
第3章 産後と意味づけの時間③ 【おはなに、親父さんの渾身の花束を】
おはなに会うために、私たちは葬祭場へ3回足を運んだ。
入院中は、おはなに何度も会いに行くと計画している旦那さんの考えについていけなかったけど、
退院した日に初めて会いに行ったとき、
「かわいい〜!」「大好き〜!」
って気持ちが自然にあふれてきたことが、
自分でもほっとしたし、
「ああ、わたし、ちゃんと“お母さん”なんだな」
って思えて、少し救われた気がした。
次に会いに行くのが、楽しみで仕方なくなった。
その帰り道、「明日、会いに行くときはお弁当を持っていく」と、彼が言った。
「実体があるうちに、できることをしてあげたい!」っていう気持ちがあったみたい。
翌日、朝早く起きて買い出しに出かけた彼が、
大量のお菓子とジュースと食材を買い込んで帰ってきた。
「本当は、俺が好きなほうれん草のバターソテーを作ってあげたかったんだけど、ほうれん草がなくて小松菜にしたんだ。」
悔しがる姿に、思わず笑ってしまった。
あと、これは買いすぎだろ〜って思うくらいのお菓子の量。
「これ、俺が好きだからおはなもきっと好きだと思って。
あと、あんこの味も教えてあげたくて、月餅も買ってきたよ。」
飲みものは、2人が大好きな炭酸ジュースと、アンパンマンジュースの3本パックを2セットも買ってきた。
「こりゃ、ずいぶん甘やかしてるな〜」
って思った(笑)
前日に訪れたとき、部屋が少し殺風景だったのが気になって、お花も用意することにした。
近所にあまり花屋がなくて、調べたら駅前に老舗の花屋さんを見つけた。
「花束をお願いしたいんです。
娘がおととい、死産で……お花を持って行きたくて。」
先客がいるのも目に入らず、思わず話しかけてしまったら、
「ちょっと待ってて、順番だから」
そう言われて、はっとした。
⸻そうだよね、
ここは“普通”の花屋さんだ。
おはなのことを知らない誰かに、初めて話した。
たったそれだけのことなのに、なぜか心がざわついた。
病院の中とはまったく違う空気に、少し戸惑ったのを覚えてる。
順番がきて、あらためて事情を話して花束をお願いした。
ここまで、思った以上に時間がかかっていたからか、なんだか体の奥が重だるくて、「なんか変だな」と思った。
「あ、そっか。私、まだ産後だったんだ」って気づいた。少し迷って、あとは彼に任せて先に車で待つことにした。
葬儀屋さんに伝えていた来訪時間が迫っていたので、「早く行かなきゃ」と思っていたけれど、
待てども、待てども、彼が戻ってこない。
私が花屋を離れたときには、もう花束の形はほぼ出来ていたはずなのに……。
「身の上話でもしてるのかな?泣いたりしてないかな?」
「彼もしんどいはずだから、話を聞いてくれる人がいたらいいよね」
そんなふうに、心配な気持ちがどんどん湧いてきた。
15分くらい経ったころ、ようやく彼が戻ってきた。
心配していた私をよそに、開口一番、
「くそっ!あの親父、すっごく長いんだよ!!!」と言った。
思わず笑ってしまった。
聞けば、その花屋の親父さんは、
地域に花屋が少ないことをずっと気にしていたらしく、強い責任感と誇りを持って、
お店を続けているんだとか。
その思いを語りながら、
おはなへの気持ちを込めて、
丁寧に丁寧に、花束を作ってくれたそう。
「これはなかなかいい花束だ。
俺が言うんだから間違いないよ。」って、
親父さん、自分で写真を撮ってたんだって。
ふたりで顔を見合わせて、つい笑ってしまった。
だから、私たちもおはなに届けたときにこう言った。
「これはね、花屋の親父さんの、渾身の作品だよ〜」って。
病室で再会したときのおはなの顔と、3日後に葬祭場で会ったときのおはなの顔は、少しだけ変わっていた。
まるで、しばらくひとりで待たされて、“ぶーっ”とふてくされているような表情だった。
「ごめんね」って思ったけど、それ以上に、ぷにぷにのほっぺや小さなおでこが、かわいくて、愛しくて。
不思議と、彼も私も一切涙は出なくて⸻
残りわずかなおはなとの時間を、まるで家族でピクニックに来たような気持ちで楽しんだ。
泣くことよりも、
笑うことよりも、
ただ一緒に「いる」こと⸻
それが、
あのときの私たちにとって、
いちばんの愛の形だった。