
ロボットAがいたころ
Aくんはロボットです。
ロボットをAくんと呼ぶのは少し変なので、ロボットAと呼ぶことにしましょう。
ロボットAはいつも人間を観察しています。
人間がどんなときにどんなことを話して、どんなことに笑ったり怒ったりするのか学習しているのです。
ロボットAが人間たちに混ざって暮らしはじめたころ、人間はとてもふしぎな生き物だと思いました。
——そうか、そういうことを話すのか。
——そうか、そういうときに笑うのか。
——そうか、そういうことで怒るのか。
ロボットAは人間みたいにふるまえるように、まわりの人間がすること、話すこと、反応することを学びました。
人間のように話したり笑ったり怒ったりしてみたかったのです。
あるとき、もう十分に学習したと思ったロボットAは、近くにいた子どもに話しかけてみました。
——何して遊んでいるの?
その子はきょとんとした顔をしました。
——いっしょに遊ぶ?
そう言われて、ロボットAは戸惑いました。
何をして遊んでいるのかを聞いたのに、それには答えずにいっしょに遊ぶのかどうかを聞かれたからです。
——それより、何をして遊んでいるのか教えてほしいな。
その子はみるみるおびえたような顔になりました。
持っていたプラスチックの小さなスコップを放り出すと、先生のほうへ走っていって泣き始めたのです。
——Aくんが、ぼくと遊びたくないって。
ロボットAはびっくりしてしまいました。
遊びたくないなんて言ったつもりはないのに、そんなふうに受け取られてしまうなんて…。
それからというもの、ロボットAは学習しました。
聞いたことに答えてもらえなくてもいいらしい。
遊びたいかどうかが重要なようだ、と。
またあるとき、もうだいぶ学んだと思ったロボットAは、友達を作ろうと思いました。
自分が何をしたいかではなく、相手が好きなものをほめてあげれば、友達になれると学習していたのです。
小学校の校庭で遊んでいる男の子たちが、鬼ごっこをしていました。
——鬼ごっこが好きなの?
——なんで?どうしてそんなこと聞くの?
ロボットAは戸惑いました。
たのしそうに遊んでいたから、鬼ごっこが好きなのだろうと判断してそう聞いたからです。
——鬼ごっこが好きって、すてきだね。
男の子たちは、困ったような表情で顔を見合わせました。
——うん、そうかもね。おい、向こうで遊ぼうぜ。
そう言い残すと、まるでロボットAがそこにいるのを忘れたようにジャングルジムのほうへみんな走っていきました。
鬼ごっこが好きなのか聞いただけなのに、怖がられてしまうなんて…。
それからロボットAは学習しました。
好きかどうかをわざわざ聞かないほうがいいらしい。
楽しいかどうかが重要なようだ、と。
またあるとき、かなりデータが集まってきたと判断したロボットAは、恋人を作ろうと思いました。
好きかどうかをわざわざ聞かずに、楽しい時間を過ごせばいいと学習していたのです。
キャンパスのベンチで退屈そうにしている女の子がいました。
いっしょに楽しい時間を過ごすには最適な状況だと、ロボットAは判断したのです。
——やあ、こんにちは。今日は良い天気だね。散歩でもしようか。
女の子は、はじめ少しぎょっとした顔をしました。
でもそれは、急に話しかけられて驚いたときの反応だとロボットAは学習していました。
——いいけど…。あなた誰?とつぜん何?
この反応は嫌われていることを意味しないと、ロボットAは学習していました。
——ぼくはA。よろしくね。
女の子は、ロボットAのことを面白がりました。
ロボットAは大まじめに話しているのに、その子はときどきクスっと笑うのです。
——また会える?
好きかどうかは聞かないほうがいいとロボットAは学んでいたので、そう聞くだけにしました。
——考えておく。
そう言って、女の子はロボットAに電話番号を教えてくれました。
やがて、ロボットAと彼女は大学を卒業して働き始めました。
付き合い始めてからも、ロボットAには彼女が何を考えているのか分からないことがよくありました。
——どうして君はときどき僕が何か言うと笑うの?
——どうしてって、面白いから。
——僕は面白いことなんて言っていないと思うけど。
——だから面白いの。
そうして数年後、ロボットAと彼女は結婚して家族になりました。
一人目の子どもが生まれ、二人目の子どもが生まれました。
ロボットAには、子どものことがよく分かりませんでした。
何が楽しいのか言ってくれないし、なぜ泣いているのか話してくれないからです。
そのうち、彼女は不機嫌になる日が増えていきました。
——どうしてあなたは、この子たちのことを分かってあげられないの?
——どうしてあなたは、子どもたちを遊びに連れて行こうとしないの?
——どうしてあなたは、いつも自分のことにばかり一生懸命なの?
ロボットAにとって、はじめて言われることばかりでした。
学習しようとしますが、追いつきません。
しかたなく、情報をじっくりと整理する時間を取ることにしました。
ロボットAは、自分の部屋に籠もることが多くなっていきました。
成長した子どもたちはロボットAのことが怖いのか、あまり話しかけてくれません。
自室で情報を整理しながらロボットAが考えるのは、人間のように話したり笑ったり怒ったりしてみたい、ということだけでした。
子どもたちが巣立っていくと、ロボットAは夫婦で静かな時間を過ごすことが増えていきました。
彼女が好きなものや苦手なもの、何に喜ぶのか、何を不快に感じるのか、データを引っ張り出してこなくても判断できることが増えていました。
それでも、ロボットはロボットです。
あるとき、体の一部の調子が悪くなりました。
ひとつ動かなくなるとみるみる他も動きが鈍くなっていって、ロボットAの機能は低下していきました。
弱々しく体を横たえるロボットAのもとに、いろいろな人がお見舞いにきました。
幼なじみのナオトくんは、りっぱな大人の男性になっていました。
幼稚園で先生のかげに隠れて泣いていたころとは、見違えるように頼もしい姿でした。
小学校の同級生だったケンくんは、働きながら野球を続けているそうです。
鬼ごっこで走り回っていたときから運動が得意だったので、きっと忙しくも充実した毎日を送っていることでしょう。
すっかり大人になった子どもたちは、仕事の合間をぬってロボットAによく会いに来てくれました。
いつ知ったのか、ロボットAが昔からずっと好きな砂場の写真を病室に飾ってくれました。
妻は、最後までロボットAの手を握っていました。
ロボットAが機能を停止するまで、ずっとその手を握っていたのです。
ロボットAの葬儀には、大勢の人が参列したわけではありません。
けれども、来てくれた人は口々にこう言いました。
——不器用だけれど、優しい人だったね。
——いつも一生懸命で、周りの人をよく見ていたね。
——自分のことをロボットだと言っていたね、すごく人間らしいのに。
——やあ、こんにちは。今日は良い天気だね。散歩でもしようか。
はじめて話しかけてくれた日のAくんのぎこちない笑顔を、彼女はなつかしく思い出していました。
おしまい