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Photo bykeiko0131

《適当雑記97》2022年2月5日(土)【今でしかない】

    入谷翔漣

    〚920文字〛
    こんばんわ。入谷です。
    知らぬうちに何かを失っているが、失ったものが何であるか気付かない。と、思う出来事がありました。


    昨日夕方、階段を降りて暫く歩いていると、
    間抜けなことにボディバッグが全開であることに気付き、慌てて中身を確かめたら、三つある財布のうち一つがありませんでした。

    焦って来た道を辿ると、幸いなこと階段付近に落ちていましたが、さてバッグにどれだけ物が入っていたか思い出せません。

    カード現金の入った財布、小銭入れしか入っていないはずですが、もっと何か重要な物があったような気がします。

    車の鍵か?。 
    スマホか?。
    あるいは常備薬?。
    ・・。
    違う、どれでもない。

    持ち物はシンプルにと心懸けていたつもりだから無いものはすぐ分かるはずですが、バッグの中に何が入っていたかという証明できるわけではありません。

    財布があったことに一先ず安堵しその場を後にするも、
    頭の中で、この何とも言えない不可解な感覚が何故か人生と重なり、心の水面に一滴の墨汁が落ちて広がります。

    自分が手に入れてきたものは一体何なのだろうか。
    また手に入れるとは何か。自分が今まで持っているものは何で、現時点において失ったものは何であるのか。
    失ったとしてそれを説明できるのか。
    リストがあるわけでもないし、頼りにならない記憶でしかない。

    人間関係や会社での実績、これまでの経験、個人的なライフワークのステータス及び能力、貯金、日々努めて守っている健康や若さ・・。

    それらは手に入れたと思った瞬間から、いつの間にか手を摺り抜け、どこかへ消えていってしまっているのではないか。
    朝方に見る夢のように希薄で、実体がないのかも知れない。
    持っているという証拠はどこにもない。
    時間を掛け日々積み上げることで充実感を得ていたものさえ錯覚で、身になっているものなど実は無いのかも知れない。

    ただ確実なのは、財布を発見した時、この感傷的で奇妙な人生観との符号をnoteに書き記したいと思った微かな情熱だけ。
    ただ分かることは、今日という日が人生で最も若く健康で、時間があるということだけ。
    人生は常に今でしかない。

    ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そして明日が皆様に素晴らしい1日になりますように。。


     
     
     
    当方のnoteは、緑内障等の闘病日誌、宿命に抗って描く趣味の絵を柱としながら、仕事、家族、友人との思い出、旅行、その他日常で起こる様々な出来事思ったことを書き連ねる、雑記ブログのような感じで活動していきたいと考えています。なおプロフ写真は手描きをAIで実写風に直したものです。

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