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お金では買えないものを知った夜


お金より大事なものってなんだと思いますか?



昔の私は、そんなもの綺麗事だと思っていた。

お金があれば、大抵のことは解決できる。
欲しいものも手に入るし、行きたい場所にも行ける。
お金がないことで失うものの方が、ずっと多いと思っていた。

だから私は、自分の時間も、感情も、心も削って働いた。

少しくらい傷ついても、
少しくらい無理をしても、
生きていくには仕方ないと思っていた。

実際、この仕事は短時間で大きなお金を手にできる。
誰かに必要とされている感覚もあった。

綺麗だと言われるたび、
求められるたび、
自分に価値があるような気がした。

でも、その言葉を受け取るたびに、
本当の自分が少しずつ遠くなっていく感覚があった。


私はいつから、
“自分を大切にすること”より、
“価値があるように見せること”を優先するようになったんだろう。

離婚して、私は子どもを連れて大阪に出てきた。

知らない土地で、
頼れる人もほとんどいないまま、
生活を一から立て直さなければいけなかった。

当時は、
子どもを育てるお金すら十分になかった。

携帯代の支払いに追われて、
残高を気にしながら買い物をして、
「今月をどう乗り切るか」ばかり考えていた。

もちろん昼職もしていた。

でも、生活は思うように楽にならなかった。

働いても、
働いても、
不安だけは消えなかった。

そんな時に目に入ったのが、
短時間で大きなお金を稼げる風俗の仕事だった。

綺麗ごとじゃなく、
あの頃の私には、
“選べる余裕”なんてなかった。

最初は、正直すごく怖かった。

知らない人に触れられることも、
自分を商品みたいに扱われることも、
全部どこか現実感がなかった。

でも、仕事が終わって受け取ったお金を見た瞬間、
安心してしまった。

「ああ、これで今月を乗り切れる」

その安心感は、
今まで感じたことがないくらい大きかった。

気づけば私は、
少しずつこの仕事に慣れていった。

求められるように振る舞って、
相手が喜ぶ言葉を返して、
“好かれる自分”を作ることも上手くなっていった。

綺麗だと言われるたび、
必要とされるたび、
自分に価値がある気がした。

昼職では感じられなかった承認欲求が、
簡単に満たされていく感覚があった。

でもその反面、
本当の自分がどこにいるのか、
少しずつ分からなくなっていった。

気づけば私は、
傷つかないように、
本音を隠すことばかり上手くなっていた。

生活は少しずつ楽になっていった。

欲しいものを我慢しなくてよくなったし、
支払いに追われて眠れなくなることも減った。

お金があるだけで、
こんなにも心に余裕ができるんだと思った。

でも、不思議だった。

前より生活は安定しているはずなのに、
心だけはずっと落ち着かなかった。

仕事が終わって一人になると、
急に何も感じなくなる日があった。

たくさん褒められた日ほど、
帰り道に虚しくなることもあった。

求められているはずなのに、
本当の自分を見られている感覚はなかった。

私は、
“好かれる自分”を作るのがどんどん上手くなっていった。

相手が求める言葉、
相手が喜ぶ反応、
可愛いと思われる振る舞い。

そうやって、
誰かに必要とされるたびに安心していた。

でも同時に、
「本当の私は、どこにいるんだろう」
と思う瞬間も増えていった。

気づけば私は、
お客さんにだけじゃなく、
自分のことを大切にしてくれる人にまで嘘をつくようになっていた。

嫌われないように。
幻滅されないように。

本当の自分を隠して、
綺麗な部分だけを見せることに必死だった。

何度嘘をついて、
何度傷つけても、
それでもその人は見捨てなかった。

「変わろう」

そう何度も言ってくれた。

でも当時の私は、
その言葉の重さをちゃんと理解できていなかった。

人の気持ちより、
自分を守ることばかり優先していた。

相手がどんな気持ちで向き合ってくれていたのか、
どれだけ苦しんでいたのか、
ちゃんと見ようとしていなかった。

その人の傷ついた姿を見て、
私は初めて気づいた。

自分が、
人の気持ちを考えられなくなっていたことに。

ある日、
昔の写真を見返した。

昼職をしていた頃の写真だった。

今よりずっと自然に笑っていて、
毎日をちゃんと楽しんでいる顔をしていた。

それを見た瞬間、
涙が止まらなかった。

「いつからこんなに変わってしまったんだろう」

そう思った。

あの頃は今みたいにお金はなかった。

それでも、
今よりずっと心は満たされていた気がした。

もちろん、
この仕事をしてきたことを全部後悔しているわけじゃない。

実際、
この仕事に救われた部分もあった。

お金があったから、
生活できた。
子どもを育てることもできた。

あの頃の私には、
必要な選択だったと思う。

でも、
お金だけでは埋まらないものがあった。

どれだけ稼いでも、
どれだけ褒められても、
心が満たされない瞬間があった。

本当に苦しい時に欲しかったのは、
綺麗だと言われることじゃなくて、
ちゃんと一人の人間として向き合ってもらえることだった。

着飾った自分じゃなく、
弱くて、情けなくて、
綺麗じゃない部分まで含めて、
それでも大切にしてくれる存在。

それがどれだけ貴重なことだったのか、
私は失いかけて、やっと気づいた。

お金は、
生活を守ってくれる。

でも、
心まで守ってくれるわけじゃなかった。

昔の私は、
お金があれば何でも手に入ると思っていた。

でも今なら、
お金では買えないものが確かにあると言える。

安心して笑えること。

嘘をつかなくても、
そのままの自分で居られること。

傷ついても、
見捨てずに向き合ってくれる人がいること。

そういうものは、
どれだけお金を積んでも手に入らない。

私はこの仕事を通して、
沢山のものを得た。

その代わりに、
失いかけたものも沢山あった。

だからこそ今は、
何を大切にして生きていきたいのかを、
ちゃんと考えたいと思っている。




お金より大事なものってなんだと思いますか?


昔の私なら、
きっと笑っていたと思う。

でも今の私は、
その答えを、
少しだけ知っている気がしている。

#創作大賞2026 #エッセイ部門

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