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ブランディングが崩れるんで。


    「事務所通してもらっていいですか?」
    の令和版は、
    「ブランディング崩れるんで」
    かもしれない。昨今、猫もしゃくしも、「ブランディング」「ストーリー」「ブランドストーリー」「世界観」と言っている。

    本業の傍ら、細々とエプロンを縫っている私にまでも、
    「ブランドストーリー作ったらいいよ」
    と言われるようになった。
    しかし、言ってみたところで、
    「たまたま頼まれて作ってみたら面白かった」だけ。そしてそれがかわいくできて、需要も少しあったので続けている。
    「人生に迷ってる時、ユタに相談して、その頃大学の時の友達と会って」と順を追ってもっと詳しく話しだしたら、行き当たりばったりすぎるしスピ散らかしてるし、きっと不思議ちゃん認定だろう。ドラマティックな美談もない。

    今は会社だけでなく、パン屋さんも、美容師さんも、ハンドメイド作家も、会社員もみんな、
    「ブランディング」「世界観」「その人らしさ」を求められ発信する時代。

    でも本業の傍ら細々とやっている私まで本当にブランディングやストーリーが必要なのだろうか?と思った。

    もちろん有効な人もいるとは思うし、ブランドなら必要だと思う。例えば私がティム・クックなら笑、Appleはどのように考えて、どのような方向に行くか、機関投資家や顧客に向けて伝えたいし、ブランディングやわくわくするストーリーが必要だと考えるだろう。

    もちろん、私はブランディングそのものを否定するわけではなく、写真のテイストや色合いをそろえたり、商品の方向性を考えたりすることはとても大切だと思うし、意識している。ただ、それを最初に作ろうとすることには少し違和感がある。私は、少しずつ積み重ねたものが結果としてブランドになっている方が好きなのかもしれない。

    成功例に倣って、みんなが作り始め、似たようなエピソードのストーリーは、まるでテンプレートのようだ。
    そろそろみんなストーリー疲れで逆ブランディングが来るのではないか?ダサくて筋も通ってない地味ブランディング。でもそれが来たらまた逆ブランディングがブランディングになり、似たようなことになって堂々めぐりになりそう。

    だから、私は思ったこと書いて感じたりして、ピンときたもの縫って、その時その時で積み重ねていくしかないのかな。それがストーリーになって、ブランディングになればいいし、ならなければそれはそれでいいと思った。
    と書くと、これもブランディングになりそう笑

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