「事情」
ランチ時、喫茶店
耳に届く会話 擦れる食器のリズム
それぞれ読書の合間に挟まって
音と文字と人の層
人間は一段と分厚く
静止画でもなく映像でもなく
肉眼で見渡せる 生々しい日常を今
切り取り 観察する
色色測る時計は至る所に
掛けられ、置かれ、ガリガリと
客が持ち込む時計は 腕に掌に
電池、自動巻き、光源
動力次第で口の動きが違って見えた
そんな口を食い入るように見てみれば
これがまた 興味深い
労働に励む若者は
ご注文はどうなさいますかと
丁寧な言葉遣いで私に尋ね
珈琲一杯を運ばせた
ごゆっくりどうぞと珈琲とは別に
最後にあたたかいものまで
置いて行かせてしまっては
仕事が終わる頃 若者は
全身が冷え切ってしまうだろうと
心配になりながら 後ろ姿を見送った
家には自由な時間があるといい
一杯目の珈琲がなくなった
カップを置くと同時にベルを鳴らす
変わらぬ笑顔の若者 そっと
顔を上げたその先に ふたり
ひとりわたしの目と 合わさった
形は それ、ぞれ
見えたのは 瞳に薄く光暈
注がれた
液体と視線
あたたかな湯気の先に
冷たい眼
色のついた涙は黒く
咄嗟に
逸らす
他人の事情
ずれていく時間
一瞬で
奪われた
もはや
物語の断片
見に覚えのない層を
フォークで縦にぐさっとさし
色んな層を無視して食べれば
とたんに下に重なる 情
無意味なだだの私情 の層 暗く
時計の針が私を押し出そうと
動き 始める
カチカチと背中を押す
私は眼だけを動かす
するとひとつ 目が合うヒトひとり
あの一生懸命な若者だった
なるほどと 自分の時計に眼をやって
初めて気づく もうこんな時間かと
彼の事情も知らず
居座りすぎたのかもしれない
太陽はゆっくり沈む 空は黒に近づく
頭のひしめきと腹の虫が 音となり鳴った
ずれた時間を戻すため
言葉を散らかし 整理する
物語は進む
一刻一刻と
至る所で