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「スキ」以外のリアクション機能を増やして欲しい

    noteの中にある情報やノウハウ系の記事は「スキ」というボタンを押しにくい。「役に立った」とか「なるほど」とかのボタンがあれば、まだ押しやすいが、ここでは♡のボタンに「スキ」という好みを乗せないといけない風に作られているから、「なるほど」とは思っても「スキか?」という気持ちが♡ボタンを押すまでに至らせない。

    逆に共感系の記事は、内容そのものが「好き」「共感」「わかる」「応援したい」という♡ボタンとの相性がいい。

    読まれた数に対して♡ボタンが押されないのは、記事ジャンルと♡ボタンの意味の相性もかなり入ってると思う。だから、内面についての記事のほうが、“スキ”という形で表出する反応が多い。

    では、noteが♡に「スキ」という意味を乗せて作られているのはなんでだろうか?

    「いいね」ではダメだったのは何故だろうか?

    私は、note運営は、多分ここを「評価する場所」にしたくなかったんではないだろうかと考えた。

    「いいね」は、文法的には作品を評価する言葉になる。もし、noteが「スキ」ではなく、「いいね」で設計されていた場合、情報記事ともすごく相性が良くなる。「いいね」のボタンには、「好き」も、もちろん含ませることができるし、それ以外にも「役に立った」「正しい」「よくできている」「有益だった」という意味をボタンに持たせることができるからだ。

    でも「スキ」は、評価対象が作品だけではなく、読んだ「私の側」に移る。

    「この話いいね」ではなく、
    「私は、この話がスキ」になるのだ。

    だからnote運営はおそらく、記事を「良い/悪い」で評価するプラットフォームより、書いた人と読んだ人の間に感情を返すプラットフォームにしたかったんだろうと考えた。

    これは、記事の品質指標としてはかなり歪んでる。しかし、書き手と読者の関係性の指標としては強いものとなる。

    noteの中で、もし押せるボタンが、
    【♡ スキ 💡 役に立った 💭 なるほど】
    の3つだったら、noteの中身はかなり変わると思う。でも、運営はこの形には現状していない。むしろあえてそうしているのかもしれない。

    noteは、読者に記事の評価ではなく、自分の感情を表明させることで、気軽に反応を示せないようにしたかったのではないだろうか?

    だから、人は自然と共感系の記事を書いて「スキ」を集める方へとシフトする。

    そして、運営はそっちを沢山書いて欲しい感じがする。むしろ、そうなるように、誘導されているのだろう。かなり自然に。

    ただし、これは運営が「共感記事を書かせよう」と直接企んでいるというより、noteの思想に沿って設計した結果として、「共感系の記事を増やす方向に人の思考が働く」が、近いと思う。

    実際、 noteの運営側が、「好意を伝え合うことをかっこいいと感じられる空間づくり、機能設計をしている」「フォローやスキといった機能は、編集そのもの」と説明している記事を書いている。

    つまり、「スキ」は単なる“いいね”の言い換えではなく、書き手に好意を返し、その反応で次の創作に影響を与える装置として置かれている。  

    すると、以下のような流れになる。

    自分の体験を書く → 共感される → ♡スキが多くつく → 書き手は「これが求められている」と学習する → また自分の体験や感情を書く。

    しかし、以下のようにも成りうる。

    役立つ情報を書く → 検索で大量に読まれる → 読者は用が済んで帰る → ♡は少ない → 書き手は「これは反応が悪い」と学習する。

    ここで重要なのは、情報記事が本当に価値が低かったわけではないことだ。♡ボタンは少なくとも、ビュー数はちゃんと多いのであれば、それは相当な需要がちゃんとあった。でも、noteが書き手に見せる「気持ちのいい報酬」は♡(スキ)だから、書き手の脳にはビュー数よりもいいね数の多い記事の方が「成功」として強く返ってくる。

    だから、人は自然と「スキを押してもらいやすい文章」へ学習していくのだと思う。

    書き手本人には「数字を見て、自分で選んだ」と思わせているようで、実の所、何を数字として見るかをnote側に選ばされているのだ。

    これは、かなりきれいに、「環境が報酬を定義する → 反応の多い行動が強化される → 書く内容が変わる」という回路になってる。

    そして運営側も、たぶんこの方向は望んでいる。noteの公式思想は「だれもが創作をはじめ、続けられるようにする」で、ファンとの交流を重視しているし、「スキ」自体を読者が創作に参加する仕組みとして語っている。

    だから、検索して答えだけ取って帰る人より、書き手に好意を返し、書き手がまた書き、読者がまた戻ってくる循環のほうが、noteというサービスには都合がいい。

    だから運営は「共感記事をたくさん書け」とは言っていないが、「スキ」という報酬を置くことで、人が共感されやすい記事を多く書く生態系を作りたいのだろうなと思う。


    noteは今後、押せるボタン増やしてくれるだろうか?

