
『ワークライフバランスを捨てる』 “熱意の肯定”を評価したい
感じたことをそのまま書き留めたいと思った。
言葉の響き、そこにある意味をなるべく逃さず伝えたい。
そんな思いで筆を走らせている。
いつものルポほど丁寧ではない。だが、サラッと追いかけるからこそ見えてくるものもある。
高市早苗氏が自民党第29代総裁に選ばれ、就任の挨拶でこう口にした。
「馬車馬のように働いてもらう。私自身もワークライフバランスという言葉を捨てる」
「働いて、働いて、働いて、働いて、働いていく」
その言葉は乱暴にも聞こえる。
だが、これから世間で飛び交うであろう「長時間労働の美化だ」といった批判の多くは、文脈を無視した揚げ足取りに過ぎないだろう。
私は、この発言を働き方のあり方を考える素材として受け止めた。
強制される過重労働は人を壊す。
だが「やらされる労働」と「自ら燃えて働く労働」はまったく違う。
高市氏の言葉は、後者の可能性を肯定しているように聞こえた。
強制される労働と、自ら燃える労働
働き方改革。
近年の日本では「効率」や「バランス」が最優先されるようになった。
もちろん、それ自体は必要なことだ。
強制される長時間労働は人を壊す。
そこに疑いはない。
しかし一方で、人は「やらされる労働」ではなく、「自らの意思で没頭する労働」によってこそ生き甲斐を見出すこともある。
高市氏の発言は、その“熱意を肯定する声”として私は受け止めた。
多様性を言うなら、熱意の働き方も尊重せよ
働き方改革の名の下に、「定時で帰る」「仕事はほどほど」といった価値観が一つの標準になりつつある。
それは悪いことではない。
だが、果たしてそれが唯一の「正しさ」だろうか。
「多様性」を口にするのであれば、定時に帰る選択も、馬車馬のように働く選択も、どちらも尊重されるべきではないか。
燃えるように働くことを望む個人まで「危険だから」と否定してしまうのは、本当の意味での多様性とは言えない。
私の受け止め方
高市氏の言葉は乱暴に聞こえるかもしれない。
だが私は「あっぱれ」と感じた。
それは、彼女が「働くことに命を燃やす」という人間の側面を真正面から肯定したからだ。
日本の行く末を占う大きな発言として捉えるよりも、
私はこの言葉を「働き方のあり方」を考えるきっかけとして受け止めたい。
揚げ足取りの批判に流されるよりも、働き方における本当の多様性とは何かその問いを私たちに突きつける言葉だった。
総裁選直後の発言としては異例の強さを持つ。
だからこそ、今ここで、働き方のあり方を考え直す必要があると思う。
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