祖母の器を愛す
高校生まで一緒に住んでいた祖母は、陶芸を習っていた。
日中は母が仕事をしていたので、ばあばは私にとって第二の母だった。
ばあばは毎週水曜日に陶芸のお稽古に行き、帰りにデパートで美味しいお刺身を買ってきてくれた。私は水曜日が好きだった。
ばあばが作る器は不揃いで、やたら分厚く、ゴツゴツしていた。グネグネに曲がった変な色の線が入っていたり、傾いていたり、ガタついたり。
幼い頃、「うちの家は変な器ばっかりだな」と思っていた。
ばあばという人は、「良い人」であった一方で、かなり人の顔色を伺うタイプの性格だった。
陶芸の話題も、デザインなどの創作に関わることではなく、「お稽古の差し入れにお菓子持って行かなあかん」「休んだら先生に悪いやろか」と、人間関係に関わることばかりだった。
だから、陶芸自体にこだわりがあってやっていたわけではない気がする。服や家具等にもこだわりがあるようにも見えない。おそらく誰かに誘われて、断れなくて、そのまま辞めるきっかけもなくずっと続けていたのだろう。何年やってただろうか。私が物心ついた時から高校生になるまではやっていたと思う。
陶芸の先生が展示会をするとなると、ばあばは先生が作った器や置物を数点買って帰ってきた。「いっぱい買ってあげなあかん!」と謎の使命感にかられていた。
先生の作品は、かなり個性的なものが多い。



展示会に行くたびに増える、独特な置物。
こんなことを言ったら先生に大変失礼なのだが、実家の飾り棚は呪いの棚のようになっていた。(本当に失礼)(尊敬しています)
個性的な器が並ぶ家で育った反動で、学生の頃はツルっとした洋食器が大好きだった。プリントっぽい幾何学模様やパステルカラー、そんな整ったものばかりに惹かれた。
その後、社会人になって滋賀に住み始めた。
たまたま足を運んだ信楽陶器市で、私の価値観はガラリと変わることになる。
そこで出会ったのは、均一に大量生産されたものではなく、手作りでしか出せない「味」のある器たちだった。ざらざらした質感、不均一に重なる釉薬の色、熱が偶然生み出した歪み。
信楽陶器市は、私を器の沼へと誘った。
そこからは、好きな作家さんを見つけたり、素敵な器屋さんを巡ったり。いつか自分の店を出したいなと思うほど、手作りの器が大好きになった。
器を好きになってから何年か経ち、実家に帰った。
ばあばが作った器は、改めてとんでもなく分厚く、でこぼこしている。
でも、なんかそれも個性的で可愛いな、と思うようになった。
なんなら、すごく可愛い気がしてきた。
無骨な感じが、なんとも洒落て見えてくる。
ばあばの器の魅力に気づいた頃にはもう、ばあばは陶芸を辞めていた。それどころか、うちにもいなかった。
認知症で施設に入ったのだ。
私が大学生の頃には、ばあばは既にかなりボケていた。
同じ話を繰り返し、訳のわからぬことを言い、自分でもよく分からなくなって泣く日々。母は介護に疲れ、鬱になりかけた。
元々心配性だったばあばは、一日に何度も、いや、3分に一度のペースで財布を探した。
引き出しを開けてカードがあるかを何度も確認し、大事だからとカバンに入れ、数分後に引き出しを探し、「カードがない!」と騒ぐ。
忘れられないのは、いつも通りカードがないと騒ぐばあばに「カバンの中ちゃう?」「引き出しにあるやろ?」と呆れる母。しかし、どこを探してもない。枕元にもない。玄関にもない。どこ?
「もうどっか体の中にでも隠してんちゃうん?」と胸を触ると、硬い手触り。ブラジャーの中から、カードがわんさか出てきた。
そんなばあばが施設に入ってから、私は会っていない。
もう何年経つだろうか。5-6年は会っていない。
ばあばは、私が社会人になったことも、海外に住んでいたことも、もうすぐ30歳になることも、何も知らない。
多分、自分に孫がいたってことも忘れちゃってる。
私の記憶の中のばあばは、ハリのある太ったおばあちゃんだったが、今は生気のないガリガリのおばあさんらしい。そしてもう、誰のことも分からない。
何も分からない世界って、どんなだろうと想像する。酔って記憶をなくした朝のような感情が、毎分訪れるのだろうか。支離滅裂な夢を見ている時のような感覚だろうか。訳のわからないコマ送りのB級映画の中に入る感じだろうか。
おばあちゃん孝行、何もできていないや。
私を育ててくれたのに。
幼稚園のお迎えに来てくれたり、ご飯を作ってくれたり。
水曜日は、私の好きなお刺身を必ず買ってきてくれたのに。
認知症になってからの印象が強くて忘れかけていた。ばあばはいつも優しくサービス精神旺盛で、母に内緒でお小遣いをくれるような、そんな器の大きいおばあちゃんだった。
最近、私は東京で陶芸を習い始めた。
私が習っている先生は、とても整った美しい器をつくる方だ。
生徒さんも皆、綺麗な作品を作る。

私も教えていただきながら粘土練った。初めは手びねりで器を作る。一つ一つの動きに気持ちをこめて粘土を触った。少しずつ形を作り、間口を広げたり、表面を整えたり。先日お茶碗を作ったのだが、均一な厚みで、つるりと整ったものができたと思う。
ばあばの器って、なんであんな不揃いだったんだろ。
あれって案外すごいかも。あんなに個性出せるって、高度な技だったのかも。

昔は、「興味がないから上達しないのかな?」と、分厚い器を見てそんな風に思っていた。
いや、あれはきっと、ばあばのこだわりだったんだ。
どんな想いで作っていたんだろう。
思い返せば、ばあばは自分の作った器を割ってしまった時、「割れてしもたぁ」ととても悲しそうに破片を握りしめていた。
実際に陶芸をしてみると分かる。一朝一夕には出来上がらない作品に、自然と思い入れは強くなるものだ。
そうか、ばあばにもあったんだ。創作にかける想いが、器を愛する心が。
私っていつもこうだな。音楽系の部活に入り、クラシックを聴き始めた時には、クラシックオタクのじいじはもういなかった。陶芸を始めた時には、ばあばにその記憶はなくなってしまっている。
近いうちに、ばあばに会いに行こう。もちろん陶芸の話なんてできないけど。私を誰だか分かってもらうことなどできないし、現実を見るのは少し怖いけど。
それでも、ばあばという人に今向き合わなければ、私はまた後悔する気がする。
明日は水曜日か。
美味しいお刺身を買って帰ろう。

