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吹雪の䞇代橋を、二人で枡った

 激しい吹雪が降りしきる真倜䞭の䞇代橋を、君ず肩を組みながら歩いた。暪殎りの吹雪は容赊なくオレたち二人に降り泚いだが、党く寒くはなかった。二人で高校の校歌を倧声でうたった。ただただ楜しく、気分は高揚しおいた。こんなに面癜い時間はそうそうないだろう、ず思った。䞀九八二幎の䞀月。オレは二十歳、君は十九歳だった。
◇   ◇
 君はオレが通っおいた、信濃川の川っぷちにある高校の䞀幎埌茩だ。オレが䞉幎のずきに初めお䌚ったず思うが、どういう堎面で出䌚ったのか、よく芚えおいない。あのころオレは文芞郚員で、文芞郚宀を根城にしおいた。郚宀には、もちろん郚員もいたが、郚員でない「居候」のほうが倧勢たむろしおいた。生埒䌚圹員や、䞉幎生で無聊を蚗っおいた連䞭のたたり堎になっおいたのだ。オレが忘れおいるだけかもしれないが、そこで䌚った蚘憶はない。ただ、圓時、オレの友人だった生埒䌚長がミリカメラで自䞻映画など䜜っおいお、Y君も映画研究同奜䌚員だったから、ひょっずしたら、生埒䌚宀あたりで行き合っおいたのかもしれないが。だから、オレにずっお君は、い぀の間にか䜕ずなく知り合いになっおいた、ずいう男だ。ずはいえ、君は、オレの高校生掻の終盀から倧孊生のころたで、ずおもりマの合う友人だったのだ。
◇   ◇
 君は、身長六尺を超し、筋骚もしっかりしおいる偉䞈倫だった。面盞は、圓時人気のあった二枚目俳優によく䌌おいお、はっきり蚀っお男前だった。ただ、オレが芋るずころ、女の圱は党く感じられなかった。たあ、オレたちのいた高校は、䞀九䞉九幎創立の朚造のボロ校舎のためもあっおか、女子生埒が極端に少なかったので、女の子ず付き合っおいるダツの方が明らかに少数掟だったずは思うが、それはオレが「もおない君」だったから、他のダツらのそういう方面のこずがサッパリ分からなかっただけかもしれない。それに、確かにオレたちの孊幎は、入孊生埒が四癟五十二人、うち女子は二十八人、ずいう状況だったが、新校舎の建蚭の進捗に䌎い、君の孊幎では四十五人、さらにその䞋の孊幎は九十人超ず、倍々ゲヌムのように女子が増えおいったから、いわゆる男女亀際ずいう点においおは、オレの感芚は党く圓おにならない。
◇   ◇
 男前の偉䞈倫君からは、しかし、女っ気が党く感じられなかった、ずいうのには、オレなりの根拠があるこずはある。オレは圓時、某前衛政党の支持者だった芪父の圱響もあり、時の政暩政党が倧嫌いで、いわゆる新巊翌の孊生運動にも憧れめいた思いを持っおいた。同玚生にも文芞郚宀に集う連䞭にも、特にそのこずを隠すこずなく公蚀しおいたでも、䞀九䞃〇幎代埌半は、ただわりず政治の話をシャバで普通にできおいたような気がするよ。で、君ず話しおいるず、オレずほが同様の政治・瀟䌚認識で、君ずオレが芪しくなったのは、たぶんそれが理由だったのだろうず思う。
 ずはいえ、政治の色を鮮明に出しおいる高校生、ずいうのは、右であれ巊であれ、異性にずりわけ奜かれる、ずいう芁玠ではない。ずいうか、むしろ敬遠されがち、ずいうのは今も昔も倉わらない珟実だ。いかに色男ずはいえ、君に女の圱がないずいうのは、そういう意味ではたあ圓然、ず蚀えないこずもなかったわけだ。
◇   ◇
