
【#創作大賞2026 #お仕事小説部門】バックヤード!!<2-1>
NO.2:ラピスブルーは眠らない #01
「朝礼始めます。おはようございます」
「おはようございます」
今日の朝礼当番はモモちゃん。伝達事項を次々伝えていく。各自メモを取ったり、質問したり。ここまでは普段通りの朝だ。
「それでは五十嵐さん、最後に何かあれば」
その声に五十嵐さんが一歩前に出て、よく通る声で「六月からコラボ商品の発売が決まりました」とスタッフに伝えた。
次はどこだろう。ラピスアークのロゴが、今度はどんなブランドと並ぶのか。五十嵐さんの唇が動くのを、息をひそめて待った。
「……まあ、みんな知ってる企業やけど。ドゥーメイクさんとの共同開発コスメです」
その場が少しざわついた。え、今コスメって言った? しかもドゥーメイク?
「また追って詳細は伝えます。以上」
「あ……朝礼終わります! 本日もよろしくお願いいたします」
「よろしくお願いいたします!」
それぞれの配置で準備をするべく、さあっと皆が売り場へ散らばっていく。私も従業員通路のパッキンをやっつけるか、と関係者入口のドアを開けようとしたときだった。
「あおい、ちょっと」
バックヤードのドアから五十嵐さんが顔と手だけ出して、更に手招きをして私を呼ぶ。これは……嫌な予感がするぞ?
「はい、ただいま伺います!」
慌ててバックヤードに向かうと、五十嵐さんと仁科さんのコンビが私を待っていた。
「なんでしょうか」
「まずあおいには、この資料を読み込んでもらいたいの」
仁科さんからホチキス留めされたコピー用紙を渡される。そこには六月発売予定のコラボコスメが写真つきでプリントアウトされていた。
「わあ、可愛いですね……でも」
「正直に言っていいよ」
仁科さんの言葉に頷き、本音を言うことにする。
「パッケージ凝りすぎで、かさばりますよね……どこにストックするか困るというか」
「そうなのよ……」
「しかも六月って、MINAのアーリーサマーセールとぶつかってません? セール品とコスメでとんでもないことになるんじゃ」
「ご名答。よく分かってる」
私と仁科さんのやり取りを聞いていたであろう五十嵐さんの眉間に、かすかな影が落ちる。笑っていない。あ、これ本社にキレてる時の顔だ……。私は心の中でだけ、苦笑いを浮かべた。
「まずあおいには、その資料あげるから、品番覚えて、倉庫とバックヤードのストック場所を考えて欲しいねん。あとは次のシフト明後日やんな? 閉店後に今回のコスメの勉強会するんやけど、あおいも参加できる?」
五十嵐さんの言葉にスマホを取り出し、カレンダーアプリで何もないことを確認して「大丈夫です」と答え、素早くアプリのスケジュール欄に「閉店後・勉強会」と記録した。
今日は入荷数が少なかったので、まずは倉庫整理しながら、コスメのストック場所を考えることにした。薄暗い、コンクリート打ちっぱなしの壁に囲まれた倉庫の中で資料をめくると、目に飛び込んできたのは『Arcana』の文字。
「アルカナ……ラテン語由来で『神秘』、ねぇ。コンセプトが『日常に、ほんの少しの魔法を。』って、今の五十嵐さんには、ただの厄介な魔法にしか見えてへんやろな」
ページをめくる手が止まる。
問題はこの「ドゥーメイク」。私もメイクポーチに忍ばせている、日本製で、質が良くて、圧倒的に売れるメーカーだ。
「売れる」ということは、「届く」ということを意味する。
大量の、重くて、かさばる箱が。
価格はドゥーメイクのレギュラー商品とあまり変わらない。ほんのちょっと高いかな、ぐらいでお財布には優しい。
「デパコス並みのクオリティでこの価格。……あかん、これ、入荷数とんでもないことになるわ」
資料に並ぶリップ、アイシャドウ、チーク。
可愛いけれど裏方の私から見れば、これは「容赦なく場所を占拠する直方体や立方体の群れ」でしかない。
「ストック場所確保が私のミッションやな」
サンプルが来ないと買いに行けないけれど、経費で百均のボックスを何個か欲しいな、と色々考える。
