そばにいてくれて、ありがとう。
「お母さんて、変わってるよね」
夕飯を作っていると、急に長男が言った。
え?
そう?
わたし、変わってる?
ちょっと焦る。
なにか変なことしたのかと思ったけれど、そうじゃない。
わたしを見てしみじみそう思っていますよ、ぼくは。
そんな顔だった。
わたし変わってるねん!
と、思いつくことは特にない。
大真面目にわたしは生きている。
ただ、息子が言うなら、そうかもねぇとも思う。
そもそも、よく考えてみたら、
みんな一人ひとり違っている。
変わってない人なんか、いない。
みんなもれなく変わってるのだ。
だけど、集団生活をするうちに、
はみ出さないように気を付けて、
角ばったところを丸くしたり、
覆い隠したりして、
周りになじませているのだろう、きっと。
隠さず、ふっと出せたらいいのに。
わたしには、それが難しかったけれど。
そのままの「わたし」を出すには勇気が必要だった。
みんなと違うって、怖さがあった。
たぶん、その感覚は子どものころにあるように思う。
わたしは小さいころ、
「もう少しみんなに合わせようね」
と言われることが何度もあった。
合わせることは、
きっと、みんなとうまくやっていくために必要なことだったんだろう。
だから、合わせなきゃいけない、
飛び出しちゃいけない、
注意しなきゃと、いつも、どこかで感じてきた。
でも、わたしは、うまく合わせられなかった。
夢中になると後ろも見ずに走り出してしまう。
思ったことはすぐに口を突いて出る。
気づけば、一人だけ別の場所にいる。
合わせようとしているのに、合わせられなかった。
だから、「変わってる」と言われることが、どこか怖い。
自分を少し引っ込めることで、無意識にその場になじもうとしていたのかもしれない。
でも、心のどこかでは、ずっと引っかかっていた。
どうして、合わせなきゃいけないんだろう。
「どうして」の答えは、今も持っていない。
でも、一つだけ分かったことがある。
自分を出せるようになったのは、
重たくてずっと閉じられた扉を、
自分一人でこじ開いていったわけじゃない。
「わたしはわたしの道を進むんだぁ!!」
とか意気込んで、進んだわけでも。
わたしが少しずつ自分を開いていけたのは、
周りに居てくれる人がいたからだった。
「素のわたし」になったときも、
自分でも変だなって思うところも、
笑ってくれた。
いじってくれた。
そのまま、変わらず、側にいてくれたから。
あぁ、わたしはそれでも大丈夫なんだって、
空気や、声色や、言葉で教えてくれた。
わたしががんばったからじゃない。
だいじょうぶよって言ってくれたから。
近くにいてくれたからだね。
今のわたしが、「変わっててもいいや」って思えるのは、みんなのおかげだなぁ。
ありがとう。
昨日、気づけばフォロワーが3,000人になっていました。
3,000人という数字を見て、
「そのままでいいよ」
そうやって受け止めてもらえてきたんだなぁと、じんわりしています。
読んでくださる方がいるから、今もこうして書き続けられています。
心から、
ありがとうございます。

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