メインコンテンツへスキップ
見出し画像

【自己紹介】どん底から這い上がった私が、noteで発信する理由。

    はじめまして。ノッティと申します。

    「どんな人だろう?」って、って興味を持っていただいた方、ありがとうございます。

    そんな興味をもって来ていただいた方にいきなりで恐縮ですが、
    聞いてください。

    私、40代で家族経営の会社が倒産しました。

    父が私の小学生の頃に起業した、30年続いた通販会社。

    インターネット黎明期とともに大きく成長して、一時は年商12億円まで伸びた会社でした。

    でも、コロナ禍という大波に飲まれて、売上は激減。

    資金繰りも日に日に悪化していって。

    「なんとかなる」

    最後の最後まで、そう信じてたんです。父も、私も。

    でも、現実は非情でした。

    資金が尽きれば、どれだけ情熱や熱意があっても、会社は終わる。

    当たり前ですが、それが経営の厳しさでした。

    あぁ、いきなり重い話してすみません。

    でも、これがいまの私の原点です。

    簡単に私の経歴をご紹介すると…

    よく「新卒から会社の終わりまで父の会社で二代目として…」って誤解されますが、基本的に父とはまったく関係ない世界で仕事をしていました。

    大学時代

    大学在籍中に起業し、アフィリエイトサイトを運営していました。

    今で言う「マイベスト」みたいな、商品比較レビューサイト。
    毎月40万以上稼いでました(当時の私には大金でした)
    マーケティングに興味をもったはじまりです。

    20代後半

    本場のベンチャー企業で学びたいと

    地方から東京へ
    野球のベイスターズで知られるDeNAに入社しました。

    ガチャ、ポイントなど、無料ユーザーをいかに課金させるか
    そんな部門で働いてました。

    のちにEC(ネット通販)のマーケティング部門に配属
    ここでマーケティングの基礎をしっかり学びます。

    30代

    広告の世界(特に広告クリエイティブ)に興味を持って転職
    全国展開の人材広告会社へ。

    地方配属(九州支店)で売上目標200%を達成し
    その実績をかわれ、大阪支社に異動して、西日本拠点の統括を任されます。

    40代

    父の会社の業績が傾きはじめる
    地元に戻って、父と一緒に会社を経営
    そして、コロナ禍で……という流れです。

    経歴を見て、思うこと

    こうやって改めて経歴を並べてみると、会社を経営するっていうより、会社員としての経歴が長いんですよね。

    大学時代に起業はしたものの、結局は組織の中で働いてきた。

    マインドも、まだまだあまかったんだと思います。

    現実を知らなかった。

    ただ、40代にしてここから、世の中の本当の現実を知ることになりました。

    あの頃の私は、本当に地獄にいた

    倒産直後の数ヶ月間。
    負債総額18億円。

    あの経験は今後の人生でも一生忘れないと思います。妻と、小学生の子ども2人を抱えて、文字通り路頭に迷いました。

    「今月、家族をどうやって食べさせよう」

    毎日、そのことばかり考えていました。

    倒産した最初のころは債権者様からの厳しい声。
    直接私に会いにこられる方もいた。

    そして裁判が続く中、私の財産も分配され
    ありがたくも残ったのは妻が貯めてくれていた少しの貯蓄。

    でもそれすらもなくなり、
    口座にはほぼお金がない日が続いた。

    家賃の催促電話が鳴り響く中、スマホの画面を見るのも怖かった。子どもたちには「大丈夫だよ」って笑顔を見せながら、ずっとなかなか眠れない日が続きました。

    周りからの目も変わりました。それまで友人だと思っていた人が離れていく。特段ちやほやされてはいませんが、お金の切れ目が縁の切れ目。

    人間関係が壊れる喪失感って、こんなにも辛いんだと知りました。

    でも、止まれなかった。止まれば、家族全員が終わるから

    そんな絶望の中でも、私は動き続けました。

    止まったら、家族全員が死ぬ。だから、自死だったり諦めるという選択肢は最初からなかったんです。

    よくセミナーでみなさんに私の経験のお話をさせていただく機会もいただきますが、その頃の私について、いつもこんなたとえ話をします。

    いつもの帰り道、川のそばを歩いていると、道に魚が落ちていました。

    その魚は生きてはいますが全く動かず、ちょっとぷーんと匂います。

    「もうダメだな」って思いますよね。

    でも次の日、別の場所でまた魚を見つけました。

    今度はピチピチと必死に跳ねて、川に戻ろうとしています。

    あなたなら、どっちの魚を助けますか?

