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君を幸せにしたくて、夜中から。

    ー粉まみれの魔法ー

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    夜23時、タルト生地を練る。

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    久人が寝てるのを確かめて、沙羅はそろりとベッドを抜け出した。

    明日は、久人のおたんじょうび。

    どっか行く?って言われたけど。
    いつも自分の為に何かしてくれてる久人に
    こんな日ぐらいは何かしたかった。

    「お友達と、遊んできて?
    その代わり。夜は空けといて?」

    抱きつきながら言われたら、久人は断れない。

    小さく溜息をついて、わかった。
    と沙羅の頭を撫でる。

    沙羅は知ってる。
    久人、ああ見えて面倒見が良いから
    その日は、祝いたい人が沢山いる事。

    「……よし。」

    寝巻きのまま、エプロンを締めて沙羅は気合を入れた。
    夜の23時。
    久人を起こさないように、タルト生地を練る。
    卵。小麦粉。バター、砂糖。
    途中で分けて、半分には粉チーズと刻んだハーブを練り込む。

    ダイエット?しらん。
    好きな人を幸せにする事が、明日の使命。

    タルト生地をまとめあげ、ふう。と一息。

    タッパーに入れて、冷蔵庫の奥に隠すように入れる。

    「……ふぁ………」

    沙羅、小さく欠伸。

    またソロソロと、久人の隣に戻る。

    不意に久人の腕が伸びてきて、沙羅を引き寄せる。

    「起こしちゃった…….?」

    囁くような沙羅の声。

    「……んー……」

    すぅ、すぅ。

    静かに寝息を立てる綺麗な顔。
    でも、その腕の力がちょっとだけ強くなった。

    くす、と笑って
    その額に、触れるだけのキスを落とす。

    「誕生日、おめでと。久人。」

    ちょっと笑って、とろりと目を閉じた。

    🥧 基本のタルト生地(甘・塩 共通ベース)

    材料(小さめタルト型 4〜5個分)

    * 薄力粉 120g
    * 無塩バター 60g
    * 卵黄 1個
    * 砂糖 15g
    * 塩 ひとつまみ

    ⸝

    作り方

    1. 冷えたバターを小さめに切り、薄力粉と合わせる。
    2. 指先で擦り合わせるようにして、サラサラのそぼろ状にする。
    3. 卵黄、砂糖、塩を加え、ひとまとめにする。
    4. ラップで包み、冷蔵庫で30分ほど休ませる。

    ⸝

    🧀 塩タルト版(前菜用)

    上の生地の半量に、

    * 粉チーズ 大さじ2
    * 刻んだディルやタイム 少し

    を練り込む。

    ⸝

    焼き方

    1. 型に敷き込む。
    2. フォークで穴を開ける。
    3. 180℃で15〜20分。

    こんがり、チーズの香りがするくらいまで。

    ⸝

    🍫 甘いタルト版(デザート用)

    そのまま使用。

    焼き上がりをしっかり冷ましてから、
    チョコムースを流し込む。

    🐟Recipe 01

    翌朝。午前9時。
    ようやく起きてきた癖に、まだ寝ぼけ眼の沙羅をみて、久人はちょっと笑う。

    沙羅からのお祝いの言葉はまだない。

    でも、冷蔵庫の奥に隠すように置いてあった
    何かと、シンクの残骸を見てちょっと笑った。

    『夜だけは空けといて』

    昨日の沙羅の言葉。

    でも、久人は何も言わなかった。
    沙羅の頭を少し引き寄せて、髪の生え際にキスを落とす。

    「じゃ、いってくる。21時には帰るよ」

    「いってらっしゃあい」

    ふにゃ、と沙羅が笑う。
    解けるように、久人が笑った。
    ぎゅう、と沙羅を一度抱きしめて、じゃあ。
    と家を出ていく。

    ふにゃふにゃの顔のまま、沙羅はしばらくドアの前にいた。

    ゆるゆる、手が落ちる。

    「…さて。やりますかぁ」

    目を上げた沙羅の目はすっかり静か。
    ぱっちりとあいた目。
    口元には、うっすらと笑み。

    スマホでお気に入りの音楽をかけながら、沙羅は作業を開始する。

    昨日作っておいた塩気のあるタルト生地を伸ばして、
    小さな型に詰めていく。

    温めたオーブンに放り込む。

    スモークサーモンと、マスカルポーネ。
    レモンに、ディル。
    まとめてミキサーにかける。
    黒胡椒を振って少し混ぜ、絞り袋に詰める。

    白ワインに合う、少し摘めるものを作りたかった。
    お互い、なんだかんだ忙しい。
    普段、のんびり話す事が最近出来てない。
    最近、久人が忙しそうであまり休めていないのも気にかかる。

    だからこそ、お気に入りの白ワインを傾けながら久人の最近の話を、ゆっくりと聞きたかった。

    🐟サーモンムースの塩タルト

    材料(小さめタルト4〜5個分)

    タルト生地

    * 基本の塩タルト生地(前章参照)

    ⸝

    サーモンムース

    * スモークサーモン 80〜100g
    * マスカルポーネ 100g
    * 生クリーム 大さじ2〜3
    * レモン汁 小さじ1
    * ディル 2〜3枝
    * 黒胡椒 少し

