
🌿 わが家の次女のこと
🧩 支援ツールを作る理由の、いちばん根っこにある話
このnoteでは、
わが家で実際に使っている支援ツールやチェックリストを紹介しています。
今日は少し息抜きがてら、
そのツールの中心にいる「次女」 について、
少しだけ書いてみようと思います。
👧 三姉妹の、真ん中
次女は、三姉妹の真ん中です。
妊娠中も出産時も、特に異常はありませんでした。
夜泣きで手を焼いた長女とは違い、
次女は夜もよく眠り、あやすとよく笑う子。
長女と一緒に寝てくれることも多く、
当時は「育てやすい赤ちゃん」という印象でした。
🍼 1歳を過ぎて、少しずつ見えてきた違和感
1歳から保育園に通い始めましたが、
そこで保育士さんから 発達の遅れ を指摘されます。
さらに1歳半健診では、
歩かない(つかまり立ちのみ)
意味のある言葉を話さない
指差しをしない
自分で食べようとしない
思い通りにならないと頭を打ちつける
といった様子から、
自治体の療育を紹介されました。
2歳から療育を受けることになります。
🏥 3歳でのてんかん発作、そして通院生活
3歳の頃、てんかん発作を起こしました。
大きな病院での通院が始まり、
現在は常時服薬することで発作は落ち着いています。
🔍 この頃のこと、発作が起きた時の気持ちや、
薬との付き合いについては、いずれ別の記事で詳しく書こうと思っています。
😕 周りとの差が開いていった幼児期
3歳〜5歳になるにつれ、
どうしても 周りの子との差 が目に見えて広がっていきました。
「仕事を辞めて、もっと療育に力を入れた方がいいのかな」
そんなふうに悩むことも増えていきます。
ちょうど三女の出産を機に、
職場が遠方へ移転したこともあり、
仕事を辞めて義父母の仕事を手伝うことになりました。
📝 この時期の葛藤や、
私自身がどんな言葉に救われ、どう動く決断をしたのかは、
“私の話”として別の記事で書く予定です。
🎒 学校生活と、母の葛藤
小学校は支援学級へ。
そこでもやはり、周りとの差に悩んだのは…
正直に言うと、私(母)のほう でした。
本人は、あまり気にしていない様子。
それでも親としては、
どうしても比べてしまうことがありました。
その後、
中学校・高校は 特別支援学校 へ進みました。
🌈 「ここは居場所なんだ」と思えた場所
特別支援学校に通うようになって、
次女は本当に楽しそうです。
友達もでき、
好きな男の子もできて、
先生や友達との会話を楽しむ姿も増えました。
ある先生から、こんな言葉をかけてもらったことがあります。
次女ちゃんが伝えたいことを汲み取るのが、私たちの仕事です。
ここは次女ちゃんの学校であり、居場所なのだから、
指導者が次女ちゃんに合わせないといけないんです。
お母さん、申し訳なく思うことはありませんよ。
この言葉に、
何度も救われました。
🚃 電車が大好きな次女と、通学の選択
特別支援学校へはスクールバスで通う選択肢もありました。
でもわが家は、あえて 次女の大好きな電車での通学 を選びました。
もちろん、
そこには想定外の出来事もいろいろ起きていて……。
🚨 電車通学を選んだからこそ起きた“ある事件”については、
これもまた、別の記事で書こうと思います。
🌿 そして今
次女は今、
自分のペースで、安心できる場所で、
日々を過ごしています。
このnoteで紹介しているツールは、
そんな次女が 安心して生活できるように
試行錯誤しながら作ってきたものです。
🌱 最後に
「できないこと」よりも、
「どうしたら安心してできるか」。
その視点を持てるようになったのは、
次女のおかげだと思っています。
これからも、
わが家の工夫や気づきを、
少しずつ書いていけたらと思います。