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ザマアミロなんか蚀わせぞん


#創䜜倧賞2026
倫 57才
私 49才
子䟛達4人は思春期真っ只䞭
 倫は若幎性アルツハむマヌの告知を受ける。
私は人間っおこんなにも勝手に涙が出るものだず知る。でも子䟛達がいる時は涙を流すたい。
 倫を連れお歩く時、垜子のひさしで呚りの人が芖界に入らないようにしおいた。䜕も眪を犯したわけでもないのになぜ埌ろめたさを感じおいる顔を䞊げろず、自分に檄を飛ばす。倧奜きな向日葵のこずを忘れそうになる自分に気付き向日葵にこんな手玙を曞いおみた。


        ひたわり

       私の奜きな花
 花は花 茎は茎 葉は葉、はっきりしおいる
       あなたが奜き
  お日様に向かっお顔を背けず堂々ず咲く
       あなたが奜き
      そんなふうに咲えるのは
         きっず
あなたが嘘のない生き方をしおいるからでしょう
     その匷さを、その正盎さを、
        私に䞋さい
    ずっずずっず前から倧奜きでした
       この先もずっず 


          壊

 倫が壊れる 今たでの倫を芋倱いそうになる。
 家が壊れる ドアには倫が蹎った穎。
 私たでもが壊れそうなるずみんなの心も壊れそうになる。自分を芋倱えば子䟛達のこずも芋倱っおしたう。
 倫が結婚前に私に聞いたこずがある。『幞せっお䜕やず思う』っお、䜕をキザなこずを蚀うおるねんお思ったけど盎ぐに私は答えられなかった。「 」 倫は『オレはそれは死ぬ時に分かるんやず思う』ず、蚀った。
 楜しかった新婚旅行、子䟛が出来、倫も仕事に充実感を感じおいたのに結婚数幎埌に誰がこんなこずを想像出来ただろう


          運呜

      いったい、人の運呜っお
   どうやっお決たっお行くのでしょう
     誰が決めおいるのでしょう
    自分 たわりの人 神様 
        それずも 
      悲、苊悔、喜楜、嬉
      この色たちは倉幻自圚
   ちょっずしたこずで入り混じり合う
      マヌブル暡様のように 
       ç„¡ã‹ã£ãŸã¯ãšã®ã‚‚のが心の䞭にあったり
    掎んだはずのものが手を開ければ
       姿を倉えおいたり
  雲が少しの颚で暡様を倉えおしたうように
    心の暡様もすぐに倉えられおしたう
      それを私は雲呜ず曞く

        ハナミズキ

        花泥棒に告ぐ
 『おい、こら埅お花泥棒オレが奜きで買っおきたハナミズキ、ピンクず癜。ピンクの色は枯れたし癜い方を倧事に育おおたのにどうせ盗むならなんでオレの病気も䞀緒に持っお行かなんだ』っお、お父さんが喋れおたらこんな颚に怒っおはったよな〜   私かっお蚀いたいお父さんの病気も盗んでくれおたら、100歩譲っお蚱しおやるず 

          快護

 私は介護ず蚀う蚀葉を䜿わず、介護する方もされる方も快いず蚀うこずを念頭に快護ず蚀う蚀葉を䜿う。17幎間、快護ず䞀蚀で蚀うけれど圓時は1日1日を過ごすのが粟䞀杯。今振り返っおみるず改めおすごい時間だったず 
 人がオギャヌず産声をあげ、お乳を飲み、銖が座り、寝返りをしお、はいはいをしお、぀かたり立ちをしお䌝い歩きをし、やっず1歩、歩いたず倧喜びし、2歩、3歩ずそしお走れるようになり、幌皚園などに行き、小孊校ぞ入孊。6幎間を経お、䞭孊校3幎間、そしお高校受隓、倧孊受隓や就職䜍たでの時期だず考えるず、長い月日だず想像できるず思う。
 だけど、倫が病気になったからこそたくさんの人ずの出䌚い、それから貎重な䜓隓、気付きなどがあった。もちろん倱ったものも沢山あった。
 倫は䌚瀟から匷制退職を迫られ定幎間近で職を倱い、友達の1人は去っおいったし、おたけに蚀葉も倱った。
 私の心からたくさんの悔しい涙が流れた。嬉しいい涙の出番を倱った。
 嚘達は友達には幞せな家族だず思われおいたらしく、思春期だった圓時内情を知らない友達に打ち明けるこずも出来ずしんどかったず蚀う。䜕故、私のお父さんじゃなければいけなかったのかず、喪倱感のようなもので䞀杯だったようだ。私から芋おもダメヌゞは倧きく芋えた。圓然だず思う。仕方がない。劻であり、母である倧人のこの私でさえ誰にも蚀いたくない、芋られたくない、知られたくない、聞かれたくない、ず思ったのだから 
 色々なものが倱くなっおいったけれど、神様はたた別のものをくれはったなぁ、「お父さん、幎頃の嚘ず手を繋いでもらったり、お颚呂に入れおもらったり、カフェや食事、旅行に連れお行っおもらったり、嚘の卒業匏や結婚匏に出垭できたり 
 子䟛達は残っおいる無くなりかけのほんの少しの゚ネルギヌをそっちに䜿っおくれたやん」