    ⸝

    飾り

    * イクラ 適量
    * ディル 少し
    * 黒胡椒 少し

    ⸝

    作り方

    ① タルトを焼く

    塩タルト生地を型に敷き込み、
    フォークで穴を開ける。

    180℃に温めたオーブンで15〜20分。

    こんがり、チーズの匂いがしてきたらOK。

    焼き上がったら、しっかり冷ます。

    ⸝

    ② ムースを作る

    ミキサー、またはフードプロセッサーに

    * スモークサーモン
    * マスカルポーネ
    * 生クリーム
    * ハモン湁
    * ディル
    * 黒胡椒

    を全部入れる。

    なめらかになるまで混ぜる。

    味を見て、
    「ワイン飲みたい」
    って思ったら成功。
    ⸝

    ③ 詰める

    ムースを絞り袋に入れ、
    冷ましたタルトにたっぷり絞る。

    上から、

    * イクラ
    * ディル
    * 黒胡椒

    を散らす。

    ⸝

    🥂 沙羅メモ

    白ワインに合うやつを作りたかった。

    ちょっと塩気があって、
    でも幸せな味のやつ。

    イクラ、乗せすぎると贅沢で嬉しくなる。おすすめ。

    幸せで、止まれなくなる


    プチトマトをゴロゴロと取り出し、上から1/3を切って、小さなスプーンで中身を掻き出す。
    とろりとした中身が、ちょっとずつボウルに溜まっていく。

    「あ。焼く前にじゃがいも、蒸しとけばよかったぁ」

    むう。
    ちょっと口を尖らせた。

    じゃあ、こっち。

    小鍋を取り出し、水を張る。

    コンロに置いて、火をかける。
    お湯が沸くまで、じゃがいもを洗い、タマネギを細かくみじんぎりにする。

    お湯が沸いたら、じゃがいもを放り込み、蓋をする。

    コトコトと蓋が揺れるリズムに合わせて、沙羅は鼻歌を歌う。

    お気に入りの曲。

    甘い恋を歌うその曲が、沙羅は好きだった。

    久人、今頃何してるのかな。
    くすりと少し笑う。

    段ボールに山盛りの玉ねぎの中から、また二つ新しい玉ねぎを取り出す。
    ついでに、にんじん。ブロッコリー。

    ブロッコリーを房に分け、ボウルが無いから深めの皿にいれた。

    少しずつ、カウンターの上が材料で埋まっていく。

    楽しい。
    今日も、錬金術してるぅ。

    完全にご機嫌で、沙羅はついに歌い出した。

    好きな人に作るご飯って、なんて幸せなんだろう。
    食べた時、どんな顔するんだろう。
    喜んで、くれるといいな。

    そう思うと、自然と頬が緩む。

    チン、とオーブンレンジが音を立てた。
    踊るように振り向き、沙羅はオーブンの蓋をちょっと開ける。

    香ばしいチーズの匂い。
    黄金色の、タルト生地。

    へへ

    小さく笑って、網の上に上げる。

    作業台がパンパンだから、ダイニングテーブルに場所を移して、甘いタルト生地を伸ばす。

    途中で気づいて、じゃがいもの茹で上がりを串で確かめ、火を落とす。

    また戻ってきて、小さめの長方形の型に、ぎゅ、ぎゅ。と伸ばしたタルト生地を詰めた。

    温まったままのオーブンレンジに、また生地を放り込む。

    はぁ。ちょっとくたびれた。

    買っておいた、瓶のワイン。
    お気に入りのやつの中でも、ちょっとだけお高いやつ。

    泡のロゼと白ワインだけ冷蔵庫に入れる。

    もう、時刻は午前11時。
    少し胸がそわつく。
    間に合うかな。
    大丈夫でしょ。
    久人、21時って言ってたし。

    ワインには手をつけず、缶のビールに手を伸ばす。
    ライム味のやつ。

    ぐび、と喉を震わせると、また少し回復した。

    粉まみれのダイニングテーブルを一瞥して、またシンクに戻る。
    水に晒していた玉ねぎのみじんぎりを、水からあげる。

    少し冷めたじゃがいもの皮を、あちち!と言いながら剥いていく。

    やけに真剣。
    ぺりぺり剥けていく感触が楽しい。

    つるん、としたじゃがいもをみて、また鼻歌が飛び出す。

    じゃがいもをフォークでつぶし、水の切れた玉ねぎを合わせる。

    オリーブとマスタードを冷蔵庫から取り出し、シンク下を漁る。
    「あったぁー。」
    潜り込んでいたシンク下から頭を出した時、ちょっと頭をぶつけた。
    いて。

    ぷく!とちょっと膨れたまま、沙羅はまた作業を始める。

    オリーブをみじんぎりにして、ボウルに入れる。
    コンビーフの缶、クルクルと開ける。
    はぁ。
    ちょっと溜息。
    くたびれてきた。

    でも。
    美味しいのつくるって、決めたもん。

    また少し、缶を煽る。

    マスタード、コンビーフ、ちょっとだけレモンと、マヨネーズ。
    混ぜて、こねて、ぱくり。

    んー。もうちょい塩気。あと胡椒。
    また混ぜて、ぱくり。

    んー!

