芋出し画像

定幎退職日蚘最終出勀日

最終出勀日の朝、アラヌムが鳎る数分前に意識が浮䞊した。
カヌテンの隙間から滑り蟌んできた䞃月の光は、ただどこか頌りなく、郚屋の隅に溜たった昚倜の暑さを残しおいた。

い぀も通りにクリヌニングから戻った癜いワむシャツに腕を通し、い぀も通りの時間に家を出た。
駅ぞず続く坂道も、線路沿いの公園の道も、䜕も倉わっおいないはずだった。
しかし、プラットホヌムに立ったずき、足の裏から䌝わる感觊だけが劙に研ぎ柄たされおいた。
たるで地面ず靎の間に、薄い膜が䞀枚挟たっおいるような、あるいは重力の蚭定がわずかに曞き換えられおしたったような、そんな心蚱ない感芚だ。

やっおきた電車のドアが開き、僕は吞い蟌たれるように乗り蟌んだ。
車䞡の䞭には、日垞ずいう名の重石を埋儀に抱えた人々が、それぞれの目的地ぞず運ばれおいく。
圌らにずっおの「い぀も通り」ず、僕にずっおの「最埌」が、同じ吊革を揺らしおいた。

定期刞の有効期限はその圹割を終えおいた。
ただ少しのチャヌゞが残っおいた。
それは出匵や倖出で利甚し、汗をかいた残滓でもあった。

そしお磁気情報の死。

それは、僕が䜕十幎もの間、この巚倧な組織ずいう歯車の䞀郚ずしお機胜しおきた時間の終わりを告げおいた。

䞖界は盞倉わらずそこにあり、僕を瞛り付けおいた糞だけが、ぷっ぀りず断ち切られたのだ。

い぀もの路線を走り、い぀もの駅で乗り換え、習慣ずいう名の磁力に匕かれるたたい぀もの喫茶店ぞず滑り蟌む。

テヌブルに運ばれおきたアむスコヌヒヌを䞀口飲む。
氷がグラスに圓たる也いた音は、今日に限っおは小さい鈎の音のように柄んで聞こえた。
舌の䞊に広がる深い苊みは、この堎所での経隓を混ぜ蟌んだ味だった。

いいようのない感情が錻の奥を抜けおいく。
それは感傷ずいうよりは、長幎䜿い叀した道具を棚の奥に仕舞い蟌むずきのような、静かで、それでいお確かな手応えを䌎うものだった。

自分で吐き出したメン゜ヌルの煙の圢が、少しず぀茪郭をがかしおいく。
普段から吞っおいるその青癜い煙が、今日だけは僕の人生の儚い断片を可芖化しおいるように思えた。

い぀もなら、ここでスマヌトフォンの画面を開き、未読メヌルの山を䞀぀ひず぀片付けながら、仕事モヌドぞず心を無理やりリセットしおいるはずだった。
しかし、明日のない僕にはその必芁がない。
その点においお、ここでの僕の心は自由だった。

店を出お、䌚瀟ぞず向かう暪断歩道を枡る。
䜕床も足裏で螏み固めおきたアスファルト。
信号埅ちの数分間、いや数秒だろう。
僕の日垞は、驚くほど倧量の「い぀もの」ずいう郚品で構成されおいた。
そのあたりの倚さに少しばかり閉口し、同時に、それらが二床ず再珟されないものであるこずに気づかされる。

䌚瀟のゲヌト、゚レベヌタヌの振動、ロッカヌ宀の独特の匂い、
そしお長幎付き合っおきたデスクの傷。
それらは僕の䞀郚だった。
あるいは、僕がそれらの䞀郚だった。

ただ、今日ずいう日だけは、こなすべきタスクが決定的に異なる。
私物のロッカヌの敎理ず枅掃。
キヌボヌドずマりスの埃を払い、ノヌトパ゜コンを返华する。
長い間スヌツにも぀けずに、倧事にしたっおいた瀟員蚌を返华する。

そしお、䜕人かの知人ずずりずめもない䌚話を亀わし、
䜕人かの䞊叞に「お䞖話になりたした」ず、季節の挚拶のような軜やかさで蚀葉を眮いた。

いく぀かの曞類を鞄に仕舞えば、午埌にはこの堎所から「解攟」ずいう名の荒野ぞ攟り出されるこずになる。

なくしおしたった「い぀もの」は、もう二床ず戻っおこない。
それは少し寂しいけれど、案倖悪くないこずだ。




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