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嵐山に連れてって

京都に住んでいると「京都で好きな場所はどこ?」と、よく聞かれる。
わたしが決まって答えるのは「夜の嵐山」だ。

嵐山は絵に描いたような観光地で、昼間は外国人も日本人もたくさん。メインストリートの高辻通は、紅葉シーズンにバスの臨時ルート変更が起きるくらい混む。平安時代から貴族の別荘地や行楽地として愛されてきた日本最古の景勝地らしい。

でも、わたしが好きなのは、観光客もいなくなって、人もまばらな夜の嵐山。いつも家から夫のバイクに二人乗りして行く。とくに夏に行くのが好きだ。

5年前に京都に移り住んでまもなく、人とのつながりがまだ希薄だった頃、これからここでやっていけるんだろうか……と生活が心もとなく、不安が満ちてくることが、よくあった。そんな時、夫にお願いした。

「嵐山に連れてって」

家がある街なかからバイクで走って嵐山へ向かうと、桂川が近づくあたりでひゅんっと気温が下がる。さっきまでのじっとりとした街の熱気が嘘のように引き、ひんやりとした川の気配に包まれる。あくまで体感だけど、市街地よりも5度くらい低いんじゃないだろうか。冷たい風が頬をなでて、すごく気持ちがいい。

渡月橋のあたりにバイクを停めて、桂川のほとりのベンチに座る。月明かりと街灯で夜の嵐山は結構明るい。しかし、昼間は人でいっぱいの嵐山も、夜はしんと静かだ。平安時代の貴族も、こうやって嵐山から見える山々を眺めたのだろうかと思う。今は、山もライトアップされてるんだけどね。こんな演出は昔にはなかっただろう。でも、自分も、昔から流れる雄大な時間の一部である気がしてくる。

ベンチに座って、桂川を眺めながら夫と話していると、気持ちがゆるんで落ち着いてくる。ざーっと流れる川の音にも、ほどよく気が散れる。鴨川と違って等間隔じゃないけど、ほかにもベンチに座っている人がいて、犬の散歩をする人が通り過ぎたりする。川の周辺すべての店が閉まっているので、自動販売機が大活躍する。明かりに集まってぶんぶん飛ぶ虫を避けながら、暑い時期にはセブンティーンアイスを買うのだ。レーズンバタークランチがわたしのお気に入り。景色を眺めながら食べるアイスは最高のごちそうに感じる。

30分ほど話して、「さて、もう帰ろうか」と立ち上がる。また二人でバイクにまたがって、今度は街なかへ向かって戻る。

桂川から離れていくと、ふっと空気がぬるむ瞬間があって、これが嵐山が終わる境界なんだな、と思う。嵐山の結界から出たかのように、じっとりとした生あたたかい空気とともに日常へ押し戻されていく。夜、嵐山と街なかを行き来するのは、なんだか時空を超えてタイムリープするみたいだ。いつも暮らしている日常から、ほんの少し別の世界にトリップする。気温まで変わる。だからこそ、わたしは夜の嵐山で、また明日をはじめるために心の荷物を下ろすことができるのかもしれない。


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