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49.原因追及ばかりじゃ先へ進めなかったから、保留して対処することもおぼえた

    先日こんな記事を書きました。

    読んだ方は、私がHSPだと思ったかもしれませんね。

    私自身は、それに対してかなり疑いを持っています。
    神経質なだけでは?なんて思うんです。

    だけど、現実としてあの記事に書いたような特徴があるのだから、HSPなのかどうかにこだわるよりは、自分で対処していくことに意識を向けているというお話しです。

    原因を特定することだけが正解ではなかった

    今はすっかり社会人の息子がまだ保育園児だった頃は、毎月高熱を出しては小児科通いをしていました。

    ある時流行っていた病気があり、息子もそれを疑える症状で受診したところ、先生は検査をすることなくその病気と同じ薬を処方してくれたんです。

    私は、検査は要りませんかと先生に質問してみました。

    すると、先生から返ってきたのは、
    検査してもしなくても対処方法は同じだから、今具合が悪いこの子にあえて検査の負担をかけさせる必要はないから
    という説明だったのです。

    私は、納得できました。

    原因にこだわりすぎると、そこに強くとらわれて先へ進めない

    過去の私の頭の中ではいつも、原因を知りたい思考がグルグル回っていました。

    その結果、前に進めない私になっていたんです。

    勿論原因をつきとめることが必要な場面もありますよね。

    でも、以前はそこにとらわれ過ぎていたので、何かの問題を解決することもできなければ前にも進めず、気付けば過去にばかり目を向ける私になっていました。

    いつ頃からだったのかやがて、原因は「とりあえず保留しておく」という選択が私にもできるようになっていました。

    ということで、私がHSPかどうかという判断は、保留しています。

    ですが、HSPと同じような特徴があるのなら、私がやることは、そんな自分に合った過ごし方をしていくことですね。

    今はそうしていますし、そうせざるを得ませんよね。

    よくネットでみかけるHSP診断を試したことは何度もあります。

    結果はその時々で違いますが、HSPである確率は80~94%くらいの間を行ったり来たりです。

    私のヘンなこだわり

    私が自分のことをHSPではないだろ!と疑うには、いくつか理由があります。

    ひとつめは、
    私の気質は父親似な側面がかなり強いからです。

    私から見た父は、空気の読めない人で、人の気持ちを察するとか想像するということが苦手で、よく母親がイライラしていました。

    そんな父親に似ているんだから、私はHSPなどではないだろ!と、思っています。

    ふたつめは、
    子どもの頃の私はよく母親から、「あんたには情というものがないのか!!!」と、言われ続けていたことです。

    私がHSPなら、そんなことは言われないだろ!という思いが、私の頭のどこかにずっとあります。

    みっつめは、
    成長過程で、人の顔色をうかがったり、人の機嫌を損ねないようにしたりする意識を強化してきたという自覚があることです。

    よっつめは、
    そもそも生まれつきかどうかなんて、私には判断できん!!というこだわりが強いまま残っていることです。

    そんな私の思考を、今は否定せずそう思っているんだよねと、認めるのみにとどめています。

    その一方で、ある人から言われたこと

    ここで私が師と呼んでいる人とは別の方ですが、人の内面をリーディングしたり過去生を見たりすることができる人から、言われたことがあります。

    「あなたが今感じているその感情は、自分のものではないと、さっさと気づけ!

    あなたは、自分に常に疑いの目を向けていて、それで苦しくなっているが、その視点は持ち続けなさい。

    なぜなら
    あなたは人との境界線があいまいだから、しっかり線を引くためにその視点が役に立つから。」

    これは、もう何年も前のことで、HSPのこともアーロン博士の本のことも知らなかった頃の話しです。
    当時の私は何を言われているのかよくわかりませんでした。

    驚きすぎて、いったい誰の感情なのか、境界線て何なのか、どうやって引くのか、頭に浮かんだことを質問することもできないほどでした。

    現状

    静かにひとりで過ごす時間をたっぷり確保できていることと、夜の睡眠時間をしっかり確保することで、心身が安定しています。

    もし私が自分のことをHSPだと認めるとしたら、多分HSS型なのではないか?と、思うようになりました。

    かつては、私は無気力であまりにも興味関心がわかないなと、自分で自分のことを心配したことがありました。

    ですが
    師から学んだことを続けて、抱えてきた「不要な思考」という荷物を降ろすにつけ、

    好奇心旺盛な私の存在に気付き、常に刺激を求め、新しいことにワクワクする自分を認めるようになりました。

    今も、やりたくてウズウズしていることがあるのですよ。
    やりたいことがあるのは、なんて楽しいことなのでしょう。

    でも、疲れやすいので、うまく自分と付き合っていきます。


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    ものづくりで、自分の暮らしをクリエイトしています。私にとって、ものづくりは自己表現のひとつ。観察によって脳内を整理し、不要なものを手放してきました。その結果、やりたいことがクリアになり、行動できるように。

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