
就業意欲喪失中 | 文鎮おバさん
なかなか再就職しない私にシビレを切らしたのか夫から
「いつも昼間に何をしているのか?」と聞かれた。
昼間は最低限の家事を済ませている。
洗濯、掃除、整理整頓、料理、家計管理、等々。
やるべき家事を済ませた後、
気にかかる事物も済ませて、
自分がやろうと思ったものに手をかける。
書籍を開いたり、ノートを開いたり、手帳を開いたり、PCを開いたり、
気力があれば参考書を開く
ただし、求人情報を開こうとする事はほとんど無い。
職業訓練校に通っていた頃、始業すぐは求人情報の閲覧というルーティーンが設けられており、修了した後もしばらく続けていた。しかしながら、その後就職した先も残念ながら定職せず、見事にわずかながらに残っていた「働く意欲」は失われてしまった。職を転々としていた頃でさえ、まだ前に進んでみようという気力はあったのに、職業相談や職業訓練という支援の手を受けたにも関わらず惨敗した今となっては、【社会不適合者】のレッテルを貼られてしまったようなというか、自分自身でもそうなのだと自傷行為のように傷つけてしまう。
自分でも気付けていなかった程疲れてしまっているんだよと、
「今は休息が必要だから、ゆっくり休んだらいいよ。」という言葉に
求職活動を一時停止したまま。
そもそも仕事が続かないことの問題解決もままならないままにダラダラと休んでいる。大元であろうその根っこの部分をどうにかしたくて相談会に足繁く通っていたのに、まるでその部分に蓋でもしてくれているのかそこを考えても仕方が無いと言わんばかりに、外面ばかりを程のいいものに見繕って企業アピールし入り込めたところで簡単に潰れて傷を深くするだけを繰り返した。別に責任転嫁したい訳では無いのだけど。
甘ったれているだろうか。
私からは想像も出来ない程の苦労を抱えたまま挑み続けている人達の姿は眩し過ぎる。状況の異なる他者と比べたって仕方が無い。
むしろ私は、リセットボタンを押したいとも思わないし、ありのままを受け入れるというよりも、いっそのこと、何もかも終わってしまいたいと願ってしまう。地に足を付けて泥臭くとも生きている事を実感したいと願う気持ちはどこへ行ってしまったのだろう。
働きに出ていないとはいえ、私は現在、主婦である。
住む所と食べる物を得るという対価で主婦業をしているようなものである。
自分の自由になるお金を得る事も無く、まるで遊び呆けているかのような扱いもされる。その事が私が「無職」と行っている所以である。
先日、夫が関係業者に対して私の事を妻ではなく「同居人」と言っていた事にはちょっとしたショックを味わったが、これもまた将来に対する希望の無さを物語っている。
夫婦間のトラブルはあるものの、私は生きる為の最低限の環境はある。
いずれ尽きる自分の貯蓄が今の生活を続けさせてくれている。
けれど直に働き口を得られなければ、夫の助けを得られない車や保険等は手放さなければならないし、そうすれば逃げ場を失った私はまた別の意味で潰れてしまうだろう。私が仕事を見つければ将来の蓄えや、自分の逃げ場を失う事もなく、生きることを続けていけると思うのだけど。それが分かっていても、夢も希望も見出せない今、私は次の一手を打つことが出来ないでいる。
noteに吐き出すことで 希死念慮 に囚われる事は減ったと思っていたが、逃げている事が頭を擡げる瞬間に引き戻される現実に取り繕う事が出来ない。
忙しくしていないから、余計な事を考えてしまうの?
失敗から選り好みしすぎて、働き口が得られないの?
そもそも結婚生活って何?
生き方がわからない。