
惰性の推し活
CDを売らなくなった推し
私の推しのいる男性ローカルアイドルグループは昔はメジャーレーベルからCDを出していたが、メンバーの人数が減って売上が微妙になってきた最近はダウンロードカードというものを売り始めた。
ダウンロードカードとは楽曲のダウンロードのために必要なPINコードが書かれたカードのことであり、主にCDを出す財力はないがデジタルではないものを売りたいアーティストに利用されている。
音源ではなく画像や映像などの販売に使うこともでき、データは後から追加することも可能だ。
私の推しのいるアイドルグループの事務所はこのダウンロードカードを各メンバーの撮り下ろし写真が使われたものを含めて10種類用意し、1枚1000円の価格をつけてブラインド商法で売り出した。
買った金額に応じてメンバーとツーショットできる権利が与えられ、さらに当たりのカードだとサイン券がもらえるらしいのはCDを売っていたときとそう変わらない。
そう。彼らをマネジメントしている事務所は衰退を受け入れ、身の丈に合った方法で商売をすることにしたのである。
どうせオリコンで戦うことができない人気しかないのなら、売るのはCDではなくただのプラスチックのカードでも問題はないのだ。
確かにCDを売ることができないのは格好悪いが、無理をした特典商法によって大量にファンに買わせたCDはゴミになってしまうのだから、ダウンロードカードの方がエコでSDGsの時代に適しているとも言える。
私の推しはそういう現実的な世界にいるアイドルなので、私は彼らの全国ツアーライブの日に物販で1000円を出してダウンロードカードを買った。
黒色の袋の中のカードの絵柄はごく普通の集合写真で、サインがもらえる当たりではなかった。
せっかくなので、私はスマホケースの背面にそのカードを入れてみた。
ちゃんと格好つけた彼らの写真に彩られたスマホケースを眺めてみると、推し活をちゃんとやってる真っ当なファンになれたようでなかなか良い気分だった。
私自身も最近はサブスクでばかり音楽を聴いているから、正直CDじゃくてカードの方が場所を取らなくてありがたいと思っている。
聴くための機械が無ければCDはただのカラス避けの円盤で、機械があっても不具合で聞けなくなってしまうこともあるからだ。
CDにしろダウンロードしたデータにしろ、未来永劫が保証されているわけではない。
だから1000円を支払ったアイドルのファンの手に残るのがプラスチックのカードとWAV形式の楽曲のデータであることは合理的で、私は推しのCDを買うことができないことに寂しさを覚えつつも納得するしかないのである。
アイドルの卵はいつ孵る
昔の知り合いに結構なジャニオタで、しかもジュニアの追っかけだった人がいた。
友人ではなく知り合いくらいの関係だったから、今どうしているのかは知らない。
「推し活」みたいな言葉がまだ社会に浸透していない、2000年代末期から2010年代前半の頃のことだ。
高校生だった頃の彼女は、アニメと漫画が好きな、テンションが高くオシャレもするタイプのごく普通の腐女子だった。
だが大学入学後には、なぜかジャニオタになっていた。
彼女はまず、Ya-Ya-yahの薮宏太と八乙女光のファンになったそうである。
Ya-Ya-yahはデビューできないまま不幸にも解体されたが、彼女は薮宏太と八乙女光のファンであることをやめず、彼らが参入した新グループであるHey! Say! JUMPを当初は応援していた。
しかしデビュー組よりもジュニアを見ている方が楽しかったようで、彼女の興味は次第にHey! Say! JUMPからMis Snow Manやスノープリンス合唱団という、アイドルに興味がなかった頃の私にはまったく耳馴染みのないグループへと移っていった。
彼女は会うたびに、いろいろなジャニーズの話を聞かせてくれた。
だから東京と関西だけじゃなくて名古屋にも小さなジュニアの集団がある、みたいなトリビア的な知識を私は彼女から仕入れることができた。
