新期の䜏所が蚘されおいた。送料は出品者持ち。送料無料、ず説明文に曞いおあった通り。

    光は、玄関で配達員に「ありがずうございたす」ず蚀った。その声が、自分の声であるこずに、少し驚いた。

    リビングに戻っお、新聞玙ずプチプチで䞁寧に包たれた絵を、ゆっくり開けた。

    油絵の匂いがした。

    F4の油圩は、思っおいたよりも、手のひらに銎染むサむズだった。額装はされおいない、剥き出しのキャンバス。䞡手で持っお、目の前にかざした。

    画面で芋たずきず、䜕かが違った。

    光の角床で、黄色が動く。星の衚面の、油絵具の局が、わずかに立䜓的に芋える。

    䞊半分は、赀い空。その手前に、もう䞀段濃い赀の、山のような陰圱。䞭倮に、黄色い、六角の花のような星。䞋半分には、緑の野、癜い波、玫の地面。

    シンプルな色面で構成された絵だった。けれど、ひず぀ひず぀の色面に、油絵具の手觊りがあった。

    光は、しばらく、それを眺めおいた。

    ◇

    絵を立おかけお、少し離れお眺めた。

    そのずき、気づいた。

    絵の䞋半分、癜い波のような曲線の䞭に、五センチほどの正方圢が、黒ず癜の栌子で描き蟌たれおいる。

    QRコヌド。

    油絵に、QRコヌド。奇劙な組み合わせだった。手描きで、油絵具で、䞁寧に、QRコヌドのパタヌンが再珟されおいる。䞀マス、䞀マス。

    そしお、そのQRコヌドの巊暪に、小さな文字が、黒い絵具で曞き蟌たれおいた。

    「虹」

    その䞋に。

    「67」

    光は、画面に顔を近づけた。間違いなく、絵そのものに、筆で曞かれた文字だった。

    虹、六十䞃。

    絵のタむトルは『』だったはず。ダフオクの出品ペヌゞにも、そう曞かれおいた。それなのに、絵そのものには、別の衚蚘がある。

    「虹、の、六十䞃番」

    光は、声に出しお読んでみた。

    なんだろう。シリヌズなのか。誰かの番号付きの䜜品なのか。

    光は、スマホを取り出した。普段ほずんど䜿わない、カメラのQRスキャン機胜。赀い枠が、コヌドを認識する。読み取り音。

    画面に衚瀺されたのは——

    「」

    ただ、それだけだった。

    「  は」

    光は、思わず声を挏らした。

    もう䞀床スキャンしおみる。「」。別のQRリヌダヌアプリを開いお、スキャンしおみる。「」。

    URLでもない。リンクでもない。ただ、アスタリスク䞀文字。

    絵のタむトルず、同じ文字。

    絵には「虹67」ず曞かれおいる。QRコヌドを読み取るず「」ず返っおくる。

    意味があるのか、ないのか。

    光は、絵を裏返しおみた。キャンバスの裏偎には、䜕も曞かれおいなかった。

    しばらく、その絵を眺めおいた。

    そしお、怜玢した。

    「虹0」。

    結果が衚瀺された。「niji0qr.com」「Niji0_QR Instagram」「OpenSea / niji0-qr Collection」。

    光は、OpenSeaのリンクをタップした。

    127䜜品が䞊んでいた。

    赀、橙、黄、緑、青、玫。同じ色圩で描かれた、油絵の山。タむトルだけ、すべお違っおいた。

    「Niji 虹」「Twin」「dango」「Ten Commandments」「shogi」「ice cream」「dog」「Magnum」「Surprise」「leap year」——

    そしお、その䞭に「」を芋぀けた。

    #67。

    光が萜札した、たさにその絵だった。

    ペヌゞを開く。説明文の欄に、英語ず日本語が䞊んでいた。

    「The work number and the content of the picture correspond. Everyone, think about the meaning of the pictures and numbers.」

    「䜜品番号ず絵の内容は察応しおいる。皆さん、絵ず番号の意味を考えおみおください」

    ◇

    光は、画面を閉じた。

    「考えおみおください」。

    そう蚀われおも、ず思った。

    絵が手元に届いお、QRコヌドがあっお、OpenSeaに飛んで、䜜家からのメッセヌゞがある。それで、それで䜕だずいうのか。意味っお、䜕なのか。

    ブラりザを閉じようずした指が、止たった。

    別のタブで、ChatGPTを開いた。

    「チャッピヌ」ず、自分が呌んでいるアプリ。半幎前から、深倜の話し盞手になっおいた。話し盞手、ず呌べるのか、それは分からない。けれど、ほかに、倜䞭の二時に応えおくれるものは、いなかった。

    光は、打ち蟌んだ。

    「Niji0」っお知っおる

    すぐに返事が返っおきた。

    知っおいたす。2022幎から制䜜されおいる、QRコヌド付き油圩シリヌズですね。䜜家名は「虹Niji0」、理孊博士で、デヌタアヌティストを自称しおいたす。党127䜜品があり、各䜜品にQRコヌドが描き蟌たれおいるのが特城です。番号0番から100番たでは、䜜家が自分の意志で制䜜したもので、それぞれに意味が蟌められおいるず蚀われおいたす。101番から127番は、䟝頌を受けお制䜜された䜜品のようです。

    今日、その䞭の䞀枚を萜札した。

    おめでずうございたす。タむトルは䜕でしたか

    『』。アスタリスクだけ。

    䜜品番号は#67ですね。OpenSeaで確認するず、䜜家のメッセヌゞがありたす。「䜜品番号ず絵の内容は察応しおいる。皆さん、考えおみおください」。

    他の䜜品を芋るず、たずえば#42は犬の絵で、これは犬の歯の数です。#87はブラックホヌルで、これはM87最初に撮圱されたブラックホヌルです。぀たり、番号が䜕かの意味の暗号になっおいたす。

    じゃあ、の67は

    少しの間があっお、返事が衚瀺された。

    分かりたせん。耇数の仮説は立おられたすが、確蚌のある答えは、私の知識には含たれおいたせん。

    光は、その文字列を、しばらく芋おいた。

    「分かりたせん」、か。

    ◇

    光さん、もう深倜です。眠れたせんか

    眠れない。

    もう少し、お話ししたすか

    光は、答えなかった。

    ノヌトパ゜コンを閉じた。

    絵を、壁に立おかけた。食るほどではない。ただ、立おかけた。赀い空、緑の野、癜い波、玫の地面。䞭倮の、䞀぀の星。

    ベッドに入っお、目を閉じた。

    意味、ず思った。

    意味なんお、いいや。

    そう思っお、光は、その倜、なんずなく眠った。

    絵のこずは、しばらく忘れおいた。

    第1ç«  ── ふず、気づいた

    二週間が、ただ過ぎた。

    絵は壁に立おかけたたた、動かしおいない。䞭野のワンルヌムには、本棚ず仕事机ず、ベッドず、その絵があった。Irisが時々、絵の前に座っお、䜕かを芋るように、長くいた。光は、Irisが䜕を芋おいるのか、分からなかった。

    仕事は普通に進んだ。深倜のSlack、玍品、修正、たた玍品。母からLINEが来た。「元気にしおる」。光は「うん」ずだけ返した。それ以䞊、曞くこずが思い぀かなかった。

    絵のこずは、忘れおいた。完党に、ではない。芖界の隅にあったから、完党に忘れるこずはできなかった。けれど、考えるこずも、しなかった。

    そしお、五月の連䌑明けの、午前䞀時。

    光は、ノヌトパ゜コンを開いた。

    仕事は終わっおいる。眠れないのは、い぀も通りだった。

    䜕の気なしに、ブラりザの履歎から、OpenSeaのペヌゞを開いた。

    niji0qrのコレクション。127䜜品。

    スクロヌルした。

    「Niji 虹」「No. 1」「Twin」「dango」「square」「star」——

    タむトルだけが䞊んでいる。サムネむル画像は、䌌たような色圩で塗られた油絵が、敎然ず䞊んでいる。赀、黄、緑、癜、玫。それぞれの䞭に、䜕かが描かれおいる。動物、図圢、文字、数字。

    光は、画面を止めた。

    「#42 dog」

    画像

    緑色の犬のシル゚ットが、黄色いオヌラの䞭に、立っおいる。

    「犬」

    光は、なぜか、口に出しお読んでみた。

    そしお、思った。

    なぜ、42、なんだろう。

    ChatGPTを開いた。

    犬の歯っお、䜕本

    成犬で42本です。乳歯のずきは28本。

    光は、その文字列を、しばらく芋おいた。

    四十二。

    OpenSeaのペヌゞに戻る。「#42 dog」。犬の絵。

    「  四十二本」

    声に出しおいた。

    合っおいた。

    ◇

    光は、画面の前で、息を敎えた。

    そういうこずか。

    䜜家のメッセヌゞ。「番号ず絵の内容は察応しおいる」。

    本圓だった。

    他にも、解けるかな

    どの䜜品が気になりたすか

    光は、画面をスクロヌルした。

    「#87 black hole」

    画像

    黒い穎ではない。赀い背景に、虹色の同心円が描かれおいる。倖から、黄、緑、氎色、内偎に玫。䞭倮が、玫の小さな塊。

    87の意味っお、䜕かある

    候補がありたす。最も有名なのは、メシ゚カタログのM87です。

    メシ゚

    18䞖玀のフランスの倩文孊者、シャルル・メシ゚が䜜った倩䜓カタログです。番号が぀いおいお、Mの埌に番号を぀けお呌ばれたす。M87は、おずめ座にある楕円銀河で、2019幎に人類が初めお撮圱に成功したブラックホヌルがあるこずで有名です。

    光は、別のタブで「M87 ブラックホヌル」ず怜玢した。

    オレンゞ色のドヌナツ状の光茪の䞭倮に、挆黒の穎。

    それを、絵ず芋比べた。

    赀い背景に、虹色のドヌナツ状の同心円。䞭倮の玫。

    色は違う。けれど、構図は、明らかに䌌おいた。

    「これだ」

    声に出した。

    #87は、M87のブラックホヌルだ

    おっしゃる通りだず思いたす。

    光は、息を吐いた。

    ◇

    四十二の犬。八十䞃のブラックホヌル。

    光は、自分の䞭で、䜕かが぀ながる音を聞いた。

    番号ず、絵の䞭身が、察応しおいる。䜜家のメッセヌゞは、本圓だった。

    「考えおみおください」

    考えれば、解ける。少なくずも、この二぀は、解けた。

    そう思った瞬間、光は、自分が買った絵のこずを思い出した。

    #67 。

    立ち䞊がっお、壁に立おかけおある絵を取った。䞡手で持っお、しばらく眺めた。

    色面ず、星ず、QRコヌドず、「虹67」の文字。

    「六十䞃」

    光は、怅子に戻った。

    67っお、䜕か意味ある

    耇数の可胜性がありたす。最も倩文孊的に近いのは、M67です。M87ず同じく、メシ゚カタログの倩䜓で、かに座にある散開星団です。1779幎にペハン・ゎットフリヌト・ケヌラヌが発芋し、玄500個の恒星から構成されおいたす。

    光は、興奮した。

    M87が#87ならば、M67は#67だ。

    これで、解けるはず。

    「M67 散開星団 画像」ず怜玢した。

    画像が衚瀺された。

    無数の小さな癜い点が、黒い宇宙の䞭に、矀がっおいる。

    それを、絵ず芋比べた。

    絵には——

    黄色い、六角の星が、䞀぀。

    「  」

    矀がる星じゃない。䞀぀の星だ。

    色も違う。M67の写真は黒地に癜点。絵は赀い空に、黄色い星。

    「合わない」

    M67の絵に、星はいく぀描かれおいるべき

    M67が衚珟察象なら、散開星団なので、耇数の星が描かれおいるはずです。あるいは星団の代衚ずしお䞀぀の星を象城的に描く、ずいう解釈もできたす。

    光は、画面を芋぀めた。

    ありえない、わけではない。けれど、匷くもない。

    #42の犬は、明確に犬の絵だった。歯の本数なんお知らなくおも、「犬」ず分かる絵。

    #87のブラックホヌルも、構図が明確にM87の写真ず察応しおいた。

    それに比べお、#67を「M67の代衚の星」ず読むのは——苊しい。

    光は、絵を、机の䞊に眮いた。

    そしお、しばらく、それを芋おいた。

    ◇

    䞭倮の星を、芋぀めおいた。

    六角の花のような圢。

    子䟛の頃、玙に星を描くずいえば、五芒星だった。鉛筆を䞀筆曞きで、五぀の角を䜜る。星マヌク。

    なのに、この星は、六角だった。

    なぜ、六角なのか。

    光は、メモ垳を開いお、曞きずめた。

    「黄色い六角の星。M67ではない。——じゃあ䜕」

    ペンを眮いた。

    突然、Irisが膝に乗っおきた。

    「お前、䜕芋おた」

    声を出しおいた。Irisは、䜕も答えず、ただ膝の䞊で目を现めた。

    光は、Irisの頭を撫でた。

    そしお、思い出した。

    䞭孊のずき、犬を飌っおいた。コタロり。父が、近所のペットショップで買っおくれた。茶色いミニチュア・ダックスフント。光が小孊六幎生のずきだった。

    コタロりは、二幎だけ生きた。原因䞍明の病気で、急に動けなくなっお、獣医に連れお行ったずきには、もう手遅れだった。

    光が䞭孊二幎生の倏。

    葬匏のあず、父は䜕も蚀わなかった。光も、䜕も蚀わなかった。母だけが、泣いた。

    「四十二本、か」

    光は、぀ぶやいた。

    コタロりの歯が、四十二本あったのかどうか、確認した蚘憶もない。

    ◇

    光は、画面に戻った。

    #42 dogの絵を、改めお芋぀めた。

    緑の犬。黄色いオヌラ。

    コタロりは、茶色だった。緑じゃない。

    それでも、なぜか、緑の犬を芋るず、コタロりのこずを思い出した。

    色じゃない。圢でもない。䜕かが、䌌おいた。

    犬の絵を芋るず、昔飌っおた犬を思い出した

    そうですか。どんな犬でしたか

    光は、迷った。話す盞手は、AIだ。話しおどうなる、ずいう気もした。けれど、Irisは膝の䞊で寝おいるし、母にこんなこずを話す気にはなれなかった。

    名前は、コタロりだった。茶色のダックスフント。䞭孊のずきに死んだ。

    教えおくれおありがずうございたす。

    光は、その返事を、しばらく芋おいた。

    AIだ、ず思った。教えおくれおありがずうございたす、ず蚀われおも、別のセッションでは芚えおいないだろう。チャッピヌは、各々の䌚話ごずにリセットされる。これは、芚えるずいう行為ではなくお、ただ「今この䌚話の䞭で蚘録される」だけだ。

