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【創作大賞2026応募作品】Remote 第18章〜エピローグ

    第18章 もうひとつの結末
    「確認できた誤差は予測値の2%以内の範囲でした」
    「明白だ。すべては我々の思惑通りの結果になった」

     〈獣〉は〈炎〉の言葉をさらに待ったが、〈炎〉は沈黙したままだったので報告を続けた。
    「報告された誤差はやはりあの神座という女の存在でした。例の『道具』を〈浪人〉に届けるところまではこちらの想定通りでしたが、まさかあそこまで早くあの女が結論に達するとは・・・しかしあの男がすかさず我々にSOSを送ってきたことでこちらも迅速に対応できました」
    「うむ。あの時点で適切な対応をとれたことが今回の結果に与えたものは大きかったな」
    「ええ。特に永田町経由で銃の携帯命令を直前ながら出せたのが決定的でした。あの下谷という刑事が撃たれても、ボディアーマーを着込んでいたことで大した怪我もありませんでした。
     一方で私服警察官らの対銃器装備の平常導入を加速させるきっかけにもなるはずです。また小火器の国内生産を正式に認めさせる動きにも弾みがつきました。まあ、これはこれまで非公式に生産していたものが公にできるようになるだけの話ですが」
    「〈浪人〉を射殺したあの刑事の行動に関する詳細は?」
    「正にこれからそれをお話しするところでした。あの菅原という刑事は本庁内でもトップクラスの射撃スキルを持った警察官でした。彼がちょうどあの時に桜田門にいて、万一の場合に備えて現場に同行させることができたのは、こういう表現はあまり使いたくありませんが、運が我々に味方したとさえ思えました」
     〈獣〉は今の表現に対する〈炎〉の反応を探ろうと束の間、言葉を切った。だが案の定、反応がなかったため言葉を続けた。
    「かねてからあの刑事に含ませておいた通り、誤射に見せかけて〈浪人〉を消去できたこと。その見返りに将来的な厚遇を約束するという取引にも、わずかな一時金を与えただけで完全に信用していたことも狙い通りでした。
     その後に起きたネットを中心とする誹謗中傷の数々が、あくまでも自然発生を装い、そこに我々が適度に燃料を投下して炎上を持続させていたとは、数々の陰謀論サイトも含めて誰も気づいておりません。
     最終的には本人の拳銃を使ってこめかみを撃ち抜き、遺書や指紋、硝煙反応も出るように処理したので、これを自殺ではないと疑う者はいないはずですし、実際、庁内でもこの見立てで固まっているようです。これらの処理は全てC班が行いました」
    「彼らなら間違いない。そもそも彼らの出番はもっと早かったはずだったがな」
    「そうですね。本来ならある程度時間が経ったところで〈浪人〉の処理を彼らに任せる予定でしたが、これもまたあの女の出現で狂った誤差のうちでして・・・」
    「まあ、それは構わない。結果的にその誤差をも新たなシナリオとして我らにプラスになるように変化させられたのだからな」
    「仰るとおりで」

     再び沈黙が訪れた。今、この会議室には2人しかいないが、そもそもここは〈浪人〉が行う計画のために設置された場所だ。目的が達成され、申し送るべき話題もなくなったため、ここが使われるのもこれが最後ということになる。その軌跡を振り返るように〈獣〉が語る。