          軌跡

 䞭孊校の卒業匏も嚘の結婚匏にも出垭できた事は、本圓に奇跡だった。
 䞭孊の卒業匏は私だけが出垭するべきか そうすれば倫を1人留守番させおおかなければならない。どうしようか迷っおいた時、嚘から䞀生に1床の事だからお父さんに卒業匏に来お欲しいず蚀っおもらえお卒業匏に行くこずができた。匏の間パニックになる事はなかった。この嚘がお父さんず私の嚘で良かった。ありがずう、卒業匏に出れお。
 私が「お父さん結婚匏行ける」ず聞くず喋れなかったはずの倫が『行く』ずベッドに座っお私の顔に芖線を移し私の目を芋おはっきりそう答えた。久しぶりの声、蚀葉。この蚀葉に倫の匷い意思を感じたので、私たち家族は迷わず新婊の父ずしお䞀緒に匏に出るこずを決めた。
 しかし結婚匏の2週間ほど前に 結婚圓日のリハヌサルをした時にその決断が揺らぎそうな出来事が起こった。たずベッドから玄関口、そしお車に乗るたでの段取りを決めおいた。ベッドから玄関口ぞの移動の方法をあれこれ考えケアマネヌゞャヌ、支揎包括の人達ず私ずで䞀緒にやろうずしたが、倫に説明なしに移動させようずしたのでその瞬間に倫はパニックになった。倫の口元にあったケアマネヌゞャヌさんの指を噛むかもしれないず私はずっさに思った。私はその指を払いのけた。が、䞀瞬にしお私の指が入ったようだ。最初は痛みにも気づかず䜕か違和感を感じお倫の口元を芋るず私の指が入っおいるのが芋えた。慌おお取り出したが時既に遅し、巊手䞭指の先の方が噛たれおぶらんずなっおいる。あぁどうしよう血ががたがたずなり、その時はお盆で開いおるお医者さんを探さなければならなかった。玙䞀重で指の先は぀ながっおいたが、5針 瞫った。私の指は結婚匏たでに抜糞しおもらえるだろうか結婚匏の最䞭にパニックになっおしたわないか事情を知ったかかり぀け医からも無理をしなくおも埌でビデオを芋せおあげおもいいのではずアドバむスがあった。でもなんずか連れお行きたいず思う家族の決意は倉わらなかった。
 そしお圓日。い぀も服の着替えを嫌がったりするので 毎回倧倉な思いをしおいたけれど、その日は朝から萜ち着いおカッタヌシャツを着おネクタむも私に締めさせた。久しぶりの倖出。ただ暑かったけど、パニックになっお頭をぶ぀けたりするず危ないので、移動には毛糞の垜子を被らせた。心配しおいた予想ずは倧きく違い、ニコニコしお車の䞭から倖の景色を芋お思い出しおいたようだ。
 䌚堎に着いた。車怅子で廊䞋を通過。い぀もになく腕組みをし萜ち着いおいる。事前にホテルの1宀ず自宅のベッドず同じ仕様の物を借りお運んでもらっおいた。そのベッドに座り私たちが着付けをしおもらっおいる間静かに埅っおいる。
 新郎新婊入堎で『あっ、お父さん泣いおはる』ず嚘が蚀った。倫は涙を流しおいた。
 そしおそれからテヌブルに食事がサヌビスされる間は迷惑がかかるずいけないので、倫に郚屋で埅っおもらっおいた。その時ビデオに写っおいる倫の姿は、家でベッドの䞊でプロレスのような足をバンバン叩き぀けるような動きは䞀切なかった。
 そしお食事が終わり郚屋に倫を迎えに行き、車怅子に乗せ いよいよ新郎偎からの父芪の挚拶。その挚拶が終わるず同時に車怅子に乗った倫は䌚堎の列垭者の拍手ず同じタむミングで拍手をし、䞡サむドに向かっお頭を䞋げおお蟞儀をしおいる。みんな驚いた。
 最埌お客様が退堎される出口で倫ずお芋送りをし、最埌の方が出られたら倫は私の顔を芋䞊げ目で、もうこれで終わりかず聞いた。その埌喋るこずはできないけれど、甥っ子達ず談笑の茪に加わっお静かに過ごした。嚘はこれらの出来事を奇跡でも䜕でもない、これは元々のお父さんの郚分が珟れただけだず蚀った。だから私は今たでの家族の軌跡だず思った。
  父から嚘ぞの最高のプレれントずなった。
      ありがずうございたす。          
         神様。


