
【小説】「敗残記」
這いつくばって生きてきた。だが這いつくばらされるのは、愉快なことじゃない。
◇
そのとき俺は、ある国で見張りをしていた。俺にとっては難しい仕事じゃない。同じような所を行ったり来たり。他の兵と同じように持ち場を巡回していれば、敵もこの辺りには来るまいと考えられていたのだ。
仲間にはいろんな奴がいた。いま従軍しているとはいえ、普段はごく普通の生活を送っている。個性的なのも当たり前だ。色白のやつもいれば、色黒のやつもいた。ゴーグルがお似合いのやつ。握り飯みたいな顔のやつ。大役を果たす、と言いながら相棒と武器を片手に、楽しそうに出番を待っているやつもいた。
なんのかのと言いながら、俺たちはけっこう呑気に構えていた。敵がこれだけの大群を無視することも、蹴散らして行くこともあるまい。誰もがそう高を括っていたのだ。
◇
……青天の霹靂だった。我らが王の居城を目指して、奴が動き出したらしい。奴は手始めに、領土の端にいた兵卒を殺害した。そして勢いをつけ、領地内の施設を次々と破壊した。財宝も生物資源も奪われ、敵はそれらを駆使してさらに力をつけたのである。猪突猛進。わが軍に何度勢いを削がれても、また同じ手法で力をつけて戦場を突っ切ったのだ。
クレイジーだった。奴がそういう戦法をとるなどと、誰が想像しただろう。わが軍の指揮系統は麻痺した。いや、初めから麻痺していたと言うべきだろうか。こちらは相手の士気を、数で挫けると信じていたからだ。それに、ひとりひとりが武装しているのだから鉄壁だ、などと……。その戦場を一目散に突っ切って、そのまま本丸を攻める者がいようとは思いもつかなかった。
バーサーカー、狂った戦士だ。そんな呼び名が我が軍を駆けめぐった。どうする? だが意外にも、恐れをなして逃げた兵士は皆無だった。虚を突かれたとはいえ、応分の務めを果たそうじゃないか。そういう気概だけは、我々の素晴らしい取り柄だったと言える。
この領土は確かに、もともと我らが住んでいた土地ではない。先住民から奪い取ったのだ。だがわれわれは、汚い戦い方はしていない。ただ一つ、いやただ一人、相手国の要人を人質に取ったことを除けば。だがそれ以外、我々の戦い方は実にフェアだったと思う。捕虜は丁重に扱ったし、乱暴もほとんどしていない。お互い様だ、と言えるぐらいのことを除けばだが。
◇
……奴が突破した。しやがった! そんな知らせがもたらされた。何だって? 奴が領土に入ってから数日も経っていない。それなのに、もう本丸までの中間地点を越えたらしい。「殺戮者」! 俺は奴にそうあだ名をつけた。同じことを考えていた兵など、我が国に幾らでもいただろう。そして、それから間もなくのことだった。俺が「殺戮者」を目の当たりにしたのは。
◇
俺は最初、武者震いが止まらなかった。俺は奴に殺されるだろう。だがそれでもいい。兵としての本分を尽くして、任務を全うする。それさえできれば、悔いなどあるものか……。
来た! 望むところだ。だが俺は、奴の姿を見失っていた。俺が見たのは、奴の戦闘手腕だった。奴は金切り声を上げて跳躍したかと思うと、武器をかざして仲間を撃ち殺した。さらに這いつくばる仲間を足蹴にしたかと思うと、頭蓋骨を粉砕した。水中に潜んでいた伏兵が飛びかかるも一瞬にして奴の凶弾に倒れ、再び水中に沈められた。特殊訓練を受けた2人が束になって武器を振りかざしたものの、奴の強行突破に敢え無く撃沈した。
俺はというと、動けなかった。地震だろうか? いや、震えているのは俺の身体だ。しかも武者震いではない……。そして視界、視界が揺れている。奴がいる、また一人蹴散らされ、迫る。その姿は大きくなる。来た、来た。殺される! その雄々しい顔立ち。日本神話のスサノオか? それとも軍神アレスだろうか? ! ! ! ! ! …………俺は失神していた……。
◇
俺が目覚めたのは、この国が奴に乗っ取られてからだった。あのあと本丸に直行した「殺戮者」は我らが王を倒して、人質を取り戻したのだ。
俺はいつものように、地べたに這いつくばっていた。俺の生死を分けたのは、奴の気性だった。奴は俺に突進しながらも、俺には目もくれなかったのだ。立ちはだかる者しか、奴の眼中になかったからだろう。そしてもう一つは……俺が仲間の死体が浮かぶ水際までぶっ飛ばされたこと。水と漂う水草とが、俺を生きながらえさせたというわけだ。さらに、もうひとつ。あの「殺戮者」が、本物のサイコパスだったこと。奴には敵国の領土さえ、どうでもよかったのだ。この蛮行を行ったのはただひとえに、人質への個人的な執着だけが原因だったらしい。本当にクレイジーな奴だ!
◇
俺はもう、戦いは懲り懲りだ。あのときの恐怖だけは、二度と味わいたくない。だが、あの人質が奴に奪い返された以上、この国はいったん元の国に戻るだろう。我らが王は、本当に死んだのだろうか? いや、王もしたたかなお方だ。殺戮者にやられたと見せかけて、虎視眈々と捲土重来を期すに違いない。いずれは「殺戮者」とも、幾度となく相まみえる運命ではないだろうか。
俺はしがない敗残兵として、おとなしく引退することにしよう。古巣の下水道を、ノコノコ徘徊するのだ。王が再び甦り、皆が解放されるその日まで。そう、待つのだ。我らが王、クッパ様の復活を。
(最後までお読みいただき、ありがとうございました。)