余命半年宣告から、25年生きた父。
これで手術ができる
そして父は、抗がん剤治療を始めました。
父は、吐いてしまうというよりも、いつもウトウトと眠ってしまうことが多かったようです。
「寝られる人は、抗がん剤が効くからね」
看護師さんのその言葉を信じながら、父は頑張っていたのでしょう。
そんなある日。
父の容態が、急に悪くなったように見えたことがありました。
その日は、普段父を診てくれているAチームの先生ではなく、たまたまBチームの先生が病室の前を通りかかったそうです。
そして、父の様子がおかしいことに気づいた。
「ダメだ、ダメだ!今すぐやめて!」
「私が責任を取るから!」
そう言って、すぐに抗がん剤を止めたと、父から聞きました。
その後、別の抗がん剤に変更されました。
それから、どのくらい経った頃だったでしょう。
ある日、主治医の先生が、嬉しそうな顔で父のところへ駆け寄ってきました。
「〇〇さん!」
そして、
「抗がん剤が効いて、腫瘍が半分になりました!」
「これで手術ができます!」
父は、どれほど嬉しかったのでしょう。
その話を、私は父から何度聞いたかわかりません。
きっと父にとって、
「生きられるかもしれない」
そう思えた瞬間だったのだと思います。
父の胸にあったもの
そんな中、私は霊媒師の方から、こんなことを言われました。
「あなたにとってのおばあちゃん。
お父さんのお母さんの写真を、ロケットペンダントに入れて、お父さんが胸から下げているのは
良くない。辛い亡くなり方をした人は、大切な人を呼んでしまう。」
「それは、お父さんを天国に連れていってしまうから、やめなさい」
と言いました。父にそれを伝えた時、悲しい顔をしていたのが印象的でした。
今思えば、あの頃の私は、父を助けたい一心で、いろいろなことを信じようとしていたのだと思います。
そして、いよいよ手術の日がやってきました。
「お父さん、頑張ってね」
私たち家族は、父を病室からオペ室の前まで見送りました。
「お父さん、頑張ってね!」
父を送り出そうとした、その瞬間。
母が、
「プー……」
まさかの、このタイミングでした。
そして母は
「あ、お母さん。オナラ出ちゃった」
と、笑いました。
父の命がかかった手術を前にしていたのに。
私たちは、思わず笑ってしまいました。
今でも、あの日のことを思い出すと、
父を送り出す私たちの姿と、
あの母の一言が一緒に浮かびます。
人生には、
泣いてしまうほど苦しい瞬間の中に、
なぜか笑ってしまう瞬間が入り込むことがあります。
あの日のことは、今でも私の中に残っています。
その後、父は5年で根治するまで
更に2度も、開腹手術をする事になりました。
続きは次回また。