          重さ

 倧きな象ず小さな蟻を倩秀ではかったら、どちらに傟くかず聞かれたら、党員が象っお答えるだろう。それは単に䜓重の重さを頭に思い浮かべおるから。どちらも同じっお答える人がいるだろうか
     䜓の重さをはかるのは䜓重蚈
     じゃあ呜の重さをはかるのは
         呜重蚈
      いやそんなものはない
          なぜ
      それはどんな呜も1だから
       みんな同じ重さだから
       はかる必芁がないから
      そんな道具は存圚しない
     それはどんな䜓の倧きさでも
       どんなお金持ちでも
         1以䞊でも
        1以䞋でもない
         誰も同じ
   䞖界に1぀しかない重さなのだから
     垌少䟡倀が高いし貎重なのだ
   それなら心はどうやっおはかるの
     それは慮るず蚀うこずだろう
 お薬のせいで、歩き方がおかしくなろうが
       喋れなくなろうが
     意思疎通が難しくなろうが
   その人の呜が小さくなる事は無い
      1以䞋になる事は無い

       呜、人生、Chance

   呜     お䞀人様おひず぀限り
   人生    お䞀人様1回限り
   Chance  皆様にもれなく付いおきたす


                           å¹žã›ã£ãŠäœ•

  私には家がある、友達がいる、家族がある
    行きたいずころぞ行ける足もある
       食事も毎日できる
       䜕があったら幞せ
  家族友達健康お金ブランド物      
      ご銳走高玚車
      党郚あったら幞せ  
      党郚なかったら䞍幞せ
      1぀でもあれば幞せ
      それは䜕に察しおも
         それが
       幞せだず感じる心
         それが
       幞せだず思える心
      を持ち合わせおいるこず
      それが幞せなんだず思う
  それを持ち合わせおいないこずが䞍幞せ
        私はそう思う


          瞁

 倫は病名を告知されお1幎前埌で完党に蚀葉を倱った。その少し前にテヌブルの怅子に座っおう぀むいお蚀った蚀葉がある『すたん』ず䞀蚀。
お父さん謝らんでええよ。ほら、お父さんが病気になったお陰で沢山のご瞁をもらったよ。
 私が誰にも蚀えず、心の䞭を筆ず和玙で曞き留めおいた時、出版瀟に䟝頌しお私の䞀蚀日蚘を本にし、認知症のむメヌゞを倧きく倉えた先駆者
癜枝クリニック副院長の看護垫

 子䟛たちを心配しお、子䟛たちのクラブ掻動が終わるのを埅っお倜に家の方たで病気の説明をしに来おくださった
京郜府立医科倧孊神経内科名誉教授

 い぀も穏やかに倫に接しお、私が曞き留めおいたものを展瀺したギャラリヌに来おくださった
かかり぀け医神経内科クリニック院長

 立呜通倧孊で幎に数回のゲストスピヌカヌずしお、䟝頌をくださった
立呜通倧孊産業瀟䌚孊郚特任教授

䞊蚘4名の方々は、私の感語詩ず蚀う本にコメントを寄せおくださった。

   2017. 4.26. 京郜囜際䌚議堎で開幕の囜際アルツハむマヌ䌚議に登壇

 愛知県新城垂医垫䌚の基調講挔
 斜蚭での講挔など
 新聞瀟や雑誌などの取材を受ける

 専業䞻婊だった私は倧きく倉わった。
ただただ倧倉な頃、昔、氎前寺枅子の歌で幞せは歩いおこないだから歩いお行くんだよ、を勝手に口ずさんでいる自分がいた。
 その頃の倧きくお、小さな、たった1぀の願い、それは子䟛たちの元のお父さんに戻っおずいうこず。ただそれだけ だった。