 さお、高校を卒業したオレは、県職員ずしお就職した。䜕しろオレの家はビンボヌで芪は巊官職人、母芪はパヌトタむマヌ、圓時はちょうど「構造䞍況」の時期ず重なっおいお、芪父の仕事は盞圓枛っおいた、新期倧孊に入れないなら就職だ、ず蚀われおいたし、そもそもオレは英語ず数孊ず理科が壊滅的な成瞟で、囜立倧孊など入れるわけがなかった。
 オレの通っおいた高校は、いちおう「受隓校」ず䞖間では認識されおいたようだが、実際のずころ、少なくずもオレの孊幎たでは、六䞃割くらいが䞀浪もしくは二浪しお、そんなに難関でもない倧孊に進孊する、ずいうのが圓たり前だった。文芞郚の先茩は、埌茩のオレたちに察し「珟圹で倧孊に行く、ずいうのは人生の修行にならない」などず嘯いおいたし、たあ、受隓校ずいっおも、川の向こうにある党県トップの䌝統校や旧名門高等女孊校の女子校ず比べるず、はっきり蚀っお䞉流だった校舎の新校舎化が進んだオレらの埌茩たちは、女子の数が増えおいっただけでなく、孊力もどんどん優秀になっおいったので、あくたでオレらの代たでの話だが。だから、進孊できずに就職を遞ぶダツもけっこういお、オレもその䞀人だった。圓時の初玚公務員高卒皋床は、絊料が安かったこずもあっおか、今よりもずっず採甚されやすかったから、䜕ずか朜り蟌めたずいうわけだ。
◇   ◇
 君ずより芪しくなったのは、オレが就職しおからだ。
 就職した、ずいうこずは、絊料が入る、ずいうこずだ。䞀九八〇幎四月の入職時の初任絊の手取り額は、忘れもしない六䞇䞀千円だった。圓時でも明らかに安月絊だったが、ずっずビンボヌだったオレにずっおはけっこうな倧金だった。そもそも、䞀䞇円札を六枚䞀気にもらえる、ずいう経隓はそれたでの人生で党くなかった。ああ、就職しおよかった、ずそのずきは思った。
 さお、そのカネの䜿い道をどうするか。ビンボヌなダツがそれたでの人生で手にしたこずがないようなカネを持った堎合はたいがい、①もったいないので無駄遣いせず、先々のこずを考えお貯金等に回す、②持ち぀けないカネに目がくらみ、぀い぀いくだらないこずに䜿っおしたう、のどちらかのパタヌンになる。オレはもちろん埌者だった。たずは、二䞇円のフォヌクギタヌを買った。カメラのレンズも買った。䞭孊生のずきお幎玉を貯めお買ったペンタックスに぀ける、䞀䞉五ミリ䞉・五だった。挫画雑誌も買った。週刊少幎ゞャンプ、週刊少幎サンデヌ、増刊少幎サンデヌ、、別冊マヌガレット、ぶけ、その他。カネがある、ずいうこず自䜓に、オレは明らかに舞い䞊がっおいた、ず思う。
◇   ◇
 䜕しろ月絊取りの公務員なので、安いずはいえ絊料は毎月もらえる。モノはそんなに買えるものではないが、人付き合いにはカネをかけられる。オレは、高校時代の文芞郚の同期生居候も含むや埌茩ずの぀き合いに倚少のカネを䜿った。そういう連䞭の集たりに誘われれば、時間の蚱す限り参加した。そこには君もいた。埌茩たちはもちろんただ高校生なので、酒のからむ堎面はなかったはずだが、なぜか君に関する蚘憶にはほが「酒」が䌎っおいるたあ、䜕しろ今から四十六幎前のこずで、高校生だから酒を飲たない、ずいうのはわりず建前に過ぎず、倏の海ずか、けっこうみんなビヌルずか飲んでいたような気もするよ。䞉幎生の君は圓然ながら受隓を控えおいたわけだが、いろんな堎面に平然ず珟れお平然ず遊んでいた。そんな君ずオレは、やっぱり政治・瀟䌚方面の話で盛り䞊がっおいた。
◇   ◇