    へへ!と笑ってまた缶を傾ける。

    缶の中身が半分になった。

    🍅 Recipe 02

    重たいものばかりだと、意外とお酒って進まない。
    ほんの少しの酸味。オリーブ、レモン、マスタード。
    コッテリとした料理の合間に、こういう塩気混じりの酸味が挟まると、一度口がリセットされる。

    「…で、またお酒が欲しくなるんだよねぇ」

    沙羅は、食べることが大好きだった。
    可愛い顔して、意外とお酒も飲める。

    用意していた、お気に入りのワインのシリーズの
    少しだけ良いやつ。
    シュワシュワのロゼの泡。花の香りと、蜂蜜の風味がする、キレのいい白。濃厚でベリーと樽の香りが香る赤。

    へへ。

    一緒に開けれたら、幸せ。
    自分のお気に入りのものを、
    美味しいね。どこで見つけたの?
    なんて。たわいもない話をしながら飲めるなら。
    それって、すごく嬉しい。

    🍅 コンビーフポテトサラダ

    トマトの器に詰めると、ちょっとご機嫌。

    ⸝

    材料(2〜3人分)

    * じゃがいも 2個
    * 玉ねぎ 1/4個
    * コンビーフ 1/2缶〜1缶
    * オリーブ 5〜6粒
    * マヨネーズ 大さじ2〜3
    * 粒マスタード 小さじ1〜2
    * レモン汁 少し
    * 黒胡椒 たっぷり
    * 塩 少し

    ⸝

    飾り用(あれば)

    * プチトマト 6〜8個
    * パセリ
    * 黒胡椒

    ⸝

    作り方

    ① じゃがいもを茹でる

    じゃがいもは皮ごと茹でる。

    串がすっと通るくらいになったら取り出し、
    熱いうちに皮を剥く。

    あちち!ってなりながら剥くくらいが美味しい。
    ⸝

    ② 玉ねぎを水にさらす

    玉ねぎは細かくみじん切り。

    5〜10分ほど水にさらして、
    しっかり水気を切る。

    ⸝

    ③ 混ぜる

    ボウルに

    * 潰したじゃがいも
    * 玉ねぎ
    * コンビーフ
    * 刻んだオリーブ
    * マヨネーズ
    * 粒マスタード
    * ハモン湁
    * 黒胡椒

    を全部入れて混ぜる。

    味を見て、
    塩を少しだけ調整。

    ⸝

    ④ トマトに詰める(おすすめ)

    プチトマトの上1/3を切り、
    小さなスプーンで中身をくり抜く。
    底を穴があかないようにほんの少しカットする。

    そこへポテサラを詰める。

    黒胡椒を少し振ると、
    急に“酒飲みの味”になる。

    ⸝

    🍷 沙羅メモ

    オリーブ入れると、
    急に「ワイン飲みたい味」になる。

    コンビーフって、
    なんかちょっとズルい。

    入れるだけで幸せになる。

    ⸝

    くたびれちゃった。


    オーブンレンジをちらり。
    まだもうちょいかかる。

    ふぅ、と息をついて剥きかけの玉ねぎに手を伸ばす。

    剥いて、半分にきって、また包丁を滑らせる。
    圧力鍋にくし切りの玉ねぎを放り込んで、ボウルに溜まったままのプチトマトの中身も入れる。
    オリーブオイルを垂らして、にんにくを少し刻む。
    放り込んで弱く火をつける。

    香りが、ゆっくりと立ち昇ってきた。
    「いーにおいー。」

    また少し缶の中身を飲む。

    少しだけ、ふわふわしてきた。
    もうちょい、がんばれそ。

    にんじんの皮をピーラーで剥いて、乱切り。
    放り込んで、木べらで圧力鍋の中身を少しかき混ぜる。

    「あ、わすれてたぁー」

    小鍋を軽く洗って、また水を張って火にかける。

    牛肉の塊を取り出し、大きめに切る。
    塩と胡椒を振って、圧力鍋に入れる。
    お湯が沸いた小鍋に、ブロッコリーを入れて、火を少し強める。

    じゅわ。良い音がしてきた。
    ニンマリ笑って、鍋の中身をかき混ぜる。
    歌う。
    もう、完全に魔女。

    小麦粉を振り入れ、少しずつ馴染ませる。
    小麦粉が、ゆっくりと色を変えていく。

    チン。
    またオーブンレンジが、音を立てた。

    ふんわり、甘い香り。
    ミトンをつけて、また網にあげる。

    ふぅー。
    ブロッコリーをざるにあけ
    鍋をかき混ぜながら、簡易な椅子に、腰を下ろした。
    のんびりと鍋をかき混ぜ、残った缶の中身を飲み干す。

    大分、くたびれた。

    もう、時刻は午後1時。
    ここまで、なんだかあっという間。

    ぷう。
    一つ息をつく。
    ふわぁ、と一つあくび。
    小麦粉は、もうちょっとだけ焦がしたい。

    んー。

    弱火に落として、シンク下からトマト缶と、料理に使うには少し良い赤ワインを取り出す。
    飲んでも、そこそこ美味しいやつ。
    トン、とシンクに並べて、ダイニングテーブルを片付ける。