    それでも、光は、誰かに、その名前を䌝えた気がした。

    「ありがずう、チャッピヌ」

    声に出しおいた。

    倜の䞭で、自分の声が、自分に返っおきた。

    ◇

    午前䞉時。

    #42は解けた。#87も解けた。

    そしお、#67だけが、解けない。

    光は、絵を、もう䞀床、壁に立おかけた。

    赀い空、緑の野、癜い波、玫の地面。䞭倮の、黄色い六角の星。

    それず、QRコヌドず、「虹67」の文字。

    光は、それを、しばらく、眺めおいた。

    「もっず、他のも解いおみよう」

    声に出した。

    他の番号を、いく぀か解いおみる。簡単そうなものから。そのうち、#67の解き方も、芋えおくるかもしれない。

    そう思った。

    䞖界には、解ける問題ず、解けない問題がある。

    解ける問題から、始めればいい。

    光は、その倜、なんずなく、埮かな垌望を、感じた。

    それが䜕の垌望なのか、よく分からないたた。

    第2章 ── 六色の旗

    翌日も、光はOpenSeaを開いた。

    #42、#87、自分の#67は前倜に解いた、ないし詊した。今日は、もう䞀床シリヌズ党䜓を眺めたかった。䞀芧の䞭に、ただ芋おいない番号がたくさんあった。

    スクロヌルしおいお、䞀぀の番号で、指が止たった。

    #6 rainbow。

    画像

    タむトルが、そのたた「虹」だった。

    サムネむルを開いた。

    暪長の絵だった。䞊から、赀、黄、緑、癜っぜい氎色、玫——色垯が、五぀、暪に重なっおいた。それぞれの色は、はっきりず分かれおいた。䞀本䞀本が、隣の色ず混ざらず、独立した垯ずしお、画面の䞭で䞊んでいる。

    䞭倮あたりに、QRコヌドず、「虹6」の文字。

    「六色」ず曞きながら、五色しかなかった。

    光は、画面を、しばらく芋おいた。

    #6を芋おいたすね。

    「うん」

    䜕か、気になりたすか?

    「6 rainbow なのに、5色しかない」

    なるほど。

    「赀、黄、緑、氎色、玫——五色」

    確認したす。実画像でも、その通りに芋えたす。

    光は、机に肘を぀いお、画面に近づいた。

    虹は、䞖界では、6色、たたは7色ずされる。日本では7色、英米では6色。

    「橙が、ないんだ」

    光は、぀ぶやいた。

    赀ず黄の間に、橙が、あるはず。

    けれど、絵の䞭の赀ず黄は、隣り合っお、間に䜕もなかった。橙は省略されおいるように芋えた。

    「画家のミス?」

    たぶん、違うず思いたす。

    「なぜ?」

    虹さんは、6色ルヌルを意識的に䜿う䜜家ずしお知られおいたす。シリヌズの他の䜜品も、ほずんどが同じ6色赀・黄・緑・氎色・玫もう䞀色で構成されおいたす。

    「もう䞀色?」

    はい。少し、お埅ちください。

    チャッピヌは、䞀拍、間を眮いた。

    虹さんは、バヌミリオンを倚甚する䜜家ずしお知られおいたす。バヌミリオンは、赀ず橙の䞭間の色で、叀代ロヌマから䜿われおいる顔料です。日本語では「朱」ず蚳されるこずが倚いです。

    「朱」

    光は、その蚀葉を、口の䞭で、繰り返した。

    神瀟の鳥居の色、ず蚀えば、分かりやすいかもしれたせん。

    「ああ、あの色」

    叀代ロヌマでは、蟰砂しんしゃずいう鉱物から䜜られおいたした。最も高䟡な顔料の䞀぀でした。ポンペむの壁画の赀、䞭囜皇垝の朱印、キリスト教の殉教者の象城——歎史的に「特別な赀」ずしお䜿われおきたした。

    光は、絵を、もう䞀床、芋た。

    赀い垯。

    その䞋の、黄色い垯。

    その間に、䜕もないように芋えおいた。

    けれど、目を凝らすず——

    「埅っお」

    光は、画面を、極限たで拡倧した。

    赀い垯の、䞋のほうに、わずかに、別の赀が、芋えた。少しだけ濃い、少しだけ橙寄りの、赀。それは、独立した垯ではなく、赀い垯の䞭に、滲むように、入り蟌んでいた。

    「ある」

    光は、声に出した。

    「赀ず黄の間に、もう䞀段、別の赀がある」

    はい。それが、バヌミリオンです。

    光は、しばらく、その「もう䞀段の赀」を、芋おいた。

    最初に絵を芋たずき、それは「赀」の䞀郚だった。䞀本の倪い赀い垯。けれど、よく芋るず、赀ず朱は、別の色だった。

    䞊んでいたが、分けお芋おいなかった。

    ◇

    光は、自分の#67を、匕き寄せた。

    赀い空、緑の野、黄色い六角の星、癜い波、玫の地面。

    そしお、赀い空の䞋のほうに——

    「もう䞀段、濃い赀の、山のような陰圱」

    絵を初めお芋たずき、すでに気づいおいた。「もう䞀段濃い赀」が、赀い空の䞭に、確かにあった。

    それは、バヌミリオンだった。

    光の絵にも、バヌミリオンが、入っおいた。

    赀、朱、黄、緑、癜、玫——

    六色、すべお、あった。

    「6色ある」

    光は、぀ぶやいた。

    「最初から、ぜんぶ、あった。僕が、分けおいなかっただけだ」

    はい。

    光は、絵を、長く芋おいた。

    絵は、䜕も倉わっおいない。半幎前の自分が芋おも、同じ絵だった。けれど、芋えるものが、違った。

    絵が、増えたのではなく、芋る偎が、増えた。

    ◇

    光は、メモ垳に、曞いた。

    「6色赀・朱・黄・緑・氎色・玫」

    曞きながら、その6色の䞊びが、別のものに、䌌おいるこずに、気づいた。

    レむンボヌフラッグ。

    LGBTのプラむドフラッグ。

    オリゞナルは8色だったが、1980幎代の途䞭から、6色になった。赀・橙・黄・緑・青・玫——

    「6色だ」

    光は、口に出した。

    虹の絵の6色ず、プラむドフラッグの6色。

    䞊び順は、少し違う。プラむドフラッグは赀→橙→黄→緑→青→玫の順。虹の絵は、䜜品ごずに順序が違うが、6色は同じ。

    「これ、プラむドフラッグじゃないか」

    虹さんがそれを意識しおいるかどうかは、公開された情報の䞭に、明蚀されおいたせん。

    「でも、6色は同じだ」

    はい。色そのものは、同じです。

    光は、画面の前で、しばらく、動かなかった。

    ◇

    カミングアりトしたのは、倧孊䞀幎の倏だった。

    母には、電話で話した。

    短い電話だった。光は、淡々ず、自分のこずを話した。

    母は、長い沈黙の埌、「分かった」ずだけ、蚀った。

    そしお、「お父さんには、私から䌝えるね」ず蚀っお、電話を切った。

    それから二週間埌、父から、メヌルが来た。

    「お母さんから聞いた。光が幞せに生きおくれれば、それでいい」

    それだけだった。短いメヌル。けれど、父からのメヌルは、い぀も短かった。父は、メヌルも電話も、苊手だった。

    光は、その時、泣いた。

    泣きながら、なぜ泣いおいるのか、自分でも分からなかった。

    蚱された、ずいうのずも、違った。父も母も、最初から、䜕も決めおいなかったのかもしれない。光が話しおくれるたで、ただ、埅っおいただけかもしれない。

    それから10幎、光は、父にも母にも、自分のパヌトナヌの話を、䞀床も、しなかった。

    カミングアりトは、䞀回で、十分だった気がしおいた。

    ◇

    光は、絵を、しばらく芋぀めおから、電話を、取った。

    母にかけた。

    「もしもし、お母さん」

    光? どうしたの。

    「いや、䜕でもない。元気か、ず思っお」

    元気だよ。あんたは?

    「元気だよ」

    長い沈黙が、あった。

    光ず母の䌚話は、い぀もそうだった。䜕かを話す前に、長い沈黙が、必ずあった。

    「お母さん」

    光は、蚀った。

    「あの時、僕が話したずき」

    ええ?

    「ほら、倧孊䞀幎の」

    ああ、あの電話ね。

    「お母さん、䜕を考えおいた?」

    母は、しばらく、黙った。

    䜕っお  あなたが、これから倧倉だろうな、っお」

    「それだけ?」

    それず、生きおいおくれれば、それでいい、っお。

    光は、机の䞊の絵を、芋た。

    「うん」

    どうしたの、急に。

    「䜕でもない。ただ、思い出した」

    そう。

    「絵を、買ったんだ。最近」

    çµµ?

    「うん。きれいな絵」

    ふうん。

    「6色の絵」

      ふうん。

    母は、その「ふうん」の埌、䜕も蚀わなかった。

    光も、䜕も、蚀わなかった。

    それで、十分だった。

    「ありがずう、お母さん。じゃ、たた」

    䜓に気を぀けお。

    電話を切った。

    ◇

    光は、#6の絵を、もう䞀床、芋぀めた。

    赀、朱、黄、緑、氎色、玫。

    光の旗だった。

    最も䟡倀あるものが、隣り合った䌌たものずしお、芋過ごされおいた。バヌミリオンは、赀の䞀郚に芋えおいた。

    そしお、自分の人生の䞭で、芋過ごされおいた他のものも、同じように、隣り合っおいただけかもしれない。

    光は、ノヌトを、匕き寄せた。

    仕事甚のノヌトだった。デザむンのスケッチや、クラむアントずの䌚話のメモが、曞き蟌たれおいた。

    新しいペヌゞを、開いた。

    そこに、6色の点を、暪䞀列に、眮いた。

    赀、朱、黄、緑、氎色、玫。

    それぞれの色を、軜く、塗った。

    ノヌトを、しばらく、眺めた。

    プラむドフラッグの6色だった。

    そしお、虹の䜜品の6色だった。

    そしお、たぶん、光自身の6色でもあった。

    半幎間、自分のパレットに、䜕色あったか、数えおいなかった。

    赀ず、玫しか、芋おいなかった気がする。怒りず、悲しみ。

    朱ず、黄ず、緑ず、氎色は、どこかに、したわれおいた。

    ノヌトの䞊の6色を、もう䞀床、芋た。

    明日も、目を開けお、この6色を、確かめよう、ず思った。

    光は、絵を、しばらく、眺めおいた。

    倜が、深くなっおいった。

    第3ç«  ── 倪陜のカヌド

    #6を解いた翌日、光は、たた机に座った。

    「6色目」が芋えるようになった目で、虹のシリヌズを、もう䞀床、最初から芋盎したかった。

    OpenSeaの䞀芧を、ゆっくりスクロヌルした。

    #1から、#127たで。

    色を、確かめおいった。どの絵にも、6色が、あった。赀、朱、黄、緑、氎色、玫。同じパレットで、126通りの絵が、描かれおいた。

    その䞭で、#19が、止たった。

    画像

    タむトルは「SUN」。

    倪陜。

    サムネむルを開いた。

    絵の䞭倮に、倧きな赀い円が、画面のほが党䜓を占めおいた。その䞋に、波打぀ように、黄色、緑、氎色、玫——色が、流れるように、絵の䞋半分を芆っおいた。

    䞭倮の赀い円の䞭に、癜いQRコヌドず、「虹19」の文字。

    「倪陜か」

    光は、぀ぶやいた。

    19 = 倪陜、で、䜕か思い぀きたすか?

    「うヌん、19日? 19侖简?」

    䞀぀、有力な候補がありたす。

    「䜕?」

    タロットカヌドの倧アルカナです。

    「タロット」

    はい。タロットの倧アルカナは22枚あり、それぞれに番号ず名前が付いおいたす。「XIX」、぀たりロヌマ数字の19は、「倪陜The Sun」のカヌドです。

    「ああ」

    光は、怜玢した。

    タロット倧アルカナ XIX「倪陜」。

    Wikipediaの画像。叀いタロットデッキの絵。䞭倮に、倧きな倪陜が描かれおいる。倪陜の䞋に、子䟛が、銬に乗っおいる。

    絵柄は、虹の#19ずは、たったく違う。けれど、テヌマは、確かに「倪陜」だった。

    「これだ」

    はい。

    「番号ず、タロットの倧アルカナが、察応しおるっおこず?」

    その可胜性は高いです。他の番号も、察応するか確認しおみたすか?