あるとき、千賀健永がわりと気になっていたらしい人が、情報通の彼女に「キスマイはデビューできないのかな?」と訊ねると、彼女はこう言い放った。
「キスマイとA.B.C.は飼い殺し。ポストMusical Academy」
「飼い殺し」という穏便な日常会話ではあまり使われない言葉に、私はギョッとした。
実際にはKis-My-Ft2とA.B.C.(現A.B.C-Z)はその後運良くデビューできたけれども、Musical Academyというグループがデビューできないまま芸だけが磨かれていく立場にあったのは確かなようだ。(Musical Academyを知らなかった私は確かそのとき、デビューできない気の毒なアイドルが行く学校があるのかと訊ねた気がする)
アイドルの話は少女漫画雑誌で斜め読みした「娘 。物語」くらいしか触れたことがなかった私にとって、それは強烈にネガティブな芸能界情報だった。
そういうわけで「キスマイとA.B.C.は飼い殺し」というフレーズは私の記憶に残り続け、頭の中の辞書の「飼い殺し」の用例はそうではなくなった今もキスマイとA.B.C.であり続けている。
またもう一つ忘れられないのが何人かで集まって「ステーキのあさくま」でランチをすることになった際に、彼女が「あさくま。あ、さくま。あ、佐久間〜」とはしゃいでた姿である。
佐久間とは当時はMis Snow Manで、今はSnow Manの佐久間大介のことだ。
なんでもジュニアに結びつけるんだな、ちょっとすごいな、と圧倒された私は、何も突っ込めずにただ黙っていた。
私は彼女からMis Snow Manはジュニア内グループに入れただけマシだけどデビューに近いわけじゃない微妙な立ち位置だと説明されていたので、彼らが日本のトップアイドルグループになっている今現在の状況はだいぶ不思議に見えてしまう。
それはさておき、あさくまの学生ステーキ(現ハンバーグ)は美味しかった。
ある年、私は人づてに彼女が大学を辞めて東京へ行ったと聞いた。
理由は特に応援しているある一人のジュニアの舞台や現場に、一回でも多く足を運ぶためだそうだ。
そのころには彼女はもう、ジュニア内グループに一瞬だけ選ばれたものの、その後は徐々に雑誌やTVでの露出も少なっていったジュニアのファンをやっていた。
もうすぐ四年生なのだから卒業してから行けばよいのではないかと、親も友人も思っていたはずである。
しかし彼女は、ジュニアはいつ見えなくなるかわからない儚い存在だから一年も待ってられないと言ったらしい。
自分が応援しているのはおそらくデビューできないジュニアであるとわかった上で、彼女は一人のファンとして残り少ない青春を使い切る覚悟を決めたのだ。
私は大学での学びが大好きな学生で、大学生はこの世で一番恵まれた存在だと信じていたので、その恵まれた身分を海のものとも山のものともつかないアイドルを目指す少年のために捨てられる人間がいることに戦慄した。
一応、大学を辞めて転向したい分野の専門学校もあったみたいだが、それでも相当な選択だと思う。
彼女の見立てがいつも正しいというわけではなかったけれども、彼女が応援しているジュニアはいつの間にかいなくなる大多数の少年のうちの一人になった。
いつまでアイドルの彼が見えるかどうかわからないと言って東京へ行った、彼女の悲観的な予想通りの結果だった。
それから10年以上たった今はもう、ジャニーズという企業は存在しない。
私は昔と違って少しはアイドルがわかるようになり、非ジャニーズ系統の男性ローカルアイドルのファンをやっているが、推しのために大学を中退するという選択は未だに理解できないでいる。
旧ジャニーズのアイドルのニュースを見かけるとき、私はときどき彼女と、彼女が追ったジュニアのことを思い出す。
デビューしないまま消えていったジュニアの名前を芸能情報欄で見る日があるとしたら、それは悪いニュースである。
そう思っていたけれども、彼女がかつて応援していた元ジュニアはtimelesz projectのオーディション番組に応募者として登場していたらしいと最近知った。
