
深夜の剛腕 【毎週ショートショートnote:#高校野球怪談】
残業で遅くなり、深夜、疲労困憊で自宅の部屋へ帰ると、テレビがぼんやりと点いたままだった。出かける時に消し忘れたのだろうか。薄暗い画面の中では、ビールのCMが流れていた。
テレビを消そうとリモコンを手に取ったところで、CMが明けて、夏の高校野球ダイジェストが始まった。画面には、今大会の注目ナンバーワンという投手の姿が映し出されている。
しかし、ナレーションの男の声が、どうにも妙だった。スポーツ実況の熱を帯びた声ではなく、低く、湿り気を帯びた語り口なのだ。どこかで聞いたことがあると思ったら、その声は、タレントであり怪談師でもある、あの人の語り口にそっくりだった。
「おかしいな、変だなあ、と思ってね。バッターボックスに立った相手の主砲が、ふっとピッチャーマウンドを見たんです。そしたらね、マウンドに立っている男の影が……スーッ……と、バッターボックスの手前まで伸びてきているんですよ。嫌だなあ、怖いなあ」
囁きかけるような語りとは裏腹に、テロップには「大会注目の150キロ怪物右腕」という力強い文字が躍っていた。
「投手が第一球を投げた。その瞬間、バッターは身震いした。ボールが手元から離れたんじゃない。ボールの周りの空気がね、ヒタヒタヒタ……と押し寄せてくる。気付いたら、キャッチャーのミットの中で『バシィン!』と音がして、審判の手が上がっている。見えない。球が見えないんですよ。おかしいでしょう。恐怖で誰もバットが振れない。私ね、ふと思ったんです。あのマウンドにいるのは、本当に高校生なのかな、って」
俺は、何か見てはいけないものを見てしまったような気がして、手にしていたリモコンの消音ボタンを押した。背筋にすっと冷たいものが走り、慌ててテーブルの上の新聞を開いて番組表を確認した。しかし、この時間帯に高校野球ダイジェストを放送しているチャンネルなど、どこにもなかった。
ぼんやりと灯ったテレビ画面の中では、不気味に右腕を振る投手の映像だけが、音もなく流れ続けていた。
(written by sakai_tama )
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