
動物園で号泣した28歳の初秋
統合失調症を発症する、約2週間前のこと。
私はとある動物園のホールで行われる、ある写真家さんの講演会に向かった。
よく晴れた、9月の下旬のこと。
講演会が終わってホールを後にして、動物園内をぶらぶら歩いた。
広場みたいなところで立ち止まった時に、ふと思い出して友人Yに電話した。
友人Yは東京に住んでいる。
たまに電話し合う仲だけれど、自分の方から電話をかけることは滅多になかった。
それでもその時は電話したくなったのだ。
その年の前半は、私は自己啓発のスクールに入っていて、時々東京へ講義に参加しに行った。
その時に、友人Yにも会ったのだが、スクールの影響もあり、それまでとは違った姿を、友人Yには見せていた。
きっとそうしたことを踏まえて、彼は電話の中で私にこう言った。
「おれの自慢は、自分の友達がみんなカッコいいってことなんだよ。だから◯◯(私の名前)も、カッコ悪くならないでくれよ」
けっこう強い口調だった。
今の自分に刺さりすぎた。
スクールに入って、何とか自己変革しようともがいていた私は、とにかくカッコ悪かったのだ。
返す言葉もなかった。
電話は3、40分ほど続いたが、今の私が覚えているのは、先ほどのセリフだけだ。他は何の話をしたのか、覚えていない。
電話を切った後、私は動物園の広場の隅で、号泣しはじめた。
友人Yの言葉が、何度もぐるぐると頭の中を駆け巡って締め付けた。
夕方になりかけて、人通りもまばらになっていたのが救いだった。
数十万もスクールに払って参加したのに、結局カッコ悪いだけの自分。
きっと友人Yは、自分のことをもう友達だとは思っていないだろう、ということ。
ひたすらぐるぐると頭の中を駆けて、つらかった。
今から思うと、友人Yは私のことを思って、あえてきつい言葉を口にしてくれたのだと思う。
苦言が私が変わるきっかけになると信じていたのだ。
でもその時の私には、きつすぎた。
内田樹氏は『疲れすぎて眠れぬ夜のために』で、「人間は簡単に壊れる」というようなことを指摘している。
複数の要因はあれど、動物園の中で確かに私は「壊れて」しまったのだ。
その日は、何とか家にひとりで帰れた。
その約2週間後、私は統合失調症を発症して、約2ヶ月半、入院することになる。
入院中に友人Yは、ハガキを送ってくれた。
あれから1年半経った今も、時折電話したり、インスタグラムのDMでやり取りをしている。
ただ、あの時、友人Yが放ったセリフは決して忘れることはできない。
病気の原因の一つが、そのセリフにあると言いたい訳ではない。
でも、今も忘れられない傷なのだ。
言葉の力を嫌というほど、突きつけられた。
統合失調症の寛解への道のりを歩む中で、今生きている人たちは、きっと何かしらの「生きづらさ」を抱えているのではないかと思うようになった。
大きさが違うというよりは、きっと「生きづらさ」の種類が違うのだ。
表面には現れてこない、裏側がきっとみんな、ある。
動物園で電話した私が欲しかったのは、きっとそうした裏側に対する配慮だ。
お互いにタイミングが悪くて、私は言葉のパンチを食らうことになった。
だから、これからの私は、他者の「裏側」を想像して、その上で言葉をかけられるようになりたいのだ。
心底そう思う。
人は簡単に壊れてしまうのだから。