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デジタルサイネージの快楽

    デジタルサイネージ(電子看板)は以前から私の関心を引き続ける存在であった。都心の電車に掲げられるリアルタイムの広告は、田舎者の私がたまに眺める分には見ていて飽きないのである。

    都心の駅に無機質に並ぶサイネージが同期して映し出す広告もまた、押し付けがましくない歓待を受けているような地味な心地よさがある。

    テレビやインターネットの広告はどぎつくて下品なものが多くて、芸術的に洗練されたコンテンツ以外はチャンネルを変えたくなったり隅のバッテンを押したくなるが、街なかのデジタルサイネージは、センスが良くなくても風景に溶け込んでいるケースが多くて押し付けがましさがないのである。お上りさんの私は、山手線の広告に映る占いやプチクイズはついつい面白がって見てしまうのである。

    最初はインターフェースの問題かと思っていた。つまり、受け取り側と端末との距離が適切であるとか、受け取り側が気軽に端末から逃げることができるなどの空間配置になっているからかもしれないと思っていた。

    しかし、この快適さのイメージはかつて偉大な作家がそのビジョンを描いて、その恐ろしさに慄いたのである。次回、その点について触れてみたい。


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