席を譲ってもらったら、心の余白について考えていた
私は車大国オーストラリアに15年以上住んでいますが、未だに運転が好きではありません。
なので、移動は基本的に徒歩か公共交通機関か、自転車。
ベビーカー連れでも公共交通機関で気兼ねなく移動できるところは、この国の好きなところのひとつです。
普段は、どちらかというと空いたバスに乗ることが多い私と子ども(in ベビーカー)。
先日、久しぶりに電車に乗りました。混んでいるというほどではありません。座席がほどよく埋まっているくらい。
ところが、私とベビーカーに乗った子どもが乗車した途端、優先席に座っていた方々3人が、ほぼ同時に立ち上がりました。
そして、我先にと席を譲ろうとしてくれる。
まるでモーセが海を割ったかのように、目の前の席がサッと開きました。
全員にお礼を伝え、その中で一番座りやすそうな席を譲っていただきました。
……と書くと、ものすごく特別な出来事のようですが、私にとっては初めての経験ではありません。
妊娠中も、優先席に座れなかったことは一度もありませんでした。
お腹が大きくなってからは、まるで水戸黄門の印籠を見せているかのように(実際には何もしてません😂)、席を譲っていただきました。
むかーし、電車で通勤していた頃にも、まだお腹がほとんど目立っていない妊婦さんに、わざわざ遠くから声をかけて席を譲っている若い男性を見かけたことがあります。
妊婦かどうか確信が持てないような状況だったので、「もし違ったらどうしよう」と、私も声をかけるのをためらっていました。
それでも声をかけに行く、その勇気がすごい。
今でもその見ず知らずの男性を尊敬していますし、席を譲っていただくたびにそのことを思い出します。
そして、世界には優しい人が溢れているな~と、ひとりのほほんと感じます。
と同時に、ふと考えます。
日本にだって優しくて親切な人はたくさんいる。なのに、どうして「日本の都市部での子連れの移動は大変」と感じる人がいるのだろう。
一方、オーストラリアでは妊婦や子育て世代に手を差し伸べる人が多いと感じるのだろう。
ひとつには、物理的な「スペース」が関係しているのか、とも思ったり。
オーストラリアは、とにかく広い!
都市部でさえも、日本の都市部よりゆとりをもって街が作られているように感じます。
もちろん混雑する場所もありますが、日本と比べると、物理的な空間に余裕があります。
そして、その「身体的なゆとり」が、もしかすると人の心の余裕にもつながっているのではないか。
人と人との距離に少し余白がある。ぎゅっと詰まりすぎていない。その余白があるからこそ、目の前の人に気づく余裕が生まれるのかもしれません。
もちろん、いつでも誰もが穏やかなわけではありません。通勤時間帯の電車などは、やっぱり少し殺伐としていることもあります。
だからこそ、時間や空間に余裕があるとき、人は他人にも優しくなれるのかもしれない。
そう考えると、「人に優しくする」というのは、単に性格の問題だけではないのかもしれません。
自分の中に少し余白があること。
その余白が、誰かに席を譲ったり、困っている人に声をかけたりするためのスペースになる。
私も、どんなときでも余裕のある、優しい人でいたいです。
……まずは、普段の生活でイライラしないくらいの心のスペースを確保しなくては😅