    先に上がった塩気のタルトが冷めてたから、カウンターテーブルの上で、冷やしていたサーモンムースを絞る。
    残ったムースを、ペロリ。
    口元が綻ぶ。
    ワインに、ちゃんと合いそう。
    いくらと、ディルの葉をちょいちょいと飾る。
    皿に盛り付けて、冷蔵庫に戻した。

    しっとりしちゃうかなー。
    まあ、いいか。

    鍋を見ると、大分良い具合。
    どぽどぽと、ワインを全ていれる。トマト缶、ローリエ、ブイヨンをちゃぽん、と沈める。

    蓋をしめて、圧をかける。

    さて。ここまできたら、あとちょっと。
    多分。

    洗い物をして、シンクを一度綺麗にする。

    時刻は、午後2時。まずい。タイムリミットが刻々と迫っている。

    ぐぅ。お腹空いた。
    朝から、味見程度で、何にも食べてない。

    でも、ここで何か食べたら間に合わないような気もした。

    「もっと簡単にいけるとおもったのにぃ…」

    ちょっとだけ肩を落とす。
    でも、ここまできたならもう止まれない。

    はー。
    圧力鍋の火を落とす。
    あとは残った熱だけで火が通りそう。

    作りかけのポテトサラダを、トマトの器に詰めていく。
    一つ味見。
    うん、ちょうどいい。

    サーモンムースのタルトの皿を一度取り出し、
    隣に並べた。

    大皿にはまだ空きがある。

    生ハムをクルクルと巻き、小さなバラをいくつか作る。
    パルミジャーノと、コンテのチーズを盛り合わせて、トマトとチーズの間にバラを飾る。

    ……ひょい。
    バランスをとるように、サーモンムースのタルトを一つ口に運ぶ。

    うん。ちょっとしっとりしちゃったけど
    これはこれでなかなか。

    へへ!と笑って一息。

    ⸝

    🥩 Recipe 03

    玉ねぎは、飴色になるまで炒める。
    甘みが増して、味がまろやかになる。
    酸味と、塩気でお酒を飲むと胃が刺激されて
    結構お腹が空いてくる。

    そこで、大きなお肉。
    食べ応えのある、野菜。

    これが効く。
    見た目も豪華で、特別な日感がある。

    圧力鍋で煮込むことで、歯もナイフもいらないくらい蕩ける肉。

    赤ワインはふんだんに入れるのが良い。
    うっすらとした苦味と酒の風味でコクが増す。
    少し渋いぐらいのものが丁度いい。

    パンに浸して食べると、じゅわっと吸って
    美味しいを全部吸った幸福そのものみたいな
    食べ物に変わる。

    パンは、柔らかいものよりはハードなものに合わせるのが沙羅は好きだった。

    香ばしいクラスト。
    噛むほどに小麦の味。

    特にカンパーニュ系、
    ほんのり酸味あるから、
    赤ワイン煮の重さをちょっと切ってくれる。

    多分、遊んで、喋って。
    ちょっとだけ心地良くくたびれて帰ってきて。

    これを食べたら、ほっとするんじゃないかな。
    また、久人の顔を思い浮かべて、沙羅は嬉しそうに笑った。

    🥩 牛肉の赤ワイン煮込み

    好きな人に作ると、なんかもう戻れない味。

    ⸝

    材料(3〜4人分)

    * 牛肉(すね肉・肩・煮込み用) 500〜600g
    * 玉ねぎ 2個
    * にんじん 1本
    * にんにく 1〜2片
    * トマト缶 1缶
    * 赤ワイン 300〜400ml
    * ブイヨン 1個
    * ローリエ 1枚
    * 小麦粉 大さじ1〜2
    * オリーブオイル 適量
    * 奊
    * 黒胡椒