結局選ばれることはなかったみたいだが、その名前をもう一度聞くとは思ってなかったので「えっ⁉︎」と声が出るくらいには驚いた。
彼女がそのとき再び彼を応援していたのか、それとも昔を懐かしむ程度だったのか、そもそもそのことを知らないまま過ごしているのか。
今はもう会わない昔の知り合いので、わからない。
推しと干しスケトウダラのスープと
2022年の11月13日。
私は雨天の夕暮れに名古屋のエディオン栄広場にいた。
韓国フェスティバルの無料ライブに出演する、推しのいるアイドルグループを見るためである。
推しのいるアイドルグループは最近流行りのK-POP風アイドルではないが、多分もっと若かったら途中で脱退・渡韓してK-POPアイドルのオーディションを受けてたんだろうなって感じのメンバーもいるし、ある年のナゴヤドームでのライブのセットは経費削減のために前日のBTSの来日公演のものをそのまま借りてもいた(大ブレイク前。何なら対バンもしてた)。
そんなこともあるのかないのか、韓国料理の屋台や観光協会のキャンペーンブースが立ち並ぶ隣のステージには彼らが呼んでもらえていた。
私も朝鮮半島の文化と歴史、そしてグルメには関心があるので、ついでに推しが見えるならと思って足を運んだ。
ここ最近は毎年行われているそのイベントは、海苔巻やヤンニョムチキンも食べれるし、K-POPアイドルとは違う方向に歌唱力がある韓国ドラマの挿入歌を歌ってる系の韓国の歌手の方の歌声も聴けるし、推しを抜きにしても楽しめる。
ただ2022年は、天気が悪くて寒かった。
地球温暖化と言っても11月下旬の夕方は冷え込むし、雨は冷たい。
とはいえイベントが中止になるレベルではない小雨と格闘しながら、私は野外ステージの客席にいた。
ビルの狭間にある広場から見える空はもう暗く、厚い雲が街の明かりにぼんやりと照らされていた。
イベントも徐々に終わりに近づき、周囲に残っているのは私の推しのいるグループのファンの女性ばかりである。
名古屋でならある程度の集客力がある彼らは、ありがたいことに最後の出番をもらっていた。
そして雨が強まる中、私の推したちはいつものイントロとファンの声援に迎えられて登場した。
彼らのパフォーマンスは全員ハイレベルというわけではないけれども、元気と勢いのある歌唱とダンスで私たちの気分を上げてくれる。
わざとらしいけれども基本はネイティブの名古屋弁のトークも熟れていて、馬鹿馬鹿しさもありつつファンにとっては安心感がある。
ファン側からすると雨のステージは転倒や怪我が心配だが、その日の彼らは特にそういうこともなく、逆に観客が風邪をひかないようにと心配してくれた。
2022年はコロナもまだ残っている時期なので、わりと本気の現実的な心配だったと思う。
それでも私は推しに体調を気遣ってもらええるのがくすぐったくて嬉しくて、天気が悪くても来て良かったと、上着を雨に濡らしながら微笑んでいた。
ただ推しの存在以上にその日の思い出として記憶に残っているのが、プゴクと呼ばれる韓国の干しスケトウダラのスープである。
そのスープはイベント後、会場の端のフードコーナーで配られていた。
屋台で働いている女性は通行人に「無料だよ。箸もいらなくて温まるよ」と声をかけて、次々に使い捨ての容器に注がれたスープを渡している。
雨の日のイベントで大量に売れ残りが出てしまったから、なんでも良いから食べてもらって処分したいのだろうという雰囲気だ。
そういうわけで私は気負うことなく、その目的がありつつも善意で配らているスープを女性から受け取る。
手に触れた器の温もりがまず、安心感があった。
またスープの中に雨が入ってしまうのが、機動戦士ガンダム第08MS小隊のOP映像みたいで少しエモい。
夜の照明の下で湯気を上げている白濁したスープの名前がプゴクであると知ったのは、後にネットで検索してからのことだ。
だから浮かんでいる茶色の薄い具が干しスケトウダラだとは、そのときにはわからなかった。
私は左に傘を持ち、右手に容器を持ってスープに口をつける。
雨の中で出汁の匂いが、ほんのりと感じられた。
