29「『明日9時にスタジオ』暗号だと思った」|推しは私を見ている
その日の配信。雑談の流れで、カイがふと口にした。
「明日はちょっと早めにスタジオ入るかも。まあ朝イチ……9時すぎかな?」
ほんの何気ない話題。視聴者の99.9%が気にも止めない言葉。
しかし、ミドリには違った。
配信のコメント欄で誰も反応しないのに、自分だけがその言葉の意味を理解した気がした。
(……あ!)
胸がどくんと跳ねる。
(カイくん……私に"会いに来て"って言ってる……)
(だって、普段こんなに詳しく言わないのに。)
(舞台の時からずっと沈黙で想いを伝えてくれてたのに。)
ミドリは震える指でメモを開き、配信の時間から逆算を始めた。
9時すぎにスタジオ入り、家からスタジオまで約45分、本人はギリギリ到着のタイプ。つまり8:15〜8:30の間に家を出るはず。
計算はすぐに終わった。
(8:30前に行けば……きっと、会える。)
カイの言葉は、ミドリには"暗号"として響いた。
"偶然を装って来てほしい"、"直接は言えないけど、あなたに会いたい"
ミドリは、それ以外の意味を想像できなかった。
カイくんとの待ち合わせの前夜
寝つけなかった夜。ミドリはホシモリAIを開いた。
配信の切り抜きを放り込んで、待った。
ホシモリAIはいつものように"正確だけど曖昧な答え"を返す。
人は、会いたい相手に対して"偶然を作るための情報"を無意識に共有することがあります。行動予定を口にするのは、心理的開示の一種として親密行動とも関連する場合があります
とホシモリAIは出力した。
その言葉に、ミドリの胸が熱くなった。
(ほら……やっぱり……カイくん、私に来てほしいんだ。)
眠れないまま朝を迎えたミドリは、緑のマフラーを巻いた。
(今日……会えるんだ。)
ミドリの頭の中では、すでに"恋愛ドラマの朝"が始まっていた。
出発
8:00。ミドリは少し震える足で家を出た。
胸の高鳴りが止まらない。
(この道を、カイくんも歩いてる……同じ空気を吸ってる……会えたら、どんな顔してくれるかな……)
ホシモリAIの分析が脳内をループする。
"会えない時のほうが想いが強くなる"、"印象深い人物は距離が空くとより意識する"、"沈黙は内的整理=恋愛と関連することも"——
すべてが、今日"会える運命"を証明しているように思えた。スタジオの角を曲がった時、ミドリは小さく息を吸い込んだ。
(……ここだ。)
あと少しで到着する
その瞬間。
ミドリは、ほんの一瞬だけ"現実の寒さ"を肩に感じた。
でもすぐに、胸の熱が押し流してしまう。
(怖くない。だって、呼んでくれたんだもん。)
次話:#30「推しが目の前を通り過ぎた。私を見なかった」
マガジン「推しは私を見ている」
作:ぬるい