    ⸝

    あれば嬉しい

    * マッシュルーム
    * セロリ
    * ブロッコリー(別茹で)
    * バター少し

    ⸝

    作り方

    ① 玉ねぎを炒める

    玉ねぎはくし切り。

    圧力鍋、または厚手の鍋に
    オリーブオイルと刻んだにんにくを入れて弱火。

    香りが立ったら玉ねぎ投入。

    じっくり炒める。

    「いーにおいー」
    って言いたくなるくらいまで。

    ⸝

    ② 牛肉を焼く

    牛肉は大きめに切って、
    塩胡椒。

    鍋に入れて、
    表面を焼く。

    完全に火を通さなくてOK。

    ⸝

    ③ 小麦粉を入れる

    小麦粉を振り入れて、
    全体に馴染ませる。

    ここで少しだけ香ばしくなるまで炒めると、
    深みが出る。

    ⸝

    ④ 煮込む

    * 赤ワイン
    * トマト缶
    * にんじん
    * ローリエ
    * ブイヨン

    を全部入れる。

    ぐつぐつしたら蓋。

    ⸝

    圧力鍋なら

    20〜25分。

    普通鍋なら

    弱火で2〜3時間。

    ⸝

    ⑤ 仕上げ

    肉がほろっと崩れるくらいになったら完成。

    味を見て、

    * 奊
    * 胡椒
    * バター少し

    で調整。

    別茹でしたブロッコリーを添えると、
    ちょっと幸せっぽくなる。

    ⸝

    🍷 沙羅メモ

    赤ワイン、
    飲んでも美味しいやつ入れると
    やっぱりちゃんと美味しい。

    玉ねぎいっぱい入れると、
    優しい甘さになる。

    あと、パンが止まらない。

    チョコレートって、
    媚薬なのかもしれない。


    さて、と。
    今度はチョコレート。

    ダークチョコのクーベルチュールのタブレットを、ザラザラと小鍋に入れ、生クリームを開ける。
    動物性の、濃いやつ。
    ブランデーを、ほんの少し。
    ゆっくり、白に黒が溶けていく。
    すっかり溶けたら、氷水を張ったボウルで鍋のまま冷やしながら、ミキサーにかける。
    とろりとした液体が、甘い匂いを放ちながらふわふわになっていく。

    感覚だけで止めて、指で少し掬う。
    甘い。でも、ちょっとだけ苦味。
    久人みたいなやつ。
    ほんのり、頬が赤くなった。
    早く、会いたいな。喜んで、くれるかな。

    なんだか、大分胸の鼓動が早い。
    チョコレートって、本当に媚薬なのかもしれない。

    何かに使えるかも、と浸けておいた赤ワイン漬けのドライイチヂクを取り出し、
    ようやく冷めた甘いタルト生地の中にゆっくりと並べる。
    その上から、生地を流す。
    また、冷蔵庫にしまう。

    帰ってくる頃には、ちょうど固まるはず。
    あとは、食べる前に盛り付けて、型から出すだけ。

    一通り前菜の皿と、飾りつけ前のケーキを
    並べて写真に納めた。

    「つかれたぁー」

    ソファに沈み込む。

    まだ、片付けも終わってない。

    ケーキの飾り付けも。

    でも。
    ソファに沈んだら、もう無理だった。
    とろとろ、瞼が落ちる。

    まだ、16時。
    ちょっとお昼寝するくらい、大丈夫。

    ⸝

    🍫 Recipe 04

    夢の中でも、久人の顔が思い浮かぶ。
    甘くて、低い声。
    背が高く、がっしりした体。
    力強い腕。

    抱きしめられると、なんか色んな事が
    どうでも良くなってしまう。

    何かに耐えるみたいな顔して、時々久人は
    沙羅の事を見る。

    気づかないふりをしてるけど、
    多分結構分かってる。
    でも、大事にしたいと思ってることも
    おんなじくらいわかってるから、黙ってる。

    で、時々ちょっとからかって遊ぶ。
    面白いぐらい反応してくれるからやめられない。

    へにゃ、と寝たままの沙羅の顔が緩んだ。

    赤ワイン漬けのイチヂクを入れたチョコレートタルトは、そんな久人そのものみたいだった。

    甘くて、蕩けて、ちょっとだけ苦い。
    酔わせる癖に、弾けて刺激的。
    だから、また欲しくなってやめられない。

    「ずるい…」

    沙羅の口から、寝言が漏れた。

    🍫 赤ワイン漬けイチヂクの
    チョコムースタルト

    ちょっと危ない、大人のデザート。

    ⸝

    材料(長方形タルト型 1台分)

    🥧 タルト台

    甘いタルト生地

    (前章の基本タルト生地)

    焼いてしっかり冷ましておく。

    ⸝

    🍷 イチヂク

    * ドライイチヂク 4〜6個
    * 赤ワイン 適量

    前日、または数時間
    赤ワインに漬けておく。

    ちょっと柔らかくなるくらい。

    ⸝

    🍫 チョコムース

    * ダークチョコレート(クーベルチュール推奨) 150g
    * 生クリーム(動物性) 200ml
    * ブランデー 小さじ1〜2

    ⸝

    ✨ 飾り

    * 金粉(あれば)
    * ココア
    * 砕いたナッツ
    * イチヂク少し

    ⸝

    作り方

    ① タルト台を焼く

    甘いタルト生地を型に敷き、
    180℃で15〜20分。

    こんがり焼けたら冷ましておく。

    ⸝

    ② イチヂクを並べる

    赤ワイン漬けしたイチヂクを
    半分、または1/4に切る。

    冷めたタルトの中に、
    ゆっくり並べる。

    ⸝

    ③ チョコムースを作る

    小鍋に

    * チョコ
    * 生クリーム

    を入れて弱火。

    ゆっくり溶かす。

    完全に溶けたら、
    ブランデーを少し。

    ⸝

    ④ 冷やしながら泡立てる

    氷水を張ったボウルに鍋底を当てながら、
    ハンドミキサーで混ぜる。

    とろり →
    ふわり

    くらいになったら止める。

    やりすぎると硬くなるので、
    “まだ少し流れる”
    くらいがちょうど良い。

    ⸝

    ⑤ 流し込む

    イチヂクを並べたタルト台へ
    ムースを流す。

    冷蔵庫で2〜3時間冷やす。

    ⸝

    ⑥ 飾る

    金粉を軽く。

    ほんの少しだけで、
    急に“特別な日”になる!

