
【短編】繁栄
あるとき、こんな話を聞いた。
運が良ければ、夢の中である河原に辿り着くらしい。そこはとても広く、対岸は見えないほど遠い。もしたどり着けたなら、そこで「何か」を探さなければいけない。「何か」はその河原にあって唯一異質な何か…。もし見つけることができたなら、どんな願いも叶うという。
ある夏の日の朝だった。いつもより早く目を覚ましたした私はその瞬間に一瞬で理解した。私は、さっきまであの河原にいた。あの、無限の中にある"夢の"河原に…。
そこは確かに噂通り進んでも進んでも終わりがなく、辺りは霧に包まれていて全容を把握することはできない。川が流れる音が絶え間なく響いている。夢の中だというのに、ゆっくりと時間が流れていることがはっきりと分かった。
胸騒ぎがする。早く行かなければならない。しかし辺りは灰色に包まれていて、方角などは全く見当がつかない。聞こえるのはただ滔々と流れる大河の音のみ。
途方に暮れたが、私の胸の中に何かを訴えるものがいることに気付いた。それに従い進んでいくと…。
ここで私の記憶は途切れている。進んでいって、何かを見た気がするのだが、思い出せない。惜しいことをした。もし覚えていれば願いがかなったかもしれないのに。私は妙に冷えた体をさすりながら、ただぼんやりと天を仰いだ。
しばらく経った頃、私はまた同じ河原にいることに気付いた。どこまでも続く川岸。前とは違って月が出ていたが、それ以外は変わらないように見える。あの河原だ。今すぐに行かなければ。たちまち焦燥感に襲われ歩き出した。
しばらく進んでからふと思う。なぜこの方向なんだろう?道を示すものも、位置を表すものも何もないというのに。不思議に思ったが、胸の奥の声はなぜか同じ方向を示していた。
私はその声に従い、どこまでも歩き続けた。
どれだけ進んだのだろうか。月は微動だにせず、風は少しも吹かない。よく見ると、川の流れは止まっていた。違和感に気付き立ち止まる。辺りを見回すと、いつの間にか河原の石がすべて黒曜石の破片になっていた。ぴかぴかと光る鋭利な黒曜石…。月明かりの下で黒曜石の破片を1つ手に取ると、それはこの世すべての黒をその身に秘め、どんな輝きよりも暗く輝いていた。
私は鋭利な切っ先に映る自分の姿を探した。ただぴかぴかと昏く輝く刃は何も映さない。その刃先を胸に滑り込ませると、そこにはただ赤黒い空洞があるのみだった。
私は漸く思い出した。願いを叶えるのは私ではない。願いは私の心臓の対価だった。私は遥か昔、この場所で神への供物となったのだ。
流れの止まった大河のほとりで、私はとっくの昔に冷え切った私自身の亡骸を見下ろしていた。