そして訪れたスープの温もりとあっさりとした味わいに、雨の中で凍えた私の身体は感動した。
ゆっくりと胃に流れていくスープは、これがきっとオモニの味ってものなんだろうなという具合の優しさに満ちていた。
やわらかく崩れる具のほのかな塩味も心地良く、気付いたときには容器はもう空だった。
こうして私は推しの心配と雨空の下でもらえたスープのおかげで、風邪を引くことなく次の日も元気に過ごした。
多分これが人生で一番美味しかったプゴクスープで、この味を破るプゴクにはもう出会えない気がしている。
普通に格好良い推しが未知
先日、ずっと応援している男性アイドルグループの15周年ライブに行ってきました。
いわゆるローカルアイドルである彼らは勢い重視の歌と笑いを売りにしていて、最近流行りのK-POPアイドルみたいなグループの洗練された芸風とは遠いところにいます。
だから私も彼らのライブを見るときは、今日も元気にイケメンがふざけてくれているな、という気持ちでオペラグラスを上げ下げするわけです。
当然、その日のライブも研究生を交えたコントが添えられていて、ファンは爆笑したり、苦笑したり、失笑したり、満員御礼というわけでもない会場は様々な笑いに満ちていました。
いつもの彼らのライブの風景です。
だけどコントを終えた後半のメドレーの彼らは、それまでとは違いました。
薄暗くなった会場で、彼らの持ち歌の中でも指折りにおふざけ要素の少ない、それゆえにあまりセトリに入ることのないクール系の曲のイントロがかかった瞬間、ファンたちはざわつきました。
今、ここで、このメンバーで、この曲を歌ってくれるのかと。
私ももちろん、うろたえました。
つい先程まではしょうもないコントの時間だったから、急展開に頭がついていかなかったのです。
寒色系のスポットライトが舞台を照らすと、イントロはもう終わりです。
歌唱が始まると、そこにはおちゃらけず真面目な顔をして永遠の恋の歌を歌う、私の推したちの姿がそこにありました。
良い感じに湿度のある歌詞に陰のある眼差し、切ない歌声に大人っぽいダンス。
そんな普通のアイドルみたいに格好良い彼らを見たのは初めてな気がして、私の心臓は高鳴ります。
よく見ると普段と違う真剣な表情で歌って踊ることに照れがあるようで、メンバーがもう全員30歳を過ぎているのに背伸びした雰囲気のあるパフォーマンスなんですけど、それでもやっぱりイケメンが挙動もイケメンらしくしようとしている姿は眩しくて、私は目に映るすべてを忘れないように頑張って見続けました。
1曲目に続くメドレーの他の歌も、所属していたレコード会社が違った時代のキラキラアイドル色の強い曲だったりして、私の前の席の女の子なんか飛び跳ねる勢いで喜んでました。
そう。お世辞でも冗談でもなく、本来は格好良いんですよ、私の推しは。
その後の終盤のトークで、私の今の最推しであるメンバーは確かこんなようなことを言いました。
「俺たちは格好良くあることから逃げてきた。でも逃げずにやってみてファンの目を見たら、ちゃんと沸いてた。今でもまだ、そういうのを求めてくれていた」
斜に構えた佇まいだけど心は熱い彼がときどき聞かせてくれる本音は、飾り気がなくて真っ直ぐです。
いや、だからなんで、アイドルなのに格好良くあることから逃げちゃったんですか、と私は心の中で問いかけました。
でも彼らがそういう不器用な男の子たちだから、私はまだ飽きずにファンをやってるんだろうなあとも思います。
終演後には特典会がありましたが、私は金欠でグッズをあまり買えなかったのでそのまま帰りました。
まだまだたくさんの未知を残してくれている、15周年なのに伸びしろがありすぎる彼らが私の推しで良かったと、すっかり冬らしくなった寒い夜でも心は暖かったです。
Alle Fragen sind gestellt
2026年1月1日。
私の推しというか元推しが結婚を発表した。
相手は超有名というわけでもないローカル男性アイドルの彼よりもずっと人気があった、国民的女性アイドルグループの人気メンバーだった女性だ。
