
何にもなれなかった
何者にもなれない
自分がどんなに頑張っても中の上くらいにしかなれないと気がついたのは5年くらい前、高校生の時のことだったと思う。
死ぬ気でテスト勉強しても私の上にはまだ人がいて、私って「1番」になれない人間なんだなって絶望した。
いくら努力をしたところで元から才能に恵まれた人には勝てなくて、
「誰にも負けない何か」がないと自分の存在を認められないのに、
その「何か」を手に入れられることは今後ないんだろうなって思った瞬間、
死にたくなった。
死にたい病と愛されたい病
死ぬための勇気か、抱えきれないほどの愛をください。
これが今の私の一番の願い。
私の心にはドーナツみたいにぽっかり穴が空いてて、その穴は年を経るごとに大きくなっていく。
愛されたい、誰かの1番になりたい、抱きしめて欲しい。
こんなこと人に言えないから自分で抱え込むしかなくて、そうこうしているうちに「自分は愛される価値がない人間だ」って思うようになった。
そんな人間生きてちゃダメだと思って、じゃあ死ななきゃってなって、何度も死んでみようとしたけど無理だった。
だから今は死に損ないの人生を生きてるだけってわけ。
苦しさでしか自己を認識できない
ほぼ毎日のように死にたい、こんな自分早く死ぬべきだって思って生きているけど、たまに調子の良い日が訪れる。でも全然嬉しくない。
で、再び「死にたい」と願う日々が訪れたときに私はなんだか安心する。
これが自分だって思えるから。
手首を切って、床に落ちてく血を見て思う。
私はちゃんと苦しんでるなって。
もうこの厄介な不幸中毒は治療不可ですね。
でもこの痛みが消えたら、私は私じゃなくなるんですよ
社会も私も腐ってる
この社会って、何にもなれない人間に対してあまりに不寛容だ。
「何かができない」と評価してもらえないし、いつだって「普通でいること」ことを求められる。
私は私でしかいられないのに、「あの子」を妬んでは自分に絶望して。
そんなことの繰り返しです、この人生。
この社会で生きるの、向いてないなって思いながら生きてるけど。
普通になれない私も悪いけど、腐り切ってるこの社会も少しは悪いよね
いつ死ぬのか問題
これまで何度か死ぬのに失敗したけど、
私は懲りずに死への希望を捨てられない。
「未来の自分が死んでくれるから」いま私は生きられている。
今日は死ねなかったけど明日の自分が死んでくれるかもしれないから、
と思ってなんとか1日をやり過ごすのだ。
18歳で死のうと思ってたけど、もう21になって、
22歳までには死のうと思ってるけど、また私は私を裏切って、生き延びるんだろうか。