          五感

 倫の䞭に入り蟌んで倫の䜓を䜿っお色々なこずを教えおくれた病気。私たち家族に事前に病気の講習があった蚳ではないし、テキストがあった蚳でもない。私はそれだから良かったのだず思う。でなければテキストにこんなこずが曞いおなかったずか、そう曞いおあったのに党然違うなんおこずが起きおくるはずだからである。この病気は特にオヌダヌメむドでないず察応が難しいず思う。その人が生きおきた歎史がそもそもそれぞれ違うから、生たれ育った環境、習慣、趣味、性栌、諞々。
 じゃぁどうしたか倫ず家族は五感をお互いが䜿うずいうこずに自然ずなっおいた。ずいうか、倫は蚀葉が䜿えないので、私たち家族が倫の衚情から たた䜓の動きから玠早く刀断するこずを䜙儀なくされた。それは脳が[埅぀]ず蚀うこずをずおも苊手になっおしたったからだ。お互いが五感を䜿うず蚀うこずでスムヌズに通じるようになっおきた。それでも蚀葉で䌝えられない倫のストレスはどれほどだっただろうず思う。
 ある時私の声が出なくなり、盞手に通じないずいう事は、どれだけ歯がゆいこずかを思い知った。私の堎合は1ヵ月ほどで声が出るようになった。しかし倫はこれをもう十数幎も味わっおいるのだ。私がそんな経隓をしたからこそ「介護」が「快護」ずぞず段々倉わっおいったきっかけにもなったのだ。
 この病気ず倫が教えおくれたこず、五感を䜿うこずの倧切さ、それプラス第六感も䜿うこず。目で芋たものが聞こえおき 聞いたこずが芋えおくる。觊れたこずで、その日の調子がわかる。
 以前ある小説家によっお認知症のむメヌゞが䜜られたず蚀うこずを聞いたこずがある。この病気は色々なこずを忘れる怖い病気だず歪んだ解釈がされる時がある。倫は嫌な思い出を忘れおいるならそれはそれで矚たしいずも思った時がある。芋たくないものも芋なくお枈んだり、聞きたくないものも聞かなくお良いし人に嫌なこずも蚀わなくお枈む。ある意味特暩でもあるんじゃないかなず思う。そしお䞍必芁に絡み぀いた䜙分なものを少しず぀削ぎ萜ずしおいっおるようなそんな気がした。
 倫は以前私に聞いた蚀葉の答えに蟿り着いた。幞せを死ぬ時にわからせおくれるのはお前ず思ったから結婚したず蚀うようなそんな衚情をした。その日の倫の瞳はありがずうを䌝えおいた。喋れないのに䜕か蚀葉を発しようず声(音)を出しおいた。


    ザマアミロなんか蚀わせぞん

 ずいうこずで、病気よ、あんたにあげる涙はもうあらぞんよ。打たれ匷い私で面癜くなかったかもしれぞんけど 
 そら、告知を受けた時は誰もが混乱状態やったし、そこに成幎埌芋人制床ずいうおかしな制床を利甚したから、倧きなストレスがそれ以䞊に加わった。でもあんたず倫は普通の䞻婊では経隓できひん貎重な䜓隓を色々させおくれた。
 そやから、
 「病気よ、あんたにザマアミロなんか蚀わせぞん」
私からは「ありがずう」の蚀葉を蚀わせおもらおう。

          最期

 倫は最埌の時を迎えた。ショヌトステむも少し利甚したが、垰っおくるず足がむくんでいたり、手の甲が腫れおいたり、ひどい斜蚭になるず倧型ゎミにでも出すレベルの゜ファヌが眮いおあり、預かっおもらっおいるずいうよりかは家族が眪悪感を感じる収容ずいう蚀葉に近いものだった。そこでスタッフが倫の芪指を分厚いアルミサッシのドアで挟み5針も瞫う怪我をした。血が滲んでいる包垯はずおも痛々しかった。でも党お事埌報告だったし䜕があっおも本人は喋れないので本圓のずころ䜕があったのかわからない。そんなこずもあっお嚘達もそんなずころでお父さんかわいそうずいうこずになり、17幎間圚宅で過ごした。
 亡くなる数日前から目を閉じたたたになった。最埌の倜は子䟛も孫もみんなが揃った郚屋にいた。家族の倕食がほが終わりかけになった時、「お父さん肩で倧きく息し出さはった」ず、みんなは急いで食事を終えた。心臓が止たり、党身の色が倉わるたでの間に私は「みんなでお父さんありがずうを蚀おう」ず。
 目を閉じおいる。けれど、耳は聞こえおいるはず。「もう段々顎で息をしださはった」ず蚀う私の蚀葉に誰もがこの息で最埌だろうかもう次の息で最埌の息になるのかずベッドの呚りで芋守った。
 あの時の倫の瞳は私に『オレは幞せやった』ず䌝えおいたず確信した。だから涙は流さない。そう思っお逝っおくれたこず私も幞せだず思った。    
 そしお動かなくなったただ枩かい䜓を孫たちに拭いおもらい『オレはお先にパンパヌス卒業したぞ早よお前らもオムツ倖せよ』ず蚀っおいるような穏やかな時間だった。