    「それにしても今回の計画は初めから意外な展開でした。我々としてはあの段田という男がこちらの役に立たず、それどころかあの軽薄さによって情報漏洩の危険性が指摘された頃に、あの〈浪人〉が段田の殺害を立案し、いざという時のためのセーフティネットの役割をこちらに求めてきたのは、いったいどんな偶然と考えればいいんでしょうか」
    「そこに深い意味などはない。人はあまりにも都合のいいことが起きると、そこに何らかの意味や理由を見出したがるが、偶然はあくまでも偶然なのだ。そこで判断が揺れるのではなく、冷静にそれを利用する知恵が必要なのだ。偶然だろうが偶然でなかろうが、それによって我々の行動に変化は起きないのだからな」
    「わかりました。それからあの女はどうしましょうか」
    「本庁の神座という女か。我々にとってはまだささやかなノイズにすぎない。特に動く必要はないが、記憶には留めておこう。近い将来、我らにとってマイナスな存在になるのか。あるいは彼女の素性を考えるのであれば・・・そう、プラスにもなり得るからな」
     こうして神座和華子に関するフォルダが作成されることになった。それは彼女のこれまでの経歴だけでなく、先祖に至るまですべてが調べ上げられた上で、専門部署による分析が行われることを意味する。
     〈炎〉はこれ以上の会話は無用とばかりに、何も言わずに会議室を退出していった。対話の必要が生じたらまた新たな会議室が作成されるだけのことだ。〈獣〉もまた退出し、やがてこの秘密の会議室は永久に消滅することになる。
     男はダークウェブ専用ブラウザを終了させると、ノートPCから各種のセキュリティデバイスを外し、それらをまとめて机の一番下の引き出しに放り込むと鍵をかけた。軽く伸びをしてから椅子から立ち上がると、窓に近づいて下ろしていたブラインドのスラットをグリップを捻って開いた。
     ここからは皇居の緑がよく見える。手前の桜田濠が結界のように皇居と世間を隔てているが、自分が皇居側の静けさの恩恵をそれなりに享受できているのは特権だなと改めて思った。
     右側には警視庁本部が見える。先ほどまでの我々の会話の主人公は今、あそこにいるのだろうか。そんなことを戯れに思ったりもしたが、すぐに余計な思考は頭から排除した。彼はもっとはるかに重要な目的のために動かなければならないのだ。再びスラットを閉じると、男は秘書に外出する旨を伝え、足早に部屋を出て行った。
     