    ⸝

    🍷 沙羅メモ

    チョコレートって、
    本当に媚薬なのかもしれない。

    甘いけど、
    少し苦くて。

    久人みたいな味だった。

    ⸝

    「……がんばったんだなぁ」


    久人が、帰ってきた。
    予告してた時間より少し早い、夜の20時半。

    ドアを開けてすぐ、部屋の中を満たす良い香りに口が綻んだ。

    友人や知人に貰ったプレゼントの袋を抱えて
    ダイニングの扉を開ける。

    目に飛び込んできたのは、散らかったままの部屋。
    粉のついたままのダイニングテーブル。
    出しっぱなしの、包丁と鍋。

    そして。
    ソファでスヤスヤ寝息立ててる、沙羅。

    久人の顔が、ちょっと泣きそうに緩んだ。

    はぁ……と笑いながら顔に片手を当て、溜息をつく。

    起こさないように静かに、沙羅の元へ足を進める。

    朝起きた時のままみたいな、ボサボサの髪。
    粉のついた鼻。

    口元、よだれ。

    「……っふ」

    ちょい、と鼻の上の粉を払い、久人はふぅ、と溜息をついた。

    「……がんばったんだなぁ」

    もう一度部屋を見渡して、ゆっくりと微笑む。
    ジャケットを脱ぎ、そっと沙羅の上にかけて、テーブルの上を綺麗に片付ける。

    ダイニングテーブルを拭きながら、カウンターに目をやり、また少し笑う。
    こっちもか。

    シンクと、コンロにある鍋をみて、またちょっと顔を覆った。

    「………ほんと。
    もしかして、朝から、これ。
    ずっとやってたの?沙羅……」

    自分の誕生日。
    一緒には居なかったはずなのに、多分ずっとそばにいた。

    貰ったプレゼントの中から、沙羅に会ったことのある知人から渡されたぬいぐるみを取り出す。

    小さい、白いうさぎ。
    自分の前で甘えてる時の、沙羅みたいなやつ。

    それを持って、ぬいぐるみの鼻でちょい、と沙羅の頬に触れた。

    「……んぅ……?」

    沙羅の瞼が震える。
    ごし、と手が口元を拭った。

    「さーちゃん。ただいま」

    久人の声を聞いて、沙羅がパチリと目を開けた。

    目の前にうさぎ。

    「あれ?」

    キョロキョロと周りを見渡す。
    しゃがみ込んで、笑って頬杖つきながら、沙羅を見ている久人と目が合う。

    「ひーくん?あれ?」

    急に、沙羅の顔が青ざめる。

    「私、寝ちゃった?」

    時計を見る。夜の21時。
    久人が約束した時間。

    まにあわなかった?
    ぽそ、と呟いて、沙羅がちょっと肩を落とした。

    「…充分、間に合ってるよ」

    久人の腕が沙羅に伸びた。
    ぎゅう、と沙羅の体を抱き寄せる。

    「充分すぎるくらい」

    不安そうだった沙羅の顔が、ゆるゆると解けていく。

    ぽんぽん、と沙羅の背中を叩いて、久人は沙羅の唇に、軽いキスを落とした。

    「沙羅、ちゃんとご飯食べた?」

    苦笑するように、沙羅は返す。

    「……わすれてたぁ」

    だよなぁ。

    久人はもう一度、沙羅を抱きしめて、そのまま沙羅の体を持ち上げた。

    「じゃ、飯にしよ。
    沙羅、頑張ってくれたんだろ?
    全部見せて。フツーに楽しみ」

    沙羅の顔が綻ぶ。
    久人が一番好きな、花が溢れるみたいな笑顔。

    「そうなの!頑張ったの!」

    笑って、沙羅が前菜を盛り合わせた皿を取り出す。

    「ほんとはね。テーブルセッティングとかもしたかったの」

    「店か」

    久人が笑って席に着く。

    前菜の皿をみて、目を丸くする。

    「すご。美味そう」

    沙羅はまた嬉しそうに声をあげて笑う。

    鍋の蓋を開け、火をつける。
    温まるまでの間に、お気に入りのパン屋のパンを切る。

    胡桃やナッツの入った、大きめのカンパーニュ。

    トースターに入れ、鍋をかき混ぜながら沙羅は笑う。

    「ひーくん、何飲む?泡?白?赤?どれもあるよ」

    久人はそんな沙羅をただ笑って眺めて、考える。

    「んー。まずは白かな。冷やすやつ、出そうか?」

    おねがいー、と答えて、シチューを盛る皿を探す沙羅の背中を見て、ゆっくりと立ち上がる。

    その背中を、また抱きしめてしまいたくなった。

    はぁ。本当に、この人は。

    ぎゅ、と拳を握り、ワインクーラーに氷を詰める。
    水を張り、ソムリエナイフを引き出しから取り出す。

    グラスは、普段は使わない少し薄い、上品なものを選んだ。

    ついでに花瓶を手に取り、貰ったプレゼントの中から、小さな花束を取り出す。

    マネージャーから渡された、ファンからのプレゼント。

    「あ、その花束、可愛い。貰ったの?」

    カウンターの向こうで、沙羅がそれを見つけて嬉しそうに笑う。

    普通は嫌がりそうなものなのに、沙羅は久人が人に喜ばれているところを見るのが、存外に好きだ。

    久人は、そんな沙羅の笑顔をみて、目を細めて笑う。

    「そうやって笑うから、また好きになっちゃうんだよなぁ」

    ぽつん、と落とされた言葉に、沙羅の頬が赤く染まった。

    もう!と膨れる沙羅を見て、久人は笑った。