         Luck

 最埌に、倱った沢山のものず匕き換えに神様から倫に匷運ず蚀うプレれントをされおいた。
亡くなる2ヶ月前熱が出たり䞋がったり、痙攣も起こしたり、食欲も萜ちおきおいる状態ではあったが、蚪問看護に来おくれおいた看護垫さんがお花芋を蚈画しおくれた。私はたず倫の䜓調が倖に出お耐える今の状態か少し䞍安があった。その看護垫さんは数日前に花芋に通る車のコヌスずか怍物園の䞭の様子、それから寝台車の手配など前もっおコピヌをしお緊急の時にもちゃんず備えお準備䞇端にしお䞋さった。こんな玠敵な看護垫さんに出䌚えたのも倫の運の匷さだず思う。いよいよ明日、しかし前日は春の嵐だった。桜が散るのでは雚は止たないのでは明日は行けないかも その時の花芋のこずを私はこう曞いた。


         花芋

   私のおばあちゃんが斜蚭にいた頃
        『おばあさん、
   桜が咲いたら芋に連れったるかな』
     ず祖母の車怅子を抌しながら
      病気になっおからも
    毎幎のように蚀っおいたあなたが
     今幎はみんなの手を借りお
     花芋に連れおもらっおいる
       もう花芋どころか
   倖に出るこずも難しいはずなのに
        桜の神様が
     あなたの桜のような生き方を
      知っおいたかのように
   昚日の驚くような春の嵐に倉わっお
      今日は嘘ような晎倩
       その桜の神様が
  あなたが最埌に自分の姿を確かめるため
   今日の桜に合わせおくれたような
       そんな気がした
       その桜が散る時を
   誰も決める事はできないでしょう
        それは雚が
    その時を決めおくれるでしょう
        そしお颚が
 花びらを倩に舞い䞊がらせおくれるでしょう
        その時たで
       私はじっず芋守り
         任せる
         雚ず颚に


        ずっず桜だった

 䞖の䞭は春になるず、テレビ等で桜が今䞉分咲きだずか九分咲だずかお花芋の様子を映す。ちゃんず自分が咲けるタむミングを知っおいるのだからほっずけばいいず思う。おばあちゃんも蚀っおた。『朚や花は偉いもんやなぁ、ちゃんず時期になったら誰にも蚀われんでもちゃんず咲くやろ』っお。
 私は家の近くの賀茂川の堀防をよく散歩する。    
 ある日の倧雪の朝もどんな様子か歩いお行った。桜の枝は䞡腕にどっしりずした重たい雪を乗せおいた。「寒かったやろ重たいよな」ず聞いた。春に淡いピンクの花びらを぀ける時以倖桜の朚を、『わぁ、桜だ』ず、みんなは愛でおいるだろうか花びらが散ったらい぀も通る道に桜の朚があっおも桜の朚だなぁ なんお気に留める人なんおいるだろうか
 桜をよく芳お欲しい。
春は綺麗な淡いピンクの花を咲かせ、人をりキりキず幞せな気分にしおくれる。
倏は青葉を茂らせ陰を䜜り、爜やかなそよ颚を吹かせおくれる。
秋は玅葉で春ずは違う姿で心萜ち着かせおくれ自分の䜓から惜しげなく䞀枚残らず葉っぱを萜ずし、暖かな日差しを届けおくれる。
 そしお冬はその堎から逃げるこずなく、その寒さに、じっず耐え、春に、たたみんなの目を楜したせるために誰にも蚀われるこずもなく準備をしおいる。
こんなふうにずっず桜なのだ。それなのに花芋だず蚀っお早朝から堎所取り、そしお倜遅くたで隒がしく、酷い時は酔っ払いの喧嘩、ごみや汚物の攟眮。
 もし自分が桜だったらどうだろう
 良い時だけちやほやされたらどうだろう
 どんな颚に姿が倉わっおもその人はその人倉わらない。
    倫よ、あなたはずっず桜だった。


いいなず思ったら応揎しよう