    エピローグ
     10月もまだ半ばだというのに、秋の穏やかな心地よさは先を急ぐ旅人のように過ぎ去りつつあった。それでも鎌倉署を出た和華子たちは久しぶりの開放感を味わっていた。たとえそれが束の間のものであっても、日々生活を送る人間の一員としては、やはり休息は必要なのだ。
    「うーん、いい気持だ」
     鎌倉署を出て日光を浴びた大喜は大きく伸びをして自分の気の緩みを存分に楽しんでいた。
    「暖かいけど風がひんやりして丁度いい具合ですね。海が近いのも関係あるんですかね」
     署が面している若宮大路まで出ると、和華子は左手で示しながら位置関係を説明する。
    「どうかしら。たしかにここからすぐ先は海だけどね」
    「きっとそうですよ。そう思うと気のせいか磯の香りも…」
     そう言いながら大喜はここから海が見えないかと背伸びしてみる。と、すぐ目についたものに興味を覚え、和華子に問いかけた。
    「あれ、そこにも鳥居があるんですね?」
     和華子は大喜の声に反応して海側を眺めながら答えた。
    「ああ、あれね。一の鳥居よ。ほら、駅前にも鳥居があったでしょう。あれが二の鳥居で、八幡宮の入り口にあるのが三の鳥居。あなた鎌倉は初めてなの?」
    「いえ、何度か来たことはあったんですけど、こっちの方は初めてなんですよ。鎌倉の海も…でも駅の方の鳥居はどちらも赤いじゃないですか。これは何で白いんですか?」
    「それはね、一の鳥居だけは昔ながらの石造りだからよ。あとの2つはコンクリート製で赤く塗ってあるの。頼朝の時代は木造りだったそうだけど、徳川四代将軍の家綱だったかしら、彼が石造りの鳥居を寄進したそうなんだけど、関東大震災で全部倒壊しちゃって、一の鳥居だけが復元できたので昔のままにしてあるって話よ」
    「へぇ、さすが地元。詳しいですね」
    「いや、地元だからって別に学校で習うとか、そういうのはないのよ」
     二人は鎌倉駅の方へ向かって歩き出した。
    「二の鳥居から三の鳥居の間には段葛っていう車道よりも高くなっている歩行者専用の参道があるの。今は誰でも歩けるけれど、昔は位の高い人専用の道だったそうよ。
     この段葛も以前は一の鳥居から続いていたらしいけど、これも震災やら何やらで崩れてしまって、横須賀線が開通してからは一の鳥居から二の鳥居までの段葛は廃止されてしまったらしいのよ」
    「へえ。ここら辺からならけっこうな距離ありそうですね」
    「ええ、大体1300mくらいらしいわ。今は短くなったから500m弱ってところだったかな」
    「昔の人はじゃあ、ここから歩いていったんですね」
    「そうよ。今は車で数分で行けちゃうけどね。昔の旅人は徒歩だったり、馬だったり、あるいは駕籠だったりで鎌倉にやってきては、あそこの一の鳥居まで来てようやく『着いた』って感じたんじゃないかしら。それから八幡様までの道のりは格別な感慨だったでしょうね」
    「そうなんですかね」
    「きっとそうよ。何日もかけて旅をするってこと自体、今の私たちには贅沢な時間の使い方でしょう。昔の人にとっては、それは不便さからくる必然的な時間の使い方だったけれどね。でも、それだけに今の時代の人よりも『ああ、着いたんだ』って感覚は強かったと思うわ。そして段葛を歩ける人も、その脇の道を歩いた身分の低かった人でも、ある種の儀式的な神聖さがあったと思うの。そうねぇ、たとえばそこを行き交う人たちの間にも、何らかの共通した感覚が共有されていたかもしれないわね。八幡宮を参拝する仲間としてのね。
     あそこのお茶屋さんで休息できますよ、とか、あそこの花は今、満開で見所ですよ、なんて会話があったかもしれないわね。ガイドブックなんてない時代だもの」
     和華子は楽しげに昔の人々の暮らしぶりに思いを馳せては空想を広げていた。大喜もその話に乗っかって同じく楽しんでいた。
    「なるほど。美味しいお店情報とかは人に尋ねるしかなかった時代なんですね。でも食べ物屋さんってそんなに昔からあったんですかね」
     その大喜の問い掛けに返事はなかった。気がつくと和華子は少し前に立ち止まっていたらしく、じっと地面の一点を見つめて考え込んでいた。大喜は後戻りすると和華子に尋ねた。
    「どうしたんですか、いったい」
     和華子はその声で我に返ると、大喜に問い掛けた。
    「あなた、今回の事件、特に被害者の段田についてどう思った?」
    「どうって、段田の何に関してですか」
    「そうねぇ、彼の生活環境や交友関係とか・・・」
    「ああ、元々僕は彼みたいなタイプの人ってあんまり好きじゃなくて、友だちにはなりたくないな、って印象だったんですけど、今回の件で調べていくうちに段々と哀れっていうか、ちょっと可哀想かもなって思ったりもしていたんですよ」
    「それはなぜ?」
    「だって、あれだけ経済的にも社会的にも成功していて、世間でもみんなが知っているような有名人だったじゃないですか。でも現実には女性関係でいろいろと訴訟も抱えていたし、仕事関係で彼の近くにいた人たちって、結局彼の持つビジネス上の才能に群がって自分も利益を得ようっていう人たちばかりでした。
     それは自業自得って言えばそうなんでしょうけど、でもそんな関係者の中に山口のように殺意を持つ者だっていたわけですよ。動機は軽すぎましたけどね。つまりですね、彼には大勢の友だちがいたんですけど、本当の意味での友だちってのが結局、見つからなかったんですよ」
    「まあ、子供の頃の友人関係は分からないけど、今現在の交友関係ではそうだったかもしれないわね」