    のんびりとナイフをワインの首に滑らせる。

    沙羅がテーブルにパンとシチューを並べ、席に着くのを待って、ゆっくりと栓を開けた。

    「お疲れ、沙羅。頑張ったな」

    へへ、と沙羅が笑う。

    「お腹すいたぁ」

    「ん、俺も。
    …ほんとこれ、凄いな」

    久人が、沙羅にワインを注ぐ。
    黄金色の透明な液体がグラスを満たすと
    花のような甘い匂いがふわりと香った。

    「誕生日、おめでと。ひーくん」

    はにかむような沙羅に、久人はグラスを軽く当てて応える。

    「ありがと。沙羅も、お疲れ」

    「その顔、見たかったんだぁ。」


    画像

    テーブルに花。
    その隣に、うさぎがちょこん。
    薄いグラスと、氷の浮かぶワインクーラー。

    ちゃんとしたセッティングじゃないけど。
    部屋の飾り付けも、出来てないけど。
    でも、ちゃんと特別だった。

    前菜の並ぶ、大皿。
    食べやすく切られたチーズ。
    生ハムのバラ。
    可愛らしいトマトに、ポテトサラダが詰まってる遊び心。
    そして、華やかなピンク色のタルト。

    沙羅の、好きな気持ちを全部詰めたみたいな
    プレート。

    カゴに盛られた大きめに切られた胡桃入りのカンパーニュ。

    とろりとした、シチュー。

    こんなの、もう愛だ。

    またちょっと泣きたいような気持ちになって
    落ち着かせるみたいにグラスを口に運び、久人は前菜に手を伸ばした。

    「これ、早く食べたかった。これ、全部作るの大変だったろ?」

    ニコニコと見つめる沙羅を見ながら、口に運ぶ。

    ほろりと解ける生地。ほんのり香るチーズ。
    コクのあるサーモンとチーズの脂と、爽やかなハーブ。プチ、と弾けるイクラが、ちょうど良いアクセントになってる。

    合わせるように、白ワインをまた口に運んだ。

    「………うま」

    ほぅ、と息をつく久人をみて、沙羅はまた溢れるように笑った。

    「…へへ!その顔、見たかったんだぁ」

    これも食べて、と促されて、シチューに手を伸ばす。

    とろりとした茶色の液体の中に、ゴロゴロと肉や野菜が沈んでいる。
    スプーンを入れると、ほろりと崩れた。
    口に運ぶと、すぐに解ける。

    「………あぁ」

    じんわり、緩むみたいに口元に浮かんだ笑みを見て、沙羅の体の力が抜けた。

    全部。報われた気がする。

    「あとでね?ケーキもあるの」

    照れたように笑う沙羅をみて、久人はもう耐えきれないと言った顔で、両手を沙羅に伸ばした。

    自分も、多少は料理もする。
    でも、だからこそわかる。
    これだけやるのに。
    沙羅ってば。

    「ほんと、どんだけ頑張ったの?」

    沙羅の頬を、久人の両手が包む。
    柔らかく頬を撫でる指に目を細めて、沙羅が微笑む。

    「……へへ!止まれなかったの!楽しくなっちゃって」

    自分の手を頬に当てたまま、上から包んで笑う沙羅に、また久人は小さく息を溢した。

    ゆっくり手を離し、また前菜を摘む。
    トマトの器の、コンビーフポテトサラダ。
    これも、美味い。
    手が止まらなくなりそう。

    自分ばかりを見て、手が止まっている沙羅の皿に、いくつか前菜を取り分ける。

    ワインの合間に、またタルトに手を伸ばして沙羅を見る。

    ようやく食べ始めた沙羅。
    手が止まらない。
    お腹、空いてたんだろうな。

    もぐもぐ、口いっぱいに頬張っている沙羅を見てまた自然と笑ってしまう。

    「なぁ、これ。もしかして生地から作った?」

    「んむ!気づいてくれた?そう!それねえ、自信作!」

    「めちゃくちゃ美味い。ワイン止まらなくなる」

    つん、と沙羅の空になった頬を突き、タルトを口の前に差し出す。

    何も疑わずに口の中にそれを迎え入れる沙羅の頭を、優しく撫でた。

    今日のたわいもない話をして、またワインを開けて。
    ほんのりと上気した頬の沙羅が、キッチンにたった。

    冷蔵庫から、チョコレートのタルトを取り出す。

    金粉を軽く振り、久人の前に差し出す。
    からん、とワインクーラーの氷が音を立てた。
    ことん、と静かに音を立て、皿が久人の前におかれる。

    「改めて、おめでと。久人」

    久人のすぐそばで、沙羅が照れたように笑う。
    窓の外から聞こえているはずの街の音が
    今は大分遠かった。

    スマホを取り出し、久人は差し出す沙羅ごと
    ケーキを写真に納めた。

    「切っていい?早く食べたい」

    お腹は正直、大分満ちてる。
    でも、これを今食べないなんて久人の中ではありえなかった。

    小ぶりのナイフを添えた皿を、そっとテーブルの端に置かれ、ゆっくり、手に取り、崩さないようにナイフを入れた。

    断面から、イチヂクが覗く。
    濃厚そうな、チョコレートムースのタルト。

    「頂きます」

    フォークを入れ、口に運ぶ。
    酒の風味が、チョコレートに深みを出していた。
    甘すぎない、ダークなチョコレートムース。
    ほんのり、甘い赤ワインの味と,口の中で弾けるイチヂク。