芸能人としての知名度は圧倒的に相手女性の方が上なので、スポーツ新聞に載る写真も当然のように彼の方が小さなサイズで、世間のニュースとしては「あの元アイドルの女性の結婚」であって彼はただの付随情報である。
突然の結婚はショックといえばショックだけど、もう彼は最推しではないので、どちらかというとそう来たかという気持ちの方が強い。
はっきり言って今の私の推しと彼が所属しているアイドルグループはピークを過ぎていて、メンバー個人の活動に光るものがあってもグループ全体としては低調な印象は否めない。
だから結婚報道で離れるファンが多少いたとしても、格上の元アイドル女性との結婚で話題になるならそれは歓迎すべき出来事なのだ。
実際、この結婚発表ポストのRP数・いいね数は、普段の彼の投稿ではあまり見ないような大きな数字である。
彼はずっとSASUKEに出たがっていたが、オーディションに合格したことはない。
きっと応援席に彼女が来てくれるのであれば、前よりは出演できる可能性が上がったはずだ。
多分、1st STAGEで敗退だと思うが。
いつも怪我が多くて、この大切な発表をしている今日も踵を骨折中であるような男なのは心配であっても、彼の選択は彼だけでなくグループにとってもプラスになると信じている。
そういう想いで、私は彼の結婚発表を祝福したい。
推しのために押すいいねの微温
アイドルを推しとしているファンは、そのアイドルの楽曲の再生数を上げるために、サブスクや動画サイトでたくさん再生しなければならないという規律がある。
漫画や動画、Web小説を応援する人々と同じように、ファンは数字で貢献することを求められている。
だが私は正直、推しのいる男性ローカルアイドルグループの曲がそれほど好きではないので、普段の生活であまり聴くことはない。
私は通ぶって洋楽を聞くタイプのリスナーだから、剽軽なジャパニーズアイドルソングを歌ってきた推したちとは、音楽性が不一致なのだ。
また私は作業中に音楽を聴くことが多いので、推したちの曲だと集中できないということもある。
多分「音楽を聴く」と「推しの音楽を聴く」は、私にとって別の行為なのだと思う。
トーク動画は推し云々を抜きにして、あまり見て楽しむ習慣がない。
特に今はもうそのアイドルグループを卒業している推しのトーク動画は、びっくりするほどつまらなく感じてしまった。
彼は誰が見てもスペシャルなイケメンでハンサムなのだが(ただし自撮りのスキルは低い)、中身は車と頭文字Dと遊戯王とエヴァが好きなごく普通過ぎる男性で、女子を楽しませるトーク術はほとんど持ち合わせていない。
だから真面目な彼のファンは、大黒摩季の歌の歌詞のように車に詳しくなって、彼の話を楽しむ努力をしなければならないのだ。
私はそこまでの気持ちにはなれないので当然、ガチ恋のようなことにはならない。
彼に恋をするということはつまり、あのトークを一人で引き受ける自信があるということであり、それは私にとってはかなり高度な営みである。
だけど今はもうアイドルではない推しは、自分がつまらない人間であるということを自覚しているらしく、「自分がつまらない人間だからこそ、そうではない人間になりきることができる俳優という職業が好き。だからアイドルとの兼業ではない、一人の俳優になりたいと思った」と卒業後のインタビューで語っていた。
私が彼を推そうと思ったのは、深夜の特撮ドラマに出演している彼の姿が素晴らしく良かったからなので、もうそんなことを言われたらその言葉に込められた決意を全力で応援するしかなかった。
そして私自身もまた、自分はつまらない人生を送っている人間だと思っていて、小説を書くことでそのつまらなさから抜け出そうとして生きているから、俳優であることを選んだ彼に共感もした。
私は熱心なファンではないし、彼の活動が見に行くのが難しい場所にある小劇場中心になった今はもうSNS上でしか追えてないけれども、彼に夢を叶えてほしい気持ちは本当である。
だから推しのSNS投稿にいいねを押す私の心は微温だが、決して熱がないわけではないのだ。