
階段の怪談
朝、玄関のドアを閉めた瞬間、世界の重さが一段ぶん増えたように感じることがある。 まだ誰の気配も残っていない朝の公園に、自分の足音だけが落ちていく。
その音を聞きながら、ふと思う。
――今朝の僕は、昨日の僕と同じ高さに立っているのだろうか。
通勤路には、いくつもの階段が潜んでいる。
それは、僕の体から何かを削り取る。
そして上るたびに、昨日の自分の輪郭が少しだけ薄くなる。
そんな気がして、ある朝、僕は階段の数を数えてみることにした。
最寄り駅までの50段。
地底のような乗り換え駅での20段と、エスカレーターの上で歩く30段。
外の光に触れるための80段。
再び高架へ向かう40段。
目的駅での40段。
会社のオフィスまでの40段。
合計、300段。
僕は毎朝、300回も重力に逆らっていた。
膝が笑うのも当然だ。
むしろ、よく笑うだけで済んでいると思う。
帰り道は、少しだけ優しい。
最初の40段さえ上りきれば、あとは重力が味方になる。
「人生下り坂最高」という言葉が、妙に胸に落ちる瞬間だ。
試しに帰りの階段も数えてみた。
すると、298段だった。
2段、足りない。
その数字を見たとき、胸の奥で何かがひやりとした。
数え間違いかもしれない。
けれど、朝と夜の僕は、同じ重さではないのだとしたら。
通勤という往復運動の中で、僕のどこかが2段ぶん削れ落ちてしまったのだとしたら。
階段を上るたびに失われるもの。
階段を下りるたびに戻ってくるもの。
その均衡が、ほんの少しだけ狂った日が、あの日だったのかもしれない。
僕はもう、帰りの階段を数えない。
あの2段がどこへ行ったのかを、知りたくないからだ。
これが、僕の「階段の怪談」だ。