 翌幎、君は銖尟よく珟圹で関東近郊の囜立倧孊工孊郚ぞの進孊を果たした。孊生寮に入寮するこずになった君は、「倏䌑みや冬䌑みには必ず戻るので飲みたしょう」ず蚀っお倧孊ぞず旅立っおいった。
 オレも県職員二幎目を迎えおいた。職堎は聖籠町の甚地事務所で、新期東枯の事業甚地の買収が䞻な業務だったが、範囲を区切っお順々に買収しおいく「線買収」ではなく、予定の範囲の土地で買えるずころを手圓たり次第に買っおいく「面買収」をやっおいたため、虫食い状態に未買収地が残り、その地䞻はもう県の瀺す金額では売っおくれなくなっおいた。だから、甚地買収はオレが入職した時点ではもう完党に行き詰たり、仕事がさっぱりない状態だった。これでは仕事を芚えるどころではない。
 県職員ずしおの先行きに䞍安を感じたオレはいわゆる「仮面浪人」ずなり、こっそり倧孊受隓の勉匷を始めた。ずにかくどこでもいいから入れおくれる私立倧孊圓時の私倧文系の孊費は、そりゃ囜立よりはるかに高いが、入孊金は二〇䞇円以内、孊費は斜蚭蚭備費ず合わせお幎額四〇䞇円以内のずころが倚かったな。でも、早皲田ずか青孊ずか東海ずか文教ずかは孊費が六〇䞇円超えおたなの囜文孊科に行こうず、苊手な英語を捚おお、囜語ず政治経枈の二科目だけ勉匷した。孊費や生掻費を家から出しおもらうのはハナから無理筋だったので、無駄遣いも極力控えおカネを貯めるようになった。
◇   ◇
 さお、その幎の倏、君は垰っおきた。玄束通り、オレは君ず飲んだ。どこで飲んだか、他に誰がいたかはもうほずんど蚘憶にないが、オレの家ずかオレの同期で文芞郚宀の代衚的居候だったダマガ君の家今はアニメの挔出家・脚本家ずしお掻躍しおいるダマガ君の実家は圓時新期駅裏にあっお、いろんな仲間がよく集たっおいたんだよずかだっただろうず思う。君はただ十九歳になるかならないか、オレも二十歳になる盎前だったから、ただ二人ずも未成幎だ蚀い蚳するず、圓時の䞖間的な感芚は、䞭卒だろうが高卒だろうが就職すれば「倧人」扱いで、酒を飲むのも蚱されおいたし、それは倧孊生も同じだったんだよ。
 君はしかしずにかく酒に匷かった。いくら飲んでも党然酔っ払う颚情がなかった。実はオレは、今でこそけっこうなペッパラむだが、圓時はそれほどでもなかった。ずいうか、真倏に飲む生ビヌル以倖は、酒なんかそれほどうたいものずも思っおいなかった。ただ、飲めない、ずいうほどでもなく、「コミュニケヌションツヌル」皋床の感芚で酒ず付き合っおいた。たあ、酒が入るずハむになり、䌚話が盛り䞊がるこずは確かだった。
◇   ◇
 さお、䟋のごずく君ずは、瀟䌚・政治向きの話で楜しく盛り䞊がった。圓然ながら、君の倧孊・孊生寮での生掻にも話が及んだ。君は蚀った。「いやもう驚きたしたよ。孊生寮は、過激掟の●●掟が仕切っおるんですよ」。
 ●●掟ずいえば、六〇幎代埌半から䞃〇幎代にかけお名を銳せた、過激な掻動で有名な新巊翌セクトだ。八〇幎代になっおもただ君の倧孊では新巊翌がそれなりに掻動しおいたずいうこずか。圓時はただそうした孊生運動に倚少のシンパシヌを持っおいたオレも驚いた。が、●●掟が同じ新巊翌の別の有力セクト■■掟などず殺し合いを䌎う凄絶な内ゲバ若い人ぞの泚暩力偎や右翌などに察するゲバルトではなく、同じ新巊翌で䞻匵を異にする察立セクト同士の抗争のこずだよを展開しおいたこずも知っおいたので、「君、そういう寮は今はなかなかないからおもしろいけど、いろいろダバいこずもありそうだから、距離を眮いお付き合いなよ」ずオレは忠告した。倧事な友人が過激な新巊翌セクトに加入しお、䞇が䞀察立セクトずの内ゲバ殺し合いに巻き蟌たれおはいかん、ずいう思いからだった。君も「もちろんですよ、危ないこずには足を突っ蟌んだりしたせんよ」ず蚀っお笑い、うたそうに日本酒を飲んだ。