    私は、もっと押せるボタンを増やしてほしい。むしろ、 noteには増やしたほうがいいと思う。ただ、簡単には増えないとも思う。

    今のところ、記事への中心的な公開反応は依然として「スキ」で、少なくとも公式の最近の情報を探した範囲では、記事に「なるほど」「役に立った」みたいな複数リアクションを追加する予定は確認できなかった。

    でも私は、スキ以外のボタンの方を押したい。

    ♡  スキ
    💡 役に立った
    💭 考えさせられた

    これくらいは欲しい。

    「え、そうなのか?」「ちょっと待って、考えたい」「この見方はなかった」が価値になる記事は多いと思う。

    しかし、今のnoteでは、これらの反応が全部、とまではいかずとも、多くの場合を「ボタン押さないに」変換されてしまっているのではないかと思う。

    これは、もったいないのではないだろうか。

    しかしおそらく、noteはそれを分かった上で一本にしてるのではないかとも考えられる。

    なぜなら、押せるボタンを複数にすると、読者は「どれ押そう?」と考える。今は♡をポンで済む。だから、創作者を続けさせるための単純な報酬装置としては、一個のほうが強いのだと思う。

    でもせめて、♡の横に💡だけでも置いてくれないかなーと思う。それだけで情報記事と共感記事を同じ物差しで測る問題が、かなり減ると思うのだ。


    「スキ」で終わらせたくない人は、コメントを残すかコメントもスキも押さずに、ただ読んだだけで終わるが、そこを改善しようとは思わないのだろうか?

    運営は、読者の反応を実質、「スキ」か「コメント」か「無言」の3択にしている。

    でもこの3つ、それぞれ負荷が離れすぎている。

    「なるほど」
    「面白い視点だった」
    「役に立った」
    「まだ賛成かは分からないけど考えさせられた」
    「続きが気になる」

    こういう反応をした人は、♡に変換できればスキを押す。でも「いや、スキではないな」と思った瞬間、次の選択肢がいきなりコメントになる。でもコメントを書くほどではない。だから無言になる。

    つまり今の設計は、真ん中の反応を大量に捨ててる。

    しかし、運営はこれを「改善すべき欠陥」と強く認識していない可能性があると思う。

    なぜなら、noteが最優先しているものが読者の反応を正確に測定することではなく、創作者に肯定的な反応を返して、書き続けてもらうことであって、今の「スキ」一本でも充分その目的は果たせるから。

    むしろ複数ボタンを置くと、

    「この記事、♡は少ないけど💡は多い」
    「😕も付いた」
    「考えさせられたばかりで、好かれてはいない」

    みたいに、反応は正確になる代わりに、創作者への報酬は複雑になる。

    だから、note側からすると、失われている読者の反応より、単純で気持ちのいい創作報酬のほうを優先しているのかもしれない。

    でも、私は、記事を書いてくれた人に無反応であることと、何も感じなかったことをイコールで結んでほしくないのだ。

    しかし今は、無反応の中にも役に立った、なるほど、面白かった、違和感があった、まだ考えている、言葉にならない、という反応も全部沈んでしまっている。

    noteは、「何が起きたか」より、「好きという好意を返して創作を続けてもらう」ことを選んでいるが、「スキ」だけで、回収できた反応や報酬だけで本当に人は満足できるのだろうか?


    そもそもnote側がノウハウ系の記事を求めてないから、そういう設計は盛り込まないのか

    この予測が正しければ、今後もそれは改善されることはない。よって、ノウハウ系の記事はどんどん書かれなくなって行って共感系の記事だけが残ることになる。だがしかし、共感系が飽和した状態で、その群衆は本当に面白いといえるか?