    おそらく、後者のピチピチ跳ねている方ですよね。

    人間も同じなんです。必死にあがいている人には、誰かが手を差し伸べたくなる。

    私があの絶望だったときに、たくさんの方に助けていただけたことは、もちろん一生忘れませんが

    でもきっと同じ私でも、止まっていたら誰も手を差し伸べてはいただけなかった。
    助けていただいたのは、きっと私が「必死であきらめず行動していたから」だと思うんです。

    今、私がやっていること

    現在、私はSNSで発信力を持つインフルエンサーやクリエイターの方々に向けて、マネタイズを支援する事業を行っています。

    倒産した苦い経験があるというのに
    また再度起業してまでして、なぜこの事業を始めたのか?

    それは、倒産を経験して痛感したからです。「何かを仕入れて売る」のではなく、自分自身にお金を生み出す力がないと生きていけない。

    今は、SNSで素晴らしい発信をしている方がたくさんいます。でも、うまくマネタイズできずに、経済的な理由で発信をやめてしまう人も多いんです。

    何万人もフォロワーがいるインフルエンサーやYouTuberなら、広告収入で生活できるかもしれません。でも、そこまでのフォロワーがいる人は、ほんの一部。

    ファンと直接お金のやり取りをして、事件に発展するケースもあります。

    だから私の会社では、お客様である発信者の影響力を正しく収益化し、ビジネスとして成長させるための支援をしています。

    発信するコンテンツの価値が、正しくお金に変わる。そしてよりよいコンテンツを新たに発信し続ける。

    そんな流れをサポートすることで、多くの方の夢の実現に寄り添いたいと考えています。

    あきらめなければ、何度でも立ち上がれる

    正直に言います。

    わたしが今あるのは、周囲から助けていただいたおかげ。
    私一人の努力ではどうにもなりませんでした。

    これまで本当にたくさんの方に支えていただきました。感謝してもしきれません。

    でも、ひとつだけ自分を褒めてあげるとするなら、魚のたとえ話のとおり、「あきらめず、行動した」という点です。

    「考え抜く」ことの大切さ

    ただ、やみくもに動いても仕方ありません。

    必死に動くと同時に、「考え抜く」ことの大切さも学びました。

    「考える」ことにお金は必要ありません。でも、何事にも「考え抜いた」その先に答えがあるんです。

    私の名前、「ノッティ(notti)」も、実は「knotty problem(ノッティプロブレム)」、つまり「難問題」「厄介な問題」「複雑な問題」という意味の言葉から取っています。

    皆さんの複雑な課題・難問に挑み、考え抜いて答えを出そう。

    そんな想いを込めた名前です。

    これを読んでいるあなたへ

    これをご覧の方には、今後私のように起業を考えている方や、noteで副収入を稼ぎたいと頑張る方も多いと思います。

    諦めずに行動して考え続ければ、きっと夢は叶うし、道は拓ける。

    何歳だろうと、どんな状況だろうと、あきらめなければ立ち上がれる。

    私が証明です。

    そのことをnoteをとおしてあなたにお伝えできたら、こんなに嬉しいことはありません。

    P.S. 先日、私自身も倒産後に生活苦で苦しかった経験から、今の物価高の世の中に対抗すべく、新しくプロジェクトを立ち上げました。

    もしお読みいただいて「いいじゃん」「がんばれよ」って思っていただけたら、ぜひ「スキ」していただけると励みになります。あたたかく見守ってくださると幸いです。

    最後までお読みいただいて、ありがとうございました。

     
     
     
    人の「欲しい」をつくりだす仕事をしてます。売らなくても「売れる」設計を伝えてThreadsからの誘導設計を追求してたら投稿アプリができました。 ▶︎ https://kininarumaker.com 会社経営|累計販売数 700部 ▶︎ みんなが副収入を得るPJ推進中