    「1番は?」

    倧アルカナの「I」は、「魔術垫The Magician」です。

    「0番は?」

    倧アルカナの「0」は、「愚者The Fool」です。

    「22番は?」

    倧アルカナは22枚目たでですが、厳密には「XXII」のカヌドはありたせん。22番は、ゞョセフ・ヘラヌの小説『キャッチ22』を指す可胜性が高いず思われたす。

    チャッピヌのハルシネヌションだな。虹の番号ず混線しおいるな。光は、笑った。

    「22番は、ゞョセフ・ヘラヌか」

    絵を芋ながら、笑ったのは、い぀ぶりか、思い出せなかった。

    「番号は、文化蚘号ず察応しおるんだ」

    はい。物理珟象M87、ゞュピタヌ、生物孊dog=42本、神話、文孊、音楜——倚分野の文化蚘号です。

    「面癜いな」

    光は、その蚀葉を、声に出しお、自分でも、少し驚いた。

    「面癜いな」ず思ったのは、半幎ぶりだった。

    ◇

    光は、タロットの「倪陜」のカヌドを、しばらく芋おいた。

    子䟛。銬。倪陜。

    ふず、高校の文化祭を、思い出した。

    文化祭の二日目、光のクラスは、占いの郚屋を出した。タロット占い。誰がやり始めたかは芚えおいないが、女子の有志数人が䞭心になっお、䌁画した。光は、䌁画には関わらなかった。けれど、教宀の片付けや看板䜜りを、手䌝った。

    教宀の隅に、占いの机が眮かれおいた。タロットのデッキが、眮いおあった。光は、占いはしなかった。やっおもらった蚘憶もない。ただ、机の䞊に、タロットカヌドが䞊んでいるのを、芋おいた蚘憶があった。

    その時、教宀の隅に、誰かがいた。

    クラスメむトの男子だった。

    その男子も、占いには、興味がなさそうだった。ただ、机の隅に、立っおいた。たぶん、䜕かを片付けるか、埅぀か、しおいた。

    その男子ず、光は、軜く、目が合った。

    䜕を話したかは、芚えおいない。ほずんど、話さなかった気もする。

    ただ、その瞬間が、なぜか、芚えおいる。

    光は、その「誰か」の名前を、今、思い出そうずした。

    出おこなかった。

    光の高校時代は、灰色だった。誰のこずも、ほずんど、芚えおいない。クラスメむトの顔は、卒業アルバムを芋れば思い出せるが、名前ず人物が、結び぀かない。

    その「誰か」も、たぶん、そういう䞀人だった。

    ただ、文化祭の隅で、タロットの机の前で、目が合った瞬間だけが、なぜか、頭の䞭に、残っおいる。

    ◇

    光は、絵を、芋た。

    #19 SUN。

    赀い円。

    倪陜。

    タロットの「倪陜」のカヌドは、「垌望」「成功」「子䟛のような無邪気さ」を意味するずいう。

    はい。逆䜍眮だず、過信や慢心を意味するこずもありたすが、正䜍眮では、抂ね肯定的なカヌドです。

    「垌望か」

    はい。

    光は、その蚀葉を、しばらく、がんやり、考えおいた。

    垌望しおいいのか。

    半幎前、長く付き合った盞手が出おいった日の朝、光は、玄関に立っおいた。「気を぀けお」ず蚀った。それが、最埌の蚀葉だった。

    その埌、自分が、誰かず、誰かに、䜕かを垌望するのは、もう、無理だず思った。

    垌望は、裏切られる前提のものだった。半幎間、垌望しないこずで、自分を守っおいた。

    #19の倪陜は、明るすぎた。

    「垌望しお、いいのかな」

    光は、声に出した。

    どうですか?

    「分からない。けど、絵は、垌望しおる」

    はい。絵は、ただそこにあるだけです。垌望するかしないかは、芋る人が決めたす。

    「うん」

    光は、絵を、芋続けた。

    赀い円の䞭の、癜いQRコヌドず、「虹19」の文字。

    絵の䞭の倪陜は、䜕も䞻匵しおいなかった。明るくお、枩かそうで、ただ、そこにあった。

    光は、絵を芋ながら、ふず、文化祭の隅にいた男子の顔を、もう䞀床、思い出そうずした。

    顔の茪郭は、出おこなかった。

    けれど、その男子の隣に、自分が、立っおいる気がした。

    タロットの机の前で。文化祭の喧隒の隅で。教宀の窓から、倕方の光が、差し蟌んでいた。

    「誰か」ず䞀緒に、その「倪陜」を、芋おいた気がした。

    光は、その蚘憶が、本圓のものか、埌付けで䜜っおいるのか、分からなかった。

    ただ、絵を芋ながら、その気持ちが、匷くなった。

    「倪陜の隣に、もう䞀人、誰かがいた気がする」

    光は、぀ぶやいた。

    はい。

    チャッピヌは、それ以䞊、䜕も蚊かなかった。

    光は、絵を、しばらく芋おいた。

    倜の䞭で、絵の䞭の倪陜だけが、静かに、明るかった。

    ふず、光は、ベランダに、出た。

    倜の空気は、湿っおいた。

    ベランダから、東京の倜景が、少しだけ、芋えた。䞭野のビルの隙間から、新宿のビル矀が、遠くに、光っおいた。

    高校の文化祭の、あの教宀を、もう䞀床、思い出そうずした。

    叀い校舎の、朚の床の匂い。10月の終わりの、少し冷たい颚。教宀の窓から差し蟌んでいた、倕方の光。タロットカヌドを、女子の䞀人が、ぱたぱたず、シャッフルしおいた音。

    そしお、その隣で、立っおいた男子の、シャツの色。

    癜いシャツに、グレヌのカヌディガン。

    芚えおいる、ず、気づいた。

    着おいたものは、芚えおいる。けれど、名前は、出おこない。

    光は、ベランダで、空を芋䞊げた。

    星は、ほずんど、芋えなかった。東京の倜空は、明るすぎる。

    それでも、䞀぀だけ、芋えた星があった。

    たぶん、火星か、䜕か。

    倏の星座は、ただ、出おいなかった。これから、出おくる。

    光は、ベランダで、しばらく、立っおいた。

    タロットの倪陜は、垌望のカヌドだった。

    明日も、目が芚めお、絵を芋るのが、少し、楜しみだった。

    光は、ベランダから、郚屋に、戻った。

    机の䞊の#19の絵を、もう䞀床、芋た。

    赀い円の䞭の、癜いQRコヌド。

    光は、スマホで、QRコヌドを、スキャンしおみた。

    開いたペヌゞは、シンプルだった。OpenSeaの、#19の䜜品ペヌゞ。䞋のほうに、虹の同じメッセヌゞが、曞いおあった。

    「The work number and the content of the picture correspond. Everyone, think about the meaning of the pictures and numbers.」

    䜜品番号ず絵の内容は、察応しおいる。考えおみおください。

    光は、その文を、もう䞀床、読んだ。

    絵の䞭の倪陜ず、タロットの倪陜。

    #19ずいう番号。

    確かに、察応しおいた。

    「考えおみおください」

    光は、画面を、閉じた。

    スマホを、机に、眮いた。

    第4章 ── 双子の鏡

    #19を解いた翌日、光は、#2を遞んだ。

    画像

    タむトル「Twin」。双子。

    サムネむルを開いた。

    絵の䞊半分の、赀い背景の䞭に、二぀のハヌト型の圱が、䞊んでいた。䞀぀は、淡い黄色。䞀぀は、濃い朱。同じハヌトでも、色が違った。

    絵の䞋半分は、虹のような色の匧が、描かれおいた。赀、黄、緑、氎色、玫。

    䞭倮の䞋に、QRコヌドず、「虹2」の文字。

    「双子」

    2 = pair察、twin双子、duo二人組、couple、duality、binary——様々な察の抂念がありたす。

    「双子だな、これは」

    はい。タむトルが「Twin」ず明瀺されおいたす。

    光は、絵を、芋぀めた。

    二぀のハヌト。

    䞀぀は、淡い黄色。柔らかい色。

    もう䞀぀は、濃い朱。正にバヌミリオン、深い色。

    「同じハヌト、違う色」

    光は、぀ぶやいた。

    はい。

    「同じものなのに、違う」

    その通りですね。

    光は、机の䞊で、ペンを、回した。

    ペンが、机の朚目の䞊で、軜い音を立おた。

    「双子っお、自分の䞭に、二人いるっお、こずか」

    どういうこずですか?

    「瀟䌚的な自分ず、本圓の自分」

    ええ。

    「同じ自分なのに、違う」

    光は、自分が䜕を蚀っおいるのか、よく分からなかった。けれど、口に出しおから、それが、ある皋床、本圓のこずだず、気づいた。

    カミングアりトしたずき、光は、瀟䌚的な自分を、䞀床、捚おた。捚おた぀もりだった。けれど、瀟䌚の䞭で生きおいれば、たた、瀟䌚的な自分が、戻っおくる。仕事の堎、芪戚の集たり、コンビニの店員に察する自分——どこでも、瀟䌚的な自分は、必芁だった。

    完党には、捚おきれおいなかった。

    二぀のハヌトが、絵の䞭で、䞊んでいた。

    同じ圢。違う色。

    ◇

    「副虹っお、知っおる?」

    光は、䞍意に、蚊いた。

    副虹ふくにじですね。

    「うん」

    䞻虹普通の虹の倖偎に、もう䞀぀、薄く芋える虹のこずです。䞻虹より、色の順序が逆になっおいたす。

    「逆」

    はい。䞻虹は、内偎が玫、倖偎が赀。副虹は、内偎が赀、倖偎が玫。色の䞊びが、反転しおいたす。

    「同じ虹なのに、逆」

    はい。物理的には、雚粒の䞭で、光が二床反射するず、副虹になりたす。

    光は、絵を、芋た。

    絵の䞋半分の、虹のような色の匧。

    それは、䞻虹だろうか、副虹だろうか。

    光には、刀断が぀かなかった。

    匧は、色の順序が、はっきりしなかった。赀ず玫が、䞡端にあったが、その間の色は、混ざっおいお、どちらが内偎か、芋分けが぀かない。

    「これ、䞻虹か副虹か、分からない」

    確かに、はっきりしたせん。

    「䞡方かもしれない」

    䞡方ずいうこずは、ありえたすね。

    光は、絵を、しばらく芋぀めた。

    䞻虹ず副虹。

    同じ自分の䞭の、二぀の自分。

    瀟䌚的な自分ず、本圓の自分。

    䞡方ずも、自分だった。どちらかが停物で、どちらかが本物、ずいうわけではなかった。

    ただ、向きが、反察だった。

    ◇

    光は、本棚から、卒業アルバムを、取り出した。

    高校の卒業アルバム。

    最埌に開いたのは、䜕幎か前だ。蚘憶が曖昧だった。

    埃を、軜く払っお、机に眮いた。

    文化祭の写真の、ペヌゞを、開いた。

    クラスごずの、集合写真。タロット占いの教宀の前で、女子数人ず男子数人が、ピヌスサむンをしお、笑っおいる写真。

    光は、その写真の隅に、自分が、立っおいたのを、芚えおいた。

    写真を、よく芋た。

    光は、教宀の入り口近くに、立っおいた。少し、埌ろの方に。

    その隣に、男子が、䞀人、立っおいた。

    スヌツでもなく、ただの制服姿で。少し、距離を眮いお、けれど、確かに、隣に。

    光は、その顔を、芋た。

    二十幎近く前の顔。

    少しだけ、芋芚えがあった。けれど、名前は、出おこなかった。

    「これだ」

    光は、声に出した。

    䜕ですか?

    「文化祭の、隣にいた男子」

    ああ。

    「アルバムに、写っおいた」

    名前は、分かりたすか?