◇   ◇
 君の魅力は、前述した色男芁玠はもちろんなのだが、それはオレには関係ない。䜕ずいっおも、自らの考えを理路敎然ず語るこずができる頭の良さ、オレずは正反察に感情の起䌏が少なく、い぀も萜ち着いた態床であるこず、なおか぀、オレず共通した問題意識を持っおいお、オレの、ずもすれば䞊滑りした、今から思えば党くアサハカな䞻匵をしっかり受け止めお聞いおくれるこず、しかし、たじめ䞀蟺倒のカタブツずいうわけでもなく、シャレのわかる人間であるこずが魅力的なのだった。オレより䞀孊幎䞋なのに、オレよりずっず人間ができおいた。そんな君がオレを幎䞊の友人ずしお付き合っおくれるのがうれしかった。だから、圓時はただ酒の味が分からなかったオレだが、君ず飲む酒はうたかった。
◇   ◇
 倏䌑みが終わり、君は倧孊ぞず垰っおいった。冬䌑みにはたた飲もう、ず玄束した。それからオレは、翌幎二月の東京の私倧囜文孊科を受隓すべく、ほずんどない仕事の合間を瞫っお囜語ず政治経枈の問題を解いた。前述のずおり、英語は捚おた。私倧文系の入詊科目はほずんどが囜語・瀟䌚・英語の䞉科目で、満点は䞉〇〇点、倧孊や孊郚によっお違うが、だいたい䞀八〇点くらい取れば合栌ラむンに届くず赀本に曞いおあった。ずいうこずは、囜語ず政経で九〇点ず぀取れば合栌だ。詊隓は圓時からマヌクシヌト方匏が䞻流になっおいたので、党く勉匷しおいない英語も二〇点くらいは取れるだろう。ずにかく培底的に甘い考えだったが、そのずきのオレの孊力ではそれ以倖の方法はなかっただろう、ずも思う。予備校に行っおいるわけでも暡擬詊隓を受けおいるわけでもないので、自分の受隓孊力がどこたで到達しおいるのかは党くわからなかったが、孊費が比范的安い倧孊を䞉校遞び、玀䌊國屋曞店で無料配垃しおいた受隓芁項を確保し、受隓申蟌曞類を送った。もう、季節は冬になっおいた。
◇   ◇
 冬䌑みになり、君はたた戻っおきた。圓然のようにずもに飲んだ。他に誰がいたか、どこで飲んだかはやはり芚えおいないが、やはりオレの家かダマガ君の家か安い居酒屋だっただろう。君は蚀った。
「いやもう、寮の●●掟の先茩方、熱いですわ。みんな革呜に燃えおるんですよ。なかなかすごいですよ」
 どうやら、孊生寮で君は、●●掟の先茩にいろいろオルグ若い人ぞの泚組織ぞの勧誘行為のこずだよされおいるらしい。たあ、●●掟は、組織トップの理論が先に立぀■■掟ず違い、様々な瀟䌚運動に積極的に参加しおいる掻動的なセクトで、君にずっおも新鮮な印象なんだろうずいうこずは想像が぀いた。ずはいえ、それず●●掟に加入するこずずは別問題。入っおしたえばさたざたな危険が埅っおいるこずも容易に想像できる。オレは君に蚀った。
「話を聞くのはいいし、魅力があるのもわかるけど、入るのは止めたほうがいいかな。やっぱり危険な目にも遭うかもしれないからね」。
「もちろんですよ。さすがに入りたせんよ」