資料写真を見て「なんやこれ」と思ったのが、チークの名前だった。
仮称ではあるけれど『モモモモモ』って……なんでこんな名前に。あとモモちゃんが持ってたらモが二つ増えて何が何だかわからなくなりそう。
見るからに分厚そうなケースの写真を見て、「もうちょい……薄くできたんとちゃう……?」と呟いた。
◇
二日後の閉店作業は、めちゃくちゃ早く終わらせた。
「ちゃんと残業代出るから、心配しなくていいよ」
仁科さんがいたずらっぽく笑う。今日の仁科さんのピアス、ショートボブに合ってて可愛いなーと眺めていたら、「あおい、座らへんの?」と五十嵐さんに指摘されて、慌てて折り畳み椅子を広げた。
今日はリリちゃんだけ参加できなかった以外は、天宝寺店の所属メンバー全員揃っている。
「じゃあ始めるで。遅くまでごめんな」
つやつやのセミロングの美髪を軽く揺らして、五十嵐さんが頭を下げる。
「実物サンプルがこれ。あと資料プリントアウトしてきたから、配っていって」
カウンターに五十嵐さん、レジ周りに仁科さん、モモちゃん、大学帰りのミオちゃん、私という順番で椅子に座って、改めて資料を読む。
「アルカナ、っていう名前の通り外箱は怪しげやけど、ラピスアークのラピスブルーは生かされてる、とは思う」
どこからくすねてきたのか、五十嵐さんはレジカウンターの上に「宝石箱」みたいな、多面カットが施されたサンプルを置く。
ラピスブルーのクリアなプラスチック。表面がダイヤモンドカットみたいにカッティングされていて、光にかざすとキラキラ反射する。カットの角は丸く磨かれていて指に刺さらない滑らかさ。プチプラとは思えない高級感が漂う。
厚みに関しては、実物を見て「なるほど、こういうことだったのか」と納得できた。蓋側に厚みを持たせて、中に「ちゃんとした鏡」を仕込んでいるからだ。
二段構造になっていて、上段にチークが収まる場所、上段をパカッと開けると下段にはチークブラシ。毛量たっぷりのミニブラシは平らな丸型で、毛も柔らかでチクチクしない。よくある「平べったい、おまけ程度のブラシ」ではない。
でも、バズるかどうかは運次第だ。ゴージャスだからって、パケ買いしてもらえるとは限らない。このかさばるチークは果たしてどっちに転ぶのか。
五十嵐さんが続ける。
「……でもな、ただでさえバックヤードと倉庫がギリギリの状態で、これらをどこにしまっておく? という問題がある」
そこで私が挙手する。
「一応倉庫のほうはストックできるスペース確保できてます。バックヤードに関してはまあ、なんとかできるかなと……セールさえ無視すれば」
「そうなんよなー」と五十嵐さんが頭を抱えている。セール品を置く場所も考えないといけないのがネックなのだ。
私は更に掘り下げて話す。
「私がシフトに入ってるときなら猛ダッシュして倉庫まで取りに行くのは可能なので、お客様をお待たせすることはないと思いますが……派遣さんとか他店ヘルプさんに説明しづらいのが難点かなと」
基本的に派遣さん、他店応援のヘルプさんは「商品を売ってくれる人」。慣れてきたらバックヤードへ自主的に取りに来てくれるけれど、バックヤードや倉庫管理は私たち天宝寺店スタッフの仕事だ。
「品番も一応は今までの商品と同じようについてはいるけど、これも混乱しそうな感じやしな……」
五十嵐さんが切り出した品番の話に、新人のミオちゃんは半分泣きそうな表情になっている。真面目ゆえ完璧主義なところがあるのか、品番ミスをするたびにものすごく謝罪をするミオちゃん。最初は誰だって新人なんだから間違えても大丈夫! と伝えているけれど、失敗が怖いのかもしれない。
VMD、ビジュアルマーチャンダイザー担当、つまり店のディスプレイをコントロールして、売れる仕組みを作る「仕掛け人」の仁科さんは、「店頭の見せ方、悩むね」と唸っている。
初コラボ! と、セール! が、ぶつかりすぎていて何を優先すべきか難しい。
「モモ、あんたコスメの担当やってみる?」
「え! 私ですか!?」
