
「母の愛情で猫たちがピンチに?」/Saying the Long Goodbye~アルツハイマー病の母と、父と私の備忘録~⑥
自分の思いとは違う方向に物事が進むことって、ありますよね。
最初の思いとは違って良い方向に進めば、これ幸いです。
でも、意図とは反対の方向に進むと困ったことになることも・・・。
今、猫のことを「猫かわいがり」する母の愛情で、猫たちにピンチが訪れています。
1.動物を救いたい母
母は、昔から動物が大好きです。
特に野良犬や野良猫には弱い。
今、実家には3匹の猫がいます。
ペットショップで選んだわけでも、里親募集でもらってきたわけでもありません。
もともとは、みんな野良猫でした。
母が野良猫が家を訪問する度に餌をあげ・・・。
その内、外に餌を置くようになり・・・。
猫たちが外に置いた餌を定期的に食べに来るようになった。
いつの間にか名前がつき、いつの間にか「うちの猫」になりました。
母らしいな、と思います。
認知症になるずっと前から、母はそういう人でした。
(母のような人のために、野良猫が近所をうろつき、不快な思いをしていらっしゃる方がいたら本当に申し訳ありません。)
2.家猫たちに訪れるピンチ
ただ今、猫たちに「餌をあげたい」という母の気持ちと、認知症になる前から続く「餌をあげる」という習慣のせいで、少し困ったことが起きています。
① シマちゃん|餌の食べ過ぎでメタボ猫に

最初に家猫になったのが、シマです。
まだ、小さい子猫の時に痩せた姿でうちを訪れました。
シマは基本的に室内で暮らしています。
そして、とにかく食べることが大好き。餌が欲しくなると母に催促し、もらえないと引っ掻くこともあります。
母はそれが怖い。
餌がなくなったら可哀そうという思いもある。
シマがかわいいから、単純にお腹いっぱい食べさせたいという気持ちもある。
だから、容器が空になったら補充する。
これは、母が認知症になる前から続いていた習慣でした。
家の中にはシマの餌入れが2か所あります。母はそこを見て、餌がなくなっていると補充します。
「さっき食べたから、もうあげなくていいよ」
と言っても、そのことを覚えていられません。餌入れが空なら、入れる。シマが欲しがれば、あげる。それを繰り返しているうちに、シマはどんどん太っていきました。
今では、高いところにジャンプすることもできません。歩く姿も重そうで、前足は外側に開き、大きな体を支えるだけでも大変そうに見えます。
かわいがっているからこその行動なのに、その結果、シマの体には大きな負担がかかっています。
② みーちゃん|居場所を追われて

2匹目が、みーちゃんです。
小さくて、おとなしい猫。そして、母にとても懐いています。3匹の中でも、母が一番かわいがっているのが、みーちゃんです。
家の裏には、みーちゃんのために作った段ボールの寝床と餌場があります。そこが、みーちゃんのいつもの居場所でした。
ところが今、その場所にみーちゃんがなかなか帰ってこられなくなっています。
一番最後に家猫になった気の強いまーちゃんと、餌場に集まってくる猫たちに居場所を追われるようになってしまいました。以前は当たり前のように家の裏で寝ていたのに、今ではたまにしか帰ってきません。
母が、みーちゃんを家の中で保護しようと室内に入れたこともありました。でも、当のみーちゃんが、それほど積極的に室内猫になりたいという雰囲気でもありません。もともと家猫のシマとうまくやっていけるのかもわかりません。
結局、今のところ、みーちゃんの居場所をどう確保すればいいのか、答えが出ていません。
③まーちゃん|ガリガリだった猫が虎視眈々と

