メインコンテンツへスキップ

餅にレシピを求めてはいけない

    京都へ行くたび、豆大福 を買うという人がいる。

    私も一度だけ食べたことがある。
    驚いたのは、その柔らかさだった。
    餅米100%なのに、時間が経っても
    固くならない。

    明らかに計算されている。
    観光客がホテルに戻り、包みを開く頃に、
    ちょうど美味しい状態になるように。

    だが、餅米100%と書かれていても、
    それだけでは何も分からない。

    水分量、米の品種、蒸し加減、搗き方。

    本当に知りたいのは、その設計条件の方だ。

    考えてみれば、餅はケーキ以上に繊細な食べ物かもしれない。

    その日の湿度、吸水具合、職人の手の感覚。

    ほんのわずかな違いで、仕上がりは別物になる。だから、レシピは共有できても、同じ餅は二度と生まれない。

    人が行列に並ぶのは、餅を買っているのではない。

    その日、その瞬間にしか存在しない職人の精度を買っているのかもしれない。



     
     
     
    人や空気の“温度”を静かに言葉にしています。企業note、採用広報、キャラもの等の文章制作をお受けします。ご相談はお気軽に。 《シリーズ》 ▷ 感情観察エッセイ ▷ すぬちー丸(不思議な犬の人生哲学) ▷ オフィス皇族(会社という舞台で生きる、おじさんの社会劇)

    あなたへのおすすめ