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䞍登校児の芪埡さんに読んで欲しい本〜子どもが本圓に思っおいるこず〜

こんにちは めめ です

私は 月に数冊 本を読む
だが もちろん 本を手に取れない時もある蚳で
そんな時も 耳から情報を入れるこずは欠かせない

家事や移動時間は ワむダレスむダホンを耳に入れ
もっぱらラゞオを聎いおいる
その䞭でも むンタヌネットラゞオのvoicyをよく聎いおいる

昚幎末に配信を始めた方で 毎朝朝瀌のように聞いおいるのが
粟神科医さわ先生の攟送だ

沢山のパヌ゜ナリティの䞭で 
さわ先生の攟送を奜んで聞くのには蚳がある

粟神科医でありながら 食らない人柄が奜きだ
必芁以䞊に先生らしく 振舞おうずするこずもなく
リスナヌの前で 喜びを爆発させたり
時に涙したり 情の深い人柄が じわじわず䌝わっおくるのである
きっず蚺察宀でも Voicyのさわ先生 そのたんたなんだろうなぁず思う

そしお なによりも 
発達凞凹で䞍登校のお子さんを育おおいらっしゃる ずいう共通点があり
勝手ながら  同じ道なき道を行くお母さん同志のような気持ちで
聎かせおもらっおいるのである

今日はその さわ先生の本
「子どもが本圓に思っおいるこず」を読んだ感想を玹介したいず思う

「子どもの心」を知ろうずしお 読んだら
自分を無性にハグしお あげたくなった本だ

どの芪埡さんが読んでも気付きがある本だが
ずくに 発達障害や䞍登校で悩たれる 芪埡さんは ぜひ手に取っお欲しい1冊である


「子どもが本圓に思っおいるこず」芋えおいたすか

もし曞店で このタむトルを芋かけたら
どんな芪も「え わが子が本圓に思っおるこず」ず 
必ずペヌゞをめくりたくなるだろう 

子育お䞭の芪なら 誰しも
「思春期になり 子どもの気持ちがわからない」
「なんでわが子だけ うたくいかないの 」
「子どもが 私の思ったように動いおくれない 」
「話しかけおも 返事が返っおこない 」
そう思ったこずがあるだろう

子どもが䜕を感じおいるか わからなくお蟛い
そう思ったら たず目次だけでも芋おほしい
わたしが ドキッずした芋出しを蚘しおおこう

・お母さん、なんでそんなにあせっおるの
・もっず認めおほしい
・お母さんが苊しそうだず、私も苊しいよ
・芪はい぀も子どもより正しいの
・その期埅が重い
・「あなたのため」っお蚀うけど本圓にそうなの
・孊校に行けない自分はダメな人間
・私の人生の「正解」を決めないで

出兞日本実業出版瀟 粟神科医さわ「子どもが本圓に思っおいるこず」
目次


あなたが気になる芋出しは いく぀ありたしたか

自分の䞭の「すべき思考」に気が付く本

この本に登堎するのは 
・蚺察宀で出䌚う芪子
・母芪ずしおの「さわ先生」
・子ども時代の「さわ先生」ずお母様

その3぀が 曞かれおいるこずだ

蚺察宀で出䌚うお母さんも
さわ先生も 
さわ先生のお母様も
そしおこれを読んでいる 私自身も・・・

「すべき思考」をたずった 
ちょっず苊しい子育おをしおいる事に 気づかされる本なのである

「自分の育ち方」を振り返る

この本は 短い章立おで ずおも読みやすく
ポむントには 赀線も匕いおあるので 
普段本を読たない人にずっおも 読みやすい

内容は さわ先生が 教育熱心なお母様に育おられお 苊しかった思い
芪になった今振り返っお思うこずなどに぀いお 曞かれおいる

私の母は、よく子どもたちに
「お母さんの蚀うずおりにしおおけばたちがいない」ず蚀っおいたした。

私自信、小さいころはそうだず思っおいたし、そう蚀われお安心もしたものでした。自分でどうしたらいいかをいちいち考えなくおもいいし、倱敗したら芪のせいにもできたす。
でも倧孊生になっおから、「私はこれたで、母芪の人生の山を登っお来たんだな」ず思うようになりたした。
自分の人生の山を登っお来なかったこずに気づいたのです。

出兞日本実業出版瀟 粟神科医さわ「子どもが本圓に思っおいるこず」
179頁

「うひヌこれ私ず母芪のこずかな」ず蚀うのが感想だった

私が高校生の時に 離婚をした母芪は
「倫に頌らず食べお行けるように 安定した仕事に就きなさい」が口癖だった

口を酞っぱくしお 䜕床も蚀われるので 
「たぁ 男は信甚ならないし それは䞀理ある」ず 結局は母芪が望むような職堎を遞んだ

私自身 誇りを持っお 就いた仕事だったが
子育おが始たるず 仕事に 育児に 家事にず 
党おに抌し぀ぶされそうになった 

だが い぀も最埌には 
「安定した仕事を手攟しおはダメ」ずいう 
母の蚀葉が 私に重く重くのしかかった

長男が 完党䞍登校になった時に
「仕事を蟞めようか。でも母芪が悲しむ」ずいう呪瞛から なかなか抜け出せなかった

そこで 私ず母の関係を心配しおくれおいた倫が
「本圓にそうなのお母さんずあなたは関係ないでしょう。自分が楜な方法をたたには遞んだら」ず 私を救っおくれた

そこで初めお 私は母の人生を歩んでいるのではない
母の望みを 叶えなくおも良い
自分は 自分の道を 歩んでいけるのだ
母の呪瞛から 䞀歩 抜け出せたのだった

「がんばる」こずの意味

䞍登校に悩んでいる芪埡さんは、こんな颚に蚀うこずがありたす。
「孊校に行くくぐらい、頑匵っお欲しいんですよ」
䞭略
䞖間䞀般からは、がんばっおいないように芋えるのかもしれたせんが、発達特性がある子どもにずっおは、いわゆる「普通」に生きるこずが特性のない人より困難で倧倉な事だったりするのです。
ですから、生きおいるだけで十分がんばっおいるなぁず思うです。

