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Photo byaoyamayuki

あの䞖に行ったかもしれない友ぞ捧ぐ《》

    入谷翔挣

    〚5051文字〛 

    ※読み終えるたでに分皋床掛かりたす。ごめん、長くなりそうです。

    ☟前回はこちら。

    ■の芚悟

    月になっお電話を掛けるず、は家を匕っ越しおいた。
    月に䌚った次の週には物件を決めお、その時にはもう新居の賃貞に䜏んでいたずいう。
    高霢の母芪のために駅に近い堎所ぞ以前から匕っ越しを蚈画しおいたず説明しおいたが、僕には気になるこずがあった。
    匕っ越しは結構倧倉なむベントだ。もし匕っ越しを考えおいるなら、先月䌚った時に少し話しおくれおも良かっただろう。それも匕っ越しに際し、郚屋の「私物をほずんど凊分したから」ず、わざわざ付け加えおいたこずだ。
    電話を切った埌もずっず気になっおいた。どうしお〝私物をほずんど凊分〟する必芁があったのだろうず、しばらく䞍吉な予感ずいうか䜙韻が残っお消えなかった。

    ■骚髄移怍

    その䞍吉な予感は月のからの突然の電話によっお珟実のものずなる。
    実はは、数ヶ月前から持病の再生䞍良性貧血の著しい悪化により、もう茞血によっお察凊䞍可胜な状態ずなり、この床ドナヌが芋぀かったこずから、骚髄移怍のために入院する運びずなったのだずいう。
    僕は䞀旊蚀葉を倱うも、骚髄移怍すれば、病気が改善されるず思っおいたから、それなら良かったじゃないかず蚀っおしたった。
    は「そうだな」ず答えた埌、これたでの病気の経緯ず予埌に぀いお詳しく話しおくれた。
    最初は薬で様子を芋おいたが次第に芳しくなくなり、茞血をするようになったが、今床は茞血によっお臓噚がやられ、もう残る手は骚髄移怍しかないなくなったずいう。骚髄移怍は成功すれば幎生存率は割以䞊だが、実際の所、やっおみないず分からない。生着䞍党移怍倱敗ならこの先はないずのこずだった。぀たり死を意味するのだ。
    再び蚀葉を倱った。
    僕は我に返り、それでも取り乱しながら、少ないボキャブラリヌを総動員しお出来る限りの慰めの蚀葉でを励たした。
    䜕ず蚀ったか党郚芚えおいないが、たた堎違いない店に行っお䞀緒に倱笑を買おう、ずか、サむれリダでアホな話しお呚囲から冷めた目で芋られようぜ、ずか、そんなこずを蚀ったず思う。旅行だっおたた行きたいし、ただ行けおないアニメの聖地巡瀌だっおあるじゃないか。くどいぐらい振り絞り、治しお戻っお来たらたた䞀緒に䌚っお遊がうず蚀っお回くらい玄束した。
    は「ああ、ああ」ず頷き、電話口で涙ぐんでいるようだった。

    電話の埌、僕は颚呂に入っおいお、ふずが以前ぜ぀りず蚀っおいたこずを思い出した。
    ただが元気だった頃、俺たち幎埌どうなっおるんだろうなヌずいう、よくある話題になった時、僕が冗談で答えたのずは反察に、は「俺は誰ずも連絡を取らずに䞀人でいるず思う」ず真剣な口調で蚀った。
    僕が「䜕で」ず蚊くず、「借金たみれになっおお芋せ出来ない姿になっおるから」ず蚀っお倚少笑いを取っおいたけれど、実はあの時から、私物を凊分しお垰る堎所をを断ったのず同じように、未来を芋据えた芚悟をしおいたのかもしれない。

    ■最埌の電話

    それから僕はずっずのこずを考えおいた。
    再生䞍良性貧血や骚髄移怍に぀いおネットで䜕床も調べたりもした。地元の友達の看護垫にも話を聞いた。
    治療に専念しおもらいたいずの芋舞いには行かないず決め、本栌的な治療に入ったら身䜓に障るだろうず、こちらからは連絡しなかった。
    そうしお月䞭旬、から電話が掛かっお来た。これがず話した最埌の電話ずなる。
    移怍のための前凊眮が党お終わり、明日から移怍が始たるず話しおいた。声が明るかったこずに安心したものの、僕は逆にその明るさに違和感を芚えた。
    入院生掻は暇だずか、を買っおyoutubeが芋攟題だずか、最初はそんな雑談をしながら、僕はタむミングを芋蚈らっお、幟぀も甚意しおいたを勇気付けるための蚀葉を掛けようずしおいた。だがそれを䌝えるこずはなかった。
    は雑談を早々に切り䞊げるず、「俺は明日以降どうなるか分からない。色んな治療もしたし、出来るこずは党郚やっお来た。だから、もし連絡が取れなくなったら・・そういうこずだからさ」。
    極めお冷静だったFの蚀葉に僕は固たった。
    僕はやや䜎いトヌンで「そんなこずいうんじゃねぇよ」ず返すのが粟いっぱいだった。
    それから気䞍味さが人を包み、分ぐらい無蚀になった。
    その埌では、生着には倧䜓ヶ月䜍掛かるから、しばらく身䜓がしんどいから電話はできないだろうけど、youtubeで芳たアニメの感想ずかメヌルでバンバン送るからず蚀っおくれた。
    僕は分かったず答えお、幎明けに電話でするよず玄束をした蟺りから、急に色々なものが蟌み䞊げお来お居た堪れなくなった。そしお長電話は身䜓に悪いだろうからず、電話を切り䞊げおしたった。
    切った埌で埌悔した。もっず話をすれば良かった。の話を聞いおあげれば良かったず思った。
    電話を切る際のの寂しそうな声がずっず残っおいる。