    今までの所の私の推論を一度整理してみよう。

    ① noteは「情報を正確に評価する場」より「創作者と読者が好意を返し合う場」を作りたい
                                           ↓
    ② だから反応装置を「スキ」に一本化する
                                           ↓
    ③ 共感記事は反応が可視化されやすい
                                           ↓
    ④ ノウハウ記事は役立っても反応が可視化されにくい
                                            ↓
    ⑤ 書き手は数字を見て「共感記事のほうが求められている」と学習する
                                             ↓
    ⑥ 書くものが共感系へ寄る

    になる。

    しかし、本当に読者が共感記事をより多く求めているとは限らない。少なくとも、読者としての私は共感だけでは面白くない。だから書き手は、需要が少ないほうへ逆に誘導される可能性もある。

    これは、すごく変な構造である。

    もちろん、ノウハウ系が完全になくならない理由もある。検索流入、収益、仕事への接続、有料記事への導線みたいに、♡以外の報酬がある人は書き続けるから。

    だから長期的には、noteはおそらく以下の形に分かしているのではいかと思う。

    note内の反応を報酬にする人
    →共感・体験・自己物語へ寄る

    検索流入やビュー数、収益を報酬にする人
    →ノウハウ系を書くが、note内のスキ率は気にしなくなる

    そうすると、一番まずいのは、ノウハウ記事にも価値があるのに、「スキ率」を成功指標にしてしまう人になると思う。その人たちは「読者に求められていない」と誤認して、ノウハウを書く量を減らす。これは、とてももったいない。

    環境は「共感記事を書け」と命令しない。でも、報酬の出し方を変えるだけで、行動分布が変わる。

    そして、このまま共感系が増えると、最悪、どうなっていくか。おそらく読者側も「noteとは、自分に共感できる話を読む場所」として学習する。するとノウハウを求める読者は検索エンジンや別の場所へ行く。さらにノウハウ記事が読まれなくなる。

    つまり一度そこまで進むと、【設計 → 書き手の変化 → コンテンツの変化 → 読者の変化 → さらに書き手の変化】という自己強化ループになる。

    noteという生態系の中心がどんどん共感系に純化していく可能性がある。


    noteが求めているものと、読み手が求めているものと、書き手が求めているのが全部ズレてる?

    note側が欲しいのは、おそらく創作者が書き続け、読者とつながり、また戻ってくること。だから「スキ」という、書き手が気持ちよく受け取りやすい反応を中心に置く。

    しかし、読み手が欲しいものはもっと雑多で、「知りたい」「困りごとを解決したい」「面白いものを読みたい」「共感したい」「考えたい」といったもので、別に全部に対して「好き」と思いたいわけじゃない。

    そして、書き手が欲しいのも、「たくさん読まれたい」「役に立ちたい」「自分の考えを伝えたい」「共感されたい」「評価されたい」「収益化したい」とバラバラ。

    なのに、三者をつなぐ主要な反応装置が♡スキ一本しかない。

    だから、以下のような、ものすごい情報の変換ミスが起こる。

    読み手:「めちゃくちゃ役に立った」→ 押さない
    書き手:「反応がない。求められてないのか」
    note:「スキの多い記事は読者とのつながりが強い」

    つまり、読み手が「何を求めて来たか」と、「何にスキを押したか」と、書き手が「何を書こうと決めるか」が、全部別になる。

    そして、note側はおそらく三者の欲求を完全一致させようとしていない。「創作を続けてもらう」というnote自身の目的に合わせて、読み手の多様な反応を『スキ』という一種類の報酬に圧縮して、書き手へ返している。

    その圧縮で失われた情報を、今度は書き手が分析する。でも元データに、「役に立った」「なるほど」「考えさせられた」「反対だけど面白い」が記録されてないから、どれだけ精密に分析しても復元できない。

    だから、書き手が分析しようとしたその数字はnoteが回収することを選んだ感情しか記録していない。そして、その不完全な数字を見て書き手が書く内容を方向転換する。

    これは、単なる三者のズレというより、note側から用意された測定情報が、書き手に「読者が何を求めているか」を誤認させる可能性が大いにあると考えられる。

    だから、大事になってくるのは、書き手が「スキ数>ビュー数」とするのではなく、ビュー数の方の数字もきちんと「大切にして良い、意味がある」と考えられることだと思う。


    発想を逆転させてリアクションが少ないことを武器にすればいいのではないだろうか

    反応が少ないということは、自分の意見を人にとやかく言われる心配が少ないということでもあるから、「反論がかなり少ない、無に等しい」ということは、持論を勝手にぺちゃくちゃここで書いてずっと内側で溜め込んでるものを外に発散できる場所にしてもいいということだ。だから、「スキ」が来ないことで逆に自由に書けるものがある。