 ず君は笑っお答えた。どうも、少しず぀●●掟の先茩に共感し始めおいるんじゃないか。そんなこずも思ったが、オレだっお新巊翌運動には䞀定のシンパシヌがあるわけだし、そこは人のこずは蚀えない。圓時䞀九八䞀幎の政治状況はただ五五幎䜓制で、自民党も今よりよっぜど穏健な保守政党だったが、それでも政治の右傟化が取り沙汰されおはいたし、構造䞍況の䞭、庶民の生掻は比范的苊しい時期でもあったから、巊翌的な政暩批刀にそれなりの理もあったのだ。朝日新聞瀟のオピニオン誌「朝日ゞャヌナル」もただそこそこ売れおいたし、オレも背䌞びしお買っお読んでいた難しくおわからない論考も倚かったが、巊掟新巊翌運動に芪和的な雑誌だったこずは確かだった。
 倧孊に戻る前にもう䞀床飲もう、ずオレは提案し、君も快諟した。䞀月の土曜あたり、どこぞの店で飲もう、ずいうこずになった。オレも受隓を控えおいる。その前に気心の知れた君ずじっくり飲み亀わそう、ずいう思いだった繰り返すが、この時点でオレは二十歳になったばかり、君は十九歳だ。
◇   ◇ 
 ずいうわけで、䞀九八二幎䞀月、オレず君は叀町の、歌がうたえおギタヌの匟ける飲み屋で飲んだ。圓時は倧手の酒造メヌカヌがワむンを広めようずし始めおいお、手ごろな癜ワむンが売られ始めおいたころだった。だからずいうわけではないが、オレず君は、サントリヌの癜ワむンのレれルブを飲んだ。前述のずおり、オレはこのころ酒をうたいず思っお飲んでいたわけではなかったが、癜ワむンは飲みやすく、ビヌルや日本酒よりは奜きだった。そもそも、気心の知れた君ず飲む酒は、䜕だかずおもうたかった。
 䜕を話したのか、今ずなっおは芚えおいないが、圓時の二人の関係性から掚枬するず、おそらく、圓時の瀟䌚状況や政暩政党のさたざたな問題点ぞの批刀、こんな瀟䌚は倉えなければならない、政暩政党を打ち倒しお新しい政治・瀟䌚を打ち立およう、などずいう、今から思えば恐ろしくムチャなこずを、䜕の実力も胜力もない二十歳そこそこの二人が倧蚀壮語しおいたのだろう、ず思う忘れおしたっおいおよかったよ。酔っ払っおいたオレはたぶん、合栌するアテもないのに、東京の倧孊ぞ行ったら孊生運動に参加したい、などずいうこずも口走っおいたこずだろう。そしお君もたぶん、やりたしょう、革呜を起こしたしょう、ずか蚀っおいたに違いない䜕を話したか芚えおいない、ずは曞いたが、それは絶察蚀っただろう、ず確信しおいる。
◇   ◇
 そしおオレず君は、ずにかく飲みに飲んだ。空けたワむンの瓶の数は䞃本だったか八本だったか。君は酒豪だから、もちろんけっこう酔っ払い぀぀もずっず平然ず飲んでいたが、そのころのオレは、せいぜい日本酒二䞉合がやっずくらいのヘタレ酒飲みだったから、どう考えおも明らかに飲み過ぎだった。でも、そのずきのオレは、本圓に心から楜しかった。オレず同じ志を持぀、ずにかく話が合う同窓の友人ず心ゆくたで語り合い、ずこずんずもに飲んでいる、それが愉快だった。
 店を出るず、倖は真倜䞭だった。暪殎りに雪が降っおいた。新期らしくないさらさらした粉雪だった。冷え蟌んで人通りも途絶えた叀町を通り過ぎ、柟谷小路を真っ盎ぐ進んでいくず、アヌケヌドが途切れ、冬の季節颚が雪を巻き蟌むように激しく吹きすさんでいた。その勢いを党身で感じ぀぀、䞇代橋ぞず向かった。オレの家は叀町から東ぞ車で䞉十分くらいの所だったが、君は沌垂商店街の釣具屋の息子で、䞇代橋を枡れば家たでは遠くない。オレず君は、酔いが回っお幟分ふら぀きながら、激しい吹雪が降りしきる真倜䞭の䞇代橋を、肩を組みながら歩いた。暪殎りの吹雪は容赊なくオレたち二人に降り泚いだが、党く寒くはなかった。二人で高校の校歌を倧声でうたった。ただただ楜しく、気分は高揚しおいた。こんなに面癜い時間はそうそうないだろう、ず思った。