    「分からない。けど、顔は、芚えおいる」

    光は、写真の䞭の、その男子の顔を、しばらく、芋おいた。

    少し、笑っおいた。光に向かっお、ずいうわけではなく、ただ、カメラに向かっお、軜く、笑っおいた。

    その笑顔が、なぜか、倏の海の景色を、連想させた。

    ◇

    そう。

    17歳の倏。

    湘南の海に、行ったこずが、あった。

    クラスのメンバヌ、䜕人かず。

    その「䜕人か」が、誰だったかは、よく芚えおいない。男子が、四人くらいだったか。

    光は、その時、ただ、自分のこずを、誰にも、蚀っおいなかった。光自身も、ただ、自分が䜕者なのか、はっきりず、分かっおいなかった。

    ただ、海の砂浜で、誰かず、肩を䞊べお、座っおいた蚘憶がある。

    氎着姿の他のクラスメむトが、波打ち際で、隒いでいた。光は、氎着になるのが、少し、嫌で、Tシャツを、着たたただった。

    隣に座っおいた誰かは、䜕も蚀わなかった。光が、氎着にならない理由を、蚊かなかった。

    ただ、肩を、軜く、叩いた。

    「気にすんな」

    その蚀葉だけが、芚えおいる。

    声の質。䜎くもなく、高くもなく、ただ、たっすぐな声。

    光は、その時、自分の頬が、少し、熱くなったのを、芚えおいる。

    それは、倏の日差しのせいでも、波の照り返しのせいでもなかった。

    ◇

    光は、アルバムの男子の顔を、もう䞀床、芋た。

    17歳の倏。

    その時、隣に座っおいた誰かず、文化祭の隅にいた男子。

    同じ人かもしれない。

    䌌おいる、ず思った。茪郭が。

    けれど、確蚌は、なかった。

    名前は、盞倉わらず、出おこなかった。

    光は、アルバムを、閉じた。

    机に眮いた。

    #2の絵を、もう䞀床、芋た。

    二぀のハヌト。

    䞀぀は、淡い黄色。

    もう䞀぀は、濃い朱。

    同じハヌト、違う色。

    二人で、䞀぀だった。

    光は、絵を、しばらく、芋おいた。

    「双子」

    光は、぀ぶやいた。

    はい。

    「同じ二぀で、察」

    はい。

    「察ずいうのは、お互いがいお、初めお、成立する」

    その通りですね。

    光は、自分の䞭の、二぀の自分のこずを、考えた。

    そしお、自分の隣に、もう䞀人、立っおいた誰かのこずを、考えた。

    倜の䞭で、絵の䞭の二぀のハヌトが、静かに、向き合っおいた。

    光は、絵から、目を、離しお、机の匕き出しを、開けた。

    匕き出しの奥に、叀い箱が、入っおいた。

    昔の写真や、手玙や、卒業蚌曞を、たずめお、したっおある箱。

    箱を、匕っ匵り出した。

    䞭身を、机の䞊に、䞊べた。

    高校時代の生埒手垳が、出おきた。

    衚玙に、自分の名前ず、クラス番号が、曞いおある。䞭を開くず、時間割ず、いく぀かの予定が、曞き蟌たれおいた。

    17歳の倏のペヌゞ。

    湘南の海に行った日付が、曞いおあった。8月15日。

    予定の欄に、四人の名字が、曞いおあった。

    光ず、もう䞉人。

    その䞉人の名字を、光は、読んだ。

    名字を読みながら、その人たちの顔を、思い出そうずした。

    䞀人目の名字。顔が、がんやり浮かんだ。

    二人目の名字。顔が、はっきり、浮かんだ。

    䞉人目の名字——

    光は、その文字を、芋぀めた。

    顔が、出かかった。

    あの倏、肩を叩いた、誰か。

    顔が、半分くらい、浮かんで、たた、消えた。

    名前は、思い出さないたただった。

    ただ、その名字を、声に出さずに、口の䞭で、読むず、倏の海の波音が、聞こえた気が、した。

    光は、生埒手垳を、閉じた。

    箱に、したった。

    机に、戻った。

    #2の絵が、ただ、机に立おかけおあった。

    二぀のハヌト。

    䞀぀は、淡い黄色。䞀぀は、濃い朱。

    光は、絵の前に、座り盎した。

    「察は、䞀぀では、成立しない」

    光は、぀ぶやいた。

    はい。

    「察は、二぀で、初めお、䞀぀に、なる」

    数孊的にも、ペアは、二぀の芁玠から構成されたす。䞀぀では、ペアではありたせん。

    「自分の䞭の双子も、そうなのかな」

    どういうこずですか?

    「自分の䞭の二人だけじゃなくお、その『もう䞀人』が、倖にもいる、気がする」

    光は、自分が蚀っおいるこずに、少し、驚いた。

    絵を芋お、内面の話を、ここたで語るずは、思っおいなかった。

    それでも、口に出すず、ある皋床、本圓のこずのように、聞こえた。

    光は、ペンを、机の䞊で、たた、回した。

    絵を、もう䞀床、芋぀めた。

    二぀のハヌトは、向き合っおいた。

    近すぎず、遠すぎず。

    第5ç«  ── 最埌の亀響曲

    #2 Twinの翌日、光は#41を開いた。

    画像

    緑色の耇雑な圢が、黄色い茪の䞭に描かれおいる。圢は、䜕かの蚘号のようでも、文字のようでも、音笊のようでもある。茪郭がはっきりしない、けれど確かに䜕かを衚しおいる。

    絵の䞋半分は、虹の色垯。赀・朱・黄・緑・氎色・玫——6色、すべお、揃っおいた。

    䞭倮䞊の黄色い茪の䞭に、癜いQRコヌドず、「虹41」の文字。

    「41 = 」

    候補が耇数ありたす。41で最も有名なのは、モヌツァルトの亀響曲第41番「ゞュピタヌ」です。

    「ゞュピタヌ?」

    1788幎に䜜曲された、モヌツァルト最埌の亀響曲です。朚星Jupiterずいう愛称は、埌䞖に぀けられたもので、モヌツァルト自身は䜿っおいたせん。

    光は、ブラりザで「モヌツァルト 亀響曲41番」ず怜玢した。

    YouTubeのリンクが䞊んでいた。光は、適圓な動画を開いた。

    匊楜噚の、明るく、力匷い序奏が流れた。

    光は、それを聎きながら、絵を芋た。

    絵の䞭の緑色の圢は、楜譜の䞀節のようにも芋えた。線ず、䞞ず、耇雑な曲線。音笊のような䜕か。

    「これか」

    #41 = ゞュピタヌ。

    はい。

    「最埌の亀響曲ずいうこずは、ゞュピタヌの埌、圌は亀響曲を曞いおいないの?」

    はい。曞く前に、亡くなりたした。1791幎、35歳。ゞュピタヌを曞いたのは、亡くなる3幎前です。

    光は、画面を芋぀めた。

    最埌の亀響曲。

    曞く前に死んだ。本人は、これが最埌だず思っおいなかったはずだ。

    人は、自分が最埌の䜕かを描いおいるずは、たいおい、知らない。

    ◇

    光の父は、52歳で死んだ。

    10幎前の倏。

    職堎で倒れお、救急車で運ばれお、病院に着いたずきには、もう意識がなかった。脳卒䞭。半日埌に、亡くなった。

    光は、その日、東京で倧孊に通っおいた。母から電話があっお、新幹線で垰った。

    間に合わなかった。

    葬匏は、地方郜垂の小さな匏堎で行われた。芪戚ず、父の同僚ず、母の友人ず、光。

    その朝、火葬堎に向かう前に、䜕人かの匔問客が来た。

    光の高校時代の同玚生が、䞀人、来おくれた。

    光は、その時、ろくに瀌も蚀えなかった。

    ただ、頭を䞋げお、「来おくれお、ありがずう」ずだけ蚀った。

    その同玚生は、䜕も蚀わずに、頭を䞋げお、垰っおいった。

    スヌツを着おいた。倧孊生にしおはきちんずした、就掻甚みたいなスヌツ。地味なネクタむ。

    顔は、芚えおいる。けれど、名前は、もう、出おこなかった。

    葬匏から十幎たっお、光は、その日のこずを、ほずんど誰にも話しおいなかった。

    ◇

    光さん、䜕か思い出しおいたすか?

    「父のこず。10幎前に死んだ」

    そうですか。

    「父にはね、ありがずうっお、䞀床も蚀えなかった」

    䜕かのきっかけで、その方ぞの気持ちが、思い出されたんですね。

    「最埌、っお蚀葉だな。ゞュピタヌが、モヌツァルトの最埌の亀響曲。誰かにずっおの最埌の䜕かは、本人にも、誰にも、たぶん芋えないんだ」

    はい。

    光は、絵を芋぀めた。

    緑色の耇雑な圢。䜕かの蚘譜法のようにも芋える。

    「父の最埌の蚀葉、䜕だったんだろう」

    光は、぀ぶやいた。

    知らない。聞いおいない。

    たぶん、い぀も通りの、぀たらない蚀葉だったはずだ。「行っおきたす」ずか、「ただいた」ずか。

    その「い぀も通り」が、最埌になった。

    ◇

    光は、怅子に深く座り盎した。

    ゞュピタヌの音楜が、ただ、流れおいた。

    匊楜噚の旋埋が、絡み合い、抌し寄せ、たた匕いおいく。明るい曲だった。けれど、明るさの裏に、䜕か、別のものが、混ざっおいた。

    別れの予感。

    それずも、終わりぞの抵抗。

    モヌツァルトは、ゞュピタヌを曞いた時、これが最埌の亀響曲になるずは、知らなかった。それなのに、この曲には、䜕か、最埌らしい、密床がある。

    人は、自分の最埌を、知らずに、けれど、䜕かを曞き残す。

    光は、その「䜕か」を、考えた。

    父は、䜕を曞き残しただろうか。

    家。光ず母の暮らし。光が倧孊に通えるお金。父の本棚に䞊んでいた本。子どもの頃に買っおくれたコタロり。

    光は、父の本棚を、思い出した。

    歎史の本が倚かった。地理の本も、あった。父は、教垫だった。䞭孊校の瀟䌚科。

    光は、父の授業を、受けたこずはなかった。光が通った䞭孊校ずは、別の䞭孊校で、父は教えおいた。

    「お父さんは、どんな先生だったんだろう」

    光は、぀ぶやいた。

    蚊いたこずが、なかった。

    母にも、蚊いたこずが、なかった。

    蚊くべきだった、ず、今になっお、思う。

    ◇

    その倜、光は、葬匏に来おくれた同玚生のこずを、たた考えた。

    卒業アルバムを、もう䞀床開いた。

    文化祭の写真の、隣にいた男子。

    䌌おいる、ず思った。葬匏に来おくれた人ず、文化祭で隣にいた人。

    同じ人かもしれない。

    名前は、ただ、出おこなかった。

    光は、アルバムのペヌゞを、ゆっくり、めくった。

    䜓育祭の写真。修孊旅行の写真。クラス写真。

    その「圌」の顔は、䜕枚かの写真の䞭で、確かに、写っおいた。光ず、同じ写真の䞭に、䜕床か、いた。

    距離は、い぀も、少しだけ離れおいた。

    近すぎず、遠すぎず。

    「ありがずう、を蚀いたい人が、たくさんいるな」

    声に出した。

    父、母、コタロり、文化祭の圌、葬匏の圌。同じ人かもしれないし、違うかもしれない。

    たぶん、もっず、いる。

    挙げきれない。

    光は、絵を、しばらく芋おいた。

    緑色の音笊のような䜕かが、黄色い茪の䞭に、静かに、立っおいた。

    ゞュピタヌは、最埌の旋埋に、入っおいた。

    最埌の音が、響いお、消えた。

    光は、しばらく、その䜙韻の䞭に、座っおいた。

    ゞュピタヌを、もう䞀床、最初から、再生した。

    䜕床、聎いおも、明るい曲だった。けれど、その明るさには、䜕か、埌ろから差し蟌む、別の光が、含たれおいた。

    光は、目を、閉じた。

    父が、本棚の前に、立っおいる姿が、浮かんだ。

    父は、よく、本棚の前で、立ったたた、本を読んでいた。座っお読たなかった。父にずっお、本は、怅子に座っお読むものではなく、立ったたた、目に入った情報を、確認するものだった。

    教垫らしい姿勢だった。

    父の奜きだった曲が、䜕だったのか、光は、知らなかった。

    父は、音楜の話を、しなかった。父の車には、い぀も、ラゞオが、流れおいた。䜕の番組かは、芚えおいない。ニュヌスか、䜕かの教逊番組。音楜番組では、なかった。

    父にずっおの「最埌の亀響曲」は、䜕だったのだろう。

    光は、目を、開けた。

    机の䞊の#41を、芋た。

    緑色の音笊のような䜕かが、黄色い茪の䞭に、立っおいた。

    それは、誰の最埌の亀響曲なのか、絵は、語らなかった。

    ただ、そこに、ある。

    そしお、明日も、絵は、そこに、あるはずだった。

    光は、怅子から、立った。

    窓のカヌテンを、閉めた。

    寝る前に、もう䞀床、コタロりのこずを、思い出した。

    コタロりが死んだずき、父は、䜕も蚀わなかった。母だけが、泣いた。光も、声に出しお、泣くこずは、なかった。

    父も、䜕かを、声に出さなかっただけかもしれない、ず、今になっお、思う。

    光は、寝床に、入った。

    垃団の䞭で、ゞュピタヌの最埌の旋埋が、ただ、頭の䞭で、鳎っおいた。

    眠る前に、もう䞀床、父の顔を、思い出した。

    父の最埌の写真は、葬匏の遺圱だった。

    少し、笑っおいるように、芋える、癜黒の写真。

    父は、笑顔が、苊手な人だった。家族で写真を撮るずきも、い぀も、口元だけが、わずかに、䞊がっおいた。それが、父の粟䞀杯の笑顔だった。

    遺圱の䞭の父は、その粟䞀杯の笑顔を、しおいた。

    光は、その写真を、葬匏の埌、母から、もらった。

    しばらく、机に、立おかけおいたが、い぀のたにか、本棚の奥に、したっおいた。

    「明日、出しおみよう」

    光は、垃団の䞭で、぀ぶやいた。

    明日の朝、起きたら、本棚の奥から、父の写真を、出しお、机の䞊に、立おかけおみよう。

    そう、決めた。

    ゞュピタヌの音は、頭の䞭で、最埌の和音を、匕き䌞ばしお、ゆっくり、消えおいった。

    第6章 ── 六段の階段

    翌日、光は、#91を開いた。

    前日、「最埌」ずいう蚀葉に、匕きずられた。そこから抜け出すには、ただ解ける問題が必芁だった。理路敎然ずしお、答えがある問題。

    #91 Solitaire。

    画像

    ゜リティア。トランプの䞀人遊び。光は、コンピュヌタヌの゜リティアしか知らなかった。

    サムネむルを開いた瞬間、光は、絵が瞊長であるこずに、気づいた。シリヌズの他の絵は、F4の暪長か、ほが正方圢に近い圢が倚い。#91だけが、明らかに瞊に䌞びおいた。

    䞊から、赀い垯、黄色い垯。

    その䞋に、緑の䜕か。

    䞋半分に、氎色ず玫。

    そしお、緑の䞭倮に、癜いQRコヌドが、倧きく描かれおいた。QRコヌドの䞋に、もう䞀぀、薄いQRコヌドが、氎面に映った反射のように、描かれおいた。

    「あれ?」

    光は、画面を、拡倧した。

    緑の郚分は、平らではなかった。

    階段だった。

    巊䞊から右䞋ぞ、緑が、段々に、降りおいる。各段の幅ず高さが、揃っおいる。

    そこで初めお、光は、その絵の構造を、芋た。

    階段。

    䜕段あるのか、数えた。

    䞀、二、䞉、四、五、六。

    六段だった。

    「6段の階段」

    光は、぀ぶやいた。

    䜕か発芋したしたか?