唐突な五十嵐さんからの「ご指名」に、モモちゃんが悲鳴に近い声をあげる。
「契約社員から正社員まで上がってきた、あんたの力。ぶつけられる場所、今まで用意できんくてごめんな。サポートはちゃんとする。でもメインはモモに任せるってこと。このコラボは売れ行きが良ければ通年でやっていく、って本部が言うてたしな」
五十嵐さんは忙しい人だ。元々本社勤務だったのに「私は最前線にいたいので」、と現場に出てきた人。テナントの店長会議にも、本社の会議にも出て、新作チェックも本社時代の名残か、会社は五十嵐さんを頼っているような印象を受ける。実は五十嵐さんが何人もいるのではないか、と噂されるほどの働き者だ。
仁科さんは異業種からの中途社員。そのセンスと売り上げでVMD担当を指名され、常に売れることを意識して店づくりをしている。それが評価されて住み慣れた関東にある店舗から、本社に近いフラッグシップ店の副店長に抜擢された人。こちらも副店長というポジションとVMD担当でキャパはギリギリだろう。
「モモちゃ……木村さんが手伝ってくれると、私も嬉しいです」
私もモモちゃんの力を借りたい。私は現場の状況をすぐに判断できないこともあるから、モモちゃんがいてくれると心強い。
「うーん、じゃあ五十嵐さんのおごりで『とりてん』のつくねタレ、で手を打ちましょう。あと生ビール追加で」
モモちゃんはニヤリと不敵な笑みを浮かべ、モモちゃんの言葉に五十嵐さんがクククと笑い出した。
「モモ、あんた食い意地張りすぎ。でも、ええで。やってくれんの?」
「もちろんでーす」
モモちゃんが軽やかに挙手して、返答する。
「じゃあコスメのリーダーはモモ、在庫についてはいつも通りあおいが仕切りで。基本的にモモ主導やけど、何かあったら私に言うて。モモもな」
五十嵐さんが仕事を任せる、というのは簡単なことではなく、一定以上の評価があることを表す。モモちゃんは認められたのだ。私はそれが嬉しかった。
勉強会を終え、地下一階にある従業員出入口からエスカレーターを使って駅に上がる。
モモちゃんと私の家は比較的近く、同じ路線を使っている。モモちゃんは実家だけれど、私はモデルのお仕事がしやすい場所として、今暮らしている街を選んだ。
改札でICカードをタッチすると、ピピッと弾んだ音が鳴る。
「モモちゃん、すごいな。あの五十嵐さんからのご指名やん」
帰り道、モモちゃんにやや興奮気味に伝えると、「うん……」と明らかに元気のない返事。
「嫌やった? 私、余計なこと言うた?」
「全然! ちゃうちゃう、なんやろ……ようやく正社員として認められたんやって思うと……三年頑張ってきたんやって感情がぶわあって込み上げてきて」
モモちゃんは最初の二年は契約社員だった。そして正社員として一年弱。キャリアを静かに重ねてきた。
「みんなアパレルの華やかさに憧れて入社するやん? でも実際のところは全然華やかとちゃうから、契約社員はやめていくんよ。ギャップ激しいし、体力勝負やし、女子ならではの空気感とか」
「……そうやなあ」
「でもさ、私ラピスアーク大好きやし、頑張りたかったんよ。新卒のときの事務員は三年やって何にも身につかんかった。パソコンが少しできる、くらいのレベル」
「うん」
「そしたら家の近くのラピスアークが契約社員募集してたから、頑張ってみるかって。そこから時間経つの早かったわ……。今回のリーダー指名は、正社員になれたことの次に嬉しい」
「契約社員から正社員になる試験、難しいもんな。ラピスアークは」
「リーダーになったからには、売り上げ出さんとあかんけど、正直自信はない。だからあおいさん、力貸してな」
ドアにもたれかかるモモちゃんが、少し照れくさそうに微笑む。
「もちろん。いくらでも、何度でも」
私は、パッキンを引き裂きすぎて少し指先の荒れた右手を差し出す。モモちゃんは優しく、ぎゅっと握り返してくれた。
モモちゃんに、お店に、貢献するぞ――夜の車窓に映る自分の瞳が、少しだけモデルの仕事をしている時の強さに似て見えた。
前日譚はこちらから。