
AIで速くなったのに、なぜ会社は変わらないのか~あなたのキャリアを腐らせないために~⑪
おわりに|AIに答えを聞ける時代に、問いを渡せる大人でいたい
AIに聞けば、たいていのことに、それなりに筋の通った答えが返ってくるようになりました。企画書の骨子も、悩みごとの相談も、進路の選び方でさえ、数秒でもっともらしい形にしてくれます。
もし今日、目の前に、まだ答えを持たない誰かがいたら、僕は何を渡すだろう。この連載を書きながら、僕は何度もそのことを考えていました。技術の話をしているようで、実は誰かに何を残せるかという話をしているのではないか、と。
ここで触れたモデルの名前も、ツールも、使い方も、いずれ姿を変えるはずです。読んでいただく頃には、もう次のものに置き換わっているかもしれません。
それでも、速くなった仕事の先で何を減らし、何を残すのか。答えをすぐに受け取れるからこそ、自分の中にどんな問いを持ち続けられるのか。この問いだけは、そう簡単に古くならない気がしています。
正直に言うと、新しい話を追いかけ、仕事のやり方を見直し、変化に向き合い続けることに、僕自身、いつも前向きでいられるわけではありません。
仕事があり、生活があり、家族がいて、体力にも時間にも限りがあります。昨日出た新しい話を、今日のうちに試してみる余力がある日ばかりではありません。
むしろ、そうでない日のほうが多いくらいです。
だから、「もっと学べ」「遅れるな」「変わり続けろ」とは書きたくありませんでした。そういう言葉は、すでに余力のある人にしか届きません。届いたところで、その人の何割かを、ただ疲れさせるだけで終わります。
それでも、自分のためだけでは、次の一歩を踏み出す理由が見つからない日があります。そういう日に僕がなんとかしのいでいるやり方があるとすれば、「自分のために」を、いったん脇に置くことです。
自分のために新しいことを覚える理由は、すぐには見つからなくても、いつか誰かに何を渡したいかを考える理由なら、案外、見つかることがあります。
その「誰か」は、一人に決まっているわけではありません。
子どもがいる人にとっては、自分の子どもかもしれません。子どもがいない人にとっては、後輩かもしれない。部下かもしれない。友人や、よく顔を合わせる誰かかもしれない。まだ会ったことのない、これから出会う誰かということもあるでしょう。数年後の自分自身、ということさえあると思います。
AIを使えば、学校の課題も、仕事の書類も、もっともらしい答えや完成品がすぐに出せる時代になりました。それ自体は、悪いことではありません。
ただ、その答えをそのまま受け取るのではなく、本当は何を知りたいのか、なぜそれを選ぶのか、その答えで自分が本当に行きたい方向へ進めるのかを、一緒に考えられる人が身近にいるかどうかは、これからも意味を持ち続けると思っています。
それは、学校や先生だけの仕事ではありません。家庭だけの仕事でもありません。職場の先輩の役割でもあり、友人同士の役割でもあり、地域の誰かの役割でもある。誰か一人がすべてを引き受けるものでもないはずです。
ここで書きたいのは、「親はAI教育を担うべきだ」という話でも、「学校だけでは足りない」という話でもありません。AIが答えを出せる時代に、答えだけではなく問いを渡せる人でいたいという、僕自身の個人的な願いです。
模範解答を渡すことより、一緒に問いを立てた時間のほうが、あとになって案外、記憶に残ります。それは、子どもに対してでも、後輩に対してでも、あまり変わらない気がしています。
全部を知ることはできません。それでも、渡したい問いを一つ選ぶことはできます。
この連載の技術や考え方は、いずれ古くなります。それでも、誰かに一つ問いを残せたなら、それで十分だと思っています。