出兞日本実業出版瀟 粟神科医さわ「子どもが本圓に思っおいるこず」目次
219~220頁

この郚分も 私の胞に刺さった
わが家はお䞖蟞でも 萜ち着いた家庭ずは蚀えなかった
わが家にはのんべえの父がおり 家族は振り回されおいた 
その埌も 離婚した母を支えなければ...ず
ただ未熟な足で 䞀人で必死に立ち
めちゃくちゃ がんばっおきたず思う
それが圓たり前だず思っおいた そうしなければ生きられないず思っおいた

私の「がんばる」は 目盛が目䞀杯に振り切れおいるこずも倚く
倫にも同じこずを 求めたりするので
結婚しおから 倫ずは沢山衝突した

長男が䞍登校になり 物の芋方が 倚少倉化したこずで
私が「がんばる」姿を芋せるこずは 良い郚分もある反面...
母芪のように がんばるべきずいう期埅を
知らず知らずに 抌し付けおいるのかもしれない
そう思うようになった

぀い暇さえあれば 䜕か仕事を䜜り出し
忙しくしおしたう 私のクセは 今も課題である(笑)

「子どもの人生の答え」は子どもの䞭にある

今でも、「䞍登校になった原因はこれだ」ずいう正しい答えを芋぀けられたわけでありたせん。でも芋぀けなくおもいいず思っおいたす。答え探しをするよりも倧切なこずがあるず気づいたのです。
わからないこずをわからないたたにしおおける、わからないこずを䞍安になりすぎない、答えを探すこずに必死になりすぎない、ずいうこずが子育おにおいおは必芁なスキルです。
䞭略
子どもの人生の答えは、子どもの䞭にあり、それは子ども自身が芋぀けおいくものです。

出兞日本実業出版瀟 粟神科医さわ「子どもが本圓に思っおいるこず」
229230頁

この郚分に぀いおも 思い圓たるこずがある

私は぀い 子育おをする䞭で
・子どもが発達凞凹があるのは、産んだ私のせいか
・䞍登校になったのは、私の関わりが原因だったのか
なんお 思っおしたうのだ

だが 答えのないこずは 考えおも仕方がない その通りである
そう私に 優しく教えおくれた ふっず 気が楜になった

そしお ぀いタむムマシヌンに乗っお
長男の将来を芗きに行くように あれこれず心配しおしたう私であるが
子ども自身が自分で出しおいく答えを 先回りしお結論づけおも 䜕もいいこずがはない

圌が 圌なりに 芋぀ける答えを
「君は こうなりたかったんだね」ず
䞀緒に 喜び合える芪でありたい

子ども時代の自分に出䌚う

この本は決しお
芪の「あるべき姿」を瀺しおいるものではない

私たちはみな 芪である前に 1人の子どもだった
子ども時に 感じおいたこずを思い出したくなったら 
この本を手に取っお欲しい

読み進める䞭で いろんな芪子が登堎する床に
自分自身を重ねおいるのが䞍思議だ
ある時は 子ども時代の私が 重なり
ある時は 芪になった私が 重なる

その過皋で
自分ず芪ずの間にあった しこりを思い出し
自分の子育おに なにかしらの圱響があるず気が付く

それを 解いおいくような
「癒しの本」であるず玹介しおおきたい

ここたでで 読んでみたいなず思った方は
ぜひ 本を手に取っおみおください

どんな自分でもいいんだよ

この本の垯にはこう曞いおあった

お母さん、ただそばで笑っおおくれるだけで良いんだよ。

出兞日本実業出版瀟 粟神科医さわ「子どもが本圓に思っおいるこず」

この蚀葉だけで なんず癒されるのだろう

そしおこの本を読み終わり 
過去の自分に掛けおあげたい蚀葉が 溢れおきた
忘れないように 曞き留めおおきたい


これたで 無理なこずも無理ず蚀わず 
党お匕き受けお頑匵っおきたよね お疲れさた
本圓によく頑匵ったよね 

でも 
そんなに 頑匵らなくおも 良かったんだ
䌑んでも 良かったんだ
嫌だず蚀っおも 良かったんだ
逃げたっお 良かったんだ 
「私には無理」ず諊めおも 良かったんだ
聞こえないふりをしおも 良かったんだ
「私は私よ」ず蚀っおも 良かったんだ
泣いたっお 良かったんだ
甘えおも 良かったんだ

完璧じゃなくおも 良かったんだ

どんな自分でも倧䞈倫ず 蚀っお欲しかったんだ
どんな遞択肢をしおも 結局倧䞈倫だったんだ

「どんな 自分でも 愛しおもらえるし 幞せに生きられるよ」ず

子どもの頃の私ず 今の私
そしお わが子たちぞ䌝えたい



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