    ■倢枕

    幎の月日の倜、倢の䞭にが珟れた。以䞋は倢の話。


    僕が目芚めるず、自宀の怅子にが背を向けお座っおいた。異様に思った僕が「どうした。䜕でいる」ず声を掛けるず、は「腹の調子が悪いからトむレ貞しお」ず蚀い、トむレぞ案内した。
    入院䞭なのに自分の所ぞ来おいるのを倉に思い、玄関の方を芋るず、誰かが蚪ねお来た。察応するず、それは譊察官ず病院関係者で、䞁床トむレから出お来たは党おを悟り芳念した様子で、圌らに連れお行かれおしたった。
    そしお僕ずすれ違う時、䜕か蚀いたそうな目をしおいたのが非垞に印象的だった。

    目芚たし時蚈で倢から目を芚たした埌も、この倢の䞍吉な䜙韻が消えない。たさか、良くある予知倢で、別れのあいさ぀にやっお来たのでは・・・。それたで来おいたからのメヌルも月䞋旬頃から来おいなかった。
    その日は職堎に遅刻寞前であったこずから、仕事が終わっおから幎明けを埅たず、に連絡した。垰宅埌もずっず䜙韻を匕き摺ったたただった。
    するず電話口で「お客様の郜合でお繋ぎ出来たせん」ずのメッセヌゞが返っお来た。
    は良く料金を滞玍しおいたこずから、たたにこういうこずがあった。の実家の番号も知っおいたのでそちらに掛けたが、は匕っ越しおおり、その電話番号は䜿われおいなかった。の家族も知らないし、䌚ったこずもなかった。

    ■音信䞍通

    の倢を芋お以来、䜕床か電話をしたが、「お客様の郜合でお繋ぎ出来たせん」の音声は倉わらない。
    もしかしたら身䜓の調子が悪くお応じるこずが出来ないのかもしれない。それなら迷惑だず思い、翌幎の月䞭旬頃に改めお電話を掛けた。
    するず、提携メッセヌゞは「この電話番号は䜿われおおりたせん」に倉わっおいた。
    こうなるずもはや連絡のしようも、の安吊も分からない。

    ■倧孊や職堎に問い合わせ

    その埌、倧孊時代の知り合いに連絡を取っお事情を話した。するずそもそも他の友人は誰もが入院したこずを知らず、病気のこずも話されおいなかった。圌から病気の党おを打ち明けられたのは僕だけだったのだ。
    誰かの提案で倧孊の同期䌚事務局にも確認したが、個人情報なので教えられないずのこずだった。
    の働く職堎にも連絡した。しかしが働く䌚瀟は、䌌たような䌚瀟が近隣に倚くあるこずから難航した。圚籍しおいた、いないに関わらず、やはりどこも個人情報で答えるこずは出来ないずいうこずだった。それはそうだ。
    が以前䜏んでいたずいう集合䜏宅にも行っおみたが、そもそも匕っ越しおいたのだ。
    電話や倖で䌚うのは頻繁にあったが、お互いの家を行き来するずいうこずこれたでなかった。どうしお匕っ越したず聞いた時、䜏所を聞かなかったのだろう。それも埌悔の぀だ。

    ■珟圚

    こうしお、幎月に連絡を取れなくなったのを最埌に、以埌幎間、ずは音信䞍通だ。
    生きおいるかも、死んでいるかも分からない。
    だが、が最埌に話した電話の䞭で、「連絡が取れなくなったらそういうこずだから」ずの蚀葉からも、様々な状況を総合的に刀断するず、はもうこの䞖にいないのかもしれない。
    生きおいる堎合もあるだろう。身䜓の調子が悪く、その姿を芋せたくないが故に連絡を絶っおいるのかもしれない。幎埌の話題で圌が話した蚀葉にも笊合する。攟っお眮いお欲しいのなら、その通りに埓う。
    そしおもう぀。実は回埩しお普通に暮らしおいるが、が入谷ずは瞁を切りたいから連絡を絶ったずいうこずもあるだろう。寧ろそれなら党然構わない。僕ずしおは若干の寂しさもあるが、どこかで元気に生きおいならそれでいい。
    いずれにせよ、今埌も生死䞍明のたた時間だけが経過するのだろう。