    「……どう?」

    手を止めずに、フォークを進めながら、すっかり黙り込んでしまった久人を、不安そうな目で沙羅が見つめた。

    ふー…………。

    深く息をついて、久人は顔を覆った。

    「……どうもこうも。
    美味いに、決まってる……」

    嬉しそうに笑う沙羅の元に、ゆっくりと立ち上がり、足を進めた。

    きょとん、と目を丸くする沙羅を腕の中に閉じ込めた。

    「ありがと。沙羅。
    嬉しすぎて、死にそう」

    へへ!と自分の腰に沙羅の手が回り
    その体から力が抜けたのを感じて
    久人はもう止まれなかった。

    ひょい、と沙羅を横抱きに抱え上げ、寝室に向かう。
    大分ほろ酔いの沙羅は、何も抗えない。

    何もわかってないような顔で、幸せそうに笑い
    自分の首元に顔を埋める沙羅の頭に
    ゆっくりと唇を押し付ける。
    低く、沙羅の耳元で囁く。

    「沙羅?今から多分、ちょっと無茶するけど。
    許して?」

    何を言われてるのかわかって、沙羅の顔が赤く染まった。

    翌朝、シチューの匂い。

    画像


    翌朝。
    沙羅が寝室から出てきた。
    「おはよお………」

    声、ガサガサ。
    髪。ボサボサ。

    起きてすぐ、とりあえず着たみたいな
    しわくちゃの久人のTシャツ。

    それを見て、静かに久人は天を仰いだ。

    ふぅ…………

    溜息が長い。

    「おなかすいたあ。あ。シチューまだ残ってるー」

    嬉しそうに、寝ぼけ眼を擦り、パンを切り始める沙羅を見て、ようやく少し笑う。

    「コーヒー淹れてるけど、飲む?
    沙羅、もうお昼前だぞ」

    飲むぅ。
    へにゃ、と笑い、鍋をかき混ぜる沙羅の背中から覗く首筋を見て、久人は思わず抱きしめた。

    沙羅の耳元に顔を寄せ、少し掠れた甘い声で囁く。

    「……沙羅、昨日。本当可愛かった」

    ゆるゆると沙羅の首が赤く染まる。

    頬に唇を寄せると、沙羅が急に動いた。

    「パン!!焦げる!!」

    慌てたようにトースターに走る沙羅を見て
    呆けたように久人は笑った。

    「逃げた」

    「逃げてない!!!」

    逃げてるだろ。
    思わず吹き出して、久人は体の力を抜いた。

    沙羅、こっち見ない。
    耳まで、真っ赤。
    …かわい。

    くす、と笑い二人分のカップを持って、カウンターに座る。

    「俺の分もある?」

    クスクスと小さく笑いながら、自分を見つめる久人を見て沙羅はまた頬を膨らませた。

    「あるよ!」

    でもすぐに笑う。
    どうぞ、と差し出されたシチュー。

    大分大きく切られた、沙羅の分だけのパン。

    また口いっぱいに頬張る沙羅の頭をのんびりと撫でる。

    「よく食うよなぁ…」

    コーヒーを口に運びながら、邪魔そうな沙羅の前髪を、そっと掬って耳にかける。

    細い首筋。
    自分のもののはずのTシャツから覗くその部分に、目が吸われた。

    誤魔化すように自分のスプーンを沙羅に差し出すと、同じものを食べているくせに、迷わず口を開ける。

    面白くなって、また一口。

    「あ!昨日のケーキ!食べた?」

    また少し吹き出して、食べたよ、と返す。

    「まだ残ってる!?」

    頷くと、すぐに動き出す。
    冷蔵庫に跳ねるように向かう沙羅の背中のラインを眺めて、また久人は顔を覆った。

    「ひーくんも、食べるぅ?」

    無邪気に笑う沙羅を見て、少し意地悪な微笑みを浮かべる。

    「食べたら、また止まれなくなるけどいい?」

    チョコレートが媚薬って
    本当だったのかもしれない。

    再び赤くなり、パクパクと口を動かす沙羅を見て、久人はまたおかしそうに笑った。

    「嘘。俺にもちょうだい。
    沙羅が作ってくれたもん、ちゃんと食べたい」

    暖かい昼の風が、窓のカーテンを揺らした。

    二人が笑い合う声が溶ける、誕生日の翌日の昼。

    こんな時間が、この先もずっと続けば良いと
    沙羅は笑った。

    #創作大賞2026
    #フード部門

     
     
    短い物語を置いています。 思いついたら書いて、書き上がったらそのまま。 Threads : @saien_wave

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