生き急ぎすぎた日々
こんばんは。
先日、1年ぶりに心理学の勉強会を開催しました!
ご参加いただいたみなさん、ありがとうございました♡
今回は、3回目の勉強会で、1年に1回の毎年9月に開催しています。
毎年9月に開催する理由は、私自身の活動のピークを一旦9月までに設定しているからです!大きなまとめであり、集大成ってやつですね!!
勉強会の内容は、10月~勉強会を開催する数日前までの1年間で気づいた流れを、そのまま勉強会へ構造として変換して作成しています。
1回目は、仕事がうまくいけばプライベートもうまくいく繋がりの構造を言語化して、すべてがバランスよくいい方向に行くための考え方
2回目は、自信をつけることは違いを知ること、そして表現して循環して自分に付加価値をつけて広げていく考え方
今回の3回目は、脳みその仕組みを理解したうえで、曖昧になっていた自分らしさを過去から思い出して目に見える形にする考え方を勉強会にしました。
自分らしさは、当たり前として習慣になっているところに強みがある。自分で言った言葉を振り返ると、またたくさんの気づきがあって。
ここ十数年当たり前としていた自分は、「精神疾患に苦しみながら、日常生活を過ごし続ける自分」でした。
起立性調節障害でも、運動部に入って毎日運動をしていて、
うつ病でも、暗記の力だけで学生時代を乗り越えて(特待生とった!)
離人症で感情を失っても、周りと合わせて笑ってみたりして。
強迫性障害だからこそ、ルールに縛られながら抜け道のルールを探して
過敏性腸症候群だからこそ、食べれるものと食べれないものを研究し尽くして、
躁鬱だからこそ、波の構造を把握して、緩やかに変化させて苦しみを減らして
適応障害になったから、もう一度働くことができる自分を取り戻して
発達障害だから、自分にできることは全部試して毎日訓練して
複雑性PTSDだったから、ひとつずつ辛いトラウマに向き合ってカウンセリングして
パニック障害だから、漠然とした不安を現実的な思考に変換して、不安の大きさを砕いて砕いて小さくして
苦しみが毎日毎日、当たり前に目の前にあって、その目の前にある苦しみすべてに向き合って結論を出したり、乗り越えたり、受け入れて内包したり。
脳みそのざわざわがスッとなくなったあの日。
普通の人は、こんなクリアな思考で人生を送ってるんだと感動した。
人はもう少し感覚寄りで言葉を喋っているんだと気づいたあの日。
初めて人間味のある感覚を知って、あの世界から抜けることができた。
視覚の情報が初めて入ってきたあの日。
寒かったのに、心と天気が春みたいにあたたかくて幸せだった。
全てを集めきった時に、自分に必要なものだけにそぎ落とせたあの日。
今までの無意識の行動と身体の安心の理由を伏線回収した。
生き急いだおかげで、気づいたことがあった。
進みたい方向を一度諦めて、別に進まなきゃいけないもどかしい苦しみがあること。
確かな答えを見つける誠実さを守るために、誤解され自分を悪者と位置付けるしかない苦しみがあること。
暗闇の中で答えがみえずに手探りで、ずっと報われる時を夢見て自分らしさを守っていくこと。
生き急いだおかげで、想像できたことがあった。
私が進んだ道と逆の世界もあるのかもしれないって。
3回目の勉強会の当日まで、自分らしさの基盤をすべて取り戻すために、苦しみ続けていました。
こんな感じの人生だから、苦しむことに慣れてしまって、あと数時間で苦しみがなくなる、とかも大体把握してしまって。
だけど、苦しいのには変わりなくて、そんな時は、誰かの変わらない優しさにいつも勝手に助けられていました。
今までの人生は、苦しみをすべて感じてそれを言語化して強さと優しさに変換する人生だったけど、
これからは、そうじゃなくても進めるはず。
毎日一緒に、ゆるゆる頑張ろうね。
