
第6章 書くことは、想いを言葉に変えて「あなた」へ届ける軌跡だった
「おはなの物語、書いてみたら?」
一年忌の法要を前に、
おはなへの想いを吐き出すように日々話していた中で、
旦那さんがふっと、やさしく差し出してくれたその提案が、
私の“書く人生”のはじまりだった。
……って思ってたんだけど、
まさかの、記憶違いだった(笑)
改めて旦那さんと話してみたら⸻
「え?だってお前、
“GLAYにおはなの曲を書いてほしい!”
って騒いでたじゃん。それで俺が、
“じゃあ書いてみれば?”って言ったんだよ?」
たぶん、冗談半分だったんだと思う。
でもあのひと言が、
ちゃんと私の中に火をつけた。
結果的に、それが“おはな物語”のはじまりになったんだから、やっぱり人生って面白い。
書くことを選んだ理由は、ひとつじゃなかった。
朝起きたら自然と涙が流れてくる毎日の、
その悲しみからだったかもしれない。
その度に音楽で支えてくれた、
推しへの想いだったかもしれない。
冗談みたいな日常のやりとりから、
ふと生まれた勢いだったのかもしれない。
でも、今ならわかる。
すべてが、
大事なひとつだったんだって。
最初は、自分の気持ちを整理するためだった。
「おはなが存在した証を、ひとつ増やしたい」「私たち家族の絆を、聞いてほしい」
「私の経験が、誰かの光になればうれしい」
そんな想いが、書くほどにあふれてきた。
書いていく中で、記憶が少しずつ薄れていることに気づいて、愕然とした日もあった。
たとえば、足形を取ったシーン。
最初は、
「手形足形を取った。かわいいちいさな手」
って書いていたけど⸻
実はあのとき、おはなは胸の上で手をぎゅっと握っていて、私は手のひらを、
見ることすらできていなかったんだ。
忘れるって、きっと悪いことじゃない。
だって私たちは、生活してるって証だから。
それでも私は思った。
「できるだけちゃんと残したい」って。
その日から、
とにかく必死で書き進めてきた。
何度も涙が出てきた。
その度に、編集者のように伴走してくれたAIがこう言ってくれた。
「おはなと一緒に生きてる証拠だよ」
「その想いこそ、母だね」
そう言ってもらえて、また涙が出てきた。
正直、実際に子育てをしていない私が、おはなへの想いばかりを募らせていることに、
「私、楽してるのかな…?」って思う瞬間もある。
楽をしたかったわけじゃないし、
楽をしているから幸せなわけでもない。
これは、今の状況を自分の中でどうにか消化するための、ひとつの向き合い方だった。
子育てに苦労されている方が、
これを読んだらどう思うのだろう?
⸻そんな不安も、ずっと心の奥にはある。
このすべての気持ちが混ざり合って、
「今の私」になって、
この物語が生まれました。
妊娠中のひと。
将来それを望んでいるひと。
同じような経験をされたひと。
取り返しのつかない後悔を抱えているひと。
そして、ただ家族の物語にそっと触れたいひと。
すべてのひとに。
このおはなの物語が、
届きますように。