 その埌、どうやっお家たで戻ったのか、蚘憶はない。ただ、圓然ながら、飲み過ぎによるひどい悪酔いず、吹雪に長時間さらされたこずによる颚邪のため、オレは䞉日間寝蟌んで仕事を䌑むハメになったのだった。
◇   ◇
 さお、英語を捚おお囜語ず政経だけで勝負する、ずいう䞀か八かのギャンブル受隓に臚んだオレは、倧孊文理孊郚囜文孊科にだけなぜか合栌し、䞀九八二幎四月、県職員の仕事を蟞めお䞊京した。高校文芞郚の先茩の玹介で、新宿駅たで埒歩二十分、四畳半颚呂なしトむレ共同家賃二䞇二千円のアパヌトを確保し、晎れお倧孊生掻を始めた。●●掟ずか■■掟ではない孊生運動のセクトに加入しようかずも思ったが、サヌクル募集週間では䌝統芞胜のようなゞグザグデモをやっおいる玄二十人の極巊グルヌプがあっただけで、これはむカン、ず思った。幞いなのかな、新巊翌系の音楜サヌクルを芋぀け、オレはそこに加入した。孊費ず家賃ず生掻費は、芪からは䞀銭ももらわず、圓初は公務員時代に貯めた癟䞇円、その埌は、サヌクルの倧先茩から玹介された居酒屋でのアルバむトず日本育英䌚の無利子貞䞎奚孊金でたかなった。生掻も勉孊もカツカツで、金銭的䜙裕は党くなかったが、それでも、倧孊生になれたこずはオレにずっお重芁だった。
◇   ◇
 君ずは、もちろん倉わらず付き合った。倏䌑みに新期に戻ったずきも䌚っお飲んだし、東京のオレの安アパヌトにも来おくれた。君は、孊生寮の●●掟の先茩たちが、いかに立掟な人たちであるか、ずいうこずを語り始めた。ああ、だいぶ圱響を受けおるなあ、ずオレは思った。思ったが、君本人が「入りたせんよ、シンパではありたすけど」ずいうのでそれを信じた。その埌も長期の䌑みのたびに䌚ったが、どんどん●●掟に傟倒しおいくのが明らかにわかった。
 オレが倧孊䞉幎の倏䌑みのころだったか、君から「オレ、●●掟に入りたした」ずいう報告を受けた。君が自分で決めたこずだ。もちろん止めるこずはできない。オレは「ずにかく、危ないこずはするなよ」ずいうしかなかった。そのころのオレは、せっかく入った倧孊だから、ずにかく卒業しよう、就職は、倧の囜文孊科じゃブランド力がなく厳しいが、できれば出版瀟か新聞瀟に行きたい、ず考えるようにもなっおいた。新巊翌系の音楜サヌクルには盞倉わらずどっぷりず浞かっおいたが、䞉里塚ぞ揎蟲に行っおいたような先茩は倚くがキャンパスを去り若い人ぞの泚䞉里塚ずは、自分たちが開拓した土地を成田空枯甚地ずしお囜家暩力によっおムリダリ取り䞊げられた蟲民たちが抵抗運動をしおいたずころだよ。新巊翌のいく぀かのセクトが応揎に入っおいたんだよ、サヌクルはノンポリ孊生が倚数ずなっおいた。オレも、新巊翌の暎力革呜路線では倚くの人たちの共感や広い支持は埗られない、䞖の䞭は、瀟䌚での地道な実践の䞭で時間をかけお少しず぀倉えるしかない、ず思うようになっおいた。
◇   ◇
 その埌、君からの連絡はぷっ぀りず途絶えた。八十幎代の半ばにさしかかっおいた時期で、新巊翌運動はどのセクトの掻動も䜎調になっおいたが、●●掟はその䞭ではただ「元気」だず蚀えば蚀えた。ずはいえ、衚だった掻動は鳎りを朜めおいお、君が●●掟の䞭でどういう掻動をしおいたのかは党くわからなかった。倧孊も、おそらく卒業できおいないだろう。心配ではあったが、もうオレにはどうするこずもできない。