    「そうなんですよ。だから、世間ではあれだけカリスマだなんて持ち上げられていたけど、案外孤独だったのかなって」
    「確かにあの事件のあった飲み会も、表面的には『段田と愉快な仲間たち』ってノリだったけど、みんな段田の人脈や財力狙いの人ばっかりな印象だったし、わたしが覗いてきた『お別れの会』だって、遺族はともかくとして、弔問客なんて死体に群がるカラスの群れって感じだったからね。
     段田が孤独だったかもって見方は合っているとわたしも思うわ。でも案外孤独だっていうのは別に段田に限ったことじゃないと思うわよ」
    「そうなんですか」
    「ええ、例えばね、誰かと知り合いになるとSNSとかで『友だち申請』をして『友だち』になったりするじゃない。そしてその友だちとか、フォロワーの数を増やすことにある種の目的を持つ人もいるでしょ」
    「そのためのセミナーみたいなのも有料でありますよね」
    「そう。そうして多くの人と繋がった状態を『人脈』と呼んでいる人もいるわ。でもそれって只の『知り合い』でしかないと思うの。友だちって本来はもっと自分の実像に近いものじゃない?」
    「まあ、そうですね。でもそれが現代における『友だち』の定義というか、あり方なのかもしれないですよね。時代とともに変容していったというか」
    「そうかもしれないわね。でもね、わたしもそうだけど『友だち』っていうのはもっと昔ながらの意味を持ち続けていると思っている人の方が圧倒的に多いと思うのよ。そしてそういう本来の『友だち』っていうのは、自分の人生の中で共に過ごした時間や、いろんな出来事などを通して、その上で何かこう、心の中で通じ合うものがあって、それが人と人との間の絆になって『知り合い』から『友だち』へと変わっていくんだと思うの。
     いろんな話をしてね、他愛のない話とかも多いんだけど、そんな中からいつの間にか価値観やら、それぞれの生い立ちとか趣味だったり、家族構成、好きな人、好きな言葉、好きな風景…そういったことが共有されたり、教え合ったり、議論したりしていくうちに、いつの間にかその人が掛け替えのない人、『友だち』になっていくのよ。
     そして大事なのはこうしたことは単なる『データ』じゃないってことなのよ。SNSのプロフィール欄を読んで知ることじゃなくて、『人と人』として触れあっていく中で、お互いのことを深く知っていくものだと思うの。
     そしてね、じゃあリアルで知り合った人なら『真の友人』って呼べるのかっていうと、これもまた難しいのよ。SNSも含めてたくさんの『友だち』がいる。その中にリアルに知っている『リアルな友だち』がいる。さらにその中にそれなりの数の『親友』と呼べる人がいる・・・
     でもね、『親友だと思っていたのに裏切られた』なんて話はそこら中にあるわよ。それはその人ごとに事情は異なるでしょうけど、今の世の中で『友だち』と呼べる存在が『単なる知り合い』にまで広がってしまっていることを考えると、今の時代の『親友』ってものが、これまでのような重みを持っているかどうかなんて、意外と怪しいんじゃないかってわたしは思っているわ」
    「けっこう醒めた見方してますね、神座さんは」
    「そうかな。私としては現状を正確に理解しようと思っているだけよ。必ずしも自分が正しいとは信じ込んでいるわけじゃないし。ただ今のところはそうなんじゃないかなって思っているの。
     そしてこれはこの間も言ったけど、便利さによって生まれた世の中の『壁の薄さ』っていうものが、知らないうちに人々を追い詰めつつあるんじゃないかって思うのよ。
     あの自殺しちゃった菅原って刑事も、現代のようなネット社会じゃなければあそこまで精神的に追い詰められることはなかったはずよ。そう考えるとね、逆にこの『壁の薄さ』を悪用して人を殺すことだってそう遠くない未来には可能になるかもしれないって思うのよ。そうなったら私たちはどうやってそれを『殺人』って認識できるのかしら。それこそ完全犯罪にだってなりやすいと思うわ」
    「そうなったらちょっとぞっとしますね」
    「そうね」
     話に没頭していた2人は、いつの間にか下馬四ッ角の交差点にまで来ていた。和華子は気分を変えて明るく言う。
    「さあ、もう暗い話は今日はもう終わりにしてランチを楽しみましょう」
    「あ、そういえば今日は何かご馳走してくれるとか言ってましたね、前に」
    「そうよ。まあ大喜が撃たれてしまった責任もあるしね。そのお詫びも含めてね」
    「えー、それはもういいですよ。あれは僕も油断して・・・」
    「いいから、いいから。本当は大喜へのお詫びを方便にしてわたしが『古我邸』のランチを食べたいってだけなんだから」
    「ってことは、そこは美味しいんですね」
     ちょうど信号が変わって横断歩道を人々が渡りはじめた。和華子はいたずらっぽく笑みを浮かべると大喜の問いはスルーして道を急いだ。
    「あそこは季節ごとにメニューが変わるんだけど、毎回見逃せないのよ」
    「見逃せないって、レストランじゃないんですか。そこは遠いんですか?」
    「裏駅からすぐよ。料理が目にも美味しいってこと。さあ、行きましょう。この『冒険』には被害者はいないしね」
     歩行者用信号が点滅をはじめ、大喜は小走りになって和華子の後を追った。
     そんな2人の後を追うように、冷たい風が吹き抜ける。木枯らしが早すぎる冬の訪れを告げていた。
     
     
    END


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