最後にやってきたのが、まーちゃんです。
初めて実家に現れたころのまーちゃんは、驚くほど痩せていました。ガリガリの体で、餌を求めてやってきました。
そんな猫を母が放っておけるはずもありません。
餌をあげ続け、病院にも連れて行きました。
避妊手術をしてもらい、血液検査では猫エイズであることも判明しました。
まーちゃんは家の中にもすぐ入ってきたがりますが、猫エイズがシマに移ると大変なので、基本的には外で暮らしています。ガレージから続く父の趣味部屋には入れるようにしていて、専用の居場所と餌入れがあり、ちゃんと食べる場所が確保されています。
ところが母は、まーちゃんが最初にやってきたころに食べていた外の餌場にも、今も餌を補充し続けています。
「ここは、まーちゃんがご飯を食べる場所」
という記憶が、母の中に強く残っているのだと思います。説明すればそのときは理解します。でも、やっぱり忘れてしまう。餌入れが空になっているのを見ると、また補充します。
近所でうろつく他の猫たちも、そこを餌場にするようになっています。
そしてもう一つ、困ったことがあります。まーちゃんはなかなか気が強く、母が一番かわいがっている、みーちゃんのテリトリーを虎視眈々と狙っているのです。
3. わかる、でも、覚えていられない
私は母に何度も話しました。
「シマに餌をあげすぎないでね」
「まーちゃんの餌は、ここにあるから、外には置かなくていいよ」
「外に餌を置くと、ほかの猫が集まってきて、みーちゃんが帰ってこられなくなるよ。ご近所迷惑にもなるよ。」
母は話を聞いています。そして、そのときは理解します。
「そうだね」
「わかった」
と言います。だから、つい期待してしまいます。これで大丈夫。今度こそわかってくれた。
でも、次に見ると、外の餌入れにはまた餌があります。シマの餌入れにも、たっぷり餌が入っています。
「あれだけ話したのに」
そう思います。でも母にとっては、「あれだけ話したこと」そのものが、もうなくなっているのかもしれません。
認知症の母と接していて、難しいと思うのはここです。
母は何もわからないわけではありません。話せば、その場ではちゃんと理解します。でも、理解したことを覚えていて、次の行動につなげることが難しい。
一方で、昔から何度も繰り返してきたことは残っています。餌入れが空なら、餌を入れる。猫がお腹を空かせていたら、食べさせる。ガリガリのまーちゃんが来た場所には、餌を置いておく。
それは母が何年も続けてきた、母の視点からの「猫をかわいがる」という行動そのものなのだと思います。
新しく説明されたことは忘れてしまうのに、長年繰り返してきたことは残っている。そして今、その「残っているもの」が、問題を複雑にしています。
4. 猫を愛しているからこそ
母が猫をどうでもいいと思っているのなら、話はもっと簡単なのかもしれません。でも、そうではありません。
母は、猫たちを本当にかわいがっています。特にみーちゃんが大好きです。みーちゃんが帰ってくれば喜び、姿が見えなければ心配します。シマのこともかわいくて仕方がありません。ガリガリだったまーちゃんにも一生懸命話しかけます。
全部、母の優しさから始まっています。でも今は、その優しさが少しずつ裏目に出ています。
猫をかわいがるためにしていることが、大好きな猫たちを苦しめることにつながっている。そして、それを本人に理解してもらって行動を変えてもらおうとしても、認知症という病気が間に立ちはだかります。
5. 一番傷つくのは、きっと母だから
私が怖いのは、その先です。
このままシマが太り続け、体を悪くしてしまったら。ある日、みーちゃんがまったく帰ってこなくなったら。
そのとき、一番悲しむのは母です。
「みーちゃん、最近来ないね」
そう言う母の姿を想像すると、胸が痛みます。そして、母は、実際みーちゃんが帰ってこないと、夜心配で眠れなくなります。
だから私は、3匹の飼い猫たちを守りたいと思っています。でも同時に、母を守りたいのだと思います。大好きな猫を失って悲しむ母を見たくない。
ところが、そのためには母がずっと続けてきた「猫をかわいがる行動」を止めなければならない。優しさを止めさせる。そんなふうにも感じてしまいます。
6. おわりに
認知症になっても、母の優しさはなくなっていません。動物が好きなことも。お腹を空かせた猫を放っておけないことも。猫に話しかけることも。かわいいと思う気持ちも。ちゃんと残っています。
むしろ、残っているからこそ難しいことがあります。忘れてしまうものと、忘れないもの。新しく覚えられないことと、昔から体に染みついていること。その境目で、家族は時々、どうしたらいいのかわからなくなります。
私は今日も母に言います。
シマに餌をあげすぎないでね。まーちゃんの餌はパパの部屋にあるからね。外に餌を置くと、みーちゃんが帰ってこられなくなるよ。それに猫が集まってきて、近所迷惑にもなるよ。
母はきっと、「わかった」と言います。そして、また忘れるでしょう。
それでも私は、また言うのだと思います。シマに長生きしてほしいから。みーちゃんに、安心して家に帰ってきてほしいから。そして何より、大好きな猫たちを失って悲しむ母を、できることなら見たくないから。
母が忘れてしまうたびに、私はもう一度伝える。
でも本当は、「何度も伝える」ではなく、
母が忘れても猫たちを守れる方法を、
餌を外に放置して近所の方に迷惑をかけない方法を、
家族の側で考えなければいけないのかもしれません。
母を説得する以外の方法を家族で考えなければならないと思っています。
それが今の私には、何が最善策なのか、まだ見つかっていません。
みなさんならどうなさいますか。
