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うららちゃんが、仕事に来ない

    コッソリ


    朝9時。
    我が職場において、それは運命のゴングが鳴る時間だ。
    一本の電話が鳴り響くと、それまで動いていた全てのものが、ピタリと静止する。
    作業中の職員は手を止め、引き継ぎ中の職員は口を噤み、小走りもピタリ。職場全員、同じ角度で固まる。全員の耳が、スタッフルームの電話機に全集中しているのが、肌でわかるのだ。

    やがて、電話を取った同僚が、力なく受話器を置く。そして、静かに、告げる。

    「うららちゃん、また休みだって」



    それは、もはや言葉にならない阿鼻叫喚の始まり。私たちは無言で目を見合わせ、シンクロナイズドスイミングのように、揃って深いため息をついた。

    さて、今日の残業は誰だ? 誰かに出勤要請の電話をかけなければ。ああ、私の昼休みがまた地平線の彼方に消えていく…。
    アイツ一体どうした!?
    私の今月の超過勤務時間は、この時点で、すでに30時間を静かに超えていた。

    そして、うららちゃんの出勤日。
    彼女は、潤んだ瞳で、決して私と目を合わせようとはしない。そして、消え入りそうな声で、こう囁くのだ。

    「もう私に、期待しないでください…」
    「あたし、もう、だめかもしれないんです…」

    椅子から転げ落ちそうになるのを、必死で腹筋に力を入れて堪える。

    他に言うことはないんか!?

    「ご迷惑おかけしました」とか、そういう社会人一年生で習うやつは、心の教科書のどこかに置き忘れてきたのか!?

    しかし、口には出せない。今のご時世、ハラスメントという名の魔物が、すぐそこに潜んでいる。下手に励ませば「追い詰めた」と言われかねない。ああ、恐ろしい世の中だ。

    そんな私の荒んだ心を知ってか知らずか、同じ職場の別部署に生息する私の恋人は、夜勤明けで うららちゃんの穴埋めのため ボロボロに働いていた 私を見つけると、ニヤニヤしながらこそこそと耳打ちしてくる。

    「いいぞ、もっと働け。馬車馬のように働け」



    昼過ぎ、記録物の山と格闘している私を見つけては、つかつかとまたやってくる。

    「あれ、まだいたの?もうすぐ早番さんだって帰る時間だよ?」



    その失笑は、一周回って愛おしい。…と、思うことにしている。

    いいの、頑張るの。
    だって私は、みんなの上司だから!
    キラキラ上司!なんて素敵な響きだろうか。
    その実態は、部下のメンタルとシフトの穴に、自分の時間と精神を詰め込む、ただの充てん材なのだが。
    もはや、お手上げなのだ。両手を上げて、天を仰ぐしかない/(^o^)\


    やっと地獄のような業務に目途がつき、
    私は震える手で恋人にLINEを送った。

    「眠すぎて吐きそうだ!!」


    既読がついた、と思った瞬間。 返ってきたのは、慈悲の欠片もない、それでいて最高に彼らしい言葉だった。


    「頼むから、吐いて苦しんでくれ」


    その悪魔のような言葉のすぐ下には、なぜか、満面の笑みで踊るウサギか何かの、可愛らしいスタンプが添えられている。この男の情緒は、一体どうなっているんだ。

    上がる立場、静かに、そして確実に下がっていく私のQOL。 そんな言葉が、頭の中をぐるぐると回る。

    あぁ、今日もまた、部下が仕事に来ない。 私の平和な日常は、一体どこにあるのだろうか。




     
     
     
    「こっそり」生きています。 大切なものは、掌に収まるほどのサイズで十分。

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