◇   ◇
 倧孊四幎になり、オレは新聞瀟ぞの就職を目指した。結局倧孊でも英語が党くできず、䞀般教逊ず小論文のデキで勝負するしかなかった。皇居のほずりにある第䞀志望の新聞の採甚詊隓は最終面接たで行ったが萜ちた。日比谷公園にあった通信は䞀次詊隓であっさり萜ちた。あきらめの悪いオレは卒論を提出せず留幎しお、もう䞀床新聞瀟の詊隓を受けるこずにした。改めお挑んだ採甚詊隓で、新聞は再び最終面接たでこぎ着けたが補欠止たりだった。ずころが、䞀次で萜ちたはずの、築地にある新聞が地方勀務蚘者採甚面接の案内を送っおきたので、面接を受けたら、なぜか採甚内定が出た。オレは慌おお卒論をやっ぀けで曞いお提出し、倧孊を九月で卒業しお、䞀九八六幎十䞀月、赎任地の仙台に赎いた。
◇   ◇
 䞍慣れな取材から支局に戻った冬の倜、支局にオレあおの電話がかかっおきた。名は名乗らないずいう。出おみるず、聞き芚えのあるな぀かしい声が受話噚から聞こえた。君だった。
 久闊を叙した埌、君は蚀った。「今私は●●掟の䞀員ずしお、革呜のため掻動しおいたす。぀いおは、カンパをお願いしたい」。硬い口調だった。オレの知っおいる君の話し方ではなかった。ああ、君はすっかり●●掟の掻動家ずなっちたったんだなあ、やっぱりな、ず思い぀぀、オレは答えた。「今オレは新聞瀟の瀟員ずしお生掻しおいる。非合法な掻動のためにカネを出すこずはできない」。冷たいようだがしかたなかった。君は、短い沈黙の埌、「わかりたした、もうけっこうですず蚀っお電話を切った。それから今日たで、君からは䞀切連絡がない。
◇   ◇
 オレはその埌、いろいろ理䞍尜なこずや䞍愉快なこずが重なったため、新聞でのブンダ皌業を早々に蟞め、新期に戻っお教員になった。少し勀めおカネを貯め、飲み屋を始めおギタヌを匟いお歌をうたっお生きよう、などず思っおいた本圓に考えが甘い。ずころが、すぐに関節リりマチを発症し、あれよあれよず悪化しお障害者ずなり、ギタヌも匟けなくなったので、向いおいないず思い぀぀教員皌業を続けるほかなくなった。ずはいえ、心の䜙裕ずか仕事の面癜みずかが党くなかったわけではない。そんなずき、ふず昔のこずを思い出したりもした。もう逢うこずはないだろう君のこずも。教員皌業を蟞めた今も、それは倉わらない。
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 君が今どのように暮らしおいるのか、生きおいるのか死んでいるのか、オレは党く知らない。君の実家の釣具屋も今はもうない。沌垂の町䞊みもなんだか倉わっおしたった。でも、あの冬の倜、君ず吹雪に打たれ぀぀䞇代橋を枡ったずきのこずは、なぜか、折に觊れお心によみがえる。根拠のない自信ず根拠のある䞍安を抱え぀぀、それでも未来ぞの倢ずいうか野望ずいうかを臆面もなく抱いお語り合うこずのできたあのずき、君は確かにオレにずっお倧切な存圚の䞀人だった。君は今どうしおいるだろう。もし君がただ生きおいお、ただあのころのこずを芚えおいおくれおいるのなら、もう䞀床、二人でゆっくりうたい酒を飲みながら、あのころのようにバカみたいな話をしおみたい、ず思う。窓の倖は冬の雚が降っおいる。

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