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Photo bytake_kuroki

終わらせた話。

    正直になるのは、勇気がいる。
    特に相手が「恩人」だったときは、なおさらだ。

    わたしは個人事業主として副業をしている。

    始まりは、今から約10年前。
    勤めていたウェブ制作会社を退職し、IT企業でSEとして働き始めたころだった。

    前職で付き合いのあったデザイナーから、簡単な仕事をもらった。
    ウェブサイトの更新や画像の差し替えなど、いわゆる軽い保守作業だ。
    それをちまちまと請け負い、小遣い程度の収入を得ていたのが、いまの個人事業の始まりだった。

    副業を始めてから現在に至るまで、そのデザイナーの存在は大きかった。
    開業当初は売上の9割以上、今でも7割ほどはその人からの受託だ。
    自分にとっては、間違いなく大切なビジネスパートナーだった。

    本当に世話になっていたので、無理難題の案件も、短納期の案件も、必死にこなした。
    時には叱られながらも、少しずつ信頼関係を築いてきた――

    ……と思っていた。


    ある時期から、先方からの入金が遅れるようになった。

    自分は本業ではなく小遣い稼ぎ程度の感覚であったため連絡さえあればいい。そう思っていた。

    しかし次第に、無連絡の遅延が増えていき、しまいにはこちらから入金確認をしないと、スケジュールすら連絡してくれないことも多くなった。

    このあたりから、胸の奥に小さな棘が刺さったまま、抜けなくなった。


    あるとき、大きめの案件があった。

    先方がフロントに立ち、わたしとライターがその下で作業する形。
    規模も大きく、期間も長い仕事だった。
    さすがに大変な案件ではあったが、なんとか無事に納品が終わり、あとは入金を待つだけ。……のはずだった。

    期限になっても入金は確認できない。

    その頃、案件に関わっていたライターの方と別件で打ち合わせをしていた。
    その雑談の中で、思いがけない言葉を聞くことになる。

    「え?ナイロンさん、入金されてないんですか?
    自分のところにはもう入ってますよ」

    一瞬、笑ってしまいそうになった。
    いや、笑えねぇよ。

    話を聞くと、ライターへの入金も遅延していたものの、期限の前日に先方から連絡があり、すでに支払いが行われていたらしい。

    その瞬間、脳みそに急激に圧がかかり視界がぐにゃりと歪むような感覚になった。

    自分には何の連絡もない。
    同じ案件なのに、別の関係者には支払いが済んでいる。

    これまでの遅延も、事情があるのだと思っていた。
    こちらは信頼して、許容してきたつもりだった。

    でも、それは違った。

    自分はただ、
    「後回しにしても大丈夫な相手」だったのだ。


    その後、ライターから聞いた話は伏せたまま、改めて入金確認をした。
    すると返ってきたのは、こんな言葉だった。

    「しつこすぎて迷惑しています」

    まるで、こちらが悪いかのような言い方だ。
    後日、先方指定の入金日に確認が取れなかったので改めて連絡をすると、

    「土曜日に出張先の地銀から振り込みました。
    2~3日かかると思います!」

    と言われた。
    訝しみながらも待つ以外できないので待つことに。
    先方が言うように入金が確認できたのはその期日から3日後の朝だった。

    念のため銀行に確認したところ、
    振り込みはその日の朝に市内のATMから行われていた。

    出張先の地銀でもなんでもなかった。

    ただの嘘だった。


    10年。

    苦楽を共にしてきた、というと大げさかもしれない。
    でも、ビジネスを一緒に続けてきた仲間だと思っていた。

    そんな人に嘘をつかれ、裏切られたことは、想像以上に堪えた。

    好きだった映画やゲームに触れる気力もなくなり、
    眠りは浅くなり、
    スマホの通知音が鳴るたびに動悸がするようになった。

    わたしは自分が思っていたより、ずっと傷ついていた。


    もう、やめよう。

    副業をここまで続けられたのは、間違いなく彼のおかげだった。
    それでも、この苦しさを抱えたまま仕事を続けるのは、もう無理だ。
    壊れてしまう。そう思った。

    関係を終わらせよう。

    そう心に決めてからの行動は早かったと思う。

    しかし感情のままに言葉をぶつけるわけにもいかない。
    思うことすら憚られる罵詈雑言が両の指から出力されてしまうのを、ぐっと堪えながらメールを書く。
    そして「業務整理とリソース配分の再検討」という形で、取引停止の連絡を送った。

    正直な気持ちを、そのまま伝えたわけではない。
    そして売上の7割以上を占めていたクライアントを失うことになる。
    だから、不安がないわけではない。

    それでも。

    自分の心に正直になって行動できたこと。
    感情に流されず、冷静に終わらせることができたこと。

    それは、きっと、あの時自分が取れた最善の行動だったのだと思う。

    まだ未回収の売掛もあるし引継ぎも終わっていないのだけども、これから彼と連絡を取る機会は確実に減っていくだろう。

    そう思ったとき、
    ここのところ、脳みその真ん中に居座っていた頭痛が、
    少しだけ軽くなった気がした。

     
     
    観た映画とかアニメとかマンガとか、遊んだゲームとか。 会社員です。副業で自営業も。

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