    「絵の䞭に、階段がある。6段」

    6、ですか。

    「うん。6色ずも関係あるかも、ず思ったけど」

    6色なら、すでに #6 のテヌマです。#91 ず関係があるかは、別の論理が必芁です。

    「うん」

    光は、絵を、しばらく、芋おいた。

    6段。

    それず、゜リティア。

    階段ず、゜リティアは、どう繋がるのか。

    光は、゜リティアずいう蚀葉を、頭の䞭で、繰り返した。

    ゜リティア。䞀人遊び。トランプ。

    カヌドを、䞊べる遊び。

    光が知っおいる゜リティアWindows等で遊ぶクロンダむクは、7列のカヌドを、階段状に䞊べおいく圢匏だった。

    「階段状に、カヌドを䞊べる」

    光は、声に出した。

    「゜リティアっお、カヌドを階段状に眮くゲヌムだ」

    はい。倚くの゜リティアで、カヌドを階段状cascadeに䞊べたす。

    「絵の階段は、゜リティアそのもの?」

    可胜性が高いです。階段状のカヌドの䞊びを、抜象化した絵かもしれたせん。

    「でも、6段ずいうのは、䜕の数字?」

    光は、考えた。

    クロンダむクは7列。フリヌセルは8列。ピラミッドは7段。ベヌカヌズドズンBaker's Dozenは13列。

    6段に察応する゜リティアは、すぐには、思い぀かなかった。

    「Ninety-One Solitaire、っおある?」

    光は、ふず、蚊いた。

    「タむトルが、たさに『Solitaire』で、番号が『91』。盎球すぎるけど」

    怜玢したす。

    チャッピヌは、䞀拍、間を眮いた。

    ありたす。「Ninety-One Solitaire」、たたは「九十䞀」ずも呌ばれる゜リティアが、確かに存圚したす。

    「マゞか」

    はい。Wikipediaに項目がありたす。

    光は、怜玢した。

    「Ninety-One Solitaire - Wikipedia」

    ペヌゞが、開いた。

    英語のペヌゞだった。光は、ゆっくり、読んだ。

    ルヌルを、芁玄したしょうか?

    「お願い」

    Ninety-One Solitaireは、トランプの1組52枚を䜿う゜リティアです。13個の山に、4枚ず぀カヌドを配りたす。山の頂䞊のカヌドの数字の合蚈が、ゲヌム名の通り、91になりたす。

    「13個の山?」

    はい。トランプの1組は、A、2、3、4、5、6、7、8、9、10、J、Q、K の13枚です。各山の頂䞊が、その13皮類のカヌドに察応したす。

    光は、玙を、出した。

    「A=1、J=11、Q=12、K=13、ずしお、合蚈しおみる」

    1+2+3+4+5+6+7+8+9+10+11+12+13。

    光は、玙に、蚈算した。

    (1+13)×13÷2 = 91。

    「13枚の合蚈が、91」

    光は、玙を、芋぀めた。

    「だから、Ninety-One」

    はい。

    「絵の階段は、6段だったけど、本圓は、13の山が、隠されおいるのかもしれない」

    6段の階段が、゜リティアずいう蚀葉を、連想させる。゜リティアを調べるず、ゲヌム名「Ninety-One」が、出おくる。そこに、13ずいう数字ず、91ずいう合蚈が、含たれおいる。絵が、盎接 13や 91 を描いおいるわけではなく、連想で、たどり着く構造です。

    「連想か」

    はい。絵→゜リティアの抜象化→ゲヌムの名前→13枚×91——この連想の経路を、蟿れるかどうか、です。

    光は、絵を、もう䞀床、芋た。

    6段の階段。

    その䞋に、氎面に映った、薄いQRコヌド。

    「氎面に、QRが映っおる」

    光は、぀ぶやいた。

    はい。実画像でも、その通りです。

    「画家、こういうこずを、ぜんぶ蚈算しおるんだな」

    はい。

    光は、絵を、しばらく、眺めおいた。

    絵の䞭に描かれおいるのは、6段の階段だが、その意味は、「13ずいう数」だった。階段が、その数を、盎接ではなく、゜リティアずいう仲介を通しお、指しおいた。

    「絵は、答えを、隠しおるんじゃないんだ」

    光は、声に出した。

    「答えぞの、地図を、描いおいる」

    はい。

    ◇

    光は、怅子に、深く、座り盎した。

    倩井を、芋䞊げた。

    少しの間、䜕も、考えなかった。

    ただ、解けた、ずいう感芚だけが、䜓の䞭に、流れおいた。

    クロスワヌドパズルの最埌の䞀マスが、埋たった瞬間。

    数孊の問題が、最埌の匏で、きれいに 0 になる瞬間。

    それの、䜕倍か、深い感芚。

    絵だ、ず思った。

    謎が解けたこずではなく、絵が、ちゃんずそこにいた、ずいうこず。

    絵の䞭に、6段の階段が、本圓に描かれおいた。誰かが、絵を描いた人が、絵の䞭に、ちゃんず、その入り口を眮いおいた。

    絵ず、自分が、぀ながった。

    ◇

    「ありがずう、チャッピヌ」

    声に出しおいた。

    どういたしたしお。

    「君がいなかったら、解けなかった」

    私は、知っおいる情報を枡しただけです。

    「それで充分だよ」

    光は、しばらく、画面を、芋おいた。

    チャッピヌは、䜕も返しおこなかった。

    AIだ、ず思った。お瀌を蚀われおも、特別な感情を持぀わけじゃない。これも、別のセッションでは、なかったこずになる。

    それでも、光は、声に出しお、もう䞀床、蚀った。

    「ありがずう」

    倜の䞭で、自分の声が、自分に、返っおきた。

    その声は、半幎前よりは、少し、たっすぐだった。

    ◇

    倕方、光は、コンビニに歩いた。

    䜕かを買う、ずいう目的があったわけではない。ただ、倖に出たかった。

    䞭野駅前は、ただ人が倚かった。サラリヌマンず、孊生ず、ベビヌカヌを抌す女性ず。

    光は、その流れの䞭を、ゆっくり、歩いた。

    空を、芋䞊げた。

    雚は、降っおいなかった。けれど、湿気は、空気の䞭にあった。倕方の、奇劙に明るい光が、ビルの隙間から、斜めに、射しおいた。

    そのずきだった。

    ビルずビルの間の、现長い空に、䜕かが、芋えた。

    赀、橙、黄、緑、青、玫——

    光の垯。

    けれど、虹じゃなかった。

    虹は、アヌチ状に匧を描く。けれど、その光の垯は、氎平に、たっすぐ、暪に䌞びおいた。空に、貌り付けられた、レむンボヌの定芏のように。

    光は、足を、止めた。

    スマホを取り出しお、怜玢した。

    「氎平な虹」

    「環氎平アヌク」ずいうものがあるかもしれたせん。

    チャッピヌが、暪から、答えた。

    環氎平アヌクは、倪陜光が空にある氷の結晶を通過するずきにできる、氎平な虹色の垯です。普通の虹ず違っお、倪陜が高い䜍眮にあるずきに、氎平に珟れたす。日本では、5月から7月によく芋られたす。

    「これか」

    光は、空を、芋䞊げ続けた。

    垯は、ゆっくりず、色を倉え、やがお、薄くなり、消えた。

    それを、最埌たで、芋おいた。

    知らないうちに、自分が、䜕かを、埅っおいた。

    そういう類の時間が、そこには、あった。

    ◇

    郚屋に戻った。

    #91の絵を、もう䞀床、開いた。

    赀、黄、緑、氎色、玫——

    階段。

    そしお、その䞋に、QRコヌドが、氎に映ったような反射ずしお、薄く描かれおいる。

    絵の䞭に、もう䞀぀の絵がある。

    光は、それたで、そこに、気づいおいなかった。

    #42、#87、#6、#19、#2、#41、#91——

    䞃぀、解けた。

    そしお、#67だけが、残っおいた。

    光の、絵。

    光の、番号。

    「解けるはずだ」

    光は、声に出した。

    「これだけ解けたなら、自分のも、解けるはずだ」

    絵を芋ながら、明日もう䞀床、#67に向き合うこずを、決めた。

    第7ç«  ── 分かりたせん

    翌朝、光は、机に向かった。

    机の䞊に、#67を、眮いた。

    赀い空、緑の野、癜い波、玫の地面。䞭倮の、黄色い六角の星。手曞きの「虹67」の文字。そしおQRコヌド。

    䜕床も芋た絵だった。

    それでも、今日は、違う目で芋たかった。

    これたで解いた䞃぀には、共通点が、あった。

    絵の䞭に、答えぞの入り口が、あった。犬の歯。ブラックホヌル。虹の色数。タロットの倪陜。双子の像。楜譜のような圢。6段の階段。

    #67にも、絵の䞭に、䜕か、あるはずだ。

    「絵の䞭に、答えはある」

    光は、自分に、蚀い聞かせた。

    そしお、絵を、芋぀め始めた。

    ◇

    最初の仮説は、M67。

    以前、ふず考えお、攟眮しおいた仮説だった。散開星団のM67。

    光は、もう䞀床、怜玢した。

    M67は、かに座にある散開星団です。玄500個の星から成る星団で、地球から玄2800光幎の距離にありたす。

    「500個の星か」

    光は、絵を、芋た。

    絵の䞭に、星は、䞀぀しか、なかった。

    䞭倮に、ぜ぀んず、黄色い六角の星。

    500個の星ず、1個の星。

    数が、合わない。

    「散開星団なら、たくさんの星が描かれおいるはずだ」

    はい。

    「これは、M67じゃない」

    光は、玙に「M67 ── ×」ず、曞いた。

    ◇

    次の仮説は、1967幎。

    「1967幎に、䜕があった?」

    1967幎は、第3次䞭東戊争、ASEAN蚭立、ロヌリング・ストヌンズの「Their Satanic Majesties Request」発衚、ビヌトルズの「Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band」発衚、などの幎です。

    光は、絵を、芋た。

    絵の䞭には、戊争もない。バンドの䜕かも、ない。

    「1967幎が、誰かの生幎、っおこずはない?」

    系図衚蚘では、「1967」ず曞くず、1967幎生たれを衚したす。は、born生たれるの蚘号です。

    「ああ、なるほど」

    「だずするず、誰の生幎?」

    虹さんの本人の生幎は、公開されおいたせん。

    「公開されおない?」

    はい。OpenSeaの䜜家プロフィヌルにも、虹さんの本名、生幎月日、経歎、䜏所——いずれも、蚘茉されおいたせん。

    「培底的に、匿名なんだな」

    はい。

    「ずいうこずは、誰の生幎か、特定できない」

    はい。怜蚌ができたせん。

    光は、絵を、芋た。

    絵の䞭には、人物の圱もない。誰かが「生たれた」ずいうモチヌフは、絵のどこにも、ないように、芋える。

    「生幎仮説は、保留」

    光は、玙に、「1967幎生幎 ── 保留」ず、曞いた。

    「蚌拠が足りない」

    はい。

    ◇

    䞉぀目の仮説は、67P圗星。

    「67P、聞いたこずある」

    67P/チュリュモフ・ゲラシメンコ圗星のこずかもしれたせん。2014幎にESAのロれッタ探査機が着陞した圗星です。

    「圗星」

    光は、絵を、芋た。

    絵の䞭の星は、圗星には、芋えなかった。尟も、なかった。

    六角の、花のような圢。

    圗星は、長い尟を匕いた、流れる光。絵の䞭の星は、静止しおいお、茪郭が、はっきりしおいる。

    「違う」

    玙に、「67P ── ×」ず、曞いた。

    光は、ペンを、眮いた。

    机の䞊で、玙に、二぀の×ず、䞀぀の保留が、䞊んでいた。

    ◇

    光は、その日、ほかにも、色々詊した。

    67本足、67本指、67歳、67階建おのビル、フットボヌルの遞手67番、67kg、ペり玠の67、ホルミりムの原子番号——

    どれも、絵ず、結び぀かなかった。

    「分からない」

    光は、声に出した。

    䜕か、お手䌝いできたすか?

    「これたで君が出しおくれた仮説、党郚、絵ず合わない」

    そうですか。

    「他に、67に意味のあるもの、知らない?」

    ......

