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呪いにかけられていたのは

「元恋人の元恋人」の名前は花の名前だった。

その花は、時期になれば必ず目にするし、流行りの歌にも頻出するし、なんなら季節を問わずそのへんの看板なんかで見かけるほど、日常に溶け込んだ花の名前。
彼に出会う前はその花が大好きで、切り花を買って部屋に飾ったり、街なかで咲いている姿を見かければ写真に収めたりしていた。
それなのに、彼女の名を知った瞬間にその花のことが大嫌いになってしまった。視界の隅に映れば目を逸らすし、過去に撮った写真は画像フォルダから削除した。

別れる男に、花の名前を教えてなさいという有名な一節がある。毎年その花が咲くたびに、自分のことを思い出すように。
女の名前が花そのものなら、なおのこと特別な花になるだろう。

そんなのはずるいと思った。

私も彼に、呪いをかけなければならない。
彼がその花を一目見ればきっと彼女を思い出すように、私に結びつく「何か」を彼に植え付けなければならないという焦りが生まれた。
そしてそれは時間の経過とともに萎んでいってもよさそうなものなのに、むしろどんどん大きくなっていく。

私はいつも同じメーカーの、同じ味のミントタブレットを忘れずに持ち歩くようになった。
ふたりで食事に出掛けて、彼が食後の煙草を吸い終えたタイミングで、必ずひとつぶ差し出した。
そのタブレットには、その商品名のイニシャルであり、私たちの共通のイニシャルでもあるアルファベットが一文字刻印されている。その刻印について彼が「僕たちのイニシャルだね」としつこく触れ、私がそれをあしらうおふざけが、いつしか私たちの間で定着した。

ある日彼が、職場の後輩にそのタブレットを差し出され、でも相手は君じゃないからイニシャルの話ができなかった、と言ってきた。

呪いを一つかけることに成功したと思った。
彼はどこにでも売っているミントタブレットを見て、そこにいない私のことを思い浮かべたのだ。

そして私は好きなアーティストの話をたくさんしたし、好きなキャラクターのアイテムをたくさん身につけた。
実際、それらは意図的ではなかったものの、彼がそのアーティストの曲を聴くようになったとき、彼がそのキャラクターと私を結びつけた話をしたとき、呪いがかかったと喜んでいた。
日常の中に、私を思い出すものが増えれば増えるほどいいと思った。

ところが先日、彼とお別れすることになった。
本当は好きで好きでたまらないけど、のっぴきならない事情でもう道を分つ以外に選択肢はないと思い、別れることを選んだ。その別れさえも彼への呪いになればいいと願いながら。

私はそれからいつものミントタブレットを見ると、彼を思い出す。彼が好きだと言ったあの曲は胸を締めるので聴けなくなった。大好きなキャラクターのキーホルダーを見ると、彼のイヤホンケースにぶら下がったお揃いのキーホルダーを思う。
そして、あの花のことも、あいかわらず嫌いなままでいる。

私が本当に呪いをかけていた相手は、私自身だったみたいだ。

#創作大賞2026 #エッセイ部門

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