嘘をつかない自分に、少しずつ戻っていける街で。
恋人がいるのか聞かれたとき、彼氏のことを「彼女」と言い換えて話す。
誰かに強いられたわけじゃない。
いつからか、それを息をするように、というか何も感じずにできるようになっていた。
東京でずっと嘘をついていた、という話でもない。
好きな場所もある。
昔からの友人もいる。
大切な思い出もある。
ただ、物心ついた頃から、自分にも他人にも、どこかで嘘をついてきた気がする。
自分はこういう人間だ、みたいなのをずっと演じているような感覚。
たぶん、どこかでずっと、そんな自分のことが嫌だったんだと思う。
バンコクのベンジャキティ公園、
日曜日の早朝ランの後に、
何かの流れでパートナーとの関係を聞かれたとき、
「彼氏です」
と普通に言ったことがある。
「そうなんだ。素敵だね」
そのまま会話が続いた。
それだけのことだった。
大きな決意をしたわけではない。
勇気を振りしぼった告白でもない。
誰かに拍手されたわけでもないし、
世界が急に変わったわけでもない。
ただ、その場で言葉を丸めなかった。
あとから、その「普通さ」が少し残った。
ずっと入れていた力が、ふっと抜けた。
あれ、こんなことで、と思った。
でも、その「ただそのまま」が、自分には大きかった。
拍子抜けするくらいに
旅行で来ていたから言えただけかもしれない。
暮らし始めれば、また言葉を丸めてしまう日も、きっとある。
それでも、あの街で言葉を選びすぎなくてよかったことが、思っていたより、体に残っている。
聞かれたことに、わざわざ言い換えずに答えられること。
わかってほしくて言うわけでもなく、ただそのまま答えて、当たり前のように会話が続くこと。
そのあとも、いつものようにごはんを食べて、二人で道を歩いて、部屋に帰れること。
そういう小さな普通さの中に、自分が欲しかった自由のかけらがあった気がする。
嘘をつかなくてもいい街で暮らしたい。
正確に言うなら、
嘘をつかない自分に、少しずつ戻っていける街で暮らしたい。
バンコクで過ごした時間の中で、自分の言葉を、少しだけ取り戻した気がする。
その感覚を、なかったことにはしたくない。