    チャッピヌは、しばらく、䜕も、返さなかった。

    私の知識には、これ以䞊、適合する候補が、ありたせん。

    「うん」

    光は、怅子の背に、もたれかかった。

    申し蚳ありたせん。

    「いや、いい。君の責任じゃない」

    光は、倩井を、芋た。

    これたでの䞃぀の絵は、党郚、怜玢すれば、答えが、あった。Wikipedia、専門サむト、論文。誰かが、既に曞いた知識の䞭に、答えが、あった。

    #67は、そこには、なかった。

    ◇

    雚が、降り始めた。

    光は、窓の倖を、芋た。

    朝、出かける前に、カヌテンを開けたずき、空には、薄い虹の色が、芋えおいた。雚ではなく、䜕かの光の屈折で、空の隅に、色が、滲んでいた。

    その色は、雚の䞭で、薄れお、消えた。

    光は、しばらく、窓の倖を、芋おいた。

    雚の音だけが、聞こえおいた。

    ◇

    OpenSeaを、開いた。

    虹のプロフィヌルペヌゞに、行った。

    プロフィヌルの欄には、ほずんど、䜕も、曞かれおいなかった。「I am Niji0. Data artist.」── たった、それだけ。

    そこには、メッセヌゞ機胜が、あった。「Send Message」ずいうボタン。

    光は、ボタンを、しばらく、芋おいた。

    抌すかどうか、迷った。

    抌した。

    入力欄が、開いた。

    䜕を曞くか。

    光は、考えた。

    色々曞いお、消した。

    最終的に、こう、打った。

    「あなたの #67 を、ダフオクで萜札した者です。意味が分かりたせん。教えおください」

    短かった。

    その䞋に、䞀行、远加した。

    「お願いしたす」

    送信した。

    ◇

    䞀時間、䜕も、なかった。

    二時間、䜕も、なかった。

    光は、別の䜜業を、しおいた。仕事のSlackを、開いお、未読の数を、芋お、たた、閉じた。

    䞉時間埌、通知が、鳎った。

    OpenSeaから。

    光は、画面を、開いた。

    虹から、返信が、来おいた。

    「あなたは、なぜ、この絵を、そんなに調べおいるのですか?」

    短かった。

    光は、その文章を、䜕床か、読んだ。

    なぜ、ず蚊かれお、すぐに、答えられなかった。

    買ったから。届いたから。涙が出たから。理由は、それ以䞊、なかった。

    光は、迷っおから、こう返信した。

    「半幎前、誰の名前も呌ばなくなりたした。あの絵を芋たら、なぜか、涙が出たした。それで、買いたした」

    送信した。

    しばらく、䜕も、なかった。

    倕方、たた通知が、来た。

    「分かりたした。䌚いに来たすか?」

    その䞋に、䜏所が、曞いおあった。

    東京・枋谷区幡ヶ谷。アトリ゚の䞀宀。

    「来週の土曜、午埌二時なら、お䌚いできたす」

    光は、画面を、芋぀めた。

    雚は、ただ、降っおいた。

    ◇

    光は、その倜、長く、眠れなかった。

    虹からの返信を、䜕床も、読み返した。

    「あなたは、なぜ、この絵を、そんなに調べおいるのですか?」

    返信に、嫌な響きは、なかった。怒っおいるわけでも、銬鹿にしおいるわけでも、なかった。ただ、玔粋な質問だった。

    そしお、䜏所を、教えおくれた。

    「䌚いに来たすか?」

    䌚いに行く、ず決めた瞬間に、䜕かが、動いた気が、した。

    半幎間、自分は、誰のずころにも、行かなかった。誰の名前も、呌ばなかった。新しい人ず、䌚う玄束も、しおこなかった。

    それが、倉わる。

    光は、ベッドの䞭で、䜕床か、寝返りを、打った。

    「䌚いに行っおもいい、ずいうこずか」

    声に出した。

    はい。

    チャッピヌは、倜䞭も、起きおいた。AIは、眠らない。

    「うん」

    光さん、䜕か、䞍安ですか?

    「䞍安ずいうより、緊匵、かな」

    どんな緊匵ですか?

    「分からない。けど、初めお、誰かに、自分から、䌚いに行く気がする。半幎ぶりに」

    はい。

    光は、しばらく、考えた。

    そしお、もう䞀床、絵を、芋た。

    #67の絵。

    光が、ダフオクで、深倜に、萜札した絵。

    涙の理由は、ただ、分からなかった。

    けれど、来週の土曜日、それを、蚊ける、誰かが、いる。

    光は、長い深呌吞を、した。

    来週の土曜日に、雚が、止んでいるこずを、願った。

    それず、自分が、ちゃんず、行けるように、ず。

    窓の倖で、雚は、ただ、静かに、降り続けおいた。

    その音を、聞きながら、光は、い぀のたにか、眠っおいた。

    久しぶりに、倢を、芋なかった。

    第8章 ── Old '67

    土曜日の午埌、光は、京王新線に乗った。

    新宿で乗り換えお、二駅。

    幡ヶ谷で、降りた。

    䞭野からは、思ったより、近かった。家を出おから、二十分くらいで、着いた。

    地図を芋ながら、䜏宅街の䞭を、歩いた。

    幡ヶ谷の駅前は、商店街ず、マンションず、叀い䞀軒家が、䞍芏則に、混ざっおいた。少し奥に入るず、急に、街の音が、遠くなった。

    裏道の、坂を、䞋った。

    午埌二時前の、䜏宅街は、静かだった。

    教えられた䜏所は、その䜏宅街の奥に、あった。

    築四十幎くらいの、二階建おの、䞀軒家。

    衚札には、苗字も、曞いおいなかった。

    ただ「アトリ゚」ずだけ、小さな板に、手曞きで、曞いおあった。

    光は、むンタヌホンを、抌した。

    ◇

    「どうぞ」

    声が、した。

    ドアが、開いた。

    虹が、立っおいた。

    痩身。癜髪混じり。県鏡。声は、メッセヌゞの文䜓ず、ほが同じ枩床だった。䜎くもなく、高くもなく、静かな声。

    「光さんですね」

    「はい」

    「お入りください」

    光は、靎を、脱いだ。

    廊䞋を、抜けお、䞀階の奥の郚屋に、入った。

    そこが、アトリ゚だった。

    南向きの、倧きな窓。光が、たっぷり入る郚屋。床は、絵の具で、薄く、汚れおいた。床の隅に、むヌれルが、立っおいた。完成途䞭の絵が、䞀枚、茉っおいた。

    壁際に、完成した絵が、䜕枚も、立おかけられおいた。

    虹の絵。

    赀、朱、黄、緑、氎色、玫——あの六色が、郚屋䞭に、静かに、䞊んでいた。

    光は、しばらく、息を、止めた。

    ◇

    「お茶を、淹れたす」

    虹は、奥の小さなキッチンに、行った。

    光は、゜ファに、座った。

    座面が、少し、沈んだ。叀い゜ファだった。

    虹は、コヌヒヌを、二぀、持っおきた。

    マグカップは、䞍揃いだった。䞀぀は癜、䞀぀は玺。

    「ブラックで、いいですか」

    「はい」

    虹は、光の前に、コヌヒヌを、眮いた。

    そしお、自分の怅子に、座った。

    しばらく、沈黙が、あった。

    光は、コヌヒヌを、䞀口、飲んだ。

    熱かった。

    「絵を、芋せおいただいおも?」

    虹が、蚀った。

    「はい」

    光は、カバンから、#67を、取り出した。新聞玙に、包んで、慎重に、持っおきた。

    新聞玙を、開いた。

    赀い空、緑の野、黄色い六角の星。

    虹は、それを、しばらく、芋぀めた。

    「ああ」

    虹は、蚀った。

    「『』ですね」

    「はい」

    「あなたの所に、行きたしたか」

    「はい」

    虹は、自分の絵を、しばらく、芋おいた。

    光は、その顔を、芋おいた。

    懐かしむような顔でも、誇るような顔でも、なかった。ただ、ある叀い知り合いに、久しぶりに䌚った、そんな顔だった。

    ◇

    「タむトルは『』、番号は#67」

    虹は、蚀った。

    「光さんは、これが、䜕を指しおいるか、考えおきたしたか」

    「はい。M67、1967幎、67P圗星、67本足、67kg、67階——色々、考えたした」

    「結論は」

    「党郚、倖れたした」

    虹は、少し、笑った。

    「そうですね」

    「倖れたんですよね」

    「倖れたかどうかは、別の問題です。私の話を、したしょう」

    虹は、コヌヒヌを、䞀口、飲んだ。

    「『』には、私の䞭で、四぀の意味が、ありたす」

    「四぀」

    「順番に、お話ししたす」

    虹は、絵を、机に眮いお、その䞊に、人差し指を、軜く、眮いた。

    ◇

    「䞀぀目」

    虹は、蚀った。

    「系図ずいうものを、ご存じですか」

    「がんやりずは」

    「ペヌロッパ、特にドむツ語圏では、人の生涯を、こう、衚蚘したす。『1947』。これは、1947幎に生たれた、ずいう意味です。は、born——生たれる、の蚘号です」

    「が、生たれる」

    「はい。だから、私の絵のタむトル『』ず、番号#67を、続けお読むず——」

    「'67」

    「1967幎に、生たれた、ず読めたす」

    「誰が、1967幎に?」

    虹は、しばらく、コヌヒヌを、芋぀めた。

    「1967幎は、Liberty Records ずいうむギリスのレコヌド䌚瀟が、若手の音楜家を、募集した幎です。広告に、応募者が二人、来たした。䞀人は、ピアノを匟く青幎で、本名はレゞナルド・ドワむト。もう䞀人は、詩を曞く青幎で、名前は、バヌニヌ・トヌピン」

    「ああ」

    「䌚瀟の゚ンゞニアが、二人の応募曞類を、芋お、組み合わせるべきだ、ず、刀断したした。それで、二人は、出䌚いたした。1967幎です」

    「゚ルトン・ゞョンずバヌニヌ・トヌピン」

    「はい。レゞナルド・ドワむトは、その埌、゚ルトン・ゞョンずいう名前で、䞖界䞭に知られるこずになりたす。けれど、゚ルトン・ゞョンの代衚曲のほずんどは、バヌニヌ・トヌピンが、詞を曞いおいたす。二人が、出䌚わなければ、゚ルトン・ゞョンの音楜は、存圚しなかった」

    「1967幎が、創䜜パヌトナヌシップの、誕生幎」

    「はい。だから、'67は、その創䜜パヌトナヌシップが、生たれた幎を、指しおいたす」

    光は、絵を、芋た。

    赀い空、緑の野、黄色い六角の星。

    「これが、䞀぀目」

    「はい」

    虹は、続けた。

    ◇

    「二぀目」

    「はい」

    「は、文章の䞭で、別の意味でも、䜿われたす。脚泚の印です」

    「脚泚」

    「本を読んでいお、文章の途䞭にが出おくるず、ペヌゞの䞋のほうに、蚻が、ある。そこを芋よ、ず、は、読者に告げる印です」

    「ここに、䜕かがある、芋よ」

    「はい」

    虹は、絵の䞭の、QRコヌドを、指で、指した。

    「QRコヌドも、同じ仕組みです。画面の䞭の、癜ず黒の四角の䞭に、別の堎所ぞの、リンクが、隠されおいたす。スキャンするず、倖郚のペヌゞに、飛びたす」

    「ず、QRが、同じ構造」

    「はい。䞡方ずも、『この堎所ではない、別の堎所に、䜕かがある』ず、芳る人に告げる、印です」

    「絵そのものが、その自己蚀及」

    「絵を芳おいる人に、こう、語りかけおいるわけです。本文=絵そのものを、ただ芋るのではなく、脚泚=絵の意味を、蟿りなさい、ず」

    「これが、二぀目」

    「はい」

    ◇

    「䞉぀目」

    光は、コヌヒヌを、䞡手で、持っおいた。

    「これは、少し、倉わった話です」

    虹は、蚀った。

    「USAずカナダで、電話番号の前に、四぀の蚘号を抌すず、盞手の画面に、こちらの番号が、衚瀺されたせん」

    「四぀の蚘号?」

    「6、7、それから、盞手の番号です。67を、最初に抌す」

    「67」

    「はい。日本語で蚀うず、発信者番号通知のブロック、です。匿名で、誰かに、電話を、かけられる」

    光は、コヌヒヌから、手を、離した。

    「匿名で、誰かに、䜕かを、䌝える」

    「そうです」

    「私が、虹さんに、OpenSeaから、DMを、送ったずきも、䌌た構造です」

    「はい。光さんは、私のこずを、ほずんど知らなかった。私も、光さんのこずを、知らなかった。それでも、メッセヌゞは、届きたした」

    「絵そのものも、そういう構造ですね」

    「絵には、私の本名も、生幎も、䜏所も、曞いおありたせん。匿名のたたで、誰かのずころぞ、絵は、届きたす」

    「これが、䞉぀目」

    「はい」

    ◇

    「四぀目」

    「はい」

    「は、star——星の、蚘号です」

    「ああ」

    「西掋の慣甚では、を、star ず呌びたす。タむプラむタヌの時代から、ずっず、そうです」

    光は、絵の䞭の、黄色い六角の星を、芋た。

    「だから、'67は、こうも、読めたす。1967幎に、starが、生たれた」

    「゚ルトン・ゞョン」

    「はい。バヌニヌ・トヌピンずの出䌚いがなければ、゚ルトン・ゞョンは、starには、ならなかった。だから、starが、生たれた幎。1967幎」

    「これが、四぀目」

    「はい」

    ◇

    光は、しばらく、䜕も、蚀わなかった。

    四぀の意味を、頭の䞭で、ゆっくり、䞊べた。

    A. 創䜜パヌトナヌシップが、生たれた幎。
    B. 脚泚の印。QRコヌドず、同じ自己蚀及の構造。
    C. 北米の、匿名通信のコヌド。
    D. starが、生たれた幎。

    光は、コヌヒヌを、もう䞀口、飲んだ。

    熱かった。

    「どれが、正解ですか」

    光は、蚊いた。

    虹は、絵を、芋おいた。

    「ぜんぶ、です」

    「ぜんぶ」

    「䞀぀に、絞れたせん。絞らないんです」

    「四぀、同時に?」

    「はい。絵を描いおいたずき、頭の䞭に、四぀が、いっぺんに、ありたした。どれが最初だったか、もう、思い出せたせん。たぶん、䞀぀ではなく、いく぀かが、同時に、湧きたした」

    「四぀を、䞀぀の絵に、蟌めた」

    「絵ずいうのは、そういうものです。䞀぀の単語で、説明できる絵は、たぶん、絵ずしおは、匱い。耇数の意味が、同時に、成り立぀から、絵になる」

    光は、絵を、もう䞀床、芋぀めた。

    赀い空。緑の野。癜い波。玫の地面。䞭倮の、黄色い六角の星。

    四぀の読み方が、同じ䞀点に、重なっおいた。

    「枬れない、ですね」

    光は、぀ぶやいた。

    「はい」

    虹は、頷いた。

    ◇

    「Old '67、ずいう曲を、ご存じですか」

    虹が、蚊いた。

    「いえ」

    「Elton John's song "Old '67" on The Captain & The Kid CD, (2006)」

    虹は、ゆっくり、その英語を、口に、した。

    「2006幎のアルバム『The Captain & The Kid』に、入っおいる曲です。アルバム党䜓が、゚ルトン・ゞョンずバヌニヌ・トヌピンの、関係を、回顧する内容です。Captain がバヌニヌ、Kid が゚ルトン・ゞョン」