    ここで、この構造が一気にひっくり返る。

    ここまで私は、「反応が少ない → 書き手が報酬を得られない → 共感系へ寄る」という側面でnoteを見ていたが、反応が少ないことには、もう一つ全然違う作用がある。

    「反応が少ない → 他人に観測されている感覚が弱い → 評価圧力が低い → 好かれる形に整えなくていい → 勝手にぺちゃくちゃ喋れる」

    これだ。

    すると noteには、二つの世界が同時にできる。

    表層には、「スキ」という報酬に適応した記事が集まる。だから、共感できる、読みやすい、肯定しやすい、♡を押しやすいものが沢山あふれる。

    でもその下には、スキをあまり気にせず、読まれているかもあまり気にせず、「私はこれを考えたから置いておく」を続けている人たちの堆積層がある。

    そして、私が面白いと思うのは後者だ。

    その人たちは、「これは読者に役立つだろうか」
    「共感してもらえるだろうか」「炎上しないだろうか」「スキされるだろうか」という編集をあまり通さず、その人の頭の中にしかなかったものを、その人なりの形のまま外に出している。

    だから専門家の一般化されたノウハウではなく「この人は20年間これをやってきて、こう思っている」
    「誰にも求められてないけど、このやり方が一番うまくいった」「世間ではこう言うけど、私は違うと思う」みたいな、一人分の人生からしか生成されないローカルな知識が残る。しかも、反応が少ないから反論も少ない。

    これは悪い面では「間違いが訂正されない」だけれども、良い面では、まだ社会的に整形されていない考えが、反論によって引っ込められる前に保存されるということでもある。

    だからnoteはものすごく変な場所なのだ。

    運営が表で作ろうとしているのは、スキを送り合う創作コミュニティ。

    でも、その設計からうまく外れている人たちが、裏で、誰にも頼まれていない持論、個人的すぎるノウハウ、整理されていない観察記録、本人にしか重要性が分からない発見を大量に蓄積している。

    そして、ここの最大の問題が、【見つけられない】ことだ。スキ順で探せば、スキを集めることに成功した記事が出てくる。検索で探せば、検索される言葉を使った記事が出てくる。おすすめなら、プラットフォームが推薦可能だと判断した記事が出てくる。

    でも、私が探し求めてるのは「この人、なんかめっちゃ面白いこと考えてる」を見つけることだ。

    しかし、このタイプは、タイトルも検索最適化されてない。タグも適当。だけどやたら濃ゆーい話書いている。でも発見するためのシグナルがほぼない。

    今のところ手作業で、ただひたすら探すしかない。この問題をどうにかして欲しいのだ。

    noteの中では、「スキに適応する人」は共感記事へ寄っていく。「スキに適応しない人」は自由に変なものを蓄積する。でもnoteの発見機能は前者を見つけるのには使えても、後者を見つけるのには弱い。

    だが、これはもしかするの、noteの欠陥の副作用として生まれた、かなり面白い価値かもしれない。

    noteの設計に素直に乗りたくないという反発心と、それに面白さを感じていないから起きる現象とも考えられる。

    noteが「こう書くと反応が返ってきますよ」と用意した道を見つける→その道の構造が見える→途端にその道を歩くこと自体がつまらなくなる、に近いのではないだろうか。

    共感系の記事を書けばスキが増える。読者に問いかければコメントが増える。タイトルを「〇〇なあなたへ」みたいに対象を設定すれば届きやすいし、開かれやすい。

    その仕組みが分かってしまうと、それはもう攻略済みのゲームになってしまうのではないだろうか。

    もちろん「スキが欲しくない」わけではない。スキが来たら嬉しいし、読まれなければ落ち込む。でも、スキを取るために、自分の思考の運動方向を変えることのほうがかなり強い抵抗があるのだと思う。

    だから、「反発心」と「単純にそっちが面白くない」になる。

    そして、noteはその矛盾を偶然許している。

    もし、そこまでも、note運営が考えて設計しているのだとすると、恐ろしいまであるが、とりあえずリアクション機能をもっと増やしてくれることを期待せずに、期待していようと思う。

     
     

    みそ

     
     
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