    ■から孊んだこず

    人ずの出䌚いには意味がある、ず思いたい。それが友達だったらなおさらだ。
    僕はから倚くのこずを孊んだ。実に倚くのこずを。
    匱音や愚痎は倚いが、は本圓に努力家で忍耐力があった。そしお己の人生ず向き合い戊う勇気があった。
    䞀方で、互いの良くない郚分は写し鏡のようだった。初察面の時には䌌おも䌌぀かないず思う盞手だったが、付き合うほどに互いの悪い所を認識しお、たたに嫌気が差したけれど、そこに改善する䜙地があるこずを垞に瀺しおくれおいた。
    そしおは人生が有限であるこずを圌は自らの人生をしお教えおくれた。
    ほど重いものではないが、僕も様々な病気を経隓しおいる。だけど気付いおいなかった。人生には限りあっお、普通に、健康で䜕気なく生きおいられる時間は意倖に短いずいうこず。
    から入院の連絡を貰った盎埌からか、僕の䞭である粟神的な革呜が起きた。
    描いおは描かなくなるを繰り返しおきた絵だ。しばらくなおざりになっおいたが、その頃から絵を再び描き始めるようになった。
    䌑みは勿論、仕事の䌑憩時間、仕事から垰っお来おから寝るたで。通勀や垰りの電車ではモチヌフ芋おひたすらアりトプットが出来ないかず真剣に取り組んだ。
    それが原因か、翌幎幎倏に床目の、それたでで最倧の緑内障発䜜を起こし、床目の幎初旬、床目の今幎月には倧孊病院で倖科治療ず、それぞれ倱明の危機に貧したけれど、有限を知った者ずしお立ち止るこずが出来ない。
    今もし《生きるずは䜕だ》ず聞かれたら、「出し惜しみなく行動し続けるこず」ず答えるだろう。

    ■君ぞ

    よ。君はよく「消費者になるだけの人生は嫌だ」ず蚀っおいたね。その呪瞛によっお随分自分を苊しめおもいたね。若かったし、僕らの通う倧孊には確かに恵たれた人間も倚かった。仕方ない。僕もそう思うこずはあった。だけど正盎その愚痎にはあきあきだった。
    だから、この堎を借りお蚀わしおもらおう。
    そもそも人間はただ生きおそこに存圚するだけで他人に䜕かを䞎えおいるものなんだ。
    実際君は、自分では気付かぬ倚くのものを僕に䞎えおくれた。それはおそらく僕にだけでなく、君の人生の䞭で無意識に生産された䜕かを呚囲の人間に絶えず䞎え続けおいたんだ。君は人に圱響を䞎える人間だったんだ。
    君の他の友人知人が君の病気や死んだかも知れないこずを知った時、倧なり小なり自分の人生や今埌の生き方に぀いお考えたはずだ。
    そしおそこから䜕らかの倉革が起きたかもしれない。ある人は呜の倧切さを考えたかもしれないし、ある人は悪習を改善かもしれないし、ある人は家族や友人恋人を倧切にしようず思ったかもしれない。君を起点ずしお䜕かが始たったかもしれないのだ。
    君は「そんな利甚のされ方は䞍本意だ」ず蚀っお怒るだろう。
    だけど君は確かに人に䞎えおいるのだ。消費するだけの人生でないこずは僕によっお既に蚌明されおいるのだ。
    それは本来君が望む圢で掎んだ成功よっお人に䞎えるものよりも、もっず偉倧で玠晎らしいこずだろう。僕はそう思うんだ。
    それから君ずはもっず色んな所ぞ出掛けたり、遊んだりしたかった。
    それだけが蚀いたかった。

    ■おわりに

    この蚘事を曞き始め日が経った。
    曞くこずは決たっおいたからダヌッず曞き始めたら䞀日で曞き終わるず思っおいた。だが、ずの思い出が胞に巡るたび、曞く手が止たった。
    色々な人生の苊劎を背負っお生きた幎の人生は傍目から芋おも倧倉なものだった。今はもう金の心配や、䞀切の健康䞍安や病気から解攟されお自由で心穏やかにいるこずず願い぀぀、お別れさえ蚀えなかったぞ、ここに哀悌の意を捧げる。


    長文乱文、暗い、重い内容でしたが、ここたでお付き合い䞋りありがずうございたした。
    生存の可胜性が残っおいる限り断定するのは非垞に良くないず思い、タむトルは倉曎いたしたした。
    曞き殎った文章ではありたすが、い぀か曞きたい内容でした。皆様も瞁あっおお近付きになったご友人を是非倧切になさっおください。

    ではでは。


     
     
     
    圓方のnoteは、緑内障等の闘病日誌、宿呜に抗っお描く趣味の絵を柱ずしながら、仕事、家族、友人ずの思い出、旅行、その他日垞で起こる様々な出来事思ったこずを曞き連ねる、雑蚘ブログのような感じで掻動しおいきたいず考えおいたす。なおプロフ写真は手描きをで実写颚に盎したものです。

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