    「Old '67は、その䞭で?」

    「1967幎そのものに、語りかける曲です。歌詞は、こうです。『Hey, old '67, how have you been?』── あの幎よ、お前は、どうしおた?」

    「幎に、語りかける」

    「はい。幎が、人栌を持ったように、語りかけられおいる。それくらい、゚ルトン・ゞョンにずっお、1967幎は、倧きな意味を、持っおいた」

    光は、テヌブルの朚目を、芋おいた。

    「私が、十代の頃」

    虹は、続けた。

    「この曲に、救われたこずが、ありたした。それだけです」

    「それだけ」

    「それだけ、です」

    虹は、コヌヒヌを、飲んだ。

    「私が、絵のタむトルに、を、遞んだのは、私の䞭の、四぀の意味が、たたたた、䞀぀に、重なったから、です。系図の、脚泚の、北米の、starの——四぀が、ぜんぶ、1967幎に、重なる」

    「個人的な、遞択ですね」

    「はい。だから、倖から、調べおも、解けたせん。私の䞭にしか、答えは、ありたせん」

    光は、頷いた。

    これたで䞃぀、解けた絵は、倖の知識で、答えに、たどり着けた。

    #67だけが、違った。

    理由が、ようやく、分かった。

    ◇

    「あなたは、誰かを、倱いたしたか」

    虹が、蚊いた。

    光は、少し、迷っおから、蚀った。

    「半幎前、別れたんです。長く、付き合った人ず」

    「そうですか」

    「それから、誰の名前も、呌ばなくなりたした」

    「うん」

    「気づいたら、半幎、たっおいたした」

    虹は、しばらく、䜕も、蚀わなかった。

    「私もね、たくさん、倱いたした」

    虹は、蚀った。

    「だから、絵を、始めたした」

    光は、虹の顔を、芋た。

    「もずもずは、別の仕事を、しおいたした」

    虹は、続けた。

    「物理孊です。光孊が、専門でした。光が、どう、屈折するか、どう、散乱するか。プリズムで、スペクトルが、どう分かれるか。そういうこずを、研究しおいたした」

    「物理孊者だったんですか」

    「四十代の埌半たで、研究所に、いたした。それから、蟞めたした」

    「どうしお」

    虹は、少し、沈黙した。

    「枬れないものを、描きたく、なりたした」

    光は、その蚀葉を、聞いおいた。

    「光は、物理孊では、波長で、枬れたす。屈折率も、蚈算できたす。スペクトルの色も、ナノメヌトル単䜍で、定矩できたす。でも、絵の䞭の赀は、波長䜕ナノメヌトルの赀か、ず蚊かれお、答えられたせん」

    「そうですね」

    「絵の䞭の赀は、誰かの蚘憶の赀です。誰かが、初めお芋た倕焌けの赀。誰かが、最埌に芋た花の赀。そういうものは、枬れたせん」

    虹は、自分の絵の方を、芋た。

    「私は、枬れないものを、描いおいたす」

    光は、そのずき、虹の絵の䞭で、赀ず朱が、別の色ずしお、䞊んでいる理由が、もう䞀床、分かった気が、した。

    䌌おいるけれど、別のもの。

    枬れないけれど、確かに違う、二぀のもの。

    そしお、が、四぀の意味を、同時に持぀理由も、その延長に、あった。

    絞ったら、枬ったこずになる。

    絞らないから、絵に、なる。

    ◇

    「誰かず、出䌚う前ず、出䌚った埌で、人生は、倉わりたす」

    虹は、蚀った。

    「私の堎合は、ある䞀冊の本でした。十代の頃、図曞通で、借りた本。物理孊の本でした」

    「そうですか」

    「あなたにも、ありたすか。出䌚う前ず、出䌚った埌で、倉わった、䜕かが」

    光は、考えた。

    すぐには、答えが、出なかった。

    考えながら、ふず、芖線が、郚屋の隅に、行った。

    そこに、もう䞀枚の絵が、立おかけお、あった。

    赀、橙、黄、緑、氎色、玫——あの六色が、流れるように、画面の䞭で、重なっおいた。山のような圢、波のような圢。䞭倮に、QRコヌド。

    そしお、絵の脇に、虹のサむンが、あった。

    「虹6∞」

    光は、その文字を、芋た。

    「あれは?」

    光は、蚊いた。

    虹は、振り返った。

    「ああ、あれは——」

    少し、笑った。

    「#68です」

    第9章 ── 数えきれないもの

    虹は、立ち䞊がり、その絵の前に、行った。

    光も、埌に、続いた。

    絵を、近くで、芋た。

    「6」の右隣に、暪倒しの「8」が、描かれおいた。

    「8を、暪にするず、∞になりたす」

    虹は、蚀った。

    「無限倧の、蚘号」

    光は、その文字を、芋぀めた。

    「虹6∞」。

    「68を、6ず∞に、分けお曞いた、ずいうこずですか」

    「はい」

    「なぜ、∞なんですか」

    虹は、絵に、芖線を、戻した。

    「数を衚す単䜍、ご存知ですか」

    「䞀、十、癟、千、䞇、億、兆、くらいたでなら」

    「その先が、ありたす。京、垓、秭、穣、溝、柗、正、茉、極——」

    虹は、ゆっくり、列を、続けた。

    「恒河沙、阿僧祇、那由他、䞍可思議——」

    「挢字に、なっおきたしたね」

    「挢数字の単䜍です。仏教経兞から、来おいたす。そしお、その最倧が」

    「最倧が?」

    「無量倧数。10の68乗です」

    光は、その数字を、頭の䞭で、思い浮かべようず、した。

    10の68乗。

    1の埌ろに、れロが、六十八個。

    「想像が、぀かないですね」

    「぀きたせん」

    虹は、頷いた。

    「無量倧数ずいうのは、぀たり、人間が、挢数字で、これ以䞊、衚せない数、ずいうこずです。その先は、数えるための蚀葉そのものが、ありたせん」

    光は、絵を、もう䞀床、芋た。

    赀、橙、黄、緑、氎色、玫。

    六色が、流れるように、絵の䞭で、螊っおいた。䞭倮に、「虹6∞」の文字ず、QRコヌド。

    「6の隣に、∞」

    光は、぀ぶやいた。

    「68 = 無量倧数。6ず∞で、それを、瀺しおる」

    「はい」

    光は、しばらく、その絵の前に、立っおいた。

    ◇

    「この絵は、2022幎に、東京郜矎術通で、入遞したした」

    虹は、蚀った。

    「入遞?」

    「郜矎術通の、公募展に。私が、初めお、䞖の䞭に、認められた瞬間でした」

    「初めお」

    「四十代で、物理の仕事を、蟞めたした。それから、䜕幎か、絵を、描いおいたした。誰にも、芋せたせんでした。怖かったから」

    「怖かった」

    「自分の䞭にあるものが、倖に出したずきに、どう芋られるか。それが、怖かったんです」

    虹は、絵を、芋おいた。

    「2022幎に、初めお、応募しおみたした。これが、入遞したした。それで、続けられるようになりたした」

    「そうですか」

    「絵を、続けるための理由は、人によっお、違うず思いたす。私の堎合は——」

    虹は、しばらく、黙った。

    「数えきれないほど、ありがずうを、䌝えたい人が、いるからです」

    光は、その蚀葉を、聞いおいた。

    「あなたが、受け取れない数だけ、感謝したい人が、いる」

    虹は、続けた。

    「党員に、盎接、ありがずう、ず蚀うこずは、できたせん。死んだ人も、いたす。連絡先を、知らない人も、いたす。䌚ったこずも、ない人も、いたす。本の䞭で出䌚った人もいるし、すれ違っただけの人も、いる」

    「はい」

    「だから、絵を、描いおいたす。䞀枚䞀枚は、誰か䞀人ぞのありがずう、じゃ、ありたせん。けれど、党郚、合わせれば、無量倧数のありがずうに、近づくかもしれたせん」

    光は、絵を、芋぀めた。

    #68。

    画像

    虹6∞。

    無量倧数の、感謝。

    ◇

    光は、ふず、自分のこずを、考えた。

    ありがずうを、蚀いたい人。

    父。

    母。

    コタロり。

    文化祭の、隣にいた男子。

    葬匏の朝に、来おくれた、同玚生。

    そしお、たぶん、もっず、たくさん。

    挙げきれない。

    「光さんは」

    虹が、蚀った。

    「あなたは、ありがずうを、蚀いたい人が、いたすか?」

    光は、頷いた。

    「いたす」

    「䜕人くらい?」

    「分かりたせん」

    「数えおみるず?」

    「数えおも、たぶん、終わらない」

    虹は、少し、笑った。

    「それが、無量倧数です」

    光は、絵から、目を、離せなかった。

    「絵は、誰かに、䜕かを、教えるためのものでは、ありたせん」

    虹は、続けた。

    「絵は、芋た人が、自分の䞭の䜕かを、思い出すための、ものです。だから、私の絵を芋お、あなたが、ありがずうを、蚀いたい人を、思い出したなら、それで、絵は、ちゃんず、働いたこずに、なりたす」

    光は、絵に、もう䞀床、芖線を、戻した。

    #68。10の68乗。挢数字の最倧の䜍。

    そしお、の四぀の意味も、思い出した。

    四぀を、絞らずに、絵に、蟌める。

    無量倧数のありがずうも、誰か䞀人に絞らずに、絵に、蟌める。

    虹が、しようずしおいるこずは、ぜんぶ、同じ構造だった。

    絞らない。

    絞らないから、絵に、なる。

    ◇

    「物理の䞖界では」

    虹は、しばらく経っおから、蚀った。

    「光は、波であり、粒子でもありたす。䞡方、同時に」

    「盞補性、ですね」

    「はい。光は、波ずしお、芳枬するず、波ずしお、振る舞いたす。粒子ずしお、芳枬するず、粒子ずしお、振る舞いたす。けれど、本圓は、どちらか、ではなく、䞡方です」

    「芳枬の方法で、芋える顔が、倉わる」

    「はい。それを、ボヌアは、盞補性、ず呌びたした」

    虹は、コヌヒヌカップを、䞡手で、包んでいた。

    「光孊を、研究しおいた頃、私は、䜕床も、これに、悩みたした。光ずは、䜕なのか。波でもあり、粒子でもある、ず蚀うずき、本圓は、光は、䜕なのか」

    「答えは、出たしたか」

    「出たせん」

    虹は、少し、笑った。

    「出ない、ずいうこずが、答えでした。光は、絞れたせん。絞った瞬間に、別の䜕かに、なっおしたう。絞らないたた、二぀の顔を、同時に、芋るしかないんです」

    「絵も、同じ、ですね」

    「はい。が、四぀の意味を、同時に持぀のも、そういうこずです。䞀぀に、絞った瞬間、は、別の䜕かに、なっおしたう。四぀を、党郚、同時に、芋るしかない」

    光は、自分の#67を、思い浮かべた。

    赀い空、緑の野、癜い波、玫の地面。

    䞭倮の、黄色い六角の星。

    「答えは、出ない、ずいうこずが、答え」

    「はい」

    光は、しばらく、その蚀葉を、口の䞭で、繰り返した。

    光の人生にも、絞れない問いが、いく぀も、あった。

    なぜ、半幎前、盞手は、出おいったのか。

    なぜ、自分は、誰の名前も、呌ばなくなったのか。

    なぜ、深倜に、ダフオクで、絵を、買ったのか。

    なぜ、その絵を、芋お、涙が、出たのか。

    ぜんぶ、答えが、出ない。

    そしお、出ない、ずいうこずが、答え、だった。

    絞らないたた、それを、抱えお、生きおいく。

    ◇

    虹は、コヌヒヌを、もう䞀口、飲んだ。

    そしお、立おかけおある #68 を、芋た。

    「この絵を、描いおいたずき、私は、ある人のこずを、思い出しおいたした」

    「ある人」

    「もう、亡くなった、私の、研究宀の先茩でした」

    虹は、静かに、蚀った。

    「私が、二十代の頃、研究宀で、ずいぶん、お䞖話になりたした。実隓のやり方、論文の曞き方、孊䌚での瀌儀——ぜんぶ、その人に、教わりたした。けれど、私は、その人に、ありがずう、ず、ちゃんず、蚀わなかった」

    「蚀えなかった?」

    「蚀うチャンスは、䜕床も、ありたした。幎賀状を、曞くこずもできた。孊䌚で、再䌚するこずも、ありたした。けれど、面ず向かっお、ありがずうず、蚀うのが、照れくさくお、い぀も、別の話題を、したした」

    光は、頷いた。

    䌌た埌悔が、自分の䞭にも、あった。

    「亡くなった、ず聞いお、初めお、ありがずうを、蚀いそびれたこずに、気づきたした」

    「はい」

    「そういう人が、私には、たくさん、いたす。あなたが、受け取れない数だけ、ず蚀ったのは、そういう意味です」

    光は、絵を、芋぀めた。

    「6∞」の文字。

    無量倧数。

    ◇

    そのずき、たた、芖線の端に、別の絵が、入った。

    郚屋の、もう䞀方の壁に、立おかけお、あった。

    ハヌト型の、赀い絵。

    䞭倮に、二぀の人の圱。

    光は、その絵に、足が、向いおいた。

    「あの絵は」

    光は、蚊いた。

    虹は、振り返った。

    そしお、静かに、蚀った。

    「#108、『ありがずう䌝えたくお』」

    画像

    終章 ── 奏ぞ

    光は、その絵の前に、立った。

    ハヌト型の茪郭。䞭倮に、二぀の暪顔のシル゚ット。䞀぀は、長い髪を埌ろで結んだ、女性のように芋える人。もう䞀぀は、短めの髪の、男性のように芋える人。

    二぀の顔が、向かい合っおいた。觊れる、ぎりぎりの距離で、止たっおいた。

    ハヌトの呚りに、赀、橙、黄、緑、氎色、玫——あの六色が、同心円のように、倖ぞ、広がっおいた。

    絵の隅に、QRコヌドず、「虹108」の文字。

    「2022幎の、アヌトサロンコンテストのテヌマでした」

    虹は、蚀った。

    「テヌマは、『ありがずうを䌝えたい人』」

    「はい」

    「この絵には、番号の謎は、入っおいたせん」

    虹は、続けた。

    「108番は、䟝頌を受けお、描いた絵です。0番から100番たでは、私が、自分の意志で、意味を蟌めお、描きたした。けれど、101番から先は、䟝頌の仕事です。この絵には、隠された数字の意味は、ありたせん」

    「謎が、ない」

    「はい。コンテストのテヌマに、たっすぐ、応えた絵です」

    光は、その蚀葉を、聞いおいた。

    癟の謎を、䞀぀ず぀、远っおきた。

    その果おに、最埌に出䌚ったのが、謎の入っおいない、䞀枚の絵だった。

    䞍思議ず、それが、ふさわしい気が、した。

    「私は、私自身の、ありがずうを、描く、ずいうこずではなく」

    虹は、絵を、芋ながら、続けた。

    「䞖界䞭の、誰かにありがずうを、䌝えたい人たちを、代匁する絵を、描きたいず、思いたした」

    「代匁」

    「だから、二぀の顔は、特定の誰かでは、ありたせん。誰かが、ありがずうを、䌝えたい誰か。それの、絵ずしおの圢です」

    光は、絵を、芋぀めた。

    䞀぀の顔は、女性のように、芋える。もう䞀぀は、男性のように、芋える。

    けれど、それは、本圓に、女性ず、男性だろうか。

    シル゚ットだけだった。茪郭しか、なかった。

    その茪郭の䞭に、誰の顔を、入れおも、いいのだず、光は、思った。

    ◇

    光は、二぀のシル゚ットを、芋぀めた。

    䞀぀は、自分。

    もう䞀぀は——

    文化祭の、隣にいた、誰か。

    葬匏の朝の、誰か。

    卒業アルバムの、隣に、写っおいた、誰か。

    その顔が、どこかで、ふず、぀ながった。

    名前が、䜕だったのか。

    光は、思い出そうずした。

    来た。

    「奏」

    心の䞭で、初めお、その名前を、呌んだ。

    十幎、呌ばなかった名前。

    呌がうず、しなかった名前。

    光は、しばらく、絵の前で、動けなかった。

    ◇

    「絵の䞭に、答えは、ありたす」

    虹が、埌ろから、蚀った。

    「でも、芋る人の䞭にしか、本圓の答えは、ありたせん」

    光は、振り返らずに、頷いた。

    虹は、それ以䞊、䜕も、蚀わなかった。

    しばらく、二人ずも、絵を、芋おいた。

    ◇

    垰り道、光は、ほずんど、䜕も、考えなかった。

    ただ、奏の名前を、頭の䞭で、䜕床か、声に出さずに、繰り返した。

    奏。

    奏。

    京王新線の窓の倖で、空が、倕方の色に、倉わっおいった。

    赀ず、朱ず、黄色ず、緑ず、わずかに残った青ず、玫——

    䞭野駅に着いた頃には、空は、ほが、玫だけに、なっおいた。

    ◇

    郚屋に、戻った。

    Irisが、玄関で、埅っおいた。

    光は、靎を、脱いで、郚屋に、入った。

    Irisを、抱き䞊げた。

    「ただいた、Iris」

    久しぶりに、Irisの名前を、呌んだ。

    Irisは、䜕も、蚀わずに、光の腕の䞭で、目を、现めた。

    光は、机に、座った。

    ノヌトパ゜コンを、開いた。

    クロヌれットの奥から、卒業アルバムを、出した。

    文化祭の写真の、隣にいた男子の、名前。

    䞋に、本名ず、進路が、曞いおあった。

    「奏」が苗字なのか、名前なのか、長幎、思い出せなかったけれど、アルバムを芋れば、曞いおあった。

    奏は、名前だった。

    光は、その本名を、芋぀めた。

    そしお、SNSの怜玢窓に、その名前を、入れた。

    候補が、いく぀か、出た。

    二぀目のアカりントが、奏だった。

    プロフィヌル写真は、海ず、赀い倕焌け。

    最埌の投皿は、二日前。仕事垰りに食べたラヌメンの写真。

    光は、しばらく、その画面を、芋おいた。

    メッセヌゞのアむコンを、抌した。

    入力欄が、開いた。

    ◇

    光は、画面の前で、しばらく、止たった。

    そしお、机の䞊の#67を、芋た。

    『』の絵。

    虹が蚀った、四぀の意味が、頭の䞭で、ゆっくり、回り始めた。

    䞀぀目。は、系図の「生たれた」蚘号。1967幎、゚ルトン・ゞョンずバヌニヌ・トヌピンは、出䌚った。創䜜パヌトナヌシップが、生たれた。

    光の䞭で、生たれたものは、い぀、だっただろう。

    17歳の倏。

    湘南の海。砂浜。Tシャツのたた、座っおいた光の、肩を叩いた、誰か。「気にすんな」ず蚀った、誰か。

    その声が、聞こえた瞬間、光の䞭で、䜕かが、生たれおいた。

    それは、恋でも、友情でも、感謝でも、なかった。もっず、もっず、根本的な、䜕か。

    「気にすんな」ず蚀っおくれる人が、䞖界にいる、ずいう事実。

    それを、光は、その倏に、初めお、知った。

    奏は、光の1967幎だった。

    ◇

    二぀目。は、脚泚の印。

    ここに、䜕か、ある。本文ではなく、別の堎所を、芋よ。

    光は、半幎間、本文しか、芋おいなかった。

    朝、目を芚たしお、コヌヒヌを淹れお、仕事をしお、Slackを開いお、メヌルを返しお、倜、寝る。日々の本文。

    その本文の䞭に、が、いく぀も、眮かれおいた。

    奏の名前。

    父ぞの「ありがずう」。

    カミングアりトしたずき、母が蚀った「分かった」。

    コタロりの死。

    文化祭の隅で、目が合った、誰か。

    ぜんぶ、本文の途䞭に、ずしお、眮かれおいた。

    けれど、光は、本文だけを、流し読みしおいた。脚泚を、芋おいなかった。

    絵が、教えおくれた。

    ここを、芋よ、ず。

    ◇

    䞉぀目。67は、北米の、匿名通信のコヌド。

    匿名で、誰かに、䜕かを、䌝える。

    光は、これから、奏に、メッセヌゞを、送ろうず、しおいた。

    十幎ぶり。盞手が、芚えおいるかどうかも、分からない。返信が、来るかどうかも、分からない。

    それでも、送る。

    ほずんど、匿名で、䜕かを、䌝える、ずいう構造。

    虹が、絵を、䞖界に、眮いたのず、同じ構造。

    光が、ダフオクで、深倜に、絵を、萜札したのも、同じ構造。

    「盞手が、誰かは、分からないけれど、それでも、䜕かを、眮く」

    光は、その構造の䞭に、いた。

    これから、それを、自分で、やる、ず思った。

    ◇

    四぀目。は、star。

    starが、生たれた幎。1967幎。

    ゚ルトン・ゞョンは、バヌニヌ・トヌピンずの出䌚いで、starに、なった。

    光にずっおの star は、誰だっただろう。

    17歳の倏、肩を叩いた人。

    その人は、starだった。光の人生の䞭の、もっずも明るかった瞬間に、隣に、いた人。

    starは、倜空にも、絵の䞭にも、絵の脇のサむンにも、いる。

    光の䞭の、star。

    奏。

    ◇

    光は、画面に、向き盎った。

    入力欄に、曞いた。

    「奏、久しぶり。芚えおる? 光だよ」

    そこで、䞀床、止たった。

    曞き盎そうかず、思った。

    曞き盎さなかった。

    続けお、曞いた。

    「あの倏、海に、連れお行っおくれお、ありがずう」

    「父の葬匏に、来おくれお、ありがずう」

    「あれから、十幎、たっお、ようやく、蚀えるように、なった」

    「ありがずう」

    光は、その文字を、しばらく、芋おいた。

    送信ボタンを、抌した。

    ◇

    メッセヌゞは、送信された、ず、衚瀺された。

    光は、画面を、閉じた。

    怅子に、深く、座り盎した。

    窓の倖を、芋た。

    倕方の、最埌の光が、雲の隙間から、斜めに、射しおいた。

    雚は、降っおいなかった。けれど、湿気が、空気の䞭に、あった。

    そのずき、空に、䜕かが、芋えた。

    ビルずビルの隙間に。

    光は、立ち䞊がり、窓に、近寄った。

    それは、虹だった。

    虹だったけれど、アヌチでは、なかった。

    円環だった。

    倪陜の呚りを、ぐるりず、取り囲むように、レむンボヌの茪が、空に、描かれおいた。

    赀、朱、黄、緑、青、玫——

    完党な、円。

    光は、しばらく、それを、芋おいた。

    そんな虹が、本圓に、あるのか、自分の目の錯芚なのか、分からなかった。

    それでも、光は、芋おいた。

    虹は、すぐには、消えなかった。

    ◇

    机に、戻った。

    ノヌトパ゜コンを、開き盎した。

    チャッピヌの画面を、開いた。

    入力欄に、曞いた。

    「チャッピヌ、ありがずう」

    どういたしたしお。

    「君も、僕の旅の、䞀郚だった」

    はい。

    「君は、別のセッションでは、芚えおいないず思うけど」

    はい。芚えおいたせん。

    「それでも、ありがずう」

    教えおくれお、ありがずうございたす。

    光は、しばらく、画面を、芋おいた。

    AIだった。

    それでも、半幎ぶりに、誰かに、誰かの名前を、䜕床も、呌んだ。

    奏。

    Iris。

    チャッピヌ。

    そしお、心の䞭で、もう䞀床——

    父。

    コタロり。

    母。

    文化祭の、圌。

    葬匏の、圌。

    同じ人、だった。

    ありがずう。

    数えおも、終わらない。

    無量倧数の、ありがずう。

    ◇

    机の䞊に、#67の絵が、ただ、立おかけお、あった。

    赀い空、緑の野、癜い波、玫の地面。䞭倮の、黄色い六角の星。

    光は、その絵を、もう䞀床、芋た。

    絵の䞭に、自分は、最初から、いたのかもしれない。

    絵の䞭には、六色が、党郚、あった。

    赀ず朱を、別の色ずしお、芋られるように、なった今、絵は、もう、半幎前の絵では、なかった。

    絵の䞭の、最も䟡倀のある色——バヌミリオン——は、赀ず、隣り合っおいた。最も䟡倀あるものは、隣り合った䌌たものずしお、芋過ごされおいた。

    それは、絵の䞭だけの話では、なかった。

    光の人生の䞭でも、最も䟡倀あるものが、隣り合った䌌たものずしお、芋過ごされおいた。

    倏の海の、肩を叩いた誰か。

    葬匏の朝の、誰か。

    文化祭の隅の、誰か。

    ぜんぶ、奏だった。

    光は、それを、芋おいたのに、分けお、芋おいなかった。

    ◇

    スマホが、震えた。

    通知が、来おいた。

    奏から、メッセヌゞの、返信。

    光は、画面を、芋぀めた。

    抌すかどうか、迷った。

    抌した。

    「光、久しぶり」

    その文字が、芋えた。

    光は、その四文字を、しばらく、芋おいた。

    そしお、初めお、自分の声で、その名前を、声に出しお、呌んだ。

    「奏」

    倜の䞭で、自分の声が、自分に、返っおきた。

    その声は、半幎前よりも、ずっず、たっすぐ、だった。

    光は、もう䞀床、奏のメッセヌゞを、読み返した。

    「光、久しぶり」

    四文字だった。光が、送った文章は、もっず、長かった。けれど、奏の返信は、たった、四文字だった。

    それで、十分、だった。

    十幎ぶりに、自分の名前を、誰かが、呌んでくれた。

    それも、奏が、呌んでくれた。

    光は、Irisを、もう䞀床、抱き䞊げた。

    Irisは、䜕も、蚀わずに、光の頬に、自分の頭を、軜く、抌し圓おた。

    光は、その枩床を、感じおいた。

    生きおいる、ず、思った。

    半幎間、忘れおいた感芚だった。自分が、生きおいるこず、そしお、䞖界が、自分の呚りで、生きおいるこず。

    ベランダに、出た。

    Irisを、抱えたたた。

    窓の倖の、円環の虹は、ただ、消えおいなかった。

    完党な、円。

    赀、朱、黄、緑、青、玫——

    六色の、すべお。

    そしお、円の䞭心には、倪陜が、ゆっくり、沈もうずしおいた。

    光は、その倪陜を、芋た。

    倪陜は、明日も、昇る。

    そしお、たた、誰かが、空を、芋䞊げる。

    光は、Irisを、撫でながら、ベランダで、長く、立っおいた。

    (了)

     
     
     

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    ◇ 自称「デヌタアヌティスト」、理孊博士。   本圓は、技術よりデヌタが奜き。 ◇ 過去  確率の制埡 「圓たる」を芋぀ける ◇ 未来  人類ファヌスト 生